28
見学スペースから外に出るドアの鍵を開け出る。
その先にはユッカ様ほどのちいさなドラゴンたちが歩き回っている。
「この子たちは?」
アマリリスが驚きエキナセアに聞く。
「この子たちはここ一か月に産まれたドラゴンの赤ちゃんです。ドラゴンは約五十年かけ成体へと体を成長させ、成体になるとその後二百年以上生きることができます。保護区内で最も長生きのドラゴンは二千年生きていると豪語しておりますので、その生態はまだ未知数、大きさに寄っても、魔力に寄っても寿命は変化します。」
一匹のドラゴンがエキナセアにだっこをせがむように足元で飛び跳ねるため、抱き上げる。
それを見て、自分もしてほしいと赤ちゃんドラゴンたちが寄ってくる。
「ここではドラゴンの爪や鱗、牙などを回収していると聞いたが」
「はい。警邏中のドラゴン部隊が発見次第、背中かごにいれて持ち帰ることになっています。」
殿下は興味深く質問を重ねる。
「この保護区で寿命が尽きたドラゴンもいるのか?」
「もちろんです。このような保護区という形を作ったのは国内では初、隣国でも例はなく、貿易船の乗組員の話でも、ドラゴンが多く住むと言われる南の国にも無いというお話でした。それを踏まえ、ドラゴンからすると襲われることなく、最後を迎えられる場所としてこの地を選ぶ個体は多く、その際、古くなった鱗などを提供する代わりに眼球だけは傷つけないでほしい言われることが多いです。」
エキナセアは今日回収されたドラゴンの鱗をポケットから取り出し、見せながら話す。
「眼球? なぜ?」
「はい。ドラゴンにとって眼球は命よりも大事な物のようで、密猟品にはその眼球をアイテムに加工することで元のドラゴンの能力を身に着けたアイテムが完成します。」
「つまりはドラゴンの魔力は眼球に多く集まっているんだな。」
人間とは輝きも澄み具合も違うドラゴンの瞳。
だが、密猟者に狙われ、片目を失っているドラゴンも保護区内に住んでいる。
「おそらくそういうことなのでしょう。ドラゴンの願いということでそのあたりは研究しきれていない領域になります。鱗や牙などを提供してくれることも多いのですが、この地を最後の楽園と選んでくれたのですからどのドラゴンにも代償を求めることなく、その身を傷つけずに埋葬することがほとんどです。」
「ほとんど?」
デンドロが少し眉間に皺を寄せながら聞く。
「はい。ほとんどです。研究者と仲良くなったドラゴンが稀に自分の死後研究に使ってくれというためありがたく検視という形で解剖をすることがあります。これは国王陛下の許可をいただき、報告もしているため問題はないのですが、一般の方には話せる内容ではありません。この話を殿下にお伝えするかどうか、デンファレ様のお父様経由で陛下にお伺いしたところ、必ず伝えるように言われました。」
エキナセアは時々、お父様と文通をしている。
仕事の話、私の話、自分の話、手紙の内容を毎度見せてもらっているという不思議な文通。
「陛下はこの話を聞いた俺の意見が聞きたいのだろう。俺はそれがドラゴンの意志ならば、受け入れる。だが、強制や許可のないことならばデンファレの領地のこととはいえ、口を出す。」
強いまなざしで私を見ながら言うが、それは陛下に伝えてほしい。
「もちろん、強制などをする者がいればその場で首が落ちるようになっています。」
「え?」
デンドロがまた眉間に皺を寄せる。
そこまでしなくてもという顔だが、
「こちらにいる職員には全員ドラゴンと話ができるように付与アイテムをお渡ししていますが、それにはドラゴンの意に反する行い、その命を奪う行いをした場合、その場で死刑になるという契約の元、雇っていますので他よりは給金は高く、領内では研究者としての爵位である博位を付けています。これは保護区設立に当たり、陛下のご命令でもあります。密猟者を防ぐ柵があるのに、中にその命を奪う者がいては意味がない。そういうご意見でした。法令に順次、首輪が陛下の命令と同義であるとし、職員は皆身に着けております。」
私の話にエキナセアが襟元を緩め、首を見せる。
そこにはリボン程度の薄い生地のチョーカーがまかれており、それが契約のアイテムである。
「ドラゴンに攻撃ができるのはここの所長であるエキナセアと私、訓練中のドラゴンスレイヤーのみです。」
「ドラゴンスレイヤーとは?」
ネリネがいろいろメモを取っていた手を止めて聞いてくる。
