17
「死んだ記憶がないわ。」
「寝ている間に殺されたのでは?」
「ひどいわローマン。もう少し憐れんでよ。」
「憐れんでいても飯は食えません。ほら、侵入者なのか何なのか、見てきてください。」
「危ないかもしれないのに見送りも雑ね。行ってくるわ。」
結界を自分中心に広げていく。
集団の現在位置はまだ王都からあまり離れていないものの、人の足ではなく、馬を走らせているのか近づいてくるのが早い。
領館を出てすぐ、鷹に変身し、集団を上空から見つける。
「あれね。」
黒いマントの集団が馬を走らせている。
魔法で進行方向の地面を盛り上げ、壁を作る。
急ブレーキをかけて止まる馬をいなしている様子は先頭の者を中心に警戒している様子だった。
全員が停止してから結界で囲み込んだ。
「誰だ⁉」
「それはこちらのセリフよ。どこの者かしら?」
鷹から姿を戻し、マントの集団の前に降り立った。
「デンファレ様でしたか。敵襲かと思いましたよ。以前よりも警戒態勢が整っているようですね。」
そう言いながらマントのフードを取ったのは
「バイオレット隊長」
だった。
なんだ。
不審者ではなく、お父様が言っていた信頼のおける護衛というのがバイオレット率いる第三部隊のことの様だ。
元軍人のお父様のことだから来るとしたら軍人だと思っていた。
「お父様を使って、私の部屋から転移してくればよかったのに」
「深夜のことで、オーキッド公爵からも王宮で待つようにと言われたのですが馬を走らせた方が、公爵が王宮に到着されるよりも早いと思いまして」
それもそうか。
お父様に渡している転移付与は王宮と私の領地を緊急でつなげる用でお父様は馬車で毎日王宮に出勤している。
「ここから転移するわ。馬をよく落ち着かせてね。」
転移の魔法陣を地面に広げる。
陣内のすべての生命を転移させることもできるようになった。
到着してすぐに影が二人姿を現した。
「男が闇ギルドメンバーと自白しましたがギルド本部については知らないとのことでした。」
影の出現に警戒されるが、私も肩口で小声で話す様子にすぐに解かれた。
「じゃあ、依頼はどこから?」
「王都のバーで待ち合わせて、情報屋からだそうです。」
「情報屋…、どこの情報屋かしら? それともどこにでもいるような情報屋なら領内にも闇ギルドとかかわっているような者が紛れ込んでいる可能性はあるわ。」
「こちらで調べさせます。そのためエリカを出動させてもよろしいでしょうか?」
ロードデンドロン家次女、私とバンダの年齢の近い世話係として側にいたエリカは現在影に憧れ訓練を受けていた。
何処で、どんな、特訓かはわからないが母のアザレアからすると心配で仕方ないほどの毎日ケガが多く、倒れるように眠るという。
姉のカルミアの恋人も指導に当たっているらしく、カルミア本人も特訓に一部参加しているとの話だ。
「判断は任せるわ。でも、あの子はまだ十歳よ。何をさせるの?」
「体が小さい間しかできないことも多いので」
どこかに潜入させるのだろう。
今ここに来ている影は長に近い席の者であることは覚えている。
「エリカは私に付き添って領内を歩いたことがあるわ。十分に気を付けて」
「かしこまりました。」
影が一瞬で消えるとバイオレット隊長はポカーンとしていた。
「……あの者は?」
「私や周辺の人物の警護をお願いしている者よ。今は殿下方を見てもらっているわ。」
他の隊士も暗がりから夜明けの光が辺りを包み始めてきたことで顔がよくわかるようになった。
呆けたその顔はダンジョンにともに入った者が多かった。
「この人選はお父様?」
「いや、陛下が自ら選ばれ、私が隊長になりました。主要メンバーは第三部隊で、そのほか王宮で殿下や陛下の近くを警護する第一部隊が加わっている。」
「陛下の周りを手薄にしたの?」
「オーキッド公爵自ら警護に付くとのことですよ。あの人に勝てる剣士はいないでしょう。」
お父様の実力は知らないがバイオレット隊長の話では国内敵なしということだろう。
ちょっとびっくりだ。
元軍人の財政管理官が剣で誰にも負けないとなると国内最強といってもいいのではないだろうか。
