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桜の下で  作者: 海星
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二人の妥協点

よろしくお願いします。

「会いたかった……?」

「ああ、約束しただろう。生まれ変わってまた会おうと。俺はお前を間違えないために、生まれ変わらなかったが。なあ、桜花」


 嬉しそうに笑う男に、千恵は全く心当たりがなかった。何より、幼い頃に人ならざる者とは決別している。


「……人違いでしょう。私にはあなたのような人外の知り合いなんていませんから」

「何を言ってる……?」


 男の顔が険しくなる。

 だが、千恵には関係ない。人外と関わるとろくなことにならないのは経験済みだ。


「わかったならどこかに行ってください。そこの女性も。迷惑です」


 千恵の辛辣な言葉に、男は返す言葉が見つからないのか、呆然と立ち尽くしている。そこで女の霊が千恵に詰め寄ろうとした。


「ちょっと、だから頼みたいことがあるって言ってるでしょう! あんたも邪魔しないで!」

「……たかが霊ごときが、鬼に勝てるとでも思っているのか? 身の程を知れ」


 男の目が眇められ、霊に向けて殺気が放たれる。それは近くにいる千恵にも感じられ、恐怖で体が震えた。


「くっ! 覚えてなさいよ、あんたたち」


 圧倒的な力の差を感じ取ったのか、女の霊は負け惜しみを言いながら消えた。男から殺気も消え、千恵の体から力が抜ける。


「ふう……」

「大丈夫か、桜花」


 男が心配そうに千恵の顔を覗き込む。


「……助けてくださったことにはお礼を言います。ありがとうございます。でも、人違いです。私は桜花ではなくて、谷原千恵ですから」

「ああ、今はそういう名前なんだな。でも、俺がお前を間違える訳がない。お前は桜花の魂を持っている。桜花の生まれ変わりだ」


 男の顔は真剣だった。

 だが、だからといって千恵が納得できる訳はない。男がその桜花という人を失った悲しみで、都合のいいように無理矢理当てはめているようにしか思えなかった。千恵はおかしくて鼻で笑った。


「何言ってるんですか。生まれ変わりなんてある訳ないでしょう。あなたがどれだけその桜花という人を思っているかはわかりませんが、それを無関係な私に押し付けないでくれませんか。何度も言いますが、私には人外の知り合いはいません。それに、あなたのような方と知り合いたいとも思いませんから。それでは失礼します」


 千恵が一方的に告げて歩き始めると、後ろから男の悲しそうな声が聞こえてきた。


「……どうしてだ、桜花。俺のことを忘れてしまったのか?」

「……」


 それでも千恵は足を止めない。

 こうやって気を惹こうとして、害をなそうとするのが彼の手なのかもしれないのだ。同情なんてしては駄目だと、自分に言い聞かせる。


 男は立ち直ったのか、千恵の後を追ってきた。走ってきて追いつくと、千恵の横に並び、話しかけてくる。


「生まれ変わって会おうと言ったお前が、それを否定するのか……?」

「……」

「何か言ってくれ。俺は蘇芳だ。この名前も、お前が俺の髪の色みたいだと言って、俺が幼い頃につけてくれただろう?」

「……」


 ひたすら無視をしていたら、蘇芳に腕を掴まれ、千恵は足を止めた。


「……俺は気が狂いそうなほど、お前の言葉を信じて待ち続けた。お前にもう一度会えるのならばと。だが、そのお前が拒否するのなら俺にはもう、待ち続ける意味がない……」


 蘇芳の手がゆっくりと千恵の首にかけられる。


 ──やっぱりそうなのか。


 千恵は自嘲気味に笑った。


「そうやって自分の思い通りにならないから私を傷つけて思い通りにさせるんですか? 結局あなたもさっきの霊と同じじゃないですか。だから私はあなたたちが信用できないんです」

「俺は……」

「違うとでも言いたいんですか? いきなり現れて、お前は桜花の生まれ変わりだとか言って、信じないから傷つける。もう、うんざりなんですよ。私はあなたたちが見えるというだけで嘘つき扱いで普通の人から嫌われて、あなたたちも私が言うことを聞かないから攻撃してくる。私は静かに暮らしたいだけなんです。もう、そっとしておいてください」


 蘇芳の手が、するりと力無く落とされる。何かを訴えるように、じっと千恵を見てから、蘇芳は俯いた。


「……すまない。そんなつもりではなかった。ただ、俺は魂の色や形が見えるから、お前が桜花だとすぐにわかった。なのに、お前が気づかないから……」

「……ごめんなさい。それを聞いても、やっぱり私には信じられません。もう、そっとしておいてくれませんか?」


 千恵の言葉に、蘇芳は弾かれたように顔を上げ、必死に首を左右に振る。


「それは嫌だ! もう何百年も待ったんだ。これ以上は待ちたくない。お前が俺を信じないならそれでいい。だけど、お願いだ。これからはそばにいさせて欲しい」

「駄目だといったら、離れてくれますか?」

「それはできない……」


 この調子だと、蘇芳は諦めそうにない。

 千恵は諦めたように嘆息した。


「わかりました。その代わり、必要以上に私に接触しないでください。それと、人のいるところでは絶対に話しかけないでください。正直に言って付きまとわれるのは迷惑ですが、その条件をのんでくださるのならいいです」


 迷惑のところを強調したにもかかわらず、蘇芳は嬉しそうに笑った。顔立ちのいい男が笑ったら、普通の女性なら胸がときめくだろう。千恵には通用しないが。


「ああ。これまで待った時間に比べれば、なんてことはない。これからわかってもらえるように努力すればいいだけだ」


 蘇芳の言葉を聞いて早まった気がした千恵は、これから彼に振り回される日々を想像し、大きなため息をつくのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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