27
夕食後、今日はデンドロに呼び止められ、アマリリスはしばらくサロンでクレソンとおしゃべりをしているというため自室で話をすることになった。
「如何されましたかお兄様?」
「如何ってほどじゃないんだけど、お泊り会はあと二日だし、疲れがたまっていたりしないかなって思って、チューベローズよりも先に話しかけないと、また昨日見たいに遅くまで話をすることになるんじゃないかなって思ったから、その、あー、ちょっとぐらい休んだら? ここには僕しかいないし」
兄として、心配をしてくれたようだ。
でも、本人の口ぶりからして、疲れが目に見えているわけではなさそうだ。
「父様もよく、仕事が続くとその分気丈にふるまって疲れていないってアピールしてくるんだけど、母様にはお見通しみたいで、バニラを乳母に預けて仕事をさせないように執務室から連れ出しちゃうんだ。」
つまりは遺伝として似ていると思われたようだ。
確かに、ローマンにも仕事をやりすぎると執務室から追い出される。
ローマンも仕事が増えると息抜きをさせるようにはしている。
お母様がお父様のストッパーをしていたことには驚いたが、デンドロも私のストッパーになろうとしていることには少々むずがゆく感じてしまう。
「お父様の仕事量は何度か執務室にお邪魔したことがあるので知ってはいましたが、お兄様が戻られる前と比べたら、ずいぶんと仕事量を減らしておられる印象です。それでも、お母様にご心配をかけるほどの仕事量ではまだまだ、減らせることは増えそうですわね。」
「デンファレもだよ。あと二日分の予定も今日までの予定も全部デンファレが指揮っているってバンダが言っていたし、それに食事面の配慮も、僕らの生活面の配慮も、全部負担しているだろう。マロニエのことも、チューベローズのことも、警護にも加わっているってヴィオラの父さんが言っていたし、アマリリス嬢とネリネ、クレソンのこともまた、デンファレの負担になることも多いだろ?」
結構よく見ている。
殿下に付き添い、私の兄という立場からお泊り会の様子をよく見ていたようだ。
「今日はなんだかネリネとのことが解決したようだったし、チューベローズがスカミゲラに会いたいって話は気にしなくていいから、僕からもなんとか言っておくし、デンファレの負担は僕で止められるところはこっちでなんとかするから、相談してほしいんだ。兄妹として、バラバラで暮している分、あまり話をすることは少ないけど、デンファレの心配しているところには僕がいるってこと、忘れないで、いくらでも協力するから」
確かにデンドロを頼れば殿下の情報は簡単に手に入る。
でも、いまでも十分利用してきている分、私の中ではこれ以上の協力はいらない。
「その顔だって、わざとだろ? チューベローズを避けるためにも協力するよ。デンファレには家に帰れた恩があるから、何でも協力する。」
「……私、そんなにわかりやすいですか? ダンジョンでネリネ様にも言われました。顔のことは……」
なぜわかったのだろう?
そこもお父様に似ているなんて言わないよな。
「昨日の夜、チューベローズがデンファレやメイドと話をしている間にネリネと話をして、そういう結論になったんだ。決定的になったのはマロニエがあとから僕にだけこっそり教えてくれたんだけどね。デンファレには恩があるから、兄妹として、チューベローズの親友という立場にいるのなら手伝ってほしいって」
あの子、ばらしたのかよ。
秘密にするようにって言ったのに!
言った記憶はないけど、普通内緒にするでしょ!
「まだ、お父様やお母様には内緒でお願いいたします。王妃様や陛下のお耳に入っては時間稼ぎが無駄になってしまうので」
そういいながら仮面を外し、痣の幻覚を消す。
デンドロは優しく笑うと、私を抱きしめてきた。
少し気恥ずかしい。
「やっとデンファレの顔が見れた。良かった。」
そういえば、デンドロを迎えに行った際にケガをしたということになっているためこの顔を見せるのは初めてだった。
「後、僕が勝手に思っているだけなんだけど、デンファレの属性には人体作用もあるよね? 神の寵愛のスキルがあるって今日言っていたけど、もしかしてその力の中には全部のスキルが使えるとか、魔力やレベルがけた違いとか、そういう能力につながっているのかなって思って、それで、気づいたんだけど、スカミゲラとデンファレって同一人物だよね?」
「……。」
気付いた?
スカミゲラとしては一度もデンドロとは会っていない。
それで気が付かれた?
マロニエですら少し似ていると思われた程度、ネリネもアマリリスもクレソンですら気が付いていないのに、なぜ?
