14
三階へ上がる階段をバンダの先導で殿下が続く。
後ろでローマンと予定の最終確認をしていると
「あんなに殿下とかかわりたくないって言ってた割に、なんで領地に入れたの?」
「仕方ないじゃない。バンダが約束してしまったのだから、取り消しも延期もできないわ。」
マロニエがやっと普通に話しかけてきた。
食事中とは態度が変わり、以前と変わらない。
「殿下の元でお勉強はどう?」
「面白いよ。デンファレ嬢に教えてもらったことがそのまま出てくる。」
「ならもっと先まで進みなさい。時間は有限よ。勉強が楽しいと思えるうちに頭に叩き込んでおきなさい。」
「今のところは別で教えてもらっているのだけど、進みが早いからもしかしたらチューベローズ様と近いうちに同じ勉強になるかも」
「その余裕があった頭をなぜ今まで使ってこなかったの?」
「……面倒くさかったから?」
もう面倒くさいと思っていないならいいが、ゲームでヒロインが入院中の勉強を教えに来てくれるマロニエは、本当は成績が悪いわけではないのではないかと思っていたが、やはり地はいいようだ。
「そういえば、スカミゲラは? チューベローズ様が会えるのの楽しみにしていたけど、ネリネ様からまだギルドの派遣から戻らないって聞いた。何かあった?」
「特に何も無いわ。会わせないための口実でギルドの方に滞在させているだけ、スカミゲラにまで興味を持たれたらたまらないわ。」
「独占欲だ。」
「違うわよ。」
本人を本人が独占なんてナルシストか。
同じ空間に二人で存在するためにはエキナセアの手伝いが必要だが、ともに暮らすネリネやアマリリスなんかの前ではボロが出る可能性もある。
できるだけエキナセアの出番は作りたくない。
あと、なぜか身長がエキナセアの方が高いため変装してもばれる可能性もある。
なぜ私は小さいのだろうか?
ゲームではそれなりにスタイルよく、長身設定のアマリリスと一緒に小柄なヒロインを高い位置から見下ろしている図があったと思ったが気のせいだったのだろうか。
それとも、ドレスに隠れた厚底だったのだろうか? わからない。
コレクションルームに到着し、ドアを開けると殿下の歓喜の声とバンダのいつもなら聞けないマシンガンのように出てくる説明に私はしばし休憩だ。
コレクションをすでに見せられていたマロニエは私の横から動かずに殿下たちの様子を見ている。
「俺も領地の経営にかかわることになったんだ。」
「あら、でしたら私の領地で行っていることをもっと詳しく書いて、資料を届けさせるわ。」
「ありがとう。管理人にまかせっきりになっていたからしばらくは現状維持をしながら勉強になるけれど、デンファレ嬢みたいに領民のための経営ができるように頑張るよ。」
「何かあったらいくらでも相談に乗るし、手もかすわ。」
「じゃあ、領の保証人って頼める?」
領保証人。
私はお父様に書類のサインをもらった時にともに保証人の契約もお願いした。
もしも財政が傾いた場合、領民の生活を保障する出資を約束するもので、陛下前で宣言するのだが、子供が勉強で行う領経営で親が子の保証人になった場合は省かれる。
私がマロニエの保証人になると陛下の元へ行かなければならないが王妃教育のついででいいだろうか。
「もちろんよ。領地が少し離れているけれど、もしもの時の支援は惜しまないわ。でも、もしもが起こる前に相談してよ。」
「今の段階で十分もしもの状態だから現状を打破するためにも、頑張るよ。殿下が立てなおしのプロって人を雇ってくれて、管理人と俺が戻るまでに現状把握を終わらせるって言ってた。」
戻るのか?
