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桜の下で  作者: 海星
33/46

千恵の覚悟

よろしくお願いします。

 ──翌朝。 


 谷原家の朝は忙しい。

 両親は共働きで、千恵も学校だ。唯一予定がないのは蘇芳だけだが、その蘇芳も千恵についてくる。


 千恵は余裕を持って出かけるつもりだったが、昨日は色々あって疲れていたせいか、ギリギリまで寝てしまった。


 制服に着替えて慌てて蘇芳とダイニングルームに行くと、両親が朝食を食べ終えるところだった。


「お母さん、ごめん。寝過ごした!」

「まだ間に合うからいいけど、珍しいわね」

「ちょっと昨日は疲れてたから。蘇芳も起こしてくれないし」


 千恵は席に着き、ちらりと横に座った蘇芳を見る。


 そうなのだ。目を覚ますと、至近距離に蘇芳の顔があった。しかもずっと起きて千恵の顔を眺めていたという。それなら起こしてくれたらいいのにと言うと、幸せそうに寝ていたから起こすのがしのびなかったと言われ、千恵は朝から赤面する羽目になった。


「年頃の娘の部屋に入ること自体が問題だと思わないか、蘇芳くん?」


 どこか不機嫌に父が言う。笑っているが口元が引きつっている。千恵はすぐに気づいたが、蘇芳に察することは無理だった。蘇芳は笑顔で爆弾発言をかます。


「いや、千恵と俺は恋人同士だから問題ないはずだ」

「なんだと!」


 父はくわっと目を見開いて立ち上がる。

 慌てて千恵は蘇芳を止めた。


「ちょっと蘇芳! そうじゃないでしょう!」


 途端に蘇芳はしょげてしまった。


「……俺は恋人っていうのは、好きで、一緒にいたい人だと思っていたが、千恵にとって俺はそうじゃなかったのか……」

「ちがっ……そういう意味じゃないの! 私も蘇芳が好きだし、一緒にいたいけど、お父さんが言いたいのはそういうことじゃなくて……!」

「千恵……!」


 感極まったように、蘇芳は隣の千恵に抱きつく。向かいで立ち尽くしている父は、千恵の発言と目の前の光景に打ちのめされていた。


「俺の……娘が……」


 カオスだった。

 この事態をどう収拾つけるかと千恵が頭を悩ませていると、父の隣に座っていた母が、目配せする。


「あなたたち、急がないと遅刻するわよ。話は帰ってからでもいいんじゃない? 千恵も早く食べちゃいなさい」


 父が時計に目をやり、慌てた。


「やばい、遅れる! 話は後でゆっくり聞かせてもらうからな。それじゃあ行ってくる!」

「はいはい、いってらっしゃい」


 母が適当に送り出す。何とかこの場は凌げたと、千恵は胸を撫で下ろした。


「帰ってくるまでに忘れてるといいけど……」

「あの調子じゃ無理ね」


 千恵の呟きに母は無情だった。しかも母は蘇芳の発言に乗ってきた。


「それでいつから付き合ってるの?」

「つきあう?」


 千恵に抱きついたまま蘇芳が首を傾げるので、千恵が説明する。


「恋人になったのはいつかってこと」

「ああ。それなら昨日だな」

「へえ。昨日、一体何があったのかしら?」


 母がにやにやと千恵を意味ありげに見る。千恵は昨日のことを思い出して赤面する。


「ない! 何もなかったから!」

「千恵、違うぞ。色々ありすぎて言えないの間違いだ」

「すーおーうー!」


 どうしてこう、混ぜっ返すのか。蘇芳の両頬を摘んで引っ張る。


「なにひゅるんだ」

「蘇芳が変なこと言うからよ」


 今度は反対に頬を押し潰す。タコのような顔でイケメンが台無しだ。千恵は思わず笑った。蘇芳もされるがままだったが、嫌がってはおらず、笑みを浮かべている。母は苦笑した。


