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屋敷の裏に畑を作ってもらっている間、ローマンと魔法陣をレンガの上に書いて行く。
「玄関ホールの魔法陣もペンキで描きなおしましょうか。」
「せっかく赤いじゅうたん敷いてあるのよ。何か別のやり方にしましょう。もったいないわ。」
「ではラグに刺繍をしましょうか。」
コンパスの要領で杭に紐をつけ、杭とつながる刷毛にペンキを付けて円を描いて行く。
「そうね。ラグはいい考えだわ。でも私の手で縫うのは難しいわ。」
「なんのために使用人を雇っていると思うのですか?」
つまり、女性陣にお願いするということだった。
全部自分でやろうとせず、周りにやらせてこそ、領主なのだといわれる。
魔法陣を書き終わり、スターチス他数名を呼ぶ。
庭に置きっぱなしの原石の前でこのままでは運べないといわれ自分でやろうとするのをローマンににらまれる。
アイテムから剣を出すと
「一刀両断!」
と、振り下ろす。
一切原石には触れていない。
でも、石は真っ二つになった。
スキル・一刀両断は攻略キャラがストーリー内で獲得するスキルの一つだ。
なんでも切ってしまう能力でダイヤモンドでもきれいな断面である。
今更だが、石を売りに行くのは誰がするのだろうか。
転移魔法がないと難しい。
でも、私無しでも稼いでもらいたい。
村人たちに魔法は使えない。
運びやすいサイズに切った原石だった物を魔法陣まで運ぶ。
一部のスキルは勝手に発動するため怪力である。
ローマンも力持ちだが毎日農機具を扱っていたスターチスの半分も持てないといった様子に比べ私は同じ量を持って何度も往復する。
「お嬢の力は何なんですか?」
疲労感のある真顔でスターチスに聞かれる。
「なんだか神様に愛されてしまったようなの。」
「そういう話も行動もあまり人前ではしないでください。お嬢なら簡単に逃げられるでしょうが狙われますよ。」
「大丈夫よ。信頼していない人には話したりしないわ。でも、大事な領民に黙っていたくもないわ。」
魔法陣にひとまずダイヤモンドだけを乗せ終わると
「それじゃあ行くよ!」
精霊たちがやってくる。
魔法陣が光、ダイヤモンドの輝きが何倍にも上がる。
「精霊……本当、お嬢が心優しいひとでよかったです。」
「ありがとう。さて、運搬方法ね。」
そう言っているとどこからかやってきた蝶が私の上に止まる。
「おや、バンダ様からですね。」
いったいいつ出した手紙だろうかと思いつつ開く。
距離で形を変えるべきだと何度言ってもバンダは蝶が好きだ。
家の中ならばいいが、タウンハウスからこの領までなら鳥か、飛行機にしてほしい。
バンダは無属性魔法が使える。
私も使えるがバンダほどうまくはない。
手紙を開くと迎えに来いという拗ねた内容だった。
「ちょっと行ってくる。」
「かしこまりました。」
疲れた様子のローマンはさすがに付いてこないようだ。
家に戻るとエリカが目の前にいて驚いた。
「あ、お嬢様。お帰りなさいませ」
「ただいま。バンダは?」
手紙を寄越しておきながら部屋にいなかった。
「早朝に起きられてそれからずっと機嫌が悪く、今は奥様のお部屋にいらっしゃいます。」
「そう。ありがとう。」
部屋をでて、お母様の部屋へ向かう。
ドアをノックするとドアが開き、お母様の楽しそうな声がする。
「ほらバンダ、デンファレが迎えに来たわよ。」
「知らないよあんな奴」
ベッドに上半身を乗せて足をぶらぶらさせている。
「手紙のことで怒っているの?」
ベッドの脇の椅子に背伸びをして座る。
バンダには無視をされるため
「今届いたわ。蝶ではなく飛行機にしてくれないと領まで時間がかかるわ。」
「ね、バンダ。お母様と同じことを言うでしょ。デンファレだって意地悪で無視したわけじゃなのよ。」
お母様に言われ、バンダは振り返る。
「僕も転移魔法使いたい。」
「今それで悩んでいるのよ。」
私以外にも転移魔法が使えないと宝石商へ売れない。
「あら、もう何かあったの?」
心配そうに聞かれ
「たくさんの鉱物が見つかったんです。昨日、さっそく宝石商へ売りに行きまして良い値を付けていただきました。一つ持って来ましたのでお母様にも」
一刀両断で小さくカットされたものを渡すがそれでも膝の上に乗せないと重たい。
「これって、ダイヤモンドじゃない?」
「はい。これの何倍も大きいな原石の岩盤がありましてラッキーでした。運搬について話合っているところです。」
「そう。ならば、お父様に相談して見なさい。あの方は自己の能力を他者へ、他者の能力を己へ一時的に貸す魔法が使えるわ。今のデンファレならきっとすぐにできるようになるでしょう。これはちょっと重たいわね。」
ダイヤモンドを一度お母様の膝からどかし、私の膝に乗せる。
そしてアイテムから万能ナイフを出す。
小さな刃で何を始めるのかという眼で見てくる母をよそにバンダはじっと私の手元を見る。
小さく振って一刀両断するとまるで寒天のように輪切りにされ、母は唖然としている。
それを近くの棚の上に置き、
「お父様はお城かしら?」
近くのメイドに聞く。
「はい、午前中はお城で執務とおっしゃっていられました。」
なら仕方ない、城へ行こう。
馬車で揺られる必要はないがお父様のお迎えも兼ねているということでカルミアに着飾らされ、王宮に到着した。
門番は馬車を見ただけで門を開けるようだから迎えということをわかっているのだろう。
大臣たちの馬車が並ぶ中、つい一時間たっていないほど前まで領地にいたせいか真っ白な城がまぶしく目を細める。
「お嬢様、旦那様のお仕事はまだ後三十分ほどありますよ。中で待ってはどうですか?」
従者に言われるが殿下に合わない保証があれば城の中に入りたい。
スキルと駆使すれば隠密もあることだしきっとばれないがバンダが一緒ではできない。
悩んでいると
「お前、オーキッドの娘か?」
男の子の声に振り返る。
そこには会いたくない人物がいた。
なぜここに? なぜこんなに早々に出くわしてしまうのだろうか?