「…なぜ、そう思われるのですか?」
「バンダと話をしている時の様子がデンファレの時とスカミゲラの時で全く一緒だなって思ったんだ。スカミゲラとして何度かバンダと討伐に出ているだろう? 僕、二回ぐらい王都のギルドで二人を見たことあったんだ。まだバンダとそんなに仲良くできていなかった頃とつい最近。」
最近はギルドからの依頼を受ける回数は少なく、バンダと一緒になることはまずない。
でも、今年の建国記念日を過ぎたあたりで、お母様からバンダが家に帰らないという相談を受け、デンファレの姿では目立つため、スカミゲラの姿でギルドで待ち伏せ、話をした。
結果で言えばひねくれている真っ最中で、全く話はできずに終わり、その後私たちの誕生パーティーまで話をする機会はなかった。
パーティー中にバンダを捕まえ、話をしたが、これまた結果は聞いているようで聞いていなかった様子、風船を割に行ってしまった。
今回の列車開通式を逃すと次回はいつになるかと思っていたが、ちゃんと聞いてもらえてよかった。
とはいえ、そんなところを見られていれば、確かに気が付くかもしれない。
バンダが距離を置いていたのは私だけなのだから、スカミゲラとは逆に好意にしていてもおかしくないはずが、まさかのデンファレと同じ状態なら気が付くだろう。
クレソンは良くて、スカミゲラがダメな理由なんてほかには少ないかもしれない。
「今日の話で納得したし、デンファレの行動力なら、領地に引きこもっていられるとは思えない。だって、できることはなんでも自分でするでしょ? それなのに領地にずっといるわけないし、スカミゲラから聞いたにしてはリコリス家のことに詳しすぎる。スカミゲラの姿は情報収集も兼ねているんじゃいかなって思ったんだ。あのエキナセアって子、あの子が本物のスカミゲラだったりして」
「……。」
当たっている。
どうしたんだ急に、名探偵でも始めたのか? これから殺人でも起きるのか? 犯人はデンファレかスカミゲラ、二人にはそれぞれ動機があるのにアリバイが立証され、証拠がないと行ったところか?
デンドロを少し睨むような顔で見つめると
「当たりみたいだね。良かった。確信はなかったんだ。バンダはスカミゲラともデンファレといるときのように話すとか言われたらそうなんだって思うし、二人が一緒にいるところを見ないのも、タイミングの問題なのかなって思っていたんだ。」
「お兄様、このことはバンダとローマン、あとはこの領館の者しか知りません。領館の者には秘密を知っている者同士でしか話ができないように契約をしておりますし、バンダもローマンも私の不利益になることは致しません。ですが、お兄様は殿下の側にいる身です。どこでどう話がつながってしまうかわかりません。」
「そうだね。秘密にしたいから行動しているのは解っているから僕も他人には話さないという契約を結ぶよ。その方が安心でしょ?」
家族である以上、不利益なことはしてこないだろう。
私は殿下にしていることは不敬に当たる大問題、それこそ家を傾けるだけでは済まされない案件だ。
だが、それに巻き込みたいとは思っていなかった。
バンダには双子として道ずれにしてももともとゲームには存在しないキャラクターだったためいいだろうと思っていたが、デンドロはゲームの中でも重要人物で主要攻略キャラ六人のうちの一人、王道王子・幼馴染ルートの攻略キャラなのだ。
これ以上、こちらの事情に巻き込めば、アリウムが婚約していなかったり、アマリリスとクレソンの婚約が白紙になり姫夫に上がっていたり、ゲームのシナリオ通りとは全く行っていない今、問題が起きては収集が付かなくなる可能性もある。
とはいえ、本人は秘密を守ると契約を希望しているのだからしておいた方が得策だろう。
これが今後にどう働きかけてくるかは未知数だが、味方でいてくれるというのなら取り込んでおいても損はないだろう。
「家族ですから、契約なんてしたくはあまりないのですが、私も将来この領地で安心して暮らしたいという願望もございます。ご協力お願いできますか?」
「もちろん。可愛い妹のためなら秘密は絶対に守るし、約束は破らない。何かあればいくらでも助けるし、力になるから」
「ありがとうございます。お兄様。」
ではさっそくと、契約の付与を行うアイテムを持ち物から探す。
特にこれと言っていい物は無かったため銀を持ち物から取り出す際に創造でデンドロビウムの花に加工し、ピアスの金具を付ける。
