恋愛初心者の二人
よろしくお願いします。
──放課後。
授業が終わり、それぞれ教室を後にする。そんな中、授業だけでなく小夜たちに弄られて疲れた千恵は席に着いたまま、突っ伏していた。
「おい、千恵。帰らないのか?」
蘇芳が千恵の後頭部をつついている。誰のせいでこんなに疲れていると思っているのか。呻きながら顔を上げると、教室にはもう誰も残っていなかった。窓の外から運動部の掛け声が聞こえるだけだ。
「うん、帰ろうか……」
「大丈夫か? どこか悪いのか?」
顔を覗き込んで真剣に心配する蘇芳に、千恵は苦笑する。
「大丈夫。色々あって疲れただけ」
「それならいいが。無理はするな」
そう言って笑った顔が、桜花の記憶で見た子どもの蘇芳と重なって、千恵は思わず蘇芳の頭を撫でていた。大の男に思うことではないかもしれないが可愛いと思う。
「どうしたんだ、千恵」
「蘇芳は子どもみたいだなって」
その言葉に蘇芳はムッとしたようだ。
「俺は千恵の子どもじゃない。恋人だ」
「それはわかってるけど、何でそんなにムキになるの? 桜花さんには子ども扱いされて嬉しそうだったのに」
「桜花は母親だからいいんだ」
そこで千恵は蘇芳の言葉に違和感を覚えた。
「でもおかしくない? 母親でも恋人でしょう? 恋人に子ども扱いされたら嫌だと思うんだけど」
「そうなのか? 俺にはわからないが」
「じゃあ、私が蘇芳を子ども扱いしても気にしないのよね」
「いや、千恵は違う。母親じゃなくて恋人だから」
蘇芳はきっぱりと言う。矛盾していると思うのは千恵だけなのか。
「そもそも恋人が何かわかってないくせに」
「それは一緒に勉強するんだろう? どうやって勉強するんだ?」
「うっ……それは」
千恵も悩む。
恋愛の勉強といっても、教科書や参考書がある訳ではない。真面目にそんなズレたことを考えていることがおかしいが、千恵は至って真剣だった。
それなら人に聞くかと考えたが、人に聞くといっても、聞けるような人は小夜や蒼、両親しか思い当たらない。小夜や蒼は今日のことで懲りたから除外するとして、両親は身内だから話しづらい。
後は何があるのか、と考えて閃いた。恋愛ドラマや映画はどうだろうか。
「それなら恋愛映画はどう? 人に聞くよりいいかも!」
「そうなのか? 千恵がそう言うなら」
千恵の提案に蘇芳も頷いた。どこかズレている気がしたが、生憎突っ込んでくれそうな小夜と蒼はその場にいなかった。
そうして千恵と蘇芳は帰りにレンタルDVDを借りて帰った。
◇
「それじゃあ始めるわよ」
千恵がスタートボタンを押す。
今、千恵と蘇芳は自室のテレビの前で、ベッドにもたれかかるようにして並んで座っている。
映画は、魔法で姿を変えられた王子が、真実の愛を知って元の姿に戻るという有名な作品だ。見始めてしばらくすると、蘇芳は何を思ったのか、千恵の後ろに回り込んで座り、後ろから抱っこするようにして手を千恵の腹の前で組み、千恵の肩に顎を乗せた。
「ちょっと蘇芳。集中できないから離れて」
近すぎる。横に蘇芳の顔があって落ち着かない。蘇芳に深い意味などないとわかっていてもドキドキするのだ。蘇芳は千恵の肩に顔を埋めると呟く。
「……こいつは俺だ。愚かな俺自身。俺の心も冷たいから姿を変えられたのか?」
言われて千恵も気づいた。確かに似ている。適当に選んだだけなのに、蘇芳を落ち込ませてしまったかと千恵は反省する。
「蘇芳は魔法で姿を変えられた訳じゃないでしょう。それに蘇芳は角が増えただけで、それ以外にどこが違うのかわからないんだけど」
「他の人間には姿が見えない」
「ああ、そうだったわね」
「……それだけか?」
「え? それ以外にあるの?」
