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「では、地図をご確認ください。私たちの進むルートにはレベル十~二十の魔獣、稀に三十近い物も出てきますが、その際は私や魔術師にお任せください。」
「俺たちも一様レベルは三十も近い、何とかできると思うが…」
殿下はそう言うがネリネが殿下を見た後に私の顔を見る。
「もちろん、倒せるならそれに越したことはございませんし、レベルを上げるということに関して言うならばこの場はとても有意義な物になるでしょう。ですが、殿下は今回個人的な私用で私の領へ来てくださいました。それなのに、お怪我をさせてしまい、お帰り頂くわけにはいきませんわ。どうか無理のないようお願いいたします。」
ケガなんてさせたら婚約破棄どころか責任問題になり、お父様にも迷惑をかけてしまう。
「…そうだな。何か問題を起こして責任問題を起こしたくない。」
「チューベローズが人のいうことを聞くなんて、外では嵐じゃないかな?」
「デンドロ!」
この野郎! と、デンドロの肩に腕を回し、じゃれ合い始めた。
「殿下、早く出発しませんか?」
バイオレット隊長からの指示でやってきたヴィオラは早朝からダンジョンに入っている。
ルートの関係上、初心者コースでは必要なかったが、少しレベルを上げるとなると身近な警護をつけなくてはならない。
当初は距離を取って見守ってもらう予定だったがもう少し距離を詰め、ヴィオラは近くにいてもらうことになっている。
そのヴィオラは気になる物でもあったのか、先を急かす。
ルートの変更により、太陽の遺跡まで進むことができるようになった。
まずは遺跡まで向かい、その後寄り道をしながら新区画へ向かうことになる。
「遠くに見えるのがラスボスの城と思われる場所です。」
「あまり遠くないんだな。」
「そう思って私もまっすぐ進んだのですが、一か月近く進んでもたどり着きませんでした。」
「あんなに近く見えるのに?」
「そういう魔法か。」
デンドロは不思議がったが、ネリネはすぐに理解したようだ。
「時空間魔法の一種と思われます。それにただひたすらまっすぐ進むとどんどんレベルの上がった魔獣が出てきますので上級者の中でも許可がないとたどれないルートになります。」
「許可の有無は解るのか?」
もともとは持っていなかったスキル、お母様の位置感知情報のスキルを活用した。
「転移アイテムに位置感知機能を付けてあります。受付のモニターに印が出ます。もしも危険区域、ルートに許可なく入った場合、強制転送で受付へ戻され、切符を切られます。」
「切符?」
「切符とは、ダンジョンに一度でも入るともらえる冒険者登録証です。これがなければ入場ができません。町のギルドでも発行されます。領地内の魔獣を捕まえたり、アイテムを拾ったりした場合の換金にも必要な身分証です。それには切符が付いておりまして、ダンジョン内での問題行為、悪質ないたずら、許可のない魔獣やアイテムを持ち出すなどをした場合、度合いで切符を切り離します。ゼロなった方は領地へ入ることもできなくなり、登録証も没収、領民登録をしていた場合、領内に残りたいならば、奉仕活動で切符を獲得してもらうことになります。そう簡単に切符は戻りませんので、一枚切られただけでも奉仕に出たいとギルドへ申し出る人は多いですよ。」
奉仕活動は早くて約千時間。
内容は更生施設の手伝いや農作業、酪農場の掃除、お年寄りの手伝い、道路の補修作業、石積などなど、肉体労働も多い。
二十四時間ずっと働くことはできないため約一か月の労働で一枚戻ってくる。
だが、それも依頼者の満足具合でポイントが変わる。
適当な仕事ならば点数は低く、より良い奉仕となれば点数は高い。
その一回の点数で実際の労働時間と比較し、奉仕時間が決まる。
そんな話をしていると近くの茂みで何かが動く、殿下よりも先に反応したのは以外にもデンドロだった。
「何かいるよ。」
言葉は優しいが茂みをにらみつけている。
ちょっと意外だ。
ゲームでは温厚で人懐っこいわんこ。
確かにヒロインを誰よりも守ろうとする意志は強かったが魔獣をにらみつけるなんてしていなかった。
「問題ありませんよお兄様、レベル十の小物です。」
とはいっても殿下からしてみれば大きく引き離したレベルともいえない。
少しでも気を緩めるとやられる可能性もある。
「このダンジョンの魔獣は九十九パーセント体内組織が魔石でできております。その中からレベルに応じた魔石が撃退後に残ります。少々硬いですからお気をつけください。」