「お耳に失礼いたします。痛みはありませんので」
本来ならばとがった物で耳に穴をあけ、消毒を行い付けるピアスだが、私もバンダもクレソンも、私のレーザーで穴をあけたため一瞬で、血は流れず、ピアス装着後に治癒魔法をかければピアスを巻き込むことなく皮膚はふさがる。
「何でもできるね。」
「はじめは気になるかもしれませんが外さないでいていただきたいです。軽量に結界、麻痺を付与しておきましたので、横向きに寝ても痛みもないでしょうし、痕が付くこともありません。今後稽古でケガも増えることでしょうから、治癒力向上にケガ防止、集中力持続も付けておきました。」
「すごいね。父さんでも一つに二つの付与は難しいって言ってたけど」
「お兄様も付与魔法を?」
「今勉強中。」
その後他愛もない話をした後、あくびが出たためベッドに横になりながら話さないかと言われる。
この年齢だからいいが、あと五年もしたら問題発言になってしまう。
天然タラシはこれだからこまる。
とはいえ、楽な服装にアバターで着替え、ベッドの掛布団の上に寝転がる。
デンドロはその横に座り、私の頭をなでてきた。
いい年して何をされているんだと思いつつ、今までの人生、この世界に来てからだが、誰かに寝かしつけられているこの状況が初めてではないかと思っている。
赤子の頃からぼんやりと記憶があったため泣きもしなければわがままも言わないようにしていた。
乳母はバンダにかかりっきりで、私の面倒まで見させては倒れるのではないかと思ったからだ。
そんなことを考えている間にポンポンとリズムよく、優しく叩いてくるため、本気で眠気がやってくる。
「お兄様、寝てしまいます。」
「ゆっくり眠りな。明日また、忙しいデンファレに戻ればいいよ。」
「ですが、一つ聞きたいことが…」
「聞きたいこと?」
叩いてきていた手が止まり、デンドロの顔を見る。
「ピンク色の髪の毛先が若草色で、金色の瞳をした女の子を覚えておられませんか? 孤児院にいたと思うのですが」
デンドロは思い出すためにか右斜め上に視線を向ける。
「……ああ、あの子か。あの子がどうかした?」
少し面倒くさそうに言われ、仲良くなかったのかと疑問に思う。
「聖女にふさわしいオーラをまとっていたため陛下に探していただいているのですが、あれから日にちが立つ割りに、見つかったという知らせはなく、お兄様が覚えておいでなら、名前を聞きたかったのです。これも、私が聖女にならないためなのですけど」
「デンファレは好きなように生きればいいよ。正妃でも、聖女でもない生活を望むのならいくらでも協力するから、でも、ごめんよ。あの子の名前は知らないんだ。あの遊んでいた教会へ遊びに行くとよくいる子としか思っていなくて、役に立てなくてごめん。」
確かに貴族でもなければ、いちいち名乗って遊び始めるなんてことはないのだろう。
前の人生の幼少期でも名前の知らない友達はたくさんいた気がする。
「いいえ、良いのです。私もまだ探す当てがなくなったわけではございませんから、お気になさらないでください。」
また大きなおくびが出てしまう。
淑女としては人前でおくびは恥ずかしいことだが、家族の前では別だろう。
お父様がもっと厳しい人だったら怒られていただろうが
「さあ、もう寝な。明日起きれなくても僕らは待っているから、お休み」
再び動き出す手に誘導され、どんどんと睡魔に飲み込まれ、もう、瞼が開かないと思っているかすかな隙間からドアが開けられたように見えたが、誰が入ってきたのか、それとも気のせいか、ここに来るのならバンダぐらいかと思いながら夢の世界へ入っていく。
デンファレが眠ったことを確認したデンドロはゆっくり振り返る。
ドアからこっそり入ってきたアマリリスはデンファレの寝顔をのぞき込み、
「素顔はなんて愛らしいのでしょうね。初めてお会いした時は本当にお人形のように美しい方だと思ったのだけれど、今はもっと素敵ね。夫人によく似ていらっしゃる。殿下も手放せないのがよくわかるわ。」
「すまなかったアマリリス嬢、協力してもらって、ネリネは怪しんでいなかった?」
「殿下と一緒だから大丈夫だと思うわ。マロニエ様もいらっしゃるし、バンダ様がうまくコントロールしてくださるわ。」
「変なところで感が良いから、チューべローズは困るんだ。この顔のこと、明日起きればデンファレも見られたと気が付くだろうから、君も契約の話になると思うけど、悪く思わないでね。」
