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桜の下で  作者: 海星
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復讐の連鎖

よろしくお願いします。

「どうして……どうして、来たの⁉︎」


 千恵は悲痛な声で叫ぶ。蘇芳の輪郭が涙でぼやける。


「すまない。もっと早く来るつもりだったんだが。付いて来るなと言われて、悩んでしまった」

「……っ、違う! 全部、私の、せい。こうなったのは、私のせい、なのに……っ!」


 蘇芳の声は落ち着いていて優しい。そんなに優しくされる資格なんてないのにと、千恵は目が回りそうなほど、ブンブンと勢いよく頭を振る。


「いや。巻き込んだのは俺だ。こいつは俺を憎んでいるからな。だが、どうして今なんだ? これまでだって機会はあっただろう?」


 後半の言葉は蒼に向けてのものだ。蘇芳の怒りを滲ませた問いに、蒼はクッと小さく笑った。


「おれだって暇じゃない。お前が桜花を探していたように、おれは亜矢を探していた。お前にばかり構ってられるか。だが、ようやく桜花を見つけた。亜矢と桜花は仲の良い姉妹だったから、桜花といれば亜矢に会えるはずだ」

「亜矢って……」

「ああ、千恵はわからないか。桜花の妹で、こいつの恋人だった」


 もうこの頃には涙が止まっていた。千恵は目を擦って蘇芳と蒼を交互に見る。そして、改めて蒼を見た時に、既視感を感じた。


「あれ、蒼さんって、何となく鷹村さんに似てる……?」

「……ええ、そうよ。わたしは蒼の子孫だから」


 千恵の腕を掴んでいた小夜が答える。小夜を見ると、どこか辛そうに目を伏せていた。前に言っていた小夜の大切な人というのは、蒼なのかもしれない。あの時、小夜はその彼に恋をしているのだと思った。その彼が自分の先祖だとしたら。小夜の気持ちを思うと切なくなる。


 だが、それに触れるのは小夜は望んでないだろう。千恵は気づかない振りで話を続けた。


「それなら鷹村さんは、桜の精のハーフと、鬼の間に生まれた子の子孫ってこと?」

「違うわ。蒼は元々、人間だった。私は、その時に人間の女性と結婚して生まれた子の子孫になるの。亜矢さんとは蒼が鬼になってから知り合ったそうよ」


 蘇芳といい、蒼といい、人が鬼になるのはそんなに簡単なことなのか。千恵は疑問に思って問うた。


「ねえ、人ってそんなに簡単に鬼になれるものなの?」


 千恵の疑問に、蘇芳と蒼は正反対の反応を見せた。

 蘇芳は痛みを堪えるような表情の後に俯き、蒼は虚をつかれた表情の後、可笑しそうに声を上げて笑い始めた。自分はそんなにおかしなことを聞いたのかと千恵は困惑し、眉をひそめた。


「何がおかしいの?」

「いや、蘇芳は何も言ってないんだな。まあ、言えるわけないか。聞いたら桜花は許さないだろうからな」

「どういうこと……?」

「おれたちは人殺しだ。それも怒りや憎しみに任せて何人も殺した。まあ鬼になる正確な条件はわからないが、おれたちの共通点はそれだ。なあ、蘇芳?」


 信じられない思いで蘇芳を見ると、悄然と項垂れていた。その様子から事実なのだと察した千恵の背筋が寒くなる。


「まさか、本当に……?」

「……桜花、すまない。お前は誰のせいでもないからと俺を止めたのに。俺はお前を失ったことで正気じゃなくなりかけて、お前を殺した奴らに復讐したんだ……」


 蘇芳の言葉がリフレインしていた。嘘だ、信じたくない、どうしてと、思考がぐるぐるしている。

 千恵の倫理観が蘇芳を許せないのか、千恵の中の桜花が、約束を破った蘇芳を許せないのかはわからないが、千恵の視界が怒りで真っ赤に染まった。


「桜花さんはあなたに復讐を願わなかったんでしょう⁈ なのにどうして……!」


 そんな千恵の言葉に反応したのは蒼だった。馬鹿にするように鼻で笑うと、千恵を見下す。


「お前はずっと綺麗事ばかりだな。おれは元々武士だった。戦いで武勲を挙げて出世し、主の娘を娶り、五人の子どもに恵まれた。だが、おれが力をつけるのが面白くなかった奴らに嵌められて、一族郎党皆殺しだと問答無用で襲われた。多勢に無勢で、娘一人だけはかろうじて逃したが、妻や他の子どもたちを守れなかった。目の前で妻子を殺される無力感、悲しみ、憎しみ、怒り、お前にその気持ちがわかるのか?」