勉強はどうするのだろう。
「王都を離れるの? 初等教育を王宮で受けているのでしょう?」
「うん。週末だけ領地に戻るってことになってるけど、距離があるからあまり滞在できないかもってことで、列車を通す話も出てる。国内をデンファレ嬢のところの列車の企画と一緒にして、どこにでも行きやすいようにって」
国内どこでも列車で行けるとなると馬車で数日かかるお母様の実家との行き来も楽になる。
でも、現段階では、
「マロニエはアクセサリーを何か持っている?」
「特に何もしてないけど?」
そうか。
ならばクレソンと同じデザインの物を送ろうか。
アイテムからプレートペンダントを選び、頭の中でチューベローズの花を表に彫り、裏にマロニエの花と葉を彫った物を取り出す。
マロニエは何を始めたのかという顔をしながら私が付与をするのを見ている。
「できたわ。この時間で練習しましょうか。何度か転移魔法を使ったから感覚は解るわね?」
「…解るけど、急に何?」
いぶかしむマロニエにアイテムから適当な紙をだし、そこに転移魔法の魔法陣を描いた物を渡す。
「次に領地へ戻るときにこの魔法陣を屋敷の広いところに描いて来なさい。そうすれば転移魔法で王宮から行き来が楽になるわ。王宮には私の部屋に魔法陣もあるし、あなたの部屋に設置する許可を殿下にもらえばいいわ。」
「そっか。そうすれば緊急でも戻れるのか。」
「管理人に任せているとはいえ、確認は自分で行うのよ。転送ボックスも渡しておくわ。こっちは荷物入れに使って」
転送ボックスを二つ取り出し、鍵の設定を行い、使い方を説明する。
そしてクレソンにも渡している簡易四次元ポケット巾着。
いくらでも口が開きなんでも入る。
ステータスバーに入れた物が私のように表示されないので管理は重要だ。
「いくらでも、なんでも入るし、入れた物の時間は止まるわ。でも、入れたことを忘れているとずいぶん奥まで行ってしまうから注意しなさい。」
「解った。でも、もらっていいの?」
「いくらでもある物だから気にしないで、じゃあ、少し席を外しましょう。ローマン、何かあったら呼んで」
「かしこまりました。」
コレクションルームを出て、そこから第二領館入り口まで転移する。
「ここから第一領館まで転移して見て」
「解った。」
魔力操作に問題はなく、第一領館までの転移に問題はなかった。
次に王宮の私の部屋まで転移、そして王都のギルド前、第二領館まで戻ってくる。
「問題なさそうね。」
「さすがに、疲れた…」
マロニエがその場でしりもちをつくように座り込んだ。
忘れていたがマロニエのレベルは二十三。
四回も転移をすればそれは疲れるだろう。
「もう少し魔力を上げる特訓も必要ね。緊急時に往復する可能性を考えると十回はできるようにならないと」
「十回……、稽古だけだとそんなにすぐは上がらないな。ダンジョンでレベル上げした方がいいかな?」
「そうね。でも、クレソンかバンダと一緒に入るようにしてね。二人はレベルが五十近いから何かあっても迅速に判断できるわ。」
「そっか、五十まで上げないといけないのか。」
「十回なら三十五ぐらいで問題ないわ。まあ、レベルが上がれば入れる区画も増えるからあなたが興味を持っていた真珠の木や虹色のクリスタルの木も、珊瑚の木も見られるわ。」
「……ダンジョンに入るか。」
前はダンジョンに子供が入るなんて非常識と言っていたことがあったくせに、もう忘れている。
マロニエを休ませて、コレクションルームに戻る。
まだバンダの説明は終わっていないがリコリス姉弟は飽きてきているようだった。
「アマリリス様、ネリネ様、もしお暇でしたらスカミゲラが一時間ほどなら戻ってこられそうとのことなので別室にいかがですか?」
「そうですか。少し聞きたいこともありましたので、そうしていただけると助かる。」
「そういえば、あの日以来まだ戻って来ていませんでしたわね。」
「私はこのままこの部屋に残りますので、マロニエ、下の応接室にご案内して差し上げて」
「解った。」
殿下たちはコレクションに夢中で別行動になっていることに気が付いた様子はない。