三人がそれぞれ持って来た武器はそろって剣だった。
対人訓練、騎士としての訓練を積んでいるだけあって、太刀筋はバンダやクレソンよりもきれいだ。
でも、人間とは体の作りが違う魔獣は低い体勢で動き回る。
「お三人方、それでは魔獣に傷一つ付けられませんよ。」
「解ってる!」
珍しく反抗的な声を出したデンドロが魔獣の動きを読んだのか、殿下に追われて走ってきたところで魔獣の体を真っ二つとなった。
「お見事ですお兄様。殿下も惜しかったですわね。」
「ああ、次は負けない!」
殿下はデンドロに剣を向けそういうと、デンドロはちょっとやってしまったという顔で笑った。
足元に小さな魔石が転がっていた。
「治癒効果のある魔石ですね。」
乳白色の魔石は光属性であり、属性別のスキル効果を持っている。
これはこの世界の常識ではあるが貴族の子息が本物の魔石をみることは稀で、デンドロは摘む程度の石を不思議そうに見ている。
それから少し進むとまた魔獣が現れた。
一番に走り出したネリネにより、その首は落とされ、先ほど同様魔石が落ちた。
紫、闇属性の毒耐性の効果のある魔石だった。
「デンドロのより小さい。」
「レベルは上でも魔力が低い、運動能力が低いと小さな物になると推測されます。」
残念そうな顔をすると殿下はからかうように笑った。
次は自分が魔獣を倒すと意気込んで殿下は進み始めた。
だが、それから一時間ほど歩いたが魔獣が出てこず、遺跡に到着した。
ここまで、ドレスではないためすごく動きやすくここまで来られた。
今度からダンジョンもこの服で入ろう。
「こちらが太陽の遺跡です。時間に関する魔核と思われるもののヒントがあった場所になります。」
「そこの壁の絵は?」
「そちらの壁画はおそらく古代人の生活風景が描かれていると推測されますが、その中でも何をしている様子なのかわからない物は多いです。」
「ドラゴンだ…」
ネリネが小さく、息を吐くように告げる。
遺跡の奥の間にあるヒントの書かれた石、その真上からは光が降り注いでいるがその穴の周りを四体のドラゴンと思しき魔獣が描かれている。
「遺跡や古代文明に関する調査をしてくださる方がまだおりませんものですからあれがドラゴンなのか、他の魔獣なのかは解っていません。このダンジョン内の魔獣も多く描かれておりますし、まだダンジョンで見たこともない個体もあります。」
「不思議だね。ダンジョンにいない魔獣は死んじゃったのかな?」
デンドロがイソギンチャクのような魔獣の絵をなぞりながら聞いてくる。
「絶滅したか、隠れているのか。はたまた何か他の方法で目視できるのかはわかりません。」
遺跡の見学は短く終わった。
メインは魔石と素材集めだ。
主に殿下の趣味にお供が巻き込まれた構図にしか見えない。
遺跡を出てすぐ、一匹の魔獣を見つけ、やっと殿下がその体を切り付け、魔石が落ちた。
「デンドロのより大きくないか!」
嬉しそうに掲げた石は赤い輝きがあり、火の属性強化と思われる。
殿下の瞳の色に近い輝きがあると思っていると
「デンファレの瞳に近い色味だ。」
なんて、つぶやくから自分の考えを捨て、ありがとうございますと答えて置く。
そこまで強い魔石ではないため、そのまま加工には回さず、殿下のコレクションに回されることになった。
その後、九体十体と倒していくと対人訓練を積んでいる三人は魔獣討伐にも慣れてきたようだった。
ポケットの中が魔石でいっぱいになるころには疲労の色も見え、いい汗を掻いた様子の三人だった。
「殿下、レベルの確認はされないのですか?」
少し離れて様子を見ていたヴィオラが聞いてくる。
自分も魔獣の相手がしたいのか、ずっと剣の柄を握りしめたまま、辺りを見渡しているが切りかかる前に殿下たちにより討伐され、出る幕もない。
「三十を越えましたね。」
ネリネが少し嬉しそうにいう。
「僕もだ! もう少し倒せば三十五になりそう。」
「俺も同じぐらいだな。一日で五つもレベルが上がるなんて、今までなかったな。」
デンドロも殿下も三十五を超えたとなるとこのルートで私の出る幕はもうない。
だからといってさらに上のレベルのルートに入るなんてことはリスクもあるためしない。
頭上から低いレベルの魔獣が近づいてくる気配がする。
さて、誰が一番に気付くかと、バイオレット隊長に目配せを送ってから待っていると
「失礼します。」
と、後方から風が吹いた。
ヴィオラが頭上にいた蜘蛛を一突きした際の風圧だったようだ。
「デンファレ! 大丈夫か⁉」
「ええ、問題ありません。ダンジョンの生物のほとんどが私に危害を加えませんから」
