16
できそうだったのだが、
「お嬢様、夜分に失礼します。」
耳元の声に目を開ける。
ベッドの周辺には人影はない。
声がするのはベッドの下だ。
「何かあったの?」
「コテージに侵入者がありました。」
「すぐ行くわ。」
アマリリスを起こさないように転移で移動し、アバターから楽なドレスに着替える。
コテージには灯りが付いている。
持ち物の時計を確認すれば深夜三時だ。
「失礼いたします。」
「デンファレも来たの?」
中には殿下たちが起きており、マロニエが肩を押えていた。
「何があったのですか?」
マロニエの前にしゃがみこみ、抑える肩を見る。
深くはないが、刃物で切られたようだ。
しかも、変色が始まっている。
それを見たネリネが
「なぜ言わない!」
と、声を荒げる。
「デンファレ嬢が来れば傷も毒も治るから、言わなくてもいいかと」
「私の到着が遅かったらどうするつもりだったの?」
治癒魔法で傷と毒消しを行う。
体内に広がっているだろう毒を探すためマロニエの胸に額を当て、魔法をかける。
そこで、仮面を忘れてきたことを思い出す。
「失礼しました。」
アバターから適当な仮面を出して身に着ける。
「それも魔法か?」
「特殊なポケットを持っているだけですわ。傷も毒ももう問題ありませんわ。皆さまはほかにお怪我などありませんか?」
鑑定のスキルで全身を見渡し、毒が完全に排除されたかを確認する。
「マロニエを狙ってきたみたいだから大丈夫。」
バンダの答えに室内にいる騎士を見る。
ここの警備は騎士だけで賄えるということで、影は殿下以外は緊急の報告用に二人付けているだけだった。
結界を煙のように放ち、周辺に漂わせると一人の騎士の焦りと微量の敵意を感じ取る。
「そこの者を拘束、事情をお聞かせ願えますわよね?」
影が素早く動き、騎士の一人を取り押さえる。
領地内で殿下に近い人物が襲われたとなると貴族の批判は大きい。
だからお飾りの領主の戯れで行われたお泊り会でこんなことが起こるのだと言われかねない。
王家からの派遣の騎士だからと検査を私自ら行わなかったのがあだとなった。
「お、俺じゃないっ! 違うんです! 信じてください。」
「それは尋問中に聞くわ。」
指を鳴らせば、騎士は一瞬で姿を消す。
影が一瞬で移動しただけのためコテージの外では悲鳴に近い声がこだましている。
「お父様に手紙を出し、陛下の耳に入れていただきましょう。騎士を全員叩き起こし、外に集めなさい。全員よ。十分以内に」
「そんな、無茶な…。」
この場にいる騎士たちはまさか仲間が犯人扱いされるとは、という混乱の顔をしている。
「早く行きなさい。もしかしたら殿下が死んでいたかもしれないのよ。」
「…ここの警備は?」
自分たちは仕事をしていると言いたげだが、明らかに頬に跡がのこっている以上、机でうつ伏せに寝ていたのだろう。
そんな者に仕事の指図をされたくない。
「あなたたちよりも何千倍も信用のできる子たちがいるわ。問題ない。さあ、あと九分よ。」
困惑しつつも騎士が走っていく。
私の確認ミスとは言え、身内に犯罪者が出たのだ。
騎士からしたら私を疑っているのだろう。
二人だけこの場に残り、あとは仲間を起こしに行った。
「デンファレ、なぜあいつが犯人だとわかった。」
「説明が面倒なので明日、もう今日ですね。あとで改めて説明いたします。マロニエはローマンの部屋で休みなさい。ほかの皆さまは問題がなければお部屋にお戻りください。あの騎士以外で現在疑わしい者は近くにはおりません。」
マロニエは転移魔法で短い距離だが領館に向かった。
一度侵入を許してしまうと敵意を判断する結界には引っかからないことがある。
特に私以外を狙っているとなると感情の方向を読まないとならず、難しい。
結界に引っかからない理由はほかにもあり、領地に入る際の検問所にも結界があるのだ。
