小夜の相談
よろしくお願いします。
「谷原さん、一緒に帰りましょう」
授業が終わった後、小夜が来てそう言った。
その途端に周囲が騒めく。挨拶だけでなく、まさか誘われるとは。目立つのが嫌いな千恵にとっては周囲の視線が痛い。ここで頷きたくはないが、断っても後々面倒になりそうで、千恵は悩んだ。
ちらりと蘇芳を見ると、興味のなさそうな顔をしている。何となく裏切られた気がして、蘇芳に怒りが湧く。
そんな千恵に頓着することなく、小夜は千恵を促す。
「早く行きましょう、谷原さん」
「え、その……」
「いいから、早く!」
「う、うん……」
押しの強い小夜に思わず頷くと、小夜は満足そうに笑った。周囲の視線を気にすることなく小夜はスタスタと歩き出す。千恵は慌ててついていくが、その隣には蘇芳がいて、話しかけてくる。
「おい、どこに行くんだ?」
「……後で」
小さな声で言ったにもかかわらず、小夜はくるりと回って千恵を見る。
「今、何か言った?」
「ううん、何も」
「そう?」
小夜は首を捻っていたが、すぐにまた前を向いて歩き出した。千恵は黙っててと目で蘇芳に訴える。だが、蘇芳には通じない。
「千恵、何が言いたいのかわからないぞ。だからどこに行くんだ?」
まだまだ喋りたそうな蘇芳に辟易するが、千恵は無視して小夜について行く。
廊下に出ると、小夜は蘇芳とは反対側に並んで話しかけてきた。
「昨日はゆっくり話せなかったから、こうして話せて嬉しい。本当はもっと早く話したかったんだ」
「昨日も聞いたけど、どうして? 私は目立たないし、面白くもないと思うんだけど……」
友達の多い小夜が、千恵に興味を持つことがわからない。クラスの中でも地味で、いてもいなくてもわからない存在だ。そんなことを考えて千恵は密かに落ち込んだ。
だが、小夜の言葉は意外なものだった。
「……谷原さんを見てると、前のわたしを思い出すの」
「え? どうして?」
「わたしは中学生の間、友達ができなかったの。というか、作り方がわからなかった。いろいろあって、人が苦手になっちゃった」
いつも明るい小夜にそんな過去があると思わず、千恵は驚いた。
「でも、今は友達も多いし、そんな風には見えないけど……あ、失礼なことを言ってごめんなさい」
「ううん。そんなことない。前はそうだったけど、そんなわたしを救ってくれた人がいるの。その人のおかげで、また人を信じたいって思ったんだ」
「そうなんだ。いい人に出会えたんだね」
「うん、そうなの。本当にその人のおかげだと思う」
そう言って小夜は頰を赤らめた。それを見て、千恵は思わず口走った。
「鷹村さんは、その人が好きなのね」
「えっ!」
小夜は声を上げて、真っ赤になってしまった。図星だったのだろうが、そこまで驚くとは思わなかった。千恵は慌てて謝る。
「デリカシーのないことを言ってごめんなさい! 思ったことをつい言っちゃって……」
人付き合いの下手な千恵には、会話の続け方がわからない。小夜の気分を害してしまったのではないかと心配になった。
だが、小夜は笑って首を振った。
「ううん、気にしないで。ちょっと恥ずかしかっただけだから。好き、なんだと思う。って改めて言うと、すごく照れるんだけど。それで谷原さんに相談したかったのもあるの」
「私に?」
「うん。昨日のイケメンさん、谷原さんの彼氏でしょう?」
「違っ……!」
今度は千恵が赤くなる番だった。そのイケメンは見えないとはいえ、千恵の隣にいるのだ。思わず蘇芳の方を見てしまい、二人が尋ねる。
「どうしたの?」
「どうしたんだ?」
「何でもない!」
千恵は必死に頭を振って否定する。それから小夜は話を続けた。
「あんなにカッコいい彼氏がいると不安にならない? もっと綺麗な女性が現れて心変わりをしたらどうしようって」
「心変わりと言われても、そもそも彼氏じゃないから。あの人はずっと好きな人がいるの。私じゃないわ」
千恵がそう言うと、ずっと黙って聞いていた蘇芳が口を開いた。
「違う。俺はお前が好きだ」
千恵は思わず蘇芳の方を向いた。蘇芳の眼差しは真剣で、千恵に訴えかけていた。
だが、千恵はそれを内心で否定する。
蘇芳が見ているのは千恵の中にある桜花の魂でしかない。千恵を見ているようで見ていないのだ。そう思ってふっと心に寂しさが過ぎる。
「そっちに何かあるの?」
小夜の言葉に、千恵ははっとした。
──いけない。蘇芳は小夜には見えないのだ。
「ううん。気のせいだったみたい」
「そう? それならいいけど」
そんな話をしながら校門を出る。
「それで、さっきの話だけど。谷原さんはあの人のこと好きじゃないの?」
「え、好き……?」
そう聞かれて千恵は悩んだ。この場合、恋愛の好きかという意味だろう。だから違うと言いたいが、否定したら蘇芳がどう思うかわからない。ちらりと蘇芳を見ると、真剣にこちらを見ている。
蘇芳を傷つけず、否定するにはどうするかと考えながら千恵は答えた。
「……恋愛感情ではないけど、好きよ」
「それってどういうこと?」
「友達みたいな感じかな。そういう意味では好きってこと」
これでどうだと横目で蘇芳を見ると、嬉しそうに笑っている。蘇芳にとっては好きの種類は何でもいいのだろう。蘇芳自身もその違いをわかってないのかもしれない。
千恵はよかったと胸を撫で下ろした。
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