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桜の下で  作者: 海星
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桜花と蘇芳5(前世)

よろしくお願いします。

 また光に包まれて、光が消え去ると、今度は山間の集落のようなところにいた。桜花や蘇芳の暮らす家のような建物が何軒も建っている。


「桜花さんは……と、いた!」


 桜花は粗末な着物を着た壮年の男性と話していた。男性の顔には疲労が滲んでいる。話の内容が気になった千恵は二人に近づいた。


「あの、草太に会いに来たんですが。彼はどこにいますか?」

「あ、なんだ、ねえちゃん。草太の知り合いか?」

「はい、そうです。しばらく会ってないので、どうしたのかと思って来たんです」


 男性は桜花の言葉に顔を曇らせた。


「それがなあ、あいつ、流行り病にかかっちまって危ねえんだ。ねえちゃんもうつるかもしれねえから、近づかない方がいい」

「そんな……助からないのですか?」

「ああ……残念だが、もう何人も死んでんだ。助からねえだろうな」


 男性は諦めを滲ませて桜花に告げる。途端に桜花の顔が泣きそうに歪んだ。それでもぐっと堪えて、男性にお礼を言うと、集落の中心とは反対に歩き始めた。


 集落から離れると、桜花は周囲を見回す。草が擦れるような音がして、影から蘇芳が出てきた。蘇芳は心配そうに桜花に尋ねる。


「それで、草太の様子はどうだった?」

「それが……」


 桜花は言葉に詰まって俯いた。その様子にただならないものを察したのか、蘇芳は桜花の肩を掴んで揺さぶった。


「草太はどうしたんだ? なあ、桜花!」

「……可哀想だけど、助からないだろうって」

「どうしてだ! あいつはまだ若い。これからだっていうのに……!」


 蘇芳は悔しそうに歯噛みする。桜花の肩を掴む手にも力が入って痛みに桜花の顔が歪んだ。それでも桜花は何も言わず、蘇芳の好きにさせている。


 蘇芳にとっては初めて直面した人の死なのだ。桜花にも蘇芳の気持ちがわかるのだろう。


 蘇芳は桜花の肩から手を離すと、桜花の手を握って歩き出す。蘇芳の予想外の行動に、桜花は慌ててその場に踏みとどまろうとする。


「蘇芳! あなたは目立つから行っちゃダメ!」

「……これが最後かもしれないのなら、会って別れを言いたいんだ。ダメか……?」


 蘇芳は足を止めて桜花に懇願する。だが、桜花の表情は険しい。


「……草太は可哀想だと思うわ。だけど、蘇芳は覚えてる? 草太と初めて会った時のこと。化け物って言われて石を投げられたわよね。また同じことにならないとは限らないのよ。それどころか、もっと酷いことになるかもしれない。やめた方がいいと思う」

「俺は……嫌だ。大切な友だちなんだ。もう十年の付き合いなのに、こんな終わり方は……お願いだ、桜花。せめて顔を見て別れを言いたい……」


 二人はしばらく見つめあっていた。だが結局折れたのは桜花の方だった。諦めたように溜息をついて渋々頷いた。


「……ただ、そのままじゃ目立つから、ほっかむりをして、目は絶対に合わせてはダメよ。わかった?」

「わかった。ありがとう、桜花」

「いいえ」


 桜花は自分の懐から手拭いを取り出すと、蘇芳の髪が見えないようにほっかむりをした。


「それじゃあ、行きましょう」


 そして二人は集落に足を踏み入れた。


 ◇


 集落は重い雰囲気に包まれていた。建物の外にいる人は少なく、子どもや老人がいないことに千恵は気がついた。どの人も表情は暗く、重い足取りで歩いている。


 そんな中、桜花と蘇芳は村人に場所を聞いて、こっそり草太の家へ向かう。


「ここ、みたいね」


 他の家とほとんど変わりないが、周囲に人気はなく寂しくぽつんと建っている。


 扉を叩いて、二人はその家に入っていった。


「……草太、いるのか?」


 薄暗い室内に蘇芳の声が響く。しばらくして蚊の鳴くような声が奥から聞こえた。


「す、お、う……?」

「っ、ああ、草太! 俺だ!」


 蘇芳は急いで声のした方へ駆け寄る。そこには息も絶え絶えな様子の青年が筵に横たわっていた。


 千恵は驚いた。

 これがあの草太なのか。子どもの頃も細かったが、今は眼窩は落ち窪んでしまい、ぼろぼろの衣服から見える手足は枯れ木のように細い。呼吸音もヒューヒューと苦しそうで、彼の命の灯は今にも消えそうだった。