列車でも結界を通るが、下車する者を調べるため、列車のスピードでは検出されにくい。
そこで引っかからない限りは領内に入ってしまう。
犯罪率をゼロにすることはできないが、最小限には収めたい。
さらに今回は付き添いの使用人は少数のため私が調べたが騎士は人数が多く、さらに王家に忠誠を誓う者ということから細かいチェックをしなかった。
そこが穴だった。
殿下たちに就寝の挨拶をし、外に出る。
丁度十分なのだが、まだ集まり切っていない。
「騎士様方は時間厳守もできないのですね。」
「も、申し訳ありません。」
この隊を率いるのは第二騎士部隊隊長だが、構成メンバーは今回のお泊り会に合わせて選出されたメンバーだと事前に聞いていた。
頭を下げる隊長に
「遅刻者は明日朝一の列車で帰るように通達、ここにいる全員に魔法をかけます。隊長様に許可をいただきたい。」
「い、いったい何の魔法を……」
「尋問よりも楽な物で何も感じません。ただ、心の中にある悪意のレベルを計るだけです。それが誰に向けられているのか、どういったものなのかを見るのです。嫌なら今すぐ領地から出ていきなさい。一秒でもとどまれば強制します。」
「そんな無茶な…」
判断能力の無い隊長だ。
これでよく第二部隊を率いている。
第三部隊のバイオレット隊長の方が仲間に慕われ、統率力もあった。
「わ、わかりました。ですが、隊士に何かありましたら責任問題を突きつけますからね!」
産まれは貴族だろうか。
そんなことを公爵家にいうなんて馬鹿なのだろうか?
まあいい、コテージの前でこんなことをしていれば中から興味本位で覗かれるのは解っていた。
騎士の質が悪い。
こんなのだから裏切り者、侵入者を出すのだ。
「ではいきます。体には何の害もありません。」
また、結界の靄を出す。
今度は可視化できるものが隊士の体を通り抜ける。
ざわざわと何が起こっているのかとつぶやく隊士たちの中で二人、悪意ではなく、罪悪感が反応する。
「あなたたち、何か知っているようね。」
一斉に二人の隊士に視線が向く。
「あ、いや、えっと…」
「すみませんでした!」
一人が言いよどみ、もう一人が勢いよく体を九十度以上折り曲げた。
周りは彼らも罪を犯そうとしたのかと剣を構えだす。
「剣はしまいなさい。後の者はシフト通りに行動、隊長様はお付き合いいただきますわ。」
アイテムから紙を取り出し、ローマン宛てに事件発生と犯人逮捕の知らせをかき、紙飛行機を織り、飛ばす。
まっすぐ領館に向かって飛んでいく。
コテージの前に机とイスを取り出し、座るように促し、さらに紅茶も取り出すと三人はもう、戦々恐々と言った様子で全く紅茶に口を付けない。
こっちは深夜の外に出されて肌寒いんだよ。
くしゃみを出しながら、紅茶に口を付ける。
「では、聞きましょうか。あなたたちとあの者の関係は?」
「…今回の警備で同室です。」
「じゃあ、そこで聞いたのかしら?」
「…はい……。」
マロニエの義父母はマロニエに懸賞金のかかった依頼を闇ギルドに出しているらしい。
闇ギルドの存在をいままで聞いてはいなかったがゲーム内ではヒロイン暗殺未遂で分岐前ストーリーでデンファレが使用していた。
その依頼がいまだに残っており、報酬は前金だけでも結構な額だったことから依頼者不在でも受けたようだった。
二人はそんな話を就寝前に酒に酔った犯人から聞いたらしいが、本気にはしていなかった。
騎士がそんなことをするわけがないという先入観と相当酔っ払っていたということもあった。
日ごろから冗談で闇ギルドの話をしていたことがあったらしい。
「俺は知らないぞ! そんな話……」
「日常的な会話だったため報告はしてませんでした…。」
闇ギルドの場所も聞き出せるかもしれない。
「今回のことで、お泊り会もお開きになる可能性があります。警備に当たりつつ、撤収の準備を」
「解りました。」