振り返った先にいたのはこの国の王太子殿下だった。
「お、お初にお目にかかります王太子殿下。デンファレ・ラン・オーキッドと申します。」
「バンダ・ラン・オーキッドです。」
従者も並び深く礼を取る。
なぜ、目の前の幼い子供が殿下、攻略キャラだと判断が付いたのか。
それはカードゲームにある。
ゲーム内では着ない衣裳姿が見られるためカードバトルが苦手でもコレクションしているプレイヤーは多く、その中に幼い姿、年を取った姿もカードになっている。
殿下五歳のカードは天使だと話題になった。
それよりは少し幼いが間違いなく殿下だろうことは服装でもわかるし、城をうろつく子供なんて今は殿下しかいない。
「僕のことを知っているのか? ああ、式典に出ているもんな。」
勝手に自己完結している。
ちなみに、このゲーム、殿下とのエンドでヒロインをいじめた罪で断罪されるわけではない。
なので、殿下はいたって優秀な人である。
恋に盲目になることなく、国民と魔獣問題に立ち向かう。
だから人気なのだ。
「僕のことはチュールと呼んでくれ。ここで何をしているんだ?」
「殿下のお名前をお呼びすることすらおこがましいことを、心遣い感謝いたします。父に早く会いたく迎えに来たところでございます。」
「ああ、そうだ。頭を上げよ。」
忘れていたのだろう。
私はやっと礼をやめる。
隣でバンダがプルプルしていた。
「よかったらオーキッド卿の元へ案内しよう。」
「よろしいのですか?」
従者もメイドもつけずに一人歩きをするわけがない。
これはお勉強を抜け出してきたのだろう。
茶目っ気のある人でよくお目付け役に怒られていた。
「もちろん。噂で領地を自己資金で買い取ったと聞いた。その話も聞きたい。」
ずいぶんと早く噂が回っている。
従者に馬車で待っているようにいい、一人ぐらいメイドを連れてくればよかったと思う。
これでは完全に遊びに来ている友人のようだ。
慎重に廊下を選びながら進む殿下の後をついて行く。
やはりさぼりのようだ。
すれ違うメイドは何も言わないが従者や大臣だろう男性を見つけると壁に寄って隠れる。
それの繰り返しでやっとたどり着いた執務室。
なぜか殿下がノック、入室の許可を取るためドアが開いたとき、見慣れた我が家の従者は
「お嬢様⁉」
と、驚きの声を上げてしまう。
ああ、怒られるんじゃないかこれ
室内に入り、三人ならんでソファーに座る。
「それで殿下、わが娘と息子はなぜここに?」
「貴殿に用があるということで案内した。本来は馬車で待っているつもりだったようだが僕もお遊びに付き合ってもらった。」
つまりさぼりの片刃を担がされたのではないか?
お父様はまっすぐ私を見るため
「あの、帰りの馬車で教えていただきたい魔法がございまして、帰宅が待てず着てしまいました。申し訳ありません。」
「そのことはあいつから手紙が来ている。」
お父様は机の上にある箱を一回たたいた。
それは見覚えのある転送装置。
手紙や箱に入るサイズの物なら何でも送れる魔法道具で私のアイテムにもある。
「その手がありました……。」
手紙で向かう連絡をすればよかったと後悔する。
手元に同じ箱を出す。
箱には鍵があり届け先の箱に一度でも鍵を差すとつながる仕組みで箱には小さな鐘もついている。
届け先を指定し鐘を鳴らすと向こうの箱の鐘が鳴るため、近く居ればわかる仕組みだ。
難点として、急ぎの手紙には不便だ。
近くにいないと気が付かず、放置されることも多々ある。
従者がこまめにチェックするなり、持ち歩くなりすればいいが、そこそこ重さもあるため誰か改良してくれない者だろうか?
「僕も欲しい」
隣から私の袖を引っ張るバンダに箱をもう一つ取り出す。
隣通しで鍵を差し合っていると
「僕も!」
と、無邪気に殿下にも言われる。
父の顔を急いで確認するとゆっくりうなずいたためもう一つ取り出す。
「この魔法は珍しい。どうなっているんだ?」
ステータスにアイテムが収納されるとはいえず、
「四次元ポケットです。なんでもしまっておけます。」
お父様にはもう説明してあることだ。
なんでもかんでも取り出す娘に待ったをかけられたのは記憶に新しい。
お母様からの手紙を片手にお父様はため息をつきつつ、
「領地で鉱物資源が取れたようだな。」
「そうなのです。」