「え?」
くじ刺しにした蜘蛛を見ながらヴィオラが何とも間抜けな声を出す。
助ける必要はなかったのかと剣から蜘蛛を抜くと魔石になることなく逃げていった。
「昆虫タイプの魔獣の魔核は頭部にございますので討伐の際は頭を狙った方がいいですよ。」
「ですが硬くて入らなかった。」
あの一瞬で何をして理解したのかはわからないが、先ほどは胴とおしりの間に剣を刺していた。
「串刺しの状態で火の魔法が最も有効です。次に木や水でしょうか。素材に必要ならば破壊することのない氷や雷が良いかもしれません。」
「デンファレならどうするんだ?」
「以前貴族街にカブトムシの魔獣が現れたのはご存じですか?」
殿下が興味本位で聞いてきたため答えるがネリネの顔が一気に怪訝に変わる。
「結界で覆ってから内部を燃やしました。その際取り出された魔石はドラセナ隊長に差し上げましたわ。とても大きく、加工の難しい物でしたので、当時の領の技術では加工は難しかったでしょうが、今なら職人も増え、得意不得意もわかりましたので、加工もできたでしょう。」
まだ王宮にあるのだろうか、それともとっくに加工に出されたか、あれ以降ドラセナ隊長には接触していないため気にはなっている。
アイテムを入れる巾着を渡し、気が付けばもうお昼ご飯の時間だった。
「この辺りで休憩いたしましょうか。」
それぞれの食事は私かクレソンかバンダに分けて持たせていた。
クレソンがアマリリスと行動することは予測できたが、バンダが二つ持って行くと言ったため念のためもう一つバスケットを用意していたが必要なかった。
ちゃんとマロニエを連れていっていた。
余っている一つはどうしようかと思い、首を回すとヴィオラがいた。
「ヴィオラの分もあるのよ。」
「え、いいんですか?」
驚きと不信感のある顔を向けてくるがバスケットを開けるとすぐに食いついてきた。
アイテムからラグとクッションを取り出し、森の中で座り込んで食べることになった。
ちなみに、護衛の騎士や魔術師には朝一で昼食は配っていあり、ヴィオラの分はバイオレット隊長に持たせていたが必要なくなった。
私が食べ方の見本を見せると同じように包んでいた紙をめくって口に含む。
「ハンバーグが入っているんだな。ほかにもいろいろ入っているが」
「野菜とお肉を効率よく食べられますし、手を汚しにくいので遠征でもいいかもしれません。」
「おいしい……」
ヴィオラが口いっぱいにハンバーガーを含み、声を漏らす。
食事が終われば新区画に向かって歩き出す。
その間もどんどん魔獣が出てくるため退治は続くが時々出てくる私たちの頭ほどあるサイズの蜘蛛はどうしても倒せず、逃げられてしまう。
まだ昆虫系の魔獣は難しいようだ。
見本を見せようと、剣を取り出し、一突きしようとしたところで糸を吐かれる。
その糸が服に付いたため剥がそうとしたところで光沢といい、質感といい、これは……。
鑑定を使うために動きを止め、剣をしまい、蜘蛛を鷲掴みする。
「デンファレ?」
デンドロが不思議そうに見てくるが、今はそれどころではない。
耳元の無線に手を添え、
「バンダ、緊急でこの種類の魔獣を捕獲、最低でも百よ。」
『急に何? また?』
また、そうまたである。
葉紙を見つけたときも同じような命令をした気がするし、布団用の魔獣もそうだった。
『急にどうしたの?』
クレソンも無線を聞いていたようで、聞き返してくる。
「特別な素材を吐き出す蜘蛛を見つけたわ。使いたいから見つけたら捕獲して、虫取り網と虫籠は以前渡してあったでしょ。」
『解ったひとまず、蜘蛛の魔獣を見つけたら捕まえていく。』
無線を切り、殿下たちを見ると同じように蜘蛛を捕まえ、吐き出された糸を見て、不思議そうにしている。
「伸縮性があるが、乾くと簡単に折れるな。これで獲物を捕まえていると思うと不思議な生き物だな。」
「魔獣の多くは魔素を食しますので獲物を捕まえるのは魔素だけでは足りない大型の魔獣です。稀に果物などを食べる個体もいますが食事というよりお菓子に近いでしょう。」
鑑定で出た結果はプラスチックだった。
採取し、加工すれば素材としてのもろさも改善できるし、さらに言えばプラスチック素材の道具が簡単に作れる。
糸としての加工を行い、布にすることで独特の光沢や軽量感、風通しもよくなるだろう。
原油を掘り当てない限り難しいと思ったがまさか魔獣が吐き出しているとは思わなかった。
「殿下方にもお願いがございます。蜘蛛を見つけたらこちらの網で捕獲、自動で虫籠へ転送されますので」
「解った。」
