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桜の下で  作者: 海星
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桜花と蘇芳6(前世)

よろしくお願いします。

「蘇芳、山の様子がおかしいわ」


 山の中腹辺りで桜花は周囲の様子をうかがう。千恵には全く気がつかなかった。蘇芳も同様で、桜花と同じように周囲を見回して首を傾げる。


「いつも通りに見えるぞ」

「しっ! ちょっと黙って!」


 蘇芳が黙ると土を踏み鳴らす音がする。それもいくつもだ。この山には人は踏み入れないと草太が言っていた。どういうことだろうか。


「……村人だと思うんだけど。目的は何なの。狩りか山菜摘みかしら」

「ずっと避けていたのにか?」

「だってそれ以外に思いつかないもの」

「それなら俺たちは隠れる必要はないんじゃないか?」

「……いいえ、やっぱり隠れながら進みましょう。念のために、家もわからないようにした方がいいと思う」


 桜花は神妙な顔つきで蘇芳に言う。蘇芳はピンとこないのか、曖昧に頷いた。


 そうして二人は慎重に進み始め、その後を千恵が追う。


 しばらくして再び桜花は立ち止まった。


「……おかしいわ。足音が増えてる。それも音がする方向がバラバラよ。もしかしたら囲まれているかもしれない」

「そうなのか? 俺にはわからない……」


 そして蘇芳の声を遮って辺りに怒声が響き渡る。


「いたぞー! こっちだ!」


 驚いた千恵が振り向くと、後方に男がいた。その男の怒声に桜花たちの四方から返事がする。


「おおーっ!」


 そして六人の男が桜花たちの周りに集まる。どの男も目にギラギラとした光をたたえていて、今にも二人に襲いかかりそうな雰囲気だ。


 実際に男たちは武装している。(くわ)(すき)などの農具だけでなく、包丁や木製の弓を背負っている者までいる。これで狩りにきたという方が無理があるだろう。


 剣呑な雰囲気に千恵は生唾を飲んだ。

 だが、桜花は臆することなく男たちに対峙する。


「一体私たちに何の用ですか?」

「あんたにゃ関係ない。俺たちが用があるのは、そこにいる化け物だ。お前が村に病を持ち込んだんだろうが!」


 そう言って男は蘇芳を指差した。男の言葉に桜花は激昂する。


「ふざけたこと言わないで! この子は私の息子よ! 化け物なんかじゃないわ!」

「はあ? そいつが息子? あんたこそふざけてんじゃねえ。それともなにか? あんたも化け物の仲間なのか?」


 男たちは桜花にも狙いを定めようとしている。病で村人たちが何人も亡くなっているからといって、おかしな理屈で人を糾弾するのか。千恵には信じられなかった。


 蘇芳が桜花の前に出る。


「俺は人だ。それに桜花は俺の育ての母だ。俺たちは何もしていない」

「嘘をつくな! お前、草太の家から出てきただろうが。あいつと付き合いがあったんなら、お前があいつにうつして、そこから広がったに違いない!」

「それに何だ、お前の姿。俺は聞いたことがあるぞ。お前のような姿の化け物を鬼と言うんだろ」

「そうだ、この化け物が! お前がこの山に住んでいたせいで、俺たちの村は食べ物にも困ってたんだ。全部お前のせいだろうが!」

「お前のせいで悪いことが起きるんじゃねえか。この悪魔の子が!」


 聞くに耐えない罵詈雑言が蘇芳にぶつけられる。蘇芳はただ異国の血を引いているだけだというのに、ここまで偏見が酷いのかと千恵は憤る。


「蘇芳は何もしてないじゃない! 勝手なことばかり言わないで!」


 そんな千恵の言葉は誰にも届かない。これはもう過ぎ去った出来事なのだ。そうわかっていても言わずにはいられなかった。


 それは桜花も一緒だった。桜花は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「あなたたちにこの子の何がわかるのよ! どれだけ優しいか知らないくせに勝手なことばかり言わないで!」

「うるさい! いいからその化け物を寄越せ。俺たちの手で始末してやる」


 男たちは武器を構えた。男たちは本気だ。このままではやられてしまうと、千恵はハラハラする。止めたくても何もできないことが歯痒い。


 桜花が蘇芳に小さな声で言う。


「いい? 飛び道具を持ってるのは一人だけだから、合図をしたら走って逃げるわよ」


 蘇芳は黙って頷いた。


「おい、聞いてんのか。いいから来い」


 男が近づいてくるタイミングで桜花が合図を出す。


「行くわよ!」


 二人はそのまま駆け出した。足場の悪い山道でも、二人にとっては庭のようなものだ。逃げるのは容易い。


「待ちやがれ!」


 後ろから怒声が聞こえるが、二人は気にすることなく走って逃げる。千恵も遅れないようについていく。精神体だから疲れないし、体が軽い。楽々ついていくが、しばらく走っていた二人にとうとう限界が来てしまった。