「王宮飛来の事件を受け国家資格にドラゴンスレイヤーという枠ができました。主な業務は暴れているドラゴンを落ち着かせ、我が領地に運んでくるというものです。もしも反撃を食らった場合、攻撃ができ、自身の命、民の命が脅かされそうになった場合のみ、殺すことが許可された仕事です。ですが、その後に殺すという判断が適切だったかという審議を王廷裁判にて決定いたします。もしも、殺す必要はなかったと判断された場合、死刑は免れません。」
「その審議は適切に行われる保証はあるのですか?」
アイテムからまた荷物を取り出す。
「目撃者がいない場合は本人の話のみとなるため適切とは言えません。そのため監視アイテムを身に着けることになります。この監視アイテムも法令にのっとり作動しています。対象人物の行動を十年にわたり記録、寝ている間もお風呂の間も監視され続けている状態ではありますがそれでも、国家資格を得た者がいればドラゴンの飛来が確認されるポイント付近の住民は安心した生活に一歩近づくことができます。」
イヤーカフに付いた小型カメラと記録用の魔石。
こんな小さな物で十年分も記録できるのかと疑問を持たれながらも
「民の安全とドラゴンの命を預かる仕事か。なかなか難しいな。」
と、憂いた顔で殿下が言う。
「ドラゴンを密猟者から守るためには致し方ないことと思っていますが、人の命がかかわることです。まだ一度も審議は行われておりませんから、陛下がどう判断し、私がどこまでかかわるのか、まだわからないことも多いのです。」
足元で遊びまわるドラゴンを一匹抱き上げる。
ここにいる赤ちゃんの多くは密漁により母親が殺され、オークションに出品されていた卵から産まれた。
摘発は王都内数か所で行われ、一気に百を超える卵が保護区にやってきたのは一年ほど前の話だ。
保護区設立間もなくで、職員も勝手がわからずてんやわんやしていた。
いつ産まれるのか、有精卵なのかもわからない卵はまだ三分の二近くが施設で保護されている。
ドラゴンの卵は温める必要はない。
爬虫類や両生類の卵のように外気温で孵化するが、孵化までの年数は解らず、そもそも産卵したのかもわからないため、一匹目が孵ったときは職員一同涙を流して喜んだ。
この話は王都でも新聞の記事になり、一時は保護区に侵入者も多かった。
夜通し、保護区内を歩き回り、密猟目的の侵入者を捕まえ、侵入経路を割り出し、さらに頑丈な柵を付け直す。
そんなことがあったため領地全体を結界で囲むことになった。
保護区の柵は触れると雷に打たれたようになる。
人や獣が誤って触れないように、柵の数メートル前には弱い電流を模した熱と衝撃、音の出る針金が通っている。
電流に触れるとブザー音もなるためその音と刺激に驚き、獣なら逃げるし、近くの民には気を付けるように伝えてあるが、この辺りに居住するのは三軒のみ、さらに言えばこちら側に来る用事はなく、第二領館の横を通り、商業地区へ向かうだけだというため迷い込まない限り人は来ない場所だ。
「たまに新人の警邏部隊の子が注意不足で当たってしまい、謝りにくることもありますが、人の生命にかかわるレベルではないため、針金程度なら問題ありません。柵に直接触れるとブザーではなく警報が鳴り響き、触れた人物は失神してしまうので、心臓が弱いと死ぬ可能性もあると思います。」
「ドラゴンたちには影響はないのか?」
「あの子たちの嫌う匂いを発する装置も作りましたので、柵には近づかず、外に出る際は飛んでいくので問題ありません。」
主に殿下と話をしてはいるが、皆真剣に聞いてくれているようで、ヴィオラもドラゴンに興味を持ったのか足元にいる赤ちゃんの頭をなでている。
赤ちゃんの多い見学スペース近くから離れ、木々が生い茂る場所へ入ると
「ここにはドラゴンの巣もあり、母親が自分で孵化まで面倒を見ることも多く、その場合は職員とよく話し合い、他のドラゴンの縄張りに干渉しない場所へ移動してもらうこともあります。」
「ドラゴンにも縄張りがあるのか?」
もう使われていない巣の前で話していると殿下に聞かれる。
妙に静かな森の中で、私たちの気配しか感じない。
「個体によって変わりますが、大きな個体ほど、縄張りを持つ傾向があります。」
『俺は無いけどな。』
不意の声に顔を上げるとどこに隠れていたのか、そのでかい図体で隠れられていたのかと思ってしまうほど、気配も風もなく現れたクロに皆驚きの顔をする。
『それが今の王か?』
「いいえ、この方は次代の王ですよクロ。」
『そうか。じゃあ間違えた。』
間違えたとはなんだ?
