好きという気持ち
よろしくお願いします。
「そういうことだから、私は鷹村さんの相談に乗れそうにないの。ごめんなさい」
「ううん、気にしないで。でも、あの人と年齢も違うし、外国の人みたいなのに、どこで知り合ったの?」
「えっとね、うちのお母さんの遠い親戚なの」
「へえ、あんなカッコいい人と親戚でいいね」
千恵は小夜の言葉に苦笑する。親戚という設定にしているだけで、赤の他人だと言えばもっと突っ込まれそうだ。あらかじめ決めておいてよかった。
さっきから小夜は蘇芳の話ばかりだ。これ以上聞かれるとボロが出そうで、千恵は話題を変えた。
「それより、鷹村さんの好きな人ってどんな人なの?」
「そうね、谷原さんの親戚の男性と同じくらい素敵な人。わたしじゃ釣り合わないと思う」
小夜は自嘲気味に笑う。だが、千恵はそう思わなかった。
「鷹村さんは美人だし、頭もいいのに。どうしてそう思うのか、わからないわ」
「ううん、あの人もずっと好きな人がいるの。わたしじゃ、太刀打ちできない相手」
「そこまですごい人なの?」
「……というか、その人はもう亡くなってて。やっぱり亡くなった人には勝てないわね……」
「あ、ごめん、なさい……」
辛そうに目を伏せた小夜に、千恵は悪いことを言ったと謝る。小夜の好きな人も蘇芳と同じなのだ。ということは小夜と千恵は同じ立場か、と思いかけてはっとした。
少なくとも千恵は蘇芳に恋愛感情は持っていないはずだ。危うく蘇芳に絆されるところだったと、蘇芳を見ると目が合った。
──俺はお前が好きだ。
このタイミングで思い出した千恵は顔が熱くなった。これでは蘇芳のことを意識しているようなものだ。千恵は慌てて勢いよく首を左右に振る。
気づいた小夜が怪訝そうに千恵を見ている。
「谷原さん、どうしたの。大丈夫……?」
「うん、大丈夫」
「一体何をやっているんだ」
呆れ顔の蘇芳が言う。誰のせいだと言いたいが、蘇芳に言ったところで通じない。一人で完結して疲れた千恵は小夜との話を続ける。
「……鷹村さんは、いつその人が好きだって気づいたの?」
「ううん、どうだったかな。覚えてないわ。ただ、気がついたら好きになってた。でも、皆そんなものじゃないの?」
「そうなの、かな?」
「谷原さんだってそうじゃない?」
そう聞かれて千恵は悩んだ。千恵の初恋は、淡いもので、失恋してあっさりと終わってしまった。それでも辛いとも思わなかったし、そもそも好きだったのかも今となってはわからない。
「……私はわからない。好きなのかなって思うことはあったけど、鷹村さんや、蘇芳みたいに深く誰かを思ったことがないから……」
「蘇芳?」
「あ、私の親戚」
「ああ、あのイケメンさんね。派手な顔立ちの割に、渋い名前なのね」
「そう、ね」
顔立ち以前に、額の角の印象が強すぎて、そこまで思い至らなかった。
そういえば、桜花が蘇芳の髪の色にちなんで名前を付けたと言っていた。
「……蘇芳の名前は、蘇芳の大切な人が名付けたって言ってたから。その人とのどんな思い出も、蘇芳は嬉しそうに話してた。だから、ああ、本当に好きなんだなって思ったの」
「そうなんだ……谷原さんは、それが辛いのね」
「え?」
「そうじゃないと、そんな切ない顔しないんじゃない?」
そう言われて、千恵は自分の顔をペタペタと触る。無意識にそんな表情をしていたのだろうか。
それを見て小夜は笑う。
「自覚がないんだ。話しながら切なそうな寂しそうな顔をしてたわよ。谷原さんはその蘇芳って人が好きなんじゃないの?」
「それは……親戚だし、友達みたいなものだから好きだと思う。でも、それだけよ」
「ふーん」
小夜は千恵を見て含み笑いをする。
「まあ、そういうことにしておきましょうか。だけど、早めに素直になった方がいいわよ。気がついた時にはもう遅かったってこともあるんだから……」
「この女の言う通りだ。失ってから気づいても遅いんだ」
ずっと黙っていた蘇芳が口を挟む。蘇芳は小夜の話をわかって言っているのだろうか。素直になれということは、蘇芳を恋愛感情で好きだと認めろということだ。
蘇芳とはまだ会って数日しか経っていない。それに蘇芳は鬼だ。それに桜花が好きで、と考えてふと気づく。これでは蘇芳を好きになっているのを、ただ否定したいだけに思える。
「そんな訳ない。だって……」
「何が?」
「ううん。ねえ、鷹村さん。好きになるのに時間ってかかると思う?」
そんなに簡単に人を好きになんてなれない。相手を知って、そこから始まるのではないかと千恵は思っていた。だが、小夜は否定する。
「そんなの関係ないわ。一目惚れだってあるじゃない。何がきっかけになるかは人それぞれだと思う。私だって知り合ってすぐ、この人が好きだなって思ったから」
「そういうものなんだ……」
納得する気持ちもあるものの、やっぱり千恵にはわからない。蘇芳への気持ちが何なのか。そもそも恋愛感情とはどんな気持ちなのか。
そんな話をしていたら、十字路に差し掛かり、小夜が立ち止まった。
「あ、わたしの家こっちなんだ。今日はありがとう。話を聞いてくれて。恋バナができる人がいないから嬉しかった」
「ううん、何だかごめんなさい。私、話すの得意じゃなくて」
「そんなことない。だから、また話そうね」
「え、いいの?」
「もちろん。今度は蘇芳さんのことも聞かせてね。それじゃ、また明日」
「うん、また明日……」
小夜は笑顔で手を振って反対方向へ歩き出した。その後ろ姿を見送って、千恵も歩き出す。その隣には蘇芳がぴったりとくっついている。
「……ねえ、蘇芳。さっき、失ってから気づいても遅いって言ったよね。それってどういう意味?」
「どういうって……俺は桜花とあんなに早く別れることになると思わなかったからもっと色々すればよかったと後悔した。そして桜花と約束したから桜花が生まれ変わってくることだけを信じて生きてきたんだ。それなのに桜花の魂を持った千恵は俺のことを忘れている。だが、もう後悔したくないから今度は桜花の魂を持つ千恵を守りたいし、前にできなかったことをしてやりたいと思う」
「……私は桜花さんじゃないわ」
千恵は下を向き、聞こえないくらいに小さな声で呟いた。
「何か言ったか?」
「気のせいよ」
好きという気持ちはわからなくても、自分を通して別の人を見ている寂しさはわかる。この気持ちにはどんな言葉が相応しいのかと、一人で悩む千恵だった。
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