蘇芳が何を言いたいのか千恵にはわからない。
「……俺は化け物だ。千恵は怖くないのか?」
何を今更いっているのかと、千恵は笑った。
「最初の頃は怖かったけど、今は怖くない。多分、桜花さんが蘇芳との記憶を見せてくれたからだと思う。蘇芳にも赤ちゃんの頃があったのよね。可愛かった。それに私、思ったの。蘇芳と桜花さんは、ただ静かに暮らしたかった。それなのにその暮らしを壊したのは、勝手な思い込みで桜花さんを殺した村の人たちだった。私にはあの時のあの人たちの方がよっぽど人でなしに見えたんだけど……」
「千恵……」
蘇芳の腕の力が更に強くなる。
「だからといって人殺しはやっぱり私は許せないの。大切な人を奪われるのは辛いと思うから。綺麗事だってわかってる。それでも」
「もういい。俺にも何が正しいのかはわからないんだ。だから、こうやって自分がしたことをちゃんと考えようと思っている。それしか俺にはできないから」
「……うん。一緒に考えよう」
そんなことを話しているうちに、DVDは終盤になっていた。二人の気持ちが通じ合って王子の呪いが解けたのだ。
そして人に戻った王子は彼女にキスをする。
それを見て蘇芳が不思議そうに千恵に聞く。
「なあ、千恵。こいつらはどうして接吻をしてるんだ? 子どもが出来る訳でもないのに」
どうしてこうも返答に困る問いをするのか。そうは思っても蘇芳の特殊な育ち方では仕方ない。どう答えるべきかと千恵は頭を悩ませる。
「……ええと、愛情表現なのかな。お互いが好きだって伝えるためとか?」
「何で俺に聞くんだ? 聞いたのは俺なのに」
「私にもわからないからよ……」
恋愛経験がほとんどない千恵に聞くのが間違っている。うまい答えが見つからず、千恵は項垂れた。しばらく蘇芳は何かを考えていたようだったが、口を開いた。
「それならやってみるか」
「は? 何を……」
「だから接吻してみればわかるんじゃないか?」
「いやいや、どうしてそうなるの」
「二人ともわからないんなら、やってみて感じればいい。これをなんと言うんだったか。習うより慣れろ?」
蘇芳は一体どこで言葉を習ったのか。合っているのかもしれないが、じゃあ慣れるまでキスしましょうと言われているみたいで、千恵は恥ずかしさに顔が熱くなった。
蘇芳は顔を上げ、千恵の正面に移動すると、千恵の両肩を掴んだ。
「じゃあ行くぞ」
蘇芳は真剣な表情でそんなことを言う。どこへ行くのかと突っ込んで話を逸らしたくなる。だが、蘇芳の手の力強さが逃がさないと物語っている。
千恵の戸惑いに気づくことなく、蘇芳の顔が近づいてくる。心臓の鼓動がうるさい。息を止めて蘇芳の顔を見つめていたが、息が触れるほど近づくと耐えられずに目を瞑った。
蘇芳が小さく笑った後、千恵の唇に柔らかい感触が触れた。そっと啄ばむような触れ合いはほんの少しの時間だったのかもしれない。だが、千恵には長く感じた。
遠ざかる蘇芳の気配に、千恵がゆっくり目を開けると、蘇芳は穏やかに笑っていた。
「何で接吻するのかわかった」
「どういうこと……?」
ぼうっとする頭で千恵は蘇芳に問う。まだ夢を見ているようで頭が働かない。
「ただくっついているだけで安心するからだ。それに接吻したら胸が苦しくなった。これが愛しいということなんだろうな」
そんなことを言ってくれる蘇芳に千恵の胸も愛おしさで満たされる。幸せで視界が潤む。
今度は蘇芳は何も言わなかった。再び蘇芳の顔が近づいてきて、千恵は自然に目を閉じる。また優しいキスが降ってきて、千恵は蘇芳に身を任せた──
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