「間違えた?」
『そいつが女王の騎士に向いていると思っていたが俺の勘違いの様だ。』
「女王とはドラゴンの女王のことでしょうか?」
殿下が普通に話しかける。
言葉がわかるのだろうか?
そういえば、以前もそんな話をしていたような気がする。
女王とは何かと聞かれたことを思い出す。
『お前は騎士にはならないだろうが、良き王にはなりそうだ。』
そういうと、クロは翼を広げて飛んでいった。
「殿下、あのドラゴンと話を?」
「ああ、だが、勘違いだったらしい。王ではないのなら女王の騎士には向かないと言われてしまった。」
ネリネが心配そうに殿下に聞く。
少し残念そうだが、くしゃりと笑って殿下は言った。
その時、翼から放たれる独特の風圧で、クロが戻ったのかと再び空を見上げる。
だが、そこにいたのは
「デンファレ様!」
「ドラゴン部隊は殿下たちを連れて至急第二領館に向かいなさい!」
と、口にしたは良いが、それよりも早く、翼から放たれた風圧が強くなり
「きゃあぁ!」
アマリリスの悲鳴と、その名を叫ぶクレソンの声がした。
「デンファレ、転移魔法!」
「ダメよ。ドラゴンも一緒に運びかねない!」
手をつないだ特定の人物を運ぶ方法と、私を基点に円形に魔法陣を広げ、この場の全員を運ぶ方法があるが、手は届かず、魔法陣は上空の生き物も転移させることから使えない。
翼の風がまた一段と強くなり、着地するのだと思ったその時、
「殿下!」
「チューベローズ‼」
殿下を呼ぶネリネとデンドロの声に仮面があっても開けにくい目を開き、状況を確認する。
土埃が立ち、草木がかすれて音がなり騒ぐ中、
「うわあぁーー‼」
と、殿下の声が聞こえたと思えばどんどんと小さくなり、そして風が止んだ。
「デンファレ様、お怪我は?」
「それよりも殿下は⁉」
声がした方にはもう姿形はなく、バンダはマロニエと地面に伏せ、デンドロとネリネは何とか立っているがそこには殿下の姿がない。
クレソンはアマリリスを支えて身を低くしていた。
「あのドラゴンに連れていかれたようです。もしかしたら王宮飛来の目的は殿下だったのかもしれません。」
「一大事よ。人為的ではないにしろ、殿下がさらわれたのだから」
エキナセアに目配せをするとすぐにアマリリスを立ち上がらせ、ケガの有無を確認。
「クレソン様、このまま第二領館まで転移を、ローマン様に報告をお願いします。」
「わ、わかった。」
クレソンは頭を押えながらそう答える。
ケガをしているのならば領館に戻り、手当をしなくては、
「マロニエ、バンダ。あなたたちはネリネ様とお兄様を連れて見学スペースへ戻って、騎士に報告後、お父様へ報告。処罰は事の解決後に受けると伝えて」
「デンファレは?」
「このまま捜索を続けます。エキナセアはドラゴン部隊を集め騎士に同行させなさい。職員にも通達を忘れないで」
「かしこまりました。」
背中から翼をだし、上空へ飛ぶ。
邪魔な仮面を外し、探知スキルを発動させる。
多くのドラゴンが脳内画面にヒットするがどの子は目的のドラゴンではない。
どこまで飛んでいったのか。
まだ結界を出た気配はない。
三百六十度、探知をかけていると殿下の魔力を見つける。
緋色に近い燃えるように輝く魔力は殿下の属性に光と火そして雷があるからこその輝きだろうか。
その輝きに向かって真っすぐ飛び出すが、私の翼では遅い。
干支の竜を召喚し、その背に乗るが、それでもまだまだ追いつけない。
『何してんだ?』
「殿下があのドラゴンに連れていかれたのよ!」
『そうか、手伝ってやろうか?』
「お願い!」
クロの気まぐれではこのまま離れていってもおかしくないが、今日は殿下がいるためか協力してくれるという。
『じゃあ乗りな。落ちるなよ。』
竜を消してクロの背中に飛び乗ると、着地と同時にクロがスピードを上げる。
これでは体がもたないと思い、風圧を結界で受け流すために船首のような形で展開し、前方がやっと見えた。
その頃にはもう、目視でドラゴンを見ることができる距離だった。
「ドラゴンは殿下を連れているわ。むやみに攻撃できないの。」
『また祝福とやらをすればいい。あれは人間には聞かないだろ?』
