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桜の下で  作者: 海星
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桜花と蘇芳の再会4(蘇芳SIDE)

よろしくお願いします。

「桜花、何で怒ってるんだ?」

「怒るに決まってるでしょう。そうやって、また私に依存するの? その度に千恵も振り回されていい迷惑だわ。千恵も、もうこんな男、放っておけばいいのよ」


 桜花は顔を背ける。蘇芳は訳がわからず、思わず蒼を見た。蒼は眉根を寄せ、嫌そうに話す。


「何でおれがこんなことを……お前は本当にどうしようもないな。最初に桜花が言っただろうが。蘇芳が桜花、桜花とうるさいから千恵は傷ついていると」

「それの何が問題なんだ? 千恵は千恵、桜花は桜花だろう」

「それならお前は千恵がお前以外の男のことばかり話しても平気なんだな」

「千恵にはそんな男はいない」

「いると仮定して考えろ。それくらいはお前でもできるだろうが」


 蒼は蘇芳の相手をするのが面倒なのか、口調が大分ぞんざいになっている。蘇芳は気にせず蒼に言われたことを考えた。


 千恵が蘇芳以外の男の話をする。とりあえず目の前にいる蒼なら千恵も知っているからと、千恵が蒼の話を楽しそうにしているところを想像してみた。


 面白くない。そんな言葉では片付けられないほど、はらわたが煮えくり返る。想像だと忘れて、思わず蒼に殺気を放つ。


「お前が千恵と……!」


 いきなり殺気を放つ蘇芳に、蒼は驚いて目を見開いた。


「おい、急に何だ。おれは何もしていないだろうが!」


 そこで、怒っていたはずの桜花が蘇芳の顔を両手で挟んで目を合わせた。


「もう、落ち着きなさい。多分、千恵が蒼と仲良くしているところでも想像したんじゃない? それでどうだったの?」

「……絶対に嫌だ。千恵には俺だけ見て欲しい」

「本当にわがままね。自分は千恵に桜花、桜花って言ってたくせに」

「千恵と桜花は違うだろう。桜花は母親だ」

「あら? 私は母親であり、恋人でもあるんじゃなかったかしら。それに、蘇芳は千恵が自分にとってどんな存在かなんてわかってないのに、束縛する権利なんてないでしょう。千恵が誰の恋人になっても構わないのよね?」


 蘇芳は黙り込む。

 恋人とは、好きで、一緒にいたい人、だったか。お互いをそう思うということは、千恵も相手を好きで一緒にいたいと思っているということ。

 そんな相手は想像できないし、したくもない。蒼のことを楽しそうに話していると思うだけで、蒼に殺気を飛ばすくらいなのに。


「いいわけがない! そんなことになったら俺は、相手の男に何をするかわからない……」

「わかったでしょう、蘇芳。千恵も同じなの。いつも蘇芳が桜花、桜花って話す度に千恵は辛かったと思うわ。私が消えることを悲しんでくれるのは嬉しい。でも、私は過去の人間なの。そしてあなたと千恵は今を生きている。過去の人間が今を生きる人の人生を邪魔したらダメだと思うのよ。だから私は千恵の中で二人の幸せを願ってる」

「桜花……」


 桜花は子どもを見守るような目で蘇芳を見ている。


 本当は桜花の気持ちをわかりたくなかった。桜花は過去だと、千恵に会ってから薄々気づいていた。桜花が出てこないのはその証拠だと。


 桜花は別れを告げるために出てきたのだ。


 因果応報なのかもしれない。復讐と称して多くの命を奪った自分への罰なのだ。

 そう考えて蘇芳は不安になる。


「……俺は、幸せになっていいのか……?」

「そうね……あなたは確かに多くの命を奪ったかもしれない。その人たちを大切に思う人からは恨まれたでしょうね。だけど、あなたも充分に苦しんだと思う。数百年も孤独に私を探し続けるのは辛かったんじゃないの?」

