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桜の下で  作者: 海星
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蘇芳の執着

よろしくお願いします。

「じゃあ、帰りましょうか」


 千恵は蘇芳に促す。蘇芳が離れないと、千恵は立ち上がれないのだ。


「ああ、帰ろう」


 蘇芳はそう言いつつも、千恵から離れない。婉曲(えんきょく)的に言っても、蘇芳にはわからないのだ。千恵は蘇芳の腕を軽く叩いた。


「蘇芳、離してくれないと立ち上がれないの」

「そうか。わかった」


 言うなり、蘇芳は離れて立ち上がり、千恵の手を引いて立たせる。それで離れるかと思いきや、今度は千恵に背中から抱きつく。深い意味などないとわかっていても、好きな男性にそんなに頻繁に抱きつかれると、胸がドキドキよりもバクバクして、千恵の身がもたない。


「だから、蘇芳。もう離して!」

「嫌なのか……?」


 千恵の耳元で蘇芳が囁く。どこか悲しそうだが、どこか艶っぽく感じて、余計に落ち着かない。千恵はしどろもどろになる。


「嫌じゃ、ない、けど……」

「それならいいだろう。それに、背中が破れて肌が見えている」

「え! どうしよう……このまま帰ったらお母さんが心配するかも」

「心配するな。俺がこのまま隠して……」


 なるほど、隠すためにくっついているのかと千恵は納得しかけた。そこで蒼が蘇芳の頭を叩く。


「そんな訳あるか」

「……ですよね。蒼さん、ありがとうございます」

「いや、見ているこっちが恥ずかしいからやめて欲しいだけだ。蘇芳、いいから離れろ。小夜、千恵に上着を貸してやれ」


 蘇芳が渋々離れると、小夜が上着を掛けてくれた。


「鷹村さん、ありがとう」

「気にしないで。学校ででも返してくれればいいわ」


 小夜はにっこりと笑った。その笑顔には含みを感じられなかった。小夜は千恵が嫌いなのではなかったのだろうか。千恵は逡巡した後、聞いてみた。


「……ねえ、鷹村さん。鷹村さんは私のことが嫌いなのよね。どうしてこんなによくしてくれるの?」

「一方的に妬んでいただけよ。わたしは気味が悪いって両親から暴力を振るわれたり、暴言を吐かれていたから。だけど、あなたにはあなたの事情もあるのよね。わたしこそ決めつけていたんだと思う。桜花さんと話して、そんな自分の甘さを思い知らされたわ」


 小夜は苦く笑った。千恵は小夜の話を聞いて心配になった。


「暴力って、今も……?」

「え? ああ、今はもうないわ。家では見えないふりをしているから。そうしていれば殴られないってわかったの。あの人たちは普通しか認めないから」

「そんな……」


 小夜は淡々と話しているが、傷ついているはずだ。同情は小夜に失礼だと思う。安穏(あんのん)と暮らしてきた千恵には想像することしかできないのだから。それでもやりきれなくて、千恵は俯いた。


「何であなたがそんな顔をするのよ」

「……私は身内に見える人がいたから、母が信じてくれたの。それでも、外では気持ち悪がられたし、友だちも離れていった。それだけでも辛かったから……」

「そう……でも、わたしは蒼に会えたから、今は見えてよかったと思っているわ」


 小夜は柔らかな笑みを浮かべる。小夜が本心からそう言っているのがわかって、千恵も笑い返した。小夜は千恵の反応が理解できなかったようで、眉を顰めた。


「あなたって変な人ね。わたしはあなたを陥れたり、傷つけることをしたのに。腹が立たないの?」

「……腹も立ったし、傷ついた。だけど、鷹村さんの事情を聞いたからか、そこまで許せないって気持ちはないの。怪我も大したことはなかったし」

「お人好しね」

「ううん。ただ、ずっと人を憎み続けたりするのって疲れるから。私は面倒臭いのが嫌なだけなんだと思う」

「面倒が嫌いな割には面倒臭い男を引き寄せてる気がするけど」

「……それは私も否定できないわ」


 千恵が苦笑すると、小夜も笑う。すると、蘇芳が勢いよく割り込んできた。


「千恵は変な男を引き寄せているのか! 誰だ! 俺がなんとかしてやる!」


 怒った様子の蘇芳に、蒼、千恵、小夜の視線が集まる。誰も何も言わないが、思うことは一緒だろう。お前だ、と。


 面倒でも好きになったのだから仕方がない。千恵は蘇芳を安心させるように笑いかけた。


「ありがとう、蘇芳。今のところ問題ないから大丈夫よ」

「そうなのか? 俺がお前を守るからな」

「……私も蘇芳を守るから。桜花さんの分も」


 千恵は胸のあたりで拳を握って、自分の中にいるはずの桜花にも約束する。安心して欲しいと願いを込めて。

 だが、蘇芳は千恵の肩を掴んで自分の正面に向かせると、至近距離で視線を合わせてきた。


「だからといって、体を張って俺を守ろうとはするな。お前が気を失った時、死んだんじゃないかと気が気でなかった。もし、お前が死んだら、俺は後を追うからな」


 吐息が触れるほどの距離で言われて、千恵の顔は熱くなった。声にもならず、真っ赤な顔で頷くと、蘇芳は訝って更に顔を近づける。


「おい、千恵。どうしたんだ。熱でもあるのか?」

「痛っ!」


 蘇芳の角が千恵のおでこに刺さった。弾かれるように蘇芳が離れて、ようやく千恵はほっと息を吐いた。あまりにも近い距離で息を止めていたようだ。空気が美味しく感じる。


「すまない、千恵! 角のことをすっかり忘れていた」

「大丈夫」


 そんなやりとりをする二人の傍で、蒼と小夜は小声で話す。


「そういう問題じゃないわよね。蘇芳さん、谷原さんにキスでもするのかと思ったわ」

「あいつにそんな頭はないだろう。成長してないからな。あいつは接吻は知っていても、どういう時にするのか知らないんじゃないか?」

「それはありそうね」

「千恵も可哀想にな」


 そうして二人は千恵を見る。その憐れむような視線がいたたまれず、千恵は赤い顔で俯いた。


「やっぱり調子が悪いんじゃないか?」


 蘇芳はまた心配そうに千恵の顔を覗き込む。蘇芳の距離感がおかしい。見られていることにも耐えられず、千恵は勢いよく頷いた。


「そうなの! だから早く帰りましょう!」

「あ、ああ。帰ろう……」


 蘇芳が気圧(けお)されたように、背中を反らせる。千恵はその勢いのまま、蒼と小夜に告げる。


「それじゃあ、帰るから! 鷹村さん、また学校で! 蒼さん、詳しい話はまた今度!」

「え、ええ。それじゃあ、また」

「ああ。またな」


 千恵は蘇芳の手を握って、勢いよく歩き出す。だが、その拍子に背中が痛み、猫背で呻いた。それでも歩みを止めることなく、スピードを落として歩き続ける。引っ張られる蘇芳は心配そうだ。


「おい、千恵。大丈夫か? 俺が抱えて歩こうか?」

「大丈夫! 歩けるから!」


 衆人(しゅうじん)環視(かんし)の中でお姫様抱っこはいたたまれない。千恵は全力で拒否をした。

 本当に自分が蘇芳と桜花の過去を見ている間に何があったのだろうか。蘇芳の変貌ぶりを千恵は不思議に思った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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