「それは……」

「それに蘇芳だってそうだろう。あいつは村八分で桜花しかいなかった。そんな存在を奪われて、どうして許せると思うんだ?」


 蒼の言いたいことはわかる。それだけの思いをしたら、確かに許せない。考えたくないが、もし千恵も家族を理不尽に奪われたら相手を憎むだろう。それでも──。


「……私は蘇芳に人殺しはして欲しくない。過去は変えられないけど、これからはもうしないで……」

「千恵……」


 蘇芳は真っ直ぐに千恵を見ていた。蘇芳が今何を考えているかはわからないが、千恵の気持ちが伝わればいいと思う。

 すると、蒼が苛々と話に割り込んできた。


「だからといって、おれは蘇芳を許した訳じゃない。蘇芳はおれの刀で村の奴らを斬り殺した。しかもその刀を村に捨てていった。そのせいで偶々村を離れていた生き残りが蘇芳がやったことに気づいたんだ。そして、父親に会いにお前の住処を訪ねてきた亜矢を殺した。それに村の奴らが桜花を殺したのは何故だ? お前のせいだろうが!」


 言い終わると同時に、蒼から強い風が巻き起こった。風圧で飛ばされそうになるのを、小夜と固まって踏ん張る。

 そんな中、蘇芳は涼しい顔で立っている。


「……そうだな。俺が村に行ったせいで、あんなことになった。まさかあの時、疫病が流行っているとは知らなかった。異国の血を引いているせいで悪魔の子だ、お前がいると悪いことが起こるとか言われていたから、俺は考えるべきだった。俺が与える影響を。そのせいで桜花と亜矢は死に、俺は鬼になった」

「わかっているんだったら、死んで罪を償え!」


 蒼は蘇芳に飛びかかった。着物を着ているとは思えない身のこなしで、蘇芳はあっという間に間合いを詰められる。蒼が右手を振り上げると、鋭い爪で切り裂こうとする。それを蘇芳はさっと避ける。


 千恵はその様子をハラハラしながら見ていた。


 どうしてこうなったのだろう。

 蘇芳は桜花のために復讐をした。そして村の生き残りはそんな蘇芳を許せなくて復讐をした。今は蒼が事の発端になった蘇芳に復讐しようとしている。


 結局、復讐を繰り返しているだけだ。これで本当にいいのだろうか。千恵は自問自答する。桜花の願い、そして千恵の願いは、そんなことじゃないはずだ。


 ──止めなきゃ!


 幸いにも風は止んでいる。戦いに気をとられている小夜の手を振りほどくと、蘇芳の元へ急いだ。


 そして、蒼がフェイントをかけて蘇芳が釣られて上体が傾いだ。その隙を逃さずに蒼が左手を振り下ろした。


「間に合わない!」

「千恵⁈」


 千恵は勢いよく走って、蘇芳を突き飛ばした。予想外だっただろう蘇芳は、千恵の力でも簡単によろめいた。そして振り下ろされた左手の爪が千恵の背中を衣服ごと切り裂いた。


「痛っ!」

「おい、千恵!」


 ジクジクと背中が痛んで、千恵はうずくまった。蘇芳は中腰になって千恵の肩を抱いた。千恵の勢いに呆気にとられた蒼は立ち尽くしている。先程までの怒りは消えたようで、千恵はほっと息を吐いた。


「おい、大丈夫か? 蒼、お前……!」


 蘇芳は千恵の様子をうかがいながらも、蒼を睨みつける。

 だが、今なら二人とも話を聞いてくれそうだと千恵は痛みを堪えながら口を開く。


「もうやめて、二人とも。こんなのやっぱり間違ってる。復讐が復讐を生んで、また復讐するの? もう、そんなの嫌。蒼さん、亜矢さんは復讐してくれてありがとう、って言うと思う?」

「……わからない」

「それなら、時間がかかるかもしれないけど、一緒に亜矢さんを、探そう? それで本人に聞こう?」

「……だが、おれは」

「蘇芳が許せないなら、それでいい。でも、もう喧嘩はしないで。亜矢さんに、会うまでは」

「……わかった」


 神妙な面持ちで蒼は頷いた。それを見て、ほっとした千恵の体から力が抜けて、蘇芳が正面に回り、抱き留める。


「おい、千恵! 大丈夫か!」

「大丈夫。少し、気が抜けた、だけ。蘇芳は怪我、してない?」

「……っ、ああ! お前のおかげだ」


 蘇芳は背中の傷に触らないように、千恵を軽く抱きしめた。


「よかった……でも、ごめんね。もう限界……」

「おい! 千恵! 死ぬな!」


 蘇芳にもたれかかるように、千恵はそのまま気を失った。


読んでいただき、ありがとうございました。

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