外部からの刺客ならまだしも身内となると隊長は移動、隊士二人は免職になることは間違いないだろう。
犯人の死刑は確実。
その前に聞けることはすべて聞き出さなければならない。
机に紙を出し、隊長はまた手紙かとのぞき込まない程度に手元を見てくる。
描き終わったものを持って腕を振り上げる。
肩の後ろまで振ると手元からなくなる。
「屋敷に置いている警備は最小限でいいわ。私一人で十分だから。全員コテージの警備に割り振って、領地を出るまで、アリ一匹近づけさせないように」
何の話かという顔をする隊長たちにもう戻っていいと伝え、私も領館に戻る。
アマリリスに書置きもしていない以上、居ないとなると昨日の今日だ。
文句を言われるのは間違いない。
領館に入るとローマンがいた。
「お疲れさまでした。男は地下で拘束してあります。」
「闇ギルド関連よ。できるだけ情報をひきだして、ゲームで私が大変お世話になる場所よ。」
「かしこまりました。騎士は撤退でしょうか?」
「おそらくね。殿下が被害に遭ったわけではないけど、手をかけているマロニエが被害者、犯人は騎士。お泊り会もお開きね。予定のバンダのコレクションは見終わっているからダンジョンはまたの機会ということでいいでしょう。」
「保護区の見学もありましたがそれも後日ですね。」
保護区か。
まあ、保護区内に人間が無断で入ってくることはできないが、影はどうやらドラゴンと相性が悪く、彼らも入れない。
このままお開きの方が都合がいい。
「それが、このまま継続とのことです。」
玄関ホールにエキナセアが転移してきた。
「お父様のところに行っていたの?」
「緊急でしたので私が頼みました。」
ドラゴンのこともお願いしているため忙しいはずだとローマンを見ると、
「ドラゴンは部隊に任せています。」
自分は少し休憩に来たところでした、と、言いたげであった。
「そう。まあ、夜目が効くあの子たちの方が捜索には良いわね。お父様はほかには?」
「信頼を置く部隊を送るからうまく使うようにとのことです。」
「解ったわ。エキナセアは休みなさい。日が昇りきるころまでは休んでいなさい。」
「ですが…」
「尋問は影に任せるわ。私もいるし、そろそろ朝食の準備をしないといけないし」
向き合っていたエキナセアをくるっと回し、その背を押してローマンの部屋へ向かわせようとして、
「ローマンの部屋にはマロニエがいるんだったわ。バンダの部屋を使って」
「いや、私がバンダ様のお部屋を使うわけには…」
「主人の命令よ。」
命令、そう言えばなにも言い返されない。
しぶしぶ部屋へ向かっていった。
厨房に入ると料理人が準備をしていた。
「おはよう。ちょっと問題が起きたからバイキングはなしで、個別に料理を出すことにするわ。」
「毒ですか?」
「口からじゃないけどね。」
そうと解れば仕方ないと予定していた料理を変更するため相談していると
「デンファレ嬢」
マロニエが厨房に現れた。
「ダメよ一人で出歩いては」
「解っている。でも、チューベローズ様は今回のお泊り会をすごく楽しみにしていたんだ。中止にならないように何とかならない?」
主君への忠誠心。
ほんの短い期間で芽生えさせるほどの何かがあったのだろうが、男の友情は解らない。
デンドロと殿下も何かがあって仲良くなったと言うのだから不思議だ。
「どうしてかわからないけれど、継続とのことよ。」
「警備は? 俺はまだしも、今後チューベローズ様になにかあったら」
「ここを誰の領だと思っているの? 二度の同じことは起こさせないわ。」
「チューベローズ様以外にも、デンファレ嬢が狙われることもある。俺たちのことを心配してくれるのは良いけど、自分のことも可能性があるって考えておいて」
「……、ちょっと見ない間に大人になったわね。もう泣き真似もしないし」
「もう泣かないよ。人が心配してきているのになんなんだよ。」