「一日で急に仲良くなったわね。ただ、母親としては少し複雑だけど」

「え、お母さん?」

「友だちなら素直に認めたんだけどね。娘の彼氏となると話は別だわ。蘇芳さんは人じゃないでしょう? 千恵が苦労するのは目に見えてるわ」


 母の言葉で一気に現実に引き戻された。好きなだけでうまくいくのなら苦労はしないだろう。


 だが、千恵もそれをわかった上で蘇芳を選んだのだ。母に何と言われてもわかってもらえるまで努力するつもりだ。


「……お母さん、ごめんなさい。それでも私は蘇芳が……」

「なんてね」

「え?」


 母がおどけるように言ったので、千恵はどうしたのかと瞬きをする。


「そんなことは言われなくてもわかってるわよね。それに、こうなるかもとは思ってたわ。ただちょっと試させてもらっただけ」

「何でそんなこと」

「中途半端な気持ちなら、千恵も蘇芳さんも不幸になると思ったから。それなら最初からやめておいた方がいいと思ったんだけど、余計なお世話だったみたいね」

「お母さん……ありがとう」


 母なりに心配してくれていたのがわかって、千恵の胸が温かくなった。母は笑う。


「感謝されるようなことじゃないわ。まあ、お父さんが大変だとは思うけど。それはまた後で考えましょう。それよりも、あなたたちも急がないと遅刻するわよ」

「あ、いけない! それじゃあ、いってきます!」


 千恵は急いで食パン一枚頬張ると、蘇芳を連れて家を出た。


 ◇


「ねえ、蘇芳。今は人から見えないのよね?」


 学校への道すがら、人通りの少ない場所で千恵は蘇芳に話しかける。


「ああ。何でだ?」

「見えていたら、気にせずに話せるからいいなと思って……」


 さすがに人前で独り言を呟くのは、痛い人に思われそうで嫌だ。そう思って千恵は言ったのだが、蘇芳は喜色満面で見当違いなことを言う。


「そうか。千恵はそんなに俺と話したいと思ってくれたんだな。俺もだ。これからはたくさん話をして、一緒に色々なことをしような」

「ちが……」

「ん?」

「……わない。私も、蘇芳とたくさん話したい……」


 否定しようとしたが蘇芳の顔を見ていたらできなかった。この笑顔を曇らせたくないと思ってしまった。


 この甘酸っぱい感じが恥ずかしい。千恵にとって蘇芳は初めての恋人なのだ。もっとも蘇芳は恋愛をわかってはいないが。


「それなら人に見えるようにする。これで大丈夫だ」

「そうなの? 変わってないように見えるけど……でも、力を使うのは疲れるって言ってたのにいいの?」

「ああ。実は桜花に怒られそうだから使いたくなかったっていうのもあった。そんな力、人にはないからな」


 自嘲気味に蘇芳は言う。確かに桜花は怒るかもしれない。だが、蘇芳が鬼だったからこうして千恵は出会うことができた。千恵にはそれを否定できなかった。


「……確かに蘇芳は人じゃないかもしれない。でも、蘇芳が鬼で、私は鬼を見る力があったから出会えたの。私は今の蘇芳に出会えてよかったと思ってる」


 もし蘇芳が人だったらなんて、結局は仮定の話でしかない。過去を変えられないのは、桜花の記憶を見た時に痛感した。


 それなら今を受け入れるしかないのだ。種族が違うことで辛いことが待っていたとしても。


 蘇芳は立ち止まると千恵の手を引いて、自分の方に引き寄せた。そのまま千恵は蘇芳の胸に飛び込む。


「ありがとう、千恵。俺も千恵と出会えてよかった。桜花のことを受け入れることができたから」

「……私も桜花さんと蘇芳の過去を知って、蘇芳がどれだけ桜花さんを好きだったかわかったの。蘇芳にとっては桜花さんが全てだったのよね」

「そうだな。途中から草太が加わったが、二人がいなければ俺はどうなっていたかわからない。大切な人たちなんだ。もちろん千恵もだ。ただ、千恵は桜花たちとは少し違う」

「そうなの?」


 千恵は少し不安になった。やっぱり二人の方が大切だと言われるのだろうか。だが、蘇芳が言いたかったのはそうではないようだ。


「千恵は守ってやりたいと思うんだ。草太や桜花には守ってもらうばかりだったから、自分から守りたいと思うのは初めてだ。それが今の俺の生きる目的なのかもしれない」

「蘇芳……嬉しいけど、私よりも自分を大切にしてね。私は目の前で蘇芳が傷つくのは見たくない。私にとっても蘇芳は大切な人、なんだから」


 千恵は恥ずかしくなって、蘇芳の胸に顔を埋めて告げる。蘇芳の着物越しに、蘇芳が笑う振動が千恵に伝わる。


「お前ももう、無茶はするな」


 千恵はそのまま頷いた。


 しばらくそうしていたが、ふと千恵が気づき、腕時計に視線を落として驚く。そうしていい雰囲気から一転して遅刻しそうになった二人は、慌てて学校へ向かった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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