あの妻溺愛男が国内最強とかちょっと笑ってしまう。
「遅れて魔術師部隊も到着します。ヘレボルスが率いてくるそうです。」
「ドラセナ隊長でなくてよかったわ。」
「馬が合いませんからね。」
隊士も笑った。
コテージへ向かうと騎士が数名たむろするように警備していた。
イラッとする私を見て、バイオレット隊長はまあ、まあ、と、いさめるがその気配に気づいた隊士が急いで姿勢を正した。
「あなたたち、次期国王陛下の警備をしているという意識はないのかしら?」
「いえ、あの、その……」
この隊はだめだ。
隊長も隊士も、第二部隊全体がだめだ。
「第三部隊が到着したので、第二部隊は速攻で帰り支度を整え、いつでも撤収できるようにしなさい。」
「殿下もお帰りですか?」
「いいえ、殿下方はこのままシンビジュウム領に滞在されます。帰るのはあなたたちだけです。わかったら速攻報告に行きなさい。」
走り去っていく前に、敬礼ぐらいしていかないものかと思っているとバイオレット隊長に肩をたたかれる。
「なんですか、あれ?」
「私が聞きたいわ。王宮の騎士の質はずいぶんと低いのですね。私の知っている騎士、あなたたちは和気あいあいしながらもやるときはきちんとできる人だと思っていたのですが」
「あれではなれ合いです。指導ができていない。もともと、第二部隊をここに派遣する方がおかしい。神殿警護部隊が戦闘もあるかもしれないここに来るべきではないのです。」
隊士の一人が口を開いた。
隊士と思ったが、その姿は私とあまり変わらない。
「あ、これ息子。長男の方ね。」
バイオレット隊長に言われるが、私はきょとんとしてしまう。
戦闘がまずない神殿警護の第二部隊について文句を言っていたが脳筋キャラがまともなことを言っている以前に、
「貴方もなぜ、この状況で息子を連れてこようと思ったの?」
「常日ごと殿下の剣の稽古に呼ばれて面識があるので、近くにいて守れるなら子供でも信用に足りると思い、連れてきました。」
まあ、脳筋ヴィオラとナルシストアリウムのルートは問題ないからいいか。
「そうですか。殿下とお知り合いでしたら大丈夫でしょう。よろしくお願いしますねヴィオラ様。」
「変な奴」
ヴィオラがつぶやいた瞬間、ゴンっという、いい音をさせてバイオレット隊長の鉄拳が落ちてきた。
痛そうだ。
ヴィオラはしゃがみ込んで頭を抱える。
「すみませんデンファレ様、殿下の前でも基本しゃべらせないようにさせていまして、貴族相手の対応を学ばせているところなんです。」
「私は構いませんわ。よく言われますし」
「あ、あと、ヴィオラは呼び捨てで、デンファレ様に様を付けていただけるほどの地位も実力もありませんので」
「解りました。ではヴィオラと数名と殿下方の部屋前にいるはずののの警備と交代、コテージ周辺の警備の図式はこちらですので、出払っている隊士とも交代してきてください。残りは私と中へ」
「はっ」
短い返事で解散し、分担通りに動いて行く。
バイオレット隊長と半数の隊士が残り、先にコテージに入っていった隊士を見送ってから急ぐことなく私たちも入った。
「あら、デンドロお兄様、もう起きていらしたの?」
「父様から第三部隊を撤収させるって連絡が来たから、殿下の部屋の前にずっといたんだ。誰も立っていなかったし」
二階の階段から降りてきたデンドロはそういいながら近づいてきた。
「誰もですか?」
「誰も、僕もびっくりしたよ。マロニエが襲われたのに、しかも身内から犯人が出ているのにこれってある? ヴィオラが来たから下りてきたんだ。」
「眠られていないなら今からでもお休みください。警備には信頼のおける方々が来られましたし」
「うん。水を飲んだら帰るよ。」
「そうしてくださいまし、お兄様まで倒れられたら困りますわ。」
「倒れた?」
ああ、マロニエは倒れたわけではなかった。
「言葉の綾ですわ。マロニエが不安で眠れずに一時間も布団で自己嫌悪に陥っておりましたから」
「じゃあ、傍にいた方がいいかな。ローマンのところだって言ってたよね。」