厨房からマロニエは帰っていった。
「お嬢様、からかってはいけませんよ。お嬢様を心配しているのですから」
「心配されるほど弱くないわ。そう言いたかったのだけど、」
自分の身を守るすべはある。
周りも手の届く場所にいてくれれば守れる。
守りが近くにいると高をくくっていた私の落ち度だ。
お泊り会継続となれば、終わってから私に何等かのお咎めがある可能性は高い。
陛下も、男女が友人として泊るような体験もこれが最後と思っているのかもしれない。
貴族として、年齢的に、許可が出たことの方が驚く。
アマリリスの参加は私一人に男六人(そのうち二人は兄弟)ということもあり参加したいと言えば受け入れやすい立場とネリネの存在だろう。
宰相であるリコリス当主も陛下も子供思い出あることは確かだ。
お父様も中止の命令を出さないのは久しぶりに兄弟そろっていることもあるのかもしれない。
「食パンを焼きましょうか。目の前でパンに具材を挟めば安心でしょ。」
「ではスープはポタージュにしましょう。」
「念のため食器も銀にして、試食ができる人がいないから殿下たちについてきた使用人を食事前に集めて、確かめましょう。」
「忙しくなりますね。」
「朝食が終わったら昼食のメニューも考えないといけないわ。明日明後日はいいけれど、五日目はダンジョン内でお弁当の予定だったから変更した方がいいわね。」
朝食の準備を終わらせると列車以外で多数の人物が結界を通る気配を感じる。
「ローマン、どこにいるかしら?」
厨房から食堂に出て、玄関ホールへ向かいながらローマンを呼ぶと
「こちらに、マロニエ様はやっと寝付かれたようです。」
「そう。責任感だなんだで思いつめないといいけど…。」
厨房に顔を出してから一時間ほどたっている。
興奮気味の子供ならあり得ることだが憔悴している様子で、興奮はしていないだろう状態だったことからだいぶ時間がかかったなと、思ってしまう。
「マロニエの様子は?」
「殿下とデンファレ様に何もなくてよかったと度々つぶやいておりました。ですが、デンファレ様に助けを求めたがためにこんなことになってしまったと思い込んでいるようです。」
「私が勝手にして、殿下が判断されたことだというのに」
ゲームで見たマロニエの精神的な弱さが出ているようだ。
誰かに頼らないと、精神的安定を保てない。
それが暴言や暴力をふるってくる家族でも、快楽やプレイに走る恋人でも、彼にとっては精神的安定につながるのかもしれない。
そう言った方向に目覚めては欲しくないため、心のよりどころを別で用意する必要がある。
私では破滅ルートが待っている。
ここで打倒なのは殿下だろう。
「マロニエはそのまま眠らせておきましょう。ローマンは日中見られないからアザレアに任せましょう。面識もあるし、影もつけるし、今日は様子を見て午前は休ませて、午後は本人の意思で決めましょう。」
「かしこまりました。要件は以上で?」
そうだった。
マロニエも大事だが、早急に確かめたいこともあった。
「ちょっと出てくるわ。結界に複数の侵入があったの。」
「集団ですか。気になりますね。」
「ええ、このタイミング、闇ギルド関連の侵入ならば仲間の報復。彼がそんなに仲間に慕われているようには見えなかったけど、人は見かけによらないわよね。」
「デンファレ様のようにですね。」
酷い。
唇を尖らせてローマンを見るが
「そんな顔をしても中身はおいくつですか?」
「二十は過ぎているわ。だって死んだのが……ん?」
私、いったいつ死んだのだろう?
ゲームの最終大型アップデートが十七歳の誕生日だった。
終わらせるのにストーリーに半年、追加ミニゲームやバトルカード集めにさらに半年弱、十八歳の誕生日の記憶がない。
合計すれば二十五歳だが、私はいったいいつ死んだのだろう。
全く記憶がない。