「…そうなの?」
『あいつはそう言っていた。』
あいつとはだれか、聞く余裕は今は無い。
ここからならば祝福も届くだろうかと両手を組み、願うように顔の前に上げる。
「“聖女の祝福”」
前回の初めてよりも、幾分余裕がある。
ドラゴンはふらふらとよけながら降下、効いているのか、それとも地上で何かするのか、クロも高度を下げていく。
祝福を展開したまま、たどり着いたのは渓谷。
「ここって、女王がいる渓谷?」
『ああそうだ。あいつ、俺と一緒で勘違いしてやがるな。』
「女王を目覚めさせるための騎士…」
ならば、もしも目覚めなかった場合、殿下に危害を加えかねない。
クロは急ぎ四足歩行で渓谷を進んでいく。
『この先だ。』
「あそこにいるわ!」
渓谷の途中には踊り場程度の崖があり、その先は半円状に彫られ、一体のドラゴンが丸まって寝ているように見える。
クロが反対側の壁にある崖に飛び乗り、若いドラゴンの様子を見始めた。
『女王、なぜ目覚めないのですか。こいつではないのですか⁉』
『ありゃあ、だめだ。胸水派の奴だ。』
「胸水派?」
胸水派とは、なんとも聞きたくない名称である。
『ドラゴンの帝国を夢見る連中が女王を神格化してあがめてんだよ。特徴は言動がおかしく、一種の精神病の伝染に寄るものだと考えられているが教祖ぶったやつが若いやつらを巻き込んで最近問題になってる。』
ドラゴンの世界でもそんな宗教がらみの案件が起きているなんて知らなかった。
「じゃあ、女王を目覚めさせて何か願いでもかなえてもらおうとでもいうの?」
『いいや、女王を目覚めさせる騎士を連れてきた者に同格の力を授けると言いふらされている。まあ、あいつの場合は騎士がいない女王を不憫に思ってやってきたってところに見えるがな。』
「とにかく、殿下を助けないと」
クロから飛び立ち、反対側の崖に着地する。
そこでもう一度聖女の祝福を使う。
『や、やめろ!』
「デンファレダメだ! 苦しんでいる!」
殿下に止められた。
殿下はその手に握りつぶされない程度に持たれているが苦しそうではある。
「ですが殿下、早くしないとあなたの命が危ないのですよ!」
「俺は大丈夫だ! それよりもこいつの話を聞いてくれ!」
なんだ? 殿下はいったいドラゴンから何を聞いたのだろうか。
だが、結果で言えば殿下が投げるように捨てられ、祝福の影響で錯乱したドラゴンはそのまま渓谷へ落ちていった。
「クロ!」
『解ってる』
クロが回収に向かったが間に合うだろうか。
殿下にケガの有無を確認すると少し脇腹を強く握られたようで服をめくると内出血になっていた。
この程度ならば治癒ですぐに直せるため一安心。
と、思ったら、背後で動き出す気配に二人でゆっくりと視線を向ける。
そこには真っ白にピンクの光沢をもったドラゴンが優しいまなざしでこちらを見ている。
『私を目覚めさせたのはあなたですか?』
これがどちらに聞いているのかと殿下と顔を合わせる。
女王が動くためすぐにそちらに視線を向けると目の前に女王の顔があり驚きで肩が跳ねる。
そのためが、急に殿下が私を抱き寄せるように腕に力を入れた。
『あなたを、あなたたちと私とこの子の騎士と認めましょう。』
この子?
女王の足元には卵あった。
女王の鱗に近い、白にピンクの光沢をもつ、それだけで美しい卵は内側から打ち付ける衝撃で少しだけ亀裂が入っている。
これはユッカ様の時と同じだと思い、殿下と卵に近づいた。
女王は私の側から顔を離さないことから少しだけその顔をなでると目を細めた。
私が女王の騎士なのだろうか?
では、卵から産まれるのが女王の子、王女ならばその子の騎士に殿下がなるのだろうか。
こつこつ、としばらく続いた後、ひょっこりと卵の上部が持ち上がった。
まるで絵に描いたように産まれたのはピンク色の鱗の体に、腹部が白い鱗で覆われ、尾の先が金色で瞳がさわやかな緑のドラゴンだった。
これではヒロインと全く同じ風貌ではないか⁉
そもそも、高等部へ進学後に出会い、ドラゴンスレイヤーの称号を得たのは女王の騎士になったためだ。
王女の騎士ではない。
なぜこうなった?