「では、付き添いお願いいたします。一人一緒に行ってもらえますか?」
バイオレット隊長に聞くと
「一人で良いのですか?」
「影が付いていますので問題ないわ。」
そう言うとバイオレット隊長は近くの隊士に目配せをしてデンドロとともに領館に向かった。
「そういえば、バイオレット隊長はダンジョン調査の先遣隊で隊長と呼んでいたからそのまま呼んでしまっていたのだけど、先ほどの方が着ていた制服って」
「はい。現在は彼が第三部隊の副隊長で、私は隊長に昇格しました。」
「あら、おめでとう。教えてくれたらお祝いしたのに」
「いいえ、お祝いは妻からいただきましたゆえ、間に合っております。」
言うようになった。
魔王崇拝者集団には属していないという噂だが、魔女契約を結んだ本物の魔女を妻にしているのだから変わり者である。
「奥様と仲が良いようで良かったわ。」
「最近は下の息子の様子を窓の外からよく覗きに行くようで、医師からよくおこられています。」
「近くに寄ると影響を受ける可能性がありますものね。」
「そこまで話しましたっけ?」
「……そう聞いた気がしたけれど、同じ属性に引っ張られているのかもって」
「そうでしたっけ?」
危ない。
聞いたことなかった気がするが本人はまあいいかといった様子なのでこの話は終わりにしよう。
「ここに残ったのは交代の要員かしら? それとも、警備範囲を広げる?」
「そこはデンファレ様の判断にお任せします。領館にも警備が必要なら交代で休ませます。」
「では日中の侵入者を警戒してここにいる半数は残って、残りの半数は大人数の移動になるけれど見学中の警備をお願いするわ。」
アイテムから日程表をとりだし
「今日の予定はこれで、明日以降は今のところはこうなっているわ。変更の可能性が高いから毎朝確認しましょう。」
複製のスキルで予定表をコピーし、皆に配る。
「かしこまりました。」
「ローマンはマロニエの側を離れられないし、エキナセアはドラゴン関係で忙しいから……」
「スカミゲラ君は?」
「あの子は今いないのよ。ギルドの派遣で地方に行っているの。」
「そうですか。ではほかに領地の案内を頼める方は?」
領地のこちら側ならまだいいが、新領地側はバイオレット隊長にとってはまだ見ぬ土地、案内が必要だ。
そうなると、仕方ないか。
「……バンダが起きたら働いてもらいましょう。それまでは休憩よ。みんな朝食は?」
まだという返答だったため領館の厨房に戻ることにした。
殿下たちの朝ごはんの分とは別に腹に溜まるようにお肉と野菜を多めに入れた厚みのあるサンドウィッチを用意した。
ローストした鶏肉を削ぎ切りしたものをたくさん乗せて、野菜とともに挟む。
味付けがドレッシングだが、しょうゆが手に入れば照り焼きもやりたい。
後はたくさん揚げたカツをパンにはさみ、お手製のソース、マヨネーズに辛子と蜂蜜を混ぜた物を塗る。
「これなら食べ応えありますね。」
「多めに食パンを焼いておいてよかったわ。帰らせる騎士の分も十分用意できたし」
バスケットにぎゅうぎゅうに詰め込み、第三部隊が帰る前に騎士の誰かから渡してもらうことにした。
朝日が昇ってしばらく、クレソンが起きたという連絡が影から入ったため、バンダもそろそろ起きるはずのため手紙に指示をかいてバンダに届けてもらうことにした。
アマリリスは起きるのが一番遅いのは解り切ったことのためもう少し一日の予定の確認をしようとローマンのいる執務室へ向かった。
「マロニエとデンドロお兄様は?」
「デンドロ様は失礼ながら私のベッドでお休み中です。」
「敵わないでしょう。それより、今日の予定、午前の工業地区の見学だけど、範囲をアパレルと宝飾品に限りましょう。宝飾品工房は大人数が入っても余裕があるし、王妃様方への納品もあるから見せないと」
「アパレルも弟殿下の注文を受けていますから見学していただかなくてはなりませんね。」
いかにクリーンな職場かのアピールもそうだが、殿下が帰ってから報告する内容に聞き手の関わる内容の方がいいだろう。
バーベナはもう起きているだろうか?
