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桜の下で  作者: 海星
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小さな異変

よろしくお願いします。

 それからは学校では小夜、家では蘇芳と過ごすことが増えた。


 小夜と一緒にいると、自然と人が集まる。女子だけでなく、男子までも。それは千恵にとっては苦痛だった。


 元々人付き合いの苦手な千恵だ。話しかけられてもうまく答えることができない。小夜は気にすることはないと言ってくれるが、他の人が同じように思うとは限らないのだ。


 それに、小夜の周囲に集まるのは人だけではなかった。小夜の友人にはいつも何かしらがそばにいる。それが良いものならいいが、稀に悪いものもいるのだ。そういったものは、蘇芳が追い払ってくれていたのだが──


 ◇


「どうしたの、谷原さん。顔色が悪いわよ?」


 小夜が心配そうに覗き込んでくるのを、千恵は笑顔を作って首を振る。


「気のせいだと思う。何でもないから」

「そう?」


 昼休みになって、小夜と一緒に教室でお弁当を広げていた。最近では小夜とお昼も一緒に食べるようになったが、未だに千恵は慣れることができない。


 千恵の正面には小夜がいて、お互いの両隣には小夜と仲の良い女子が座っている。いつのまにかここが千恵の定位置になっていたが、皆の会話についていくことができず、話を聞きながら相槌を打つだけだ。

 だが、今日はその相槌を打つのも一苦労だった。


 小夜の左隣にいる女子の背後には、男性の霊がいる。それも激しい怒りと憎しみを撒き散らしているあまり良くない霊が。

 彼はずっとぶつぶつと恨みつらみを口にしている。眼窩は落ち窪んで、そこから放たれる眼光は鋭く千恵を射抜くようだ。


「死ね」


 彼は恨みつらみの合間に、千恵を見据えて口にする。この世の全てのものに怒りを抱えているようだが、千恵を見て言うものだから千恵が恨まれているようで酷く気分が悪い。


 いつもなら追い払ってくれる蘇芳は、先程もっとタチの悪い霊を追い払うために離れてしまった。そして蘇芳が離れた途端にまた寄ってくる。


 ──おかしい。


 これまでも確かに人外を見てきたが、立て続けにタチの悪い霊を引き寄せることはなかった。そもそも見ないようにしてやり過ごしていたら、諦めて離れて行ったのだ。それなのに、どんなに目を逸らしても付きまとわれる。蘇芳のせいだとは思わないが、千恵自身が蘇芳と関わったことで心境の変化があった。それが影響を及ぼしているのかもしれない。


「千恵、大丈夫か?」


 思わず息を呑んだ。ちょうど蘇芳のことを考えていたら、帰ってきた蘇芳に後ろから話しかけられた。振り返ると、蘇芳が心配そうに様子をうかがっている。力無く笑いかけると、蘇芳も笑顔になった。だが、蘇芳はすぐに千恵から視線を外し、真顔で霊を威圧した。すると霊はふっと姿を消した。


 途端に千恵の周囲の空気が和らいだ気がして、千恵はほっと息を吐いた。


「谷原さん、後ろに何かあるの?」


 小夜に話しかけられて正面を向く。小夜は千恵ではなく、その後ろを見ていた。千恵の後ろには蘇芳がいるが、今は見えていないはずだ。そう思った千恵は否定する。


「何か聞こえた気がしたけど、気のせいだったみたい」

「そうなの? さっきまで顔色も悪かったし、本当に大丈夫?」

「うん、だいじょ……ひっ」


 言いかけて止まる。不意に後ろから手が伸びてきたのだ。白くてゴツゴツした手。その爪は鋭くて誰のものだかわかる。


 蘇芳の手だった。


 そのまま千恵の額に手を当てるが、その冷たさにまた千恵は小さく悲鳴を上げた。慌てて千恵は立ち上がる。


「ごめんなさい! 気分が悪くなったから、ちょっと保健室に行ってくるね!」

「うん、気をつけてね」


 皆に見送られて、千恵は人がいないところまで急ぐ。その後を蘇芳がマイペースについてくる。

 教室から大分離れて人がいないのを確認すると、千恵は蘇芳に向き直って小さな声で文句を言った。


「ちょっと、蘇芳。いきなり触らないで。びっくりするじゃない」

「いや、だって、桜花は俺の調子が悪い時はああやって熱を測っていたぞ」

「それは間違ってないけど、私が言いたいのはそういうことじゃないの。いきなり触られたらびっくりするでしょう?」

「じゃあ、触るって言ってから触ればいいんだな」

「なんか、それも違う……」

「千恵が何を言いたいかわからない」

「それはこっちの台詞よ……」


 千恵は疲れたように嘆息する。だが、蘇芳は気にも止めず話を続ける。


「それより、本当に調子は悪くないのか?」

「え? ああ、ちょっとあの霊の気に当てられちゃって、少し参ってただけ。いなくなったからもう平気」

「そうか。それならいい」


 蘇芳はほっと息を吐き出す。その様子に千恵は大袈裟だと苦笑した。だが、蘇芳は真面目な顔で反論する。


「人は脆い。いつ死んでもおかしくないんだ。桜花だってそうだった。もう置いていかれるのは嫌なんだ。だから、千恵は死なせたくない」

「桜花さん、ね……」

「なんだ?」


 やっぱり蘇芳は桜花のことしか考えてないのだ。わかっていても何故か複雑な気持ちになって呟いた。蘇芳は眉をひそめている。


 説明したところでわかってもらえると思えないし、何より千恵自身がわかっていないのだ。この話は終わりだと、千恵は話題を変えた。


「ううん、何でもない。それよりもちょっと気になったんだけど、最近近づいてくる霊が増えてる気がするのは、私の気のせいだと思う?」

「いや、それは俺も思った。それも良くない奴ばかり寄ってきている」

「でも、どうして……」

「そうだな……良くない奴は、人の悪意に集まりやすいからな」

「それって私が悪意を撒き散らしてるって言いたいの?」


 千恵は善人ではないが、悪人でもないと自分では思っていた。だが、ひょっとして、無意識に誰かを恨んだり妬んだりしていたのだろうか。

 真剣に悩む千恵に蘇芳は首を捻る。


「いや、そうとも言えないだろう。例えばお前の周りにいる人間が引き寄せている場合もあると思う」

「私の周り?」


 そう考えても千恵には見当もつかなかった。そもそも友達も胸を張って「いる」とはいえないのだ。じゃあ家族なのか。だが、あの両親がそんなことを考えているとは思えない。それは千恵の希望なのかもしれないが。


「……やっぱりわからないわ。そんなに強く人を恨んだりする人が本当にいるの?」

「さあな。人は笑っていても心の中では何を考えているのかはわからないだろう?」

「それはそうだけど」


 人に迫害されてきた蘇芳には思うところがあるのだろう。淡々と人を信じていないような言葉を口にする蘇芳に、千恵の胸は痛んだ。


「まあ、何にせよ、気をつけるに越したことはないだろう。あまり変なものと目を合わせるな」

「うん、わかった……」


 悪意は見えるものならいいが、見えないから余計に怖い。その悪意がいずれ見える形になって降りかかるとはこの時の二人にはわからなかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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