「契約ですか? ああ、そのピアス。わたくしは何にしていただきましょう。付け外ししない物となると難しいわね。」
「そこはデンファレが考えるさ。それじゃあ、僕はもう戻るね。ネリネがうるさくなっちゃうから」
「ええ、おやすみなさい。」
「おやすみ」
なんて会話をすぐ近くでされていたなんて知らないまま時間は進む。
夢の中ではデンファレは一人だった。
何もない世界かと思えば、流れ星が無数に降り注ぐようになり、その中の一等星が地面に落ちで少し跳ねた。
それを手に取り、顔の近くまで上げると、星に自分の顔が写った。
多面体の星、一面一面にそれぞれ違う自分の顔が写り、気持ち悪いと思っていると知らない顔を見つける。
意地悪そうな、気が強そうな、まるでゲームのデンファレのようで、そうならないと決めたのに、なぜ、ここに写るのか、怖くなって星を地面に投げつける。
すると星は地面に当たることなくそのまま落下を続け、足元に広がる街へ落ちていった。
王都の中心、王宮に落ちたように思えた後、貴族街の方向へまた跳ねて消えていった。
天蓋裏の魔法陣が少し回るように動いたような気がしたが、気のせいだった。
起き上がり、近くの時計を確認すると
「八時⁉」
「おはようデンファレ、よく寝ていたわね。」
「……おはようアマリリス。すっかり寝坊してしまったわ。どうしましょう。朝ごはんの準備がまだなの。」
「大丈夫よ。それより、お風呂に入ってきたら? 昨日そのまま寝てしまったでしょう。」
「ええ、エキナセアに準備をお願いしたら入るわ。」
急ぎ着替えようと思うと近くのトルソーにはドレスが用意されていた。
誰が用意したのかと首を傾げると
「先ほどエキナセアさんがデンドロ様とご用意されていたわ。エキナセアさんが料理人たちに準備をさせているとおっしゃっていたし、お風呂の用意もしてくださっていたわよ。」
「……そう、悪いことをしたわね。」
エキナセアは未だ王都飛来のドラゴンの捜索を続行中、休憩は取っていると言っていたが、まず嘘だろう。
そんな彼に余計な仕事もさせてしまった。
お風呂に入ってすぐ、鏡を見ると、幻術を解いたままだったことを思い出す。
「アマリリスは何も言ってこなかったけど、これはまずいわね。」
部屋に戻ってきたときは驚いただろうが、そこは貴族、取り乱した姿を見せることはしない。
朝には落ち着き、平常運転にしていたのだろう。
着替えのために部屋に戻り、アマリリスに
「この顔のことは聞かないの?」
「少々驚きましたが、そちらの方が素敵ですのに、もったいない。」
嬉しそうな顔をされるが、私からすればあまり好きではない顔なのだ。
夢の中の意地悪そうな自分が脳裏によぎるため、首を振って消そうとする。
「穏便に婚約を解消するためだから、口外はしないでほしいの。お願いできるかしら?」
「デンドロ様からお伺いいたしましたわ。わたくしも契約を交わしたいと思っているの。お互いの将来のためにも」
話が早くて助かるが、デンドロはいったいいつから私と話をしようと画策していたのだろうか。
昨日のことで気が付いたということだったが、それだけでここまで準備が良いとは思えない。
そういうところは本当にお父様によく似ていると思ってしまう。
「では、こちらを」
アイテムからラピスラズリのクローバーを一つ取り出し、チェーンを通す。
「ブレスレッドでは不便なので、アンクレットにいたしましょう。」
「この前のラピスラズリね。きれいだわ。」
「ほかにもアクセサリーは用意いたしましたので楽しみになさっていてください。」
クルクマに一つ先にもらっていてよかった。
昨日一日で追加分も完成しているだろうから、今晩は時間をつくってもらおう。
着替えて、朝食へ急ぐと、殿下たちはゆったりと食前の紅茶を楽しんでいた。
「寝坊をしてしまい、申し訳ありません。」
と、深々と礼を取りながら言うと
「俺たちのことでだいぶ疲れを溜めさせていたからな。ゆっくりするのも大事だ。気にしなくていい。」
殿下がそういうがネリネの様子を伺う。
まだ眠気眼なところからして、先ほど起きたばかりかもしれない。
よかった。
「それに、デンドロにかかれば、癇癪を起したユッカですら寝るんだから、今日は仕方ないと思うぞ。」
「え?」
デンドロにそんな能力があったなんて知らなかった。
魔法だろうか、テクニックだろうか?
