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桜の下で  作者: 海星
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桜花と蘇芳2(前世)

よろしくお願いします。

 千恵がまた光に包まれ、目を開くと、鬱蒼とした森の中だった。どこまでも続く獣道は薄暗く、鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。ふと上を見ると、夕焼け空が広がっている。記憶の中だとわかっていても、一人きりでこんなところにいると不安になってくる。心細さに周囲を見回して人影を発見した。


 それは粗末な着物に身を包んだ小柄な少年だった。少年も不安なのか、背中を丸めて周囲を窺いながら恐る恐る歩いている。小学校の低学年くらいに見える少年の着物の袖から覗く手はかなり細く、栄養状態が悪いことが千恵にもわかった。


 この少年は誰なのだろう。これは桜花の記憶だから桜花がどこかにいるはずだ、と思っていたら、本人の声がした。


「ねえ」


 千恵も驚いたが、目の前にいる少年は文字通り飛び上がっていた。彼は泣きそうな顔でゆっくり振り返る。千恵もそちらを向くと、桜花が立っていた。


「ひ、人? 本当に人?」


 少年の不思議な問いかけに、桜花は眉を顰める。


「人じゃなかったら何なのよ」

「ひ、人だ……! よかったあ。あの、この山には化け物が住んでいるって聞いてたから、怖くって」

「へえ、()()()ね」


 桜花の声は不愉快そうだった。そんな桜花に頓着することなく、少年はペラペラと話し始める。


「そうなんだ! 大人たちは近づいたらダメだって言ったけど、この山は食べ物がたくさんあるから。誰かが食べ物を独り占めするために変な噂を流しただけだと思うんだよ。そんな、化け物なんているわけが……」

「おい、桜花。何してるんだ?」


 桜花の後ろから蘇芳が現れた。先程よりも成長して中学生くらいに見える。声変わりも終わって現在の声になっていた。

 少年は蘇芳を見るなりガタガタと震え始めた。


「ば、化け物!」

「は? 何を言って……」


 蘇芳は突然のことにどうしていいかわからないようだ。少年に困惑を滲ませながら話しかけるが、少年は蘇芳の言葉を遮る。


「おねえさん、そいつから離れて! 早く逃げよう!」


 少年は桜花の腕を掴んで引き寄せる。桜花は少年の予期せぬ行動にされるがままだった。


「ちょっと、どういうこと?」

「ぼくが気を引くからその間に逃げよう!」


 そう言って少年は足元から石を拾うなり、思い切り蘇芳に投げつけた。その石は蘇芳の額に当たり、血が滲む。蘇芳の表情は少し歪んだが、ただ黙って額を押さえた。


「「蘇芳!」」


 千恵と桜花の声が揃う。桜花は少年の手を振り払って蘇芳に駆け寄る。蘇芳の手を離させて額を見て、桜花は安堵の表情を浮かべた。


「大したことがなくてよかったわ。それにしても」


 桜花はくるっと回って少年を睨みつける。少年はどうしてそんな顔をされるのかわからず困惑しているようだ。おどおどと、視線を彷徨わせている。


「ちょっと、少年。私の息子によくも酷いことをしてくれたわね」

「え、息子⁈ おねえさん若いし、全然似てない……」

「だから何なの? 他人の家庭の事情にまで首を突っ込む権利があなたにあるのかしら?」


 桜花はかなり怒っている。桜花に睥睨されながらチクチク言われる少年に、千恵は少し同情してしまった。もちろん蘇芳にしたことは許せないが。


 少年は上目遣いに桜花を見る。少し間があって、頭を下げた。


「……ごめんなさい。大きいし、目の色とか、顔がみんなと違うからてっきり化け物だと……」

「まだ反省してないようね。この子はあなたと同じ人よ。あなたにこの子を傷つける権利なんてない。目障りだわ。さっさと帰って」


 桜花の辛辣な言葉に反応したのは意外にも蘇芳だった。


「桜花、もういい」

「よくない。どいつもこいつもそうやって、自分の基準から外れたものを認めない。何で何もしていない蘇芳がこんなことをされないといけないの?」

「だからもういいんだ。俺が言いたかったこと全部桜花が言ってくれた。小さい頃から山から出たらダメだと言ってきたのはこういうことなんだな。俺は桜花しか知らなかったから、自分がどんな容姿をしているか気にしたことがなかった。他の人からはそう見えるのか。だから桜花は俺のためにこの山にこもっているのか?」


 桜花は不機嫌なまま蘇芳の問いに答える。


「違うわ。私はそんなご立派な人じゃないもの。蘇芳がいいならもう帰りましょう。それじゃあ、少年。もう二度と会わないといいわね。さようなら」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 蘇芳と桜花が少年を置いて歩き出したら、少年が慌てて桜花に追い縋る。


「もう日が暮れるし、こんなところに置いていかれたら……」

「そんなのあなたの都合でしょう。私には関係ないわ」

「おい、桜花。大人気ないぞ。誰かは知らないが、俺が怖くなければ勝手についてこい。ついてこなければ置いていく」


 千恵からすると、蘇芳も桜花もどっちもどっちだと思う。親子って似てくるのだな、と妙な納得をしてしまった。


 スタスタと歩いていく蘇芳の後に桜花が続き、少年が慌ててついていく。


 だが、この記憶が桜花の見せたかった記憶なのか。

 この少年がどう関わってくるのかわからず、千恵は不思議に思いながら三人の後を追った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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