表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の下で  作者: 海星
14/46

蘇芳の優しさ

よろしくお願いします。

「落ち着いたか?」


 蘇芳の声が上から聞こえて、千恵はずっと抱きしめられたままだったことに気がついた。その逞しい胸板に、蘇芳が男性だと思い出した千恵は恥ずかしくなってもがく。


「うん、ごめんなさい……」


 千恵が離れようとしても、蘇芳はしっかり掴んで離さない。


「ちょっと、蘇芳。離して」

「嫌だ。もうしばらくこのままでいいだろう? こうしていた方が落ち着くと聞いた」

「……反対に落ち着かないわよ。誰よ、そんなこと言ったの」

「桜花だ」

「まあ、そうでしょうね」


 気持ちが大分落ち着いた千恵は淡々と頷いた。蘇芳にとって桜花は絶対だ。それ以外の人の名前を聞いたことがない。


「怒ったのか……?」


 蘇芳は体を離すと、硬い表情で千恵の顔を覗き込んでくる。先程千恵が癇癪を起こしたことを気にしているのだろう。千恵は首を振って苦笑した。


「さっきのは私が悪かったわ。ごめんなさい。あれはただの八つ当たりだから気にしないで」

「いや、だが……」

「嫌われることには慣れてたつもりだったけど、やっぱり辛くて。だから蘇芳に当たっちゃった。本当にごめんなさい。さっきのことは気にしないで」


 蘇芳にとって桜花がどれほど大切な存在かはわかっている。それを千恵がどうこう言える立場じゃない。

 それにこうして線引きをすることで、これ以上蘇芳に千恵の心へ立ち入って欲しくなかった。


 蘇芳が守りたいのは桜花の魂であって、千恵の心じゃないのだ。千恵は臆病だから、こうすることでしか自分を守れない。


 笑顔を貼り付けて蘇芳を見る。すると、蘇芳は不機嫌になった。


「嘘をつくな」

「嘘じゃないもの。私は平気。今までだってこんなことはあったもの。今度だって乗り越えられる」


 ──そう、独りであっても。


 千恵は俯いて膝の上に置いた手を握りしめる。その手に蘇芳の冷たい手が重ねられた。


「自分がどんな顔をしているか、わかっているのか? 無理をするな。俺はお前の味方だ。何でも言ってくれ」


 心が弱っているから、そんな蘇芳の優しさに縋りたくなる。でも、今の千恵には蘇芳の優しさは毒だった。じわりじわりと沁みていって千恵の心を弱らせるのだ。これ以上は聞きたくない。流されそうになる心を叱咤して、千恵は声を上げて話題を変えた。


「そんなことより! 蘇芳も河邑さんがやったと思う? 私は違うと思うんだけど」

「あ? ああ……」


 蘇芳は驚いて瞬きをすると、顎に手を当てて天井を見る。


「……俺も違うと思う。河邑という女は暴言を吐いたが、あの紙から感じる嫌な気配は感じなかった。あの気配は混じり合っていて判別しにくいが……」

「混じり合ってるってことは、一人じゃないのね?」

「ああ。だが、一つは前に感じたことがあるやつだな。お前の友人に憑いていて追い払ったやつだと思う」

「そうなんだ……でも、蘇芳。だからといって、人を攻撃しようとするのはやめて。私なら大丈夫だから」


 千恵の言葉に蘇芳は不服そうに鼻を鳴らした。


「お前を傷つける奴をどうしてお前は許すんだ。俺は許せない」

「許す訳じゃない。蘇芳は鬼で、私はあなたがどれだけ強いのかわからない。そんなあなたが攻撃して、人が死なないって言える?」

「……言えない」


 少し考える様子を見せてから蘇芳は悔しそうに答える。

 千恵は嘆息した。やっぱりあの時止めてよかったのだ。


「もう絶対にやめてね。もし人に危害を加えたら、許さないから」


 精一杯顔をしかめて蘇芳に注意をする。蘇芳は叱られた犬のように項垂れた。


「……もう、しない」

「それならいいわ。じゃあ、次の授業に出るから、蘇芳は好きにしてて」

「俺もついていく」

「……別に守らなくていいのよ。私は一人でも平気だから」

「……俺は、邪魔なのか?」


 蘇芳の眉は悲しそうに下がっている。どうして蘇芳の方が傷ついているように見えるのか。千恵と桜花が違うとわかっていても、やっぱり桜花を選ぶくせに。そう思っても、千恵は蘇芳を拒めないのだ。


「そんなことない、けど……」

「なら俺も一緒に行く。お前一人じゃ、心配だ」


 そうやって優しい言葉で千恵の心を翻弄する。

 蘇芳は酷い。絶対に蘇芳に心を傾けたりなんかしないと、千恵は心の中で誓った。


 その後教室に戻ると、小夜が駆け寄ってきた。


「もう大丈夫なの?」

「うん。心配してくれてありがとう」

「それにしても、酷いわね。誰があんなことを……」


 小夜はちらりと成実を見る。千恵もつられて視線をやると、こちらを見ていた成実と目が合った。

 千恵が作り笑いを浮かべると、成実は不快そうに眉を寄せて、思い切り視線をそらされた。


「やっぱり河邑さんなのかしら」


 小夜がボソッと呟く。千恵が小夜を見ると、小夜はまだ成実を見ていた。


「……河邑さんじゃないと思う」

「何でそう思うの? 河邑さんの言葉、聞いたでしょう?」

「聞いたけど……でも、違うの。どうしてかって聞かれると、なんとなくとしか言えないんだけど」


 まさか、蘇芳がそう言ったからとは言えない。千恵は曖昧に言葉を濁した。小夜は納得したのかしてないのか、そう、とだけ言って黙り込んだ。


 千恵は不安だった。

 良くない霊が増えていることや今回のこと。考え過ぎかもしれないが無関係だとは思えなかった。蘇芳が言った複数の悪意。それはあの一枚の紙で収まるのだろうか。


 これからもっと良くないことが起こりそうな予感に、千恵は薄ら寒いものを感じていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