なんで私が女王の騎士なの⁉
「美しいな。幼くとも、こんなに美しいものを見たのは初めて……いや、デンファレの次に美しい。」
「そこは訂正いただかずとも、ドラゴンの美しさに敵うとは到底思っておりません。」
まあ、殿下にけがもなかったし、戻ろうかと思ったが女王たちをどうすべきかと首を傾げると
『私たちのことはお気遣いなく、そのうちあの子が戻ってくるでしょうから』
あの子とはクロのことが、それとも若いドラゴンのことか。
まあ、今度はなしを聞きに来ることにしようと、殿下の手を取り、見学スペースへ転移した。
「うっ」
と、声を小さく漏らせば、殿下が心配気な顔でこちらを見てくる。
「おや、これはこれはデンファレ様、お早いお戻りでしたね。緊急事態と聞いていたのですが、ヘレボルスでは事情が把握できていない。バイオレットもわからない。令息は混乱状態。統率もできない領主とはお飾りですか?」
そこにいたのはドラセナ魔術師団長だった。
嫌味しか言えないのかと顔が引きつる。
「ご無沙汰しておりますわドラセナ魔術師団長様。あなたが自ら来られるとは思いもしませんでした。」
「なあに、明日の警護の下見も可ね、広がったという領地を見させてもらいに来たんですよ。ああ、それと魔法官になりました。」
魔法官。
魔導士は騎士や軍人と同じ下っ端の兵士に過ぎず、王宮で魔導士や魔法関連の案件を扱うのが魔法官。
管轄には神官や神殿も含まれる。
「あら、それはおめでとうございます。奥様もご子息もご令嬢も、お喜びになられたのではございませんか?」
「あいにく家には戻っておりませんので、それと喜びの言葉は十分もらったので結構です。」
「あら残念。そういえば、あの時の魔石はどうなりました? 我が領でも加工の職人の腕もずいぶん上がり、同レベルの魔石の加工もできるようになりましたの。」
「あれはせがれに持たせるアイテムに加工しました。魔法があまり得意ではないものですから」
「どちらのご子息?」
「下の子です。」
ドラコ・ドラセナ。
下の子とはこの子のことだ。
攻略対象キャラであり、唯一の兄弟ルートの弟の方だ。
兄、姉、自分と年子の兄弟であり、ドラコのみ母親が違い、現在のドラセナ夫人である。
兄姉の母親は姉出産時にマロニエの母同様に亡くなってはいるが学年は違えど、姉とドラコでは半年しか違わず、さらに再婚しているのだから誰の子か、はたまた浮気かと使用人からはドラコは疎まれて育った。
その結果、姉のお遊びで着せられたドレス姿を気に入り、女装をして過ごすという私とは逆なことをしている。
ダンジョン発見時にドラセナの息子は女装をしていると聞いているためすでに始めており、ゲームをやっていた身からするとぜひそのまま続けて、兄弟禁断の愛ルートを拝みたいところだが、このルートでももちろん私は死ぬ。
女装をしながら時々行方不明になるドラコは人体作用属性で気配を消して行動できるため十分な魔力が遺伝しているのは確かで、魔石が必要なほどではないはずだ。
そうなるとスキルの認識誤差も発動しているんだろう。
これは今度会いに行ってみたいものだ。
ゲームファンとして!
「ぜひ、ヘレボルスの奥様とお会いする際にお子様方ともお近づきになりたいわ。」
「ご自由に、私は報告へ向かいます。ただのドラゴンの遊びに巻き込まれただけとしましょう。」
よくわかっている。
ここで問題を起こせば明日の側妃様の来領はなくなるし、殿下が直接かかわれば残り一日でもお泊り会は終了になってしまう。
子供が嫌いでも、殿下の思いは無下にはできないようだ。
「デンファレはドラセナ魔法官と知り合いだったか。」
「ダンジョン散策の際にお世話になりましたわ。」
なんて殿下に言っている間に見学スペースからネリネとデンドロがやってきた。
「チューベローズ、ケガは?」
「ない。大丈夫だ。心配かけたな。」
「大ごとにならずに片付いてよかったです。デンファレ嬢も」
「ドラゴンをコントロールしきれず、申し訳ありませんでした。今後のためにも、対策を練らねばなりませんね。」
デンドロが頭をなでてくる。
そこで、仮面をしていなかったことを思い出し、急いで取り付けるがもう遅い。