使用人に今日の見学予定だった他の工場への変更通知とバーベナにはことのあらましを手紙にまとめ、見学の内容変更を届けてもらうことにした。
馬に乗れる使用人に手紙を持たせると急ぎ足で出発していった。
「午後の学校は警備を整えて、学校側にも転送ボックスで緊急警備の話をしないと警備が到着してからだと混乱するわ。」
「どなたが隊士の先導を?」
「不安もあるけどバンダに行かせるわ。エキナセアはまだ休んでいる?」
「いいえ、先ほどドラゴン保護区に向かわれました。これ以上問題が起きては困ると、早めにドラゴンの件を解決させると意気込んでおりました。」
あの子はどれだけ仕事熱心なのか。
ワーカーホリックにならないと良いが、今でこれならば心配しかない。
「あまり寝てないでしょうに、あの子もケガなんてしたら」
「自分で自分を治せる子ですから大丈夫ですよ。デンファレ様ももう少しお休みになってはいかがですか?」
「睡眠時間には問題ないわ。あなたも人のこと言えないのだから適度に休んで頂戴ね。」
ひとまず着替えるかと、アバターから動けるが楽ではないドレスを選ぶ。
「今後暗殺の心配をするならば男性用コルセットに鉄板でも入れましょうか。」
「防犯用には十分なアイテムですね。」
お互い冗談に聞こえているが製作への工程を考えていた。
明日見学中にバーベナに相談しよう。
アマリリスが起き、支度が整ったところで朝食となった。
「マロニエ様は無事なのですか⁉」
マロニエとデンドロがいないことを聞いてきたアマリリスに深夜から早朝にかけて起きたことを伝えると心配の声を上げた。
「ケガはもう大丈夫ですが、精神的なダメージが大きいようですわ。お兄様が付いていますので今は心配なく眠っています。」
「そうか。デンドロのことはヴィオラから聞いている。今日の予定もそのままと聞いているが…」
「はい。陛下から続行との判断をいただきましたので、見学内容を警備の関係で変更しつつ、行います。」
「バンダは?」
この場にはバンダもいない。
クレソンが気にして聞いてきた。
「警備配置の相談で隊士とともに工業地区に向かっています。」
「迷惑をかけるな。」
「いいえ、本来ならば騎士部隊に任せず、私の方で警備を用意すればよかったのです。」
そう言えば、警察部隊にも連絡しなくてはならない。
朝食はいつも通り、使用人もともに食堂に集まり食事が始まる。
殿下の食事はネモフィラが試食を行い、安全確認をする。
その間、食堂の外はあわただしく人の往来があり、アマリリスは何事かと首を傾げる。
「鉱山夫と宝飾品工房は朝礼があるのよ。私たちよりも先に朝食を食べた後、仕事へ行くの。」
「そうなのね。領館にこんなに人が多いところは初めてで驚いたわ。」
「彼らの住居も兼ねているし、家族部屋もあるから人数は多いわね。」
私とアマリリスの会話を不思議そうに見てくるネリネにアマリリスがほほ笑む。
「うらやましい?」
「いいえ、そう言うわけではありませんが、昨夜から一変しているため、気になっただけです。」
「デンファレに協力することにしたのよ。」
「協力? 一体何の?」
「女同士の秘密よ。」
ふふふっと嬉しそうにほほ笑む。
協力関係になったのかと、今更思う。
話はしたし、クレソンとアマリリスの結婚を実現させ、私の婚約を破棄したいとなると協力関係でもおかしくないか。
身代わりになってくれる人を探すのだからいいのか。
ヒロイン以外で替わりを探さなくてはならない。
使用人が同席する朝食について知られていることもあり何も言われることなく、殿下は自分でサンドウィッチの具が挟めることに喜んでいた。
スープもサラダも目の前で注がれるため毒が含まれていたら全員アウト、食器も銀のため安全。
朝食は心配なく終わった。
「本日の予定は大幅に変更いたしましてこの領館近くの宝飾品工房と工業地区のアパレル工房の見学、午後に学校の見学のみとさせていただきます。昨日質問は見学中にといったのですが変更により行かない工業もありますので、学校見学のあとに質問を受け付けます。」
「解った。デンドロとマロニエはどうする?」
「お二人は午前中お休みになられると思いますので、昼食の際、同行されるかローマンが確認してきてくれます。」
「わかった。」
殿下は特に意見してくることはない。
その代わり、ネリネから
「警備の状況はどうなっていますか?」
「はい。私もよく知るバイオレット隊長もいますし、警察部隊も人員を多くこちらにつけていただけるように連絡をいたしますので、ご安心ください。」
「……そうですか。」
これは私も疑われているのだろうか?
ネリネはスカミゲラとして接するときとは全く違って、何を考えているのかわからない。
長いことお父様の役職を軍部と間違えていましたが正確には財政管理官です。
混乱させてしまい申し訳ありませんでした。
ちなみに、軍部はお母様の実家です。




