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桜の下で  作者: 海星
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桜花と蘇芳3(前世)

よろしくお願いします。

 それから少し歩いたところが二人の家だった。二人がさっさと家に入っていくと、少年は何故か抜き足差し足で着いていく。その後を千恵も追う。


 千恵も写真でしか見たことがなかった囲炉裏に火が灯され、室内が温かな炎に照らされる。


「ふう。それで、あなたは明日帰るのね?」

「えっ、あ、うん。帰らないと、いけないんだけど……」


 桜花の問いに少年は俯く。いかにも訳ありの雰囲気を出しているが、桜花はまだ怒っているらしく黙っている。

 そこで桜花をちらりと見てから蘇芳が少年に話しかけた。


「おい。お前」

「は、はいいいっ!」


 余程蘇芳が怖いのか、少年の声はひっくり返った。それが更に桜花の怒りを煽る。


「ちょっと少年。蘇芳はただ話しかけただけでしょう。あんまり失礼な態度をとるようだと締め出すわよ」

「そ、それは、ちょっと。ええと、蘇芳、さん? 何ですか?」


 少年はおどおどしながらも答える。蘇芳は困ったような笑みを浮かべて、少年に話しかける。


「そんなに怖がらなくても何もしない。それよりもなんでこの山に来たんだ? 近づくなと言われていたんだろう?」

「そうなんだけど……今年は戦続きで、作った作物はほとんどお武家様に出したんだ。だから村の食料が厳しくて。この山は食べ物がいっぱいあるから、止められてたけど来ちゃった」

「へえ、そうなのね。って言う訳ないでしょう。勝手に人を化け物扱いした上に、蘇芳に怪我までさせて。言っておくけど、村に帰って私たちのことを話したら許さないからね」


 桜花は目を眇めて低い声で少年を脅す。すると少年は項垂れてしまった。それを蘇芳が苦笑してとりなす。


「桜花、その辺で許してやったらいいんじゃないか。こいつだって悪気はなかったみたいだし。俺は気にしない」

「蘇芳はそういうけど、少年は蘇芳にちゃんと謝ってないのよ?」


 桜花はちらりと少年を見る。少年は慌てて居住まいを正して、蘇芳に深々と頭を下げた。


「石を投げたこと、ひどいことを言ったこと、本当にごめんなさい。蘇芳さんはいい人だった。むしろ……」

「少年、何が言いたいかはわかるが、それ以上は言わない方がいい。桜花を怒らせると後が大変だ」


 少年が顔を上げて蘇芳を見ると、蘇芳は苦々しい顔をしていた。少年は思わず吹き出した。


「ぶっ、あはは。蘇芳さんも大変だね」

「そうなんだ。二人きりだから、特にな」

「なんだかわかるよ……本当に普通の人なんだ。怖がってたのが馬鹿みたいだよ」


 少年は肩の力が抜けたみたいだった。笑顔で蘇芳を見ている。蘇芳も釣られて笑顔になった。だが桜花だけは面白くなさそうな顔をしている。


「何なのよ、二人して。これじゃあ私が悪者みたいじゃない。息子を庇っただけなのに」

「そんなことはないぞ。桜花の気持ちは嬉しかった。ありがとう。だが、少年……」

「ぼくは草太だよ」


 蘇芳の言葉を遮って少年が元気よく遮る。蘇芳が怖くないとわかったからか、遠慮はなくなったようだ。蘇芳も怒らずに頷いて言い直す。


「草太も謝ってくれたからもういいんだ。訳があるみたいだし。桜花以外の人に会うことなんてないから、俺は嬉しい」

「蘇芳は優しいわね。やっぱり私の育て方がよかったからかしら」

「自分で言うな」


 桜花と蘇芳のやり取りに、草太は声を立てて笑う。二人は口を閉じて草太を見る。草太は笑いをおさめて蘇芳に言う。


「蘇芳さん。本当にごめんなさい、それと、ありがとう。ぼくはひどいことをしたのに許してくれて。もしかしたら嫌だって言われるかもしれないけど……ぼく、蘇芳さんと友だちになりたい。だめ、かな?」


 蘇芳は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


 千恵はそんな顔を見るのはは初めてで、思わず吹き出す。どうせ見えてないのだからいいだろうと、大きな声で笑ってしまった。


 固まったままの蘇芳に、桜花が助け船を出す。


「ごめんなさいね。初めての事で、どうしていいのかわからないんだと思う。怒ったり、嫌がってる訳じゃないから気にしないで。ほら、蘇芳。返事はどうするの?」

「あ、ああ。だけど、友だちって何するものなんだ?」


 立ち直った蘇芳が草太に問う。草太も少し首を傾けて考えた後、答える。


「何をするっていうか、一緒に遊んだり、話したり、仲良くすること、かなあ?」

「なるほど。桜花みたいなものなんだな」

「いや、違うでしょう」


 蘇芳のずれた言葉に、桜花がすかさず突っ込む。そこでまた草太が笑う。


「やっぱり蘇芳さんは面白いや。明日帰るけど、また遊びに来てもいい? ダメって言われても来るつもりだけど」

「だったら聞くな」


 また桜花が突っ込む。そんな風に楽しくその夜は更けていった。


 ◇


「それじゃあ、またね!」

「ああ」


 まだ完全に日は登ってないが、村人に疑われないように早めに帰るという草太を、桜花と蘇芳は見送る。

 千恵はその後ろに立って、その様子を見ていた。


 草太は何度も振り返っては手を振って歩きを繰り返していたが、やがて振り返ることなく歩いていき、姿が見えなくなった。


 寂しそうに肩を落とす蘇芳を、桜花は背中を叩いて励ます。


「大丈夫。またねって言ってたでしょう? また会えるわよ。よかったわね、初めての友だちができて」

「違う。初めての友だちは桜花だ」

「それも違うわよ。私は母親だもの」

「だが、草太は一緒に遊んだり、話したり、仲良くすることが友だちだって言った。全部桜花に当てはまるだろう?」


 蘇芳の鋭い指摘に、桜花は言葉に詰まった。やがて、面倒臭くなったのかうんうんと頷いた。


「そうね。私は母親で友だち、それでいいわ」

「なるほど。母親で友だちか。わかった」


 千恵にしてみれば蘇芳が何をわかったのかはわからない。だが、この辺りに蘇芳と桜花の関係性が見えたような気がする。


 蘇芳は母であり、姉であり、友人であり、恋人のような存在だと言い、桜花は恋人と名前が変わっただけでそれまでとは何も変わらないと言った。


 確かにやっていることは変わらないから、名前なんてどうでもいいのかもしれない。


 それなら桜花に対する蘇芳の本心を知りたいと思う千恵だった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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