 家が見つかってはまずいと、遠回りしていた。慣れた二人でも走り続けるのは限界だったのだ。二人は肩で息をしている。


「逃げ、きった、か、しら……」

「どう、だろう、な」


 二人は後ろを振り返った。その時、奥から何かが光って飛んできた。


「お願い! 逃げて!」


 いち早く気づいた千恵が叫んでも、二人には聞こえない。


 光るそれは真っ直ぐに蘇芳に向かっている。気づいた桜花は蘇芳の前に飛び出した。


 ──ズンッ。


 そんな鈍い音がしそうなほど、桜花の体に何かがめり込んだ。

 矢だ。桜花の胸を貫いて、そこから血が流れ出す。


「うっ」

「桜花!」

「桜花さん!」


 胸を押さえて桜花はうずくまり、蘇芳は悲痛な声で名前を呼ぶ。桜花は痛みか出血のせいかわからないが、額に脂汗を浮かべて苦しそうだ。


「くっ、こんな、もの……!」

「桜花さん、抜いてはダメ! 血が……!」


 だが、千恵の願いも虚しく桜花は引き抜いてしまった。逃げるのに邪魔だと思ったのかもしれない。そこから血が吹き出して、桜花の顔色はみるみるうちに悪くなる。


 もう逃げられる体力もないと悟ったらしい桜花は、蘇芳に言う。


「……蘇芳、私を置いて、逃げて。足手、まといに、なり、たく、ない」

「嫌だ! 一緒じゃないと逃げない。俺が桜花を負ぶっていく!」


 そうして蘇芳は桜花を背負い、再び走る。だが、その振動が辛いのか、桜花からは苦しそうな呻き声が漏れている。


「桜花、すまない。もう日が暮れる。暗闇に乗じて家に帰れば安全だろうから、早く家に帰ろう」

「そう、ね」


 桜花は答えるのもやっとだ。出血のせいか、顔色は紙のように白くなっている。止血をしたくても千恵には何も出来ない。桜花はどうして桜花にとっても辛い記憶を見せるのか。千恵はもう目を背けたくなった。


 そうして男たちをやり過ごしながら家へ帰る頃には日が暮れていた。男たちは明かりを持っていないだろうから夜の間は安心だろう。だが、桜花の具合は良くない。


「蘇芳、お願い。私を、桜の、木の下に、連れて、行って」


 息も絶え絶えに桜花は懇願する。蘇芳は泣きそうになりながら頷き、桜花を桜の木の下に運ぶ。


 空には哀しいくらい綺麗な満月が浮かんでいる。その満月が桜花の最期を見届けようとしていた。


「蘇芳、ごめん、ね。迷惑、かけて」

「……っ、違うだろう! 俺がお前にわがままを言ったから。俺が草太に会いたいなんて言わなければ……!」

「違う、わ。あなた、は、友だち、を、心配、した、だけ」


 桜花は力なく笑って蘇芳に手を伸ばす。蘇芳は両手で握りしめる。


「……いいから無理するな。お前は助かる。俺が必ず助けてやるから……!」


 桜花はゆるりと首を振った。


「……私、は、もう、助から、ない、わ……あな……たは、生き、て……」

「嫌だ! 一人でなんて生きられない。それなら、俺も一緒に死んでやる!」


 蘇芳の悲痛な声に、千恵の胸も引き千切られそうに痛む。初めて人の死に直面したばかりなのに、こんな運命は残酷過ぎる。


 今の千恵には涙を流すことができないし、嘆き哀しむ蘇芳に寄り添うこともできない。それが本当に辛かった。

 じっと見ていることしか出来ない千恵を余所に、桜花の記憶は進んでいく。


「……だめ、きっと……また、あえる……」

「嘘だ! お前は生まれ変わりを信じていると言った。だけど、本当に生まれ変わった奴なんているのか? わからないだろう。それに、生まれ変わったとしても、そいつはもう、お前じゃない。俺はお前じゃないと駄目なんだ。だからお前一人では逝かせない。俺だけじゃなく、お前をこんな目に遭わせた奴らも道連れにしてやる」

「やめ……て、誰の、せい、でも、ない……きっと、いつか、探し……やく、そ……」


 そこでいきなり周囲が真っ暗になった。明かり一つ見当たらない真っ暗闇に、千恵は不安に襲われる。


「え、何……? どうしたの? 桜花さん……?」


 すると急に眩い光に包まれ、千恵の意識は吸い込まれていった──。

読んでいただき、ありがとうございました。

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