「ありがとうございます。」
くるっと体の向きを変え、ヘレボルスを見るとすぐに近づいてきてくれる。
「お願いできる?」
「デンファレ様の頼みでしたらいくらでもしますよ。」
と、言ってくれるため大量の虫籠と網を渡す。
「バンダ、個体数の変更よ。全員で目標は千匹、よろしくね。」
『えーー‼』
文句が帰ってきたが無視する。
個体採取の間で魔獣討伐をしていると殿下たちのレベルは気が付くと四十近くなっており、バンダにも近づいていることに驚く。
「不服だ」
おやつ前のため、保存食というより携帯食のキャラメルを配り、合流を待った。
合流後はすぐにレベルアップの話となり、バンダがデンドロからそんな話を聞くと究極にむすっとした顔をして私に言ってきた。
「チューベローズが上がりやすいのは解るけど、なんで兄さんまでこんなに上がっているの? 僕とは大違いなんだけど、クレソンだってここまでくるのに何年かかったと思ってんの⁉」
ぷんすかっぷんすかっという文字が見えそうなぐらい不服を口にするがその横に立ちデンドロは頭をなでたい様子で我慢している。
「体質として、初期に低い人ほどレベルが上がりやすいとは聞いたことがあるわ。バンダもクレソンもダンジョンに入る以前、領内の魔獣討伐をしていたよりも前のレベルが貴族の同年代に比べたら高かったでしょう。経験値を得るのに、ゲージが長く細かいのかもしれないわ。」
「ゲージ?」
バンダはまたゲームの話か、という顔をするがそれを知らない他の人からは不思議な眼で見られる。
そもそも、経験値も可視化はできないため、通じていないだろう。
「なんていえばいいのでしょう、魔獣討伐や魔力の放出による経験値、ポイントを稼ぐことでレベルはあがると私は考えています。体力を上げればHPが、魔力を上げればMPが向上するでしょ、それも訓練や経験を積むことで得られるポイントの積み重ね。普通に生活していく上で成長により体力も付くし、魔力の貯蓄量も増え、自然発散する魔力があるため、気が付かない間にレベルが上がっていたということも多く一般的な貴族の例です。平民は魔力が少ないから貯蓄する量も自然発散されることもないく、体力を付けてかろうじて上がる程度、これも体質でゲージがそれだけ長いからレベルを上げるのに時間がかかるのよ。」
へ~、なんて返事が返ってくるがアマリリスとともに解っているのだろうかという顔を返す。
「では、わたくしが今回五つほど上がったのは虫取りをしただけでも経験値を得たからなのね。」
「そうでしょうね。それにダンジョンに入っただけでも魔力を多少なりとも消費するわ。それでゲージが溜まったのかもしれないわ。」
ネリネは何か考え事を始めたため私は皆から虫籠を回収する。
すると
「では、今回のことでデンファレ嬢もレベルが上がったのですか?」
「いいえ、私は経験値のゲージが長くとても細かいため、レベルアップには至っておりません。」
「そうですか。現在のレベルは?」
「…皆さまと同じぐらい、少し上でしょうか。」
ネリネはクレソンの顔を見る。
クレソンも知らないと首を左右に振る。
「明確には?」
「それは内緒とさせていただきます。皆が皆、自身のレベルを披露したいわけではございませんわ。」
「そうよネリネ。女性に聞く質問ではなくってよ!」
アマリリスに言われれば黙るネリネだが、なぜ教えてもらえないのかと不服な顔をこちらもしている。
「それで、その蜘蛛を集めて何を作るの?」
空間魔法の類がある虫取り網で捕まえた蜘蛛が詰まった虫籠を片手に喜んでいる雰囲気の私にバンダが聞く。
「いろいろできるわ。型に鉄を流し込んで整形する方法があるでしょ。それと同じ方法で軽くて丈夫、カラフルな物が作れるし、鉄だと錆止めに劣化防止、破損防止などの付与の手間があるけれど錆止めは必要ないし、水中でも使える、熱には弱いでしょうけど耐熱付与もあるから問題ないし、劣化防止を付与すれば屋外で使用するにも問題ないわ。」
蜘蛛のお尻を刺激し、糸を吐かせて回収、それをアイテムにしまってから創造で手元に透明なビニール袋を取り出す。
「それも魔法か?」
「はい。神の寵愛というスキルを持っていまして、これがありますと材料さえそろえば創造した物が手元に現れます。」
「材料が先ほどの糸で、魔法に寄る加工か。珍しいスキルだな。」
神の寵愛には触れないのだろうか?
「そのスキルがあるから、デンファレは今までいろんな物を作ってこられたんだね。」
「見本となる物を作り、皆に技法を伝えることで技の習得にもなります。」
デンドロが納得したような声を出す。




