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桜の下で  作者: 海星
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桜花と蘇芳4(前世)

よろしくお願いします。

 また光に包まれて、目を開く。もう何度も繰り返したので千恵もだいぶ慣れてきた。今度はどこだろうと、周囲を見回す。


 今は昼間のようだ。木々の隙間から柔らかな日差しが山菜摘みに夢中になっている桜花を照らしている。こうして見ても桜花の姿に変化はない。前回からそれほど時間が経っていないのかもしれない、そう思った千恵の前に、角はないが現在の姿の蘇芳が現れた。蘇芳は周囲を見回して桜花を見つけると、子どものような笑顔を浮かべて桜花に近づいてくる。


 その姿に千恵の胸が締めつけられる。蘇芳が桜花を好きなことくらいわかっていたはずなのに。改めて見せつけられると落ち込む。


 今は桜花と会えて幸せだろうか。少しは千恵のことを思い出してくれているだろうか。


 ──早く、会いたい。


 千恵を好きな訳じゃないとわかっていても会いたくなる。好きになって欲しいなんて言わない、ただ、会って顔が見たいのだ。最初はあんなに疎ましいと思っていたのに、我ながら現金だと千恵は自嘲する。


 そんな千恵を余所に、蘇芳と桜花は話し始める。


「桜花、帰ったぞ」

「あら、蘇芳。早かったわね。草太との話は終わったの?」


 桜花は手を止めて、よっこらせと立ち上がる。そのまま腰に手を当てて腰を伸ばすように後ろに反らした。


「ああ。草太に恋人ができたんだと」

「へえ、そうなの。それはおめでたいわね。あのちびっこ草太がねえ」


 桜花は昔を懐かしむように目を細めた。


 千恵も同感だ。千恵にしてみればついさっき、小学生にしか見えなかった彼に恋人ができたと聞いたのだ。それだけの時間が経ったのだなと不思議な気持ちになった。


 桜花は、自分が記憶の欠片だからいずれ消えると言った。こうして早回しのように場面が切り替わるのは、桜花に残された時間が少ないのかもしれない。


「それで、蘇芳は恋人を作らないのかと聞かれた」


 蘇芳はぽつりと言う。桜花は目をぱちくりとさせて、気まずそうに蘇芳から視線を逸らした。


「そ、そう。蘇芳も恋人がいてもいい年頃だもんね。草太が言うのもわかるわ」

「それで、恋人というのはどんな存在だと聞いたら、草太は好きな人で、一緒にいたい人だと言うんだ」

「うんうん、それで?」

「それならもういる、って答えた」

「ええっ! 私は知らないわよ! いつの間に……」


 桜花は驚いて目を見開いた。それから寂しそうに俯き加減で呟いた。


「何を言っているんだ、桜花のことだろう?」


 これにまた桜花は目を見開いた。蘇芳は呆れたように言うが、桜花からすると晴天の霹靂なのだろう。呆けていたが、はっと気づき、慌てて否定する。


「違うわよ! 私は蘇芳の母親であって恋人じゃないの!」

「だが、好きな人で、一緒にいたい存在が恋人なんだろう? 草太に桜花だって言ったら親子だろうって言われたから、血が繋がってないって答えた。それなら問題ないって言われたぞ」

「何でそうなるの……」


 桜花は困惑している。

 千恵も同感だ。確かに母親は好きだし、一緒にいたい人かもしれないが、そもそも好きの種類が違うだろう。そう思ったが、蘇芳のように人と接することがほとんどない状況だと勘違いしても仕方ないのかもしれない。


「……それに、草太が言ったんだ。母親とはずっと一緒にいられないって。恋人ならずっと一緒にいられるんじゃないのか? なあ、桜花。お前も俺を置いていくのか? 俺を捨てた両親のように」


 桜花は蘇芳に生い立ちのことを話したのだろう。だから蘇芳は傷つき、どんな形でもいいから桜花との繋がりを求めている。


 これでは桜花が戸惑うのが千恵にもわかる。蘇芳は恋愛感情ではなくて、子どもが愛情を求めているような、そんな風に思えた。


 それに蘇芳は勘違いしている。恋人だって別れたら終わりなのだ。大切なのは肩書きではなく、心の繋がりだということを、蘇芳はわかってないようだ。


 桜花は蘇芳を安心させるように優しく語りかける。


「前にも話したけど、私は桜の精の血を引いているから、あなたよりも寿命は長いと思うわ。だからむしろ置いていくのはあなたの方。そうねえ、もしあなたが恋人が欲しいというのなら、あなたを見かけで判断しない素敵な女性を選びなさい」

「嫌だ。俺は桜花がいい。桜花が好きなんだ」


 蘇芳は真っ直ぐに桜花を見ている。迷いはないようだった。だが、蘇芳はちゃんとその意味をわかっていて口にしているのか、千恵にもわからなかった。


 桜花は俯き加減でしばらく考え込んでいた。やがて顔を上げると、蘇芳に真剣な表情で問う。


「……ねえ、蘇芳。恋人になってあなたはどうしたいの?」

「どうしたいって……これからもずっと一緒にいたい。それじゃあダメなのか?」

「ダメじゃないわ。だったら恋人じゃなくてもいいじゃないの。今までだって親子で姉弟で友だちで。そんなに恋人って名前が大切?」


 桜花が言うことはもっともだ。蘇芳からは恋愛感情というよりは依存に近い感情しか感じられない。


 蘇芳は眉間に皺を寄せて考えた後、桜花に答えた。


「やっぱり恋人がいい。草太は恋人の話をしている時、幸せそうだった。家族の話をするよりずっと。俺もそんな特別な存在が欲しい」


 子どものような理屈を大の大人が話すと違和感がありそうなものだが、蘇芳の性格を知っている千恵からすると納得してしまった。


 蘇芳は情緒が発達しきる前に体が成長してしまった。育った環境が特殊だったせいもあるのだろう。そのことに桜花は責任を感じている。千恵にはこの後桜花が出す答えが予想できた。


「……わかったわ。恋人になりましょう」

「ああ」


 嬉しそうな蘇芳とは対照的に、辛そうな桜花が千恵には印象的だった。

 桜花しか知らない蘇芳を拒絶したら蘇芳がどうなるかとまで考えたのかもしれない。だからといって、これが本当に正解なのかとも悩んだのだろう。


 千恵は桜花の言っていたことがようやく理解できた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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