そういえば、マロニエが寝付けなかったのもデンドロの効果で何とかなっていると本人も言っていたことからも、本当に相手を眠りに誘う能力があるのだろう。
朝食はエキナセアの指示で事前に決めなおしていた献立通りの品が用意されていた。
「ありがとう。寝坊しちゃってごめんなさいね。」
「いいえ、最近毎日大忙しですから、気になさらないでください。」
料理人たちはニコニコして、そう言ってくれた。
ローマンにエキナセアはどうしているかと聞くと
「本日のドラゴン保護区の見学に合わせ、ドラゴンの誘導と監視に出ています。」
「明日は一日休みにさせるから、ローマンも明後日お休みにしましょう。」
「その時はデンファレ様もお休みを取ってくださいね。」
「その次の日にとるわ。一週間分の溜まった仕事もあるしね。」
食事中に仕事の話をし終え、最後に、夕食前後にでもクルクマに会えないか確認してほしいと頼んでおく。
デンドロが選んだというドレスでは保護区では動きにくいためダンジョン時と同じ服に着替え、出発することになった。
列車で保護区まで行き、本来は見学者か、職員しか下車できない保護区内の駅で下り、案内のエキナセアを待つ間、駅から見える養蜂場の話になった。
「ドラゴン保護区内はずいぶんと花が多いんだな。」
殿下が見渡しながら言う。
「はい。ドラゴンたちの体に付着した種子が定着したり、もともと、花などカラフルな物を愛でる傾向にあったりして、キラキラした物を集めるのとは違う習性も相まい、職員もたくさん植えるようになりました。結果、ここが一番養蜂に向いた土地と言えます。農業地区では花が咲く前に収穫する物も多いですが、花後の果実を収穫する場合がありますので、向こうにもいくつか巣箱はご用意があるのです。やはり野菜の蜜と園芸品種の蜜では味が変わってきます。」
結果として大きな温室も完備するようになった。
「バラが多いね。」
デンドロが蔦を伸ばし、駅舎に絡まる赤バラを愛でるように振れる。
「ええ、多種多様の色や種類のバラを初期段階で植えています。ドラゴンがリンゴや梅、サクランボなどをバラ科の植物の木の実を好むことをクロから聞き、保護区内にたくさん植え付けましたので少々蜜蜂に暗示をかけ、バラの花から、リンゴの花から、サクランボの花からなど、決まった種類から蜜を採取する癖を付けました。」
アイテムから瓶詰めの蜂蜜をいくつか取り出し、試食用のスプーンを皆に渡す。
「まあ、全然味が違うわ。バラはほのかに花の香りも感じられて、リンゴはリンゴの蜜の部分をより濃縮した甘味がするわ。」
「そのほかにも柑橘系や桜などもあるの。食べ比べ用の小瓶がありますので、それもお土産に入れて置きますね。」
「ありがとう。楽しみだわ。」
アマリリスは何口も蜂蜜を試食できたが、殿下は甘い物が好きな割に二~三種類試食して匂いだけ嗅いで終わるようになった。
「お待たせいたしました。」
ビンを片したところでエキナセアが到着した。
「おはよう。疲れているところ悪いわね。」
「いいえ、デンファレ様の頼みなら何でも引き受けます!」
バンダやクレソンは度々会うことがあり、デンドロもオーキッド家に戻る際に何度か顔を合わせている。
マロニエは領館にいた際に十分接触している。
アマリリスもクレソンの迎えで会うこともあっただろうから、先日の列車走行中に出くわした以外では殿下とネリネは初対面だろう。
「殿下、ネリネ様、先日は不躾なご挨拶となりました。エキナセアと申します。今一度よろしくお願いいたします。」
列車からドラゴンに乗りながら話をしたことに関しては私が原因のため怒られることはないというのに謝罪した。
本当にローマンに教育は徹底している。
「構わない。頭を上げてくれ。エキナセアはドラゴンと仲が良いようだな。王家としてとても喜ばしいことだ。」
「もったいないお言葉です。」
保護区内はドラゴンを刺激しないために少数の移動となる。
そのため光る装飾の剣や勲章を付けた騎士は駅で待機、ドラゴンは光るものを好む。
魔導師も魔法薬の薬を多く常備していることから匂いにうるさいドラゴンに近づかない方がいいということで保護区の外から警備に当たっている。
今回ついてきたのは丸腰のヴィオラだけだ。
エキナセアからすれば、貴族でもなければ客人でもないヴィオラに挨拶する必要はないと判断したようで、会釈だけするとすぐに保護区の見学スペースに入った。
「こちらがアパレル部門グラマトフィラムにて募集をしている見学希望者の入れるスペースとなります。ここから外に出ることは禁止され、許可のない者が保護区内に出るとドラゴン部隊により回収されます。回収を避け、逃亡すると少々気性の荒いドラゴンもいるため骨折では済まないけがにつながりますのでご注意を、今回はドラゴン部隊の警護の元、保護区内を案内いたしますのでご安心ください。」