 草太は声を振り絞る。


「か、え、れ……う、つ、る」

「何を言ってるんだ。帰れるわけないだろう! お前は俺の友だちだ。心配して何が悪い」


 青年はふっと笑ったが、咳き込んでしまった。蘇芳は慌てて草太の背中をさする。


「や、め……ひと、く、る……か、え、れ」


 草太が苦しそうに告げるのは、蘇芳を思いやる言葉しかない。最期の瞬間まで他人を思いやる草太に、千恵は切なくなった。


 助けたい、そう思っても、これは記憶でしかない。起こってしまったことは修正できないのだ。それなのに桜花は何故こんな記憶を見せるのだろうか。この出来事にも意味があるとわかっていても千恵には辛かった。


「……草太の言う通りよ。見つかる前に帰った方がいいわ」


 桜花も蘇芳に言う。

 桜花は何も意地悪で言っている訳じゃない。現にその表情は苦しそうだ。これも蘇芳を守るためだと自分に言い聞かせているのかもしれないと、千恵は思った。


「……何で俺はこんな風に生まれたんだ。大切な友だちと一緒にいることすら出来ない。俺もみんなと一緒がよかったのに……」


 蘇芳は悔しそうだ。そんな蘇芳に草太は力を振り絞って言う。


「す、お、う、は……す、お、う。それ、で、い、い」

「草太……」


 そして草太はゆっくり目を閉じて、呼吸が止まった。


「草太? おい、草太! 起きろ!」


 蘇芳は草太に怒鳴るが返事はない。それもそのはずだ。草太の魂はもうここにはないのだから。だが、蘇芳にはわからないのだろう。必死に草太の名前を呼び続ける。

 桜花は蘇芳の肩に手を置いて、静かに告げる。


「……蘇芳、残念だけど、草太は、もう……」

「……なあ、桜花。死ぬって何だ? 草太はどこへ行ったんだ?」


 蘇芳は涙を流しながら桜花に尋ねた。少し間があって桜花は答える。


「……死ぬっていうのは、もうその人と笑ったり話ができなくなること、かしらね。草太がどこへ行ったかは私にもわからない。だけど、私のお父さん、あなたのおじいちゃんは人は生まれ変わるんだって言ってたわ。だから、また草太はいつか生まれてくるんだと思う」

「……草太にまた会えるのか?」

「それはわからないわ。いつ、誰に生まれ変わるかなんてわからないから。それに生まれ変わる前の記憶があるかもわからない」

「わからない、ばっかりだ」

「それはそうでしょう。私は死んだことがないのだから。それよりも今は早くここを離れましょう。見つかれば大変なことになるわ。草太の気持ちを無駄にしないで」


 桜花は草太の亡骸に視線をやる。蘇芳は草太をしばらく見つめた後頷いた。


「わかった。行こう」


 そうして二人は草太の家を出た。村の中はやっぱり閑散としていて寂しい。二人は沈痛な面持ちで村を後にした。


 ◇


「蘇芳、もうほっかむりをとっていいわよ」


 村から離れたところで足を止めた蘇芳は桜花に言われてほっかむりをとった。蘇芳はその手拭いを持ったまま俯く。


「なあ、桜花。草太は長く生きられなかったが、幸せだったんだろうか」

「……それは私にもわからないわ。本人じゃないと。蘇芳はどう思うの?」

「わからない」

「そうでしょう? それは人が決めることじゃないもの。ただ私に言えるのは、草太は精一杯生きたと思うわ」

「そう、だな」


 重い足取りで家へと帰る二人はまだ、忍び寄る悪意に気づいていなかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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