「……ああ」


 桜花と別れてからの日々を思い出し、蘇芳は両手で顔を覆う。


 怒りで我を忘れ、人を殺した。だが、胸に去来したのは虚しさと喪失感だった。そうして気がつけば鬼と呼ばれる本物の化け物に成り下がって。


 心は死んでいるのに、体は機能しているだけだった。死にたいのに、桜花との約束を果たすために生き続ける苦痛。


 誰の目にも留まらず、ただ彷徨い続ける日々。自分はここにいると叫んだところで聞こえもしない。そんな日々を支えていたのはやっぱり桜花だった。


 もう会えないなんて思いたくない。それでも受け入れるしかないのだ。桜花の最期の時のように。


 込み上げてくる思いは、言葉にならなかった。感謝、罪悪感、愛、悲しみ、様々な思いがないまぜになって、蘇芳の心を締め付ける。


 涙が溢れてきて、蘇芳の両手から零れ落ちる。桜花はそれに気づいて、蘇芳の両手を掴んで離させた。そのまま蘇芳を抱き締める。

 桜花も泣いているのか、蘇芳の肩が冷たくなった。


「あなたを一人にして、ごめんなさい。あなたを約束で縛り付けてごめんなさい。あなたを幸せにできなくてごめんなさい……」

「違う……! 俺は幸せだった。桜花に拾ってもらって、育ててもらって。間違えたのは、俺が馬鹿だったからだ。桜花のせいじゃない!」

「ありがとう、蘇芳……私もあなたと会えて幸せだった。頼りない私が親になれたのはあなたのおかげ。本当にありがとう。でも、あなたの恋人には本当の意味でなれなくてごめんなさい……」

「そんなの、どうでもよかったんだ! 俺は桜花といられるだけで幸せだったから……!」


 桜花は蘇芳から体を離して泣き笑いで蘇芳の涙を拭う。


「ありがとうね、蘇芳。あなたはやっぱり優しいままだった。また会えて嬉しかったわ。だけど、もうそろそろ時間みたい。私では蘇芳に恋を教えてあげられなかったから、千恵に教えてもらってね。これから先、人と鬼だということで色々な問題が出てくると思う。ちゃんと千恵と話し合うのよ、わかった?」

「……ああ、わかった」

「幸せになってね、蘇芳。私はあなたの幸せを願ってるから」


 桜花は再び蒼と小夜の方を向いた。


「それと、蒼。亜矢に会いたければ、私たちの生まれ育った場所に行ってみればいいわ。あと、小夜さん。きついことを言ってごめんなさい」

「わかった。ありがとう、桜花」

「……わたしこそ、谷原さんに酷いことをしてごめんなさい」


 殊勝な態度の小夜に、桜花は笑いかける。


「それは本人に言ってあげて。もう帰ってくるから。それじゃあ、蘇芳。元気で……」


 言い終わるなり、桜花は蘇芳に倒れかかってきた。気を失っているようだが、蘇芳にはわかってしまった。


 桜花はもうここにはいないのだと。


 蘇芳は千恵の体を強く抱き締める。千恵も桜花も蘇芳にとっては比べようもないほど大切な人なのだ。どちらか一方なんて選べるはずがない。


「桜花……、桜花ぁ──!」


 号泣しながら桜花の名前を叫ぶ。届かないとわかっていてもそれしかできなかった。


 もっと一緒にしたかったこともあった。もっと話もしたかった。こうして悔やんでも後の祭りだ。


 桜花は最後に教えてくれた。失ってから気づいても遅いのだから千恵と向き合えと。


 もう間違えない。桜花と千恵は違うのだ。千恵が帰ってきたら、たくさん話をしよう。千恵のしたいことを一緒にするのだ。


 だけど、今はまだ桜花のために泣くことを許して欲しい。千恵が帰ってくるまでは──

読んでいただき、ありがとうございました。

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