話も聞こえていないようだからローマンに目配せし、私も部屋を出てすぐにスカミゲラに姿を変え、転移でまた第二領館入り口に現れる。
「スカミゲラ、デンファレ様とは連絡を取って、わたくしたちには帰ってくる日も教えてくれないのね。」
「申し訳ありません姉上、少し討伐が落ち着いたので顔を出すと連絡したぐらいなのですが」
「あら、それなら殿下に挨拶を」
「いや、私たちだけを呼んだということはデンファレ嬢はまだ殿下に合わせる気がないのだろう。マロニエとは面識があるのか?」
ネリネが一歩下がったところに立つマロニエに聞く。
「はい。滞在時にともにダンジョンに入りました。あの時の真珠の木はどうなったんだ?」
「ひとまずダンジョン近くの温室で管理しているよ。問題がなければ来月にはオーキッド夫人に見せられる。」
「公爵と夫人にあったことあるの?」
マロニエに質問攻めを受けるとは思わなかった。
ネリネもアマリリスもどうしたのかと思いつつも傍観することにしたらしい。
「公爵には挨拶で一度だけ、夫人はない。」
「夫人って普通にお母さんって感じの人だった。公爵は貴族の当主って感じだったけど」
ああ、そうか。
知っている夫婦像と違ったから驚いたのか。
「二人ともすごく仲が良いってバンダ様も言っていたし、子供を大事に育てていることは話を聞いていてよく思うよ。」
「じゃあ、なんでデンファレ嬢はここで一人なんだ?」
それを聞かれると面倒だ。
殿下との婚約回避の作戦のためなんて、ネリネの前では言えない。
「第一領館のある土地を買ったのは自分の意思で、経営に興味があったって言っていたよ。領主になったのならあまり領地を離れたくないって、本当ならば、王都には仕事で出る以外は行きたくないって」
「なんで?」
なんで? なんでと聞かれてもなんと答えようかと思っていると病弱設定を思いだす。
「あ、えっと…」
そう言いながらネリネとアマリリスの顔を見る。
「誰にも言わないでほしいのですが、実は王都にいると頭痛と吐き気がするそうです。満ちている魔力の質が違うとかなんとかで、僕たちのレベルではわからない、レベルの高いデンファレ様にしか感じられない魔力のよどみがあるとかなんとか……」
「では、あまりご実家に戻られないのもそう言うことからなの?」
アマリリスが心配気に聞いてくる。
「実家は結界の中なのでそこまで影響はないそうです。でも、自分の魔力がいつか誰かに影響を与えるのではないかと心配されています。タウンハウスの使用人も最小限ですし」
「今は殿下の命令で三人ほどメイドが増えただろ。大丈夫なのか?」
「詳しくは聞いていないので、そこは何とも……」
「王宮内も結界の中だから勉強には支障は出ないだろうが、王都にはいくつか出店もしているだろ? そこはどうなんだ?」
「…そこも結界は張っているので中は問題ないかと、移動はほとんど転移魔法ですからあまり王都を歩かれることは最近はほとんどありません。兄上が興味を持たれるなんて珍しいですね。」
「ちょっと気になってな。」
これ以上話を広げたくない。
わからないということにして話を変えてもいいが従者である以上、身体的な話には答えておいた方がいいだろう。
「魔力のよどみとは何かしら? デンファレ様のレベルになると魔力が可視化されるとか?」
「可能性はある。でも、そうなると陛下も似たような症状があってもおかしくない。」
「そうね。正確なレベルは解らないけれどお爺様にも聞いて見た方がいいかもしれないわ。」
話が終わらない。
マロニエも何か考え始めてしまったためどうしようもない。
「クリナムとゼフィランサスは元気ですか? この前は会えなかったのですが?」
「ああ、元気が有り余っている。クリナムと母上はしばらく実家に戻るように父上から言われ、昨日旅立った。」
「何かあったのですか?」
「ユッカ様との件とわたくしの婚約が側妃候補に変更になったことで少しお疲れになってしまったようで、まあ、お父様も大好きなゼフィランサスを独占できると喜んでいるようでしたわ。」
父上は一番に産まれたアマリリスを可愛がり過ぎてはならないと思っており、長男で爵位を継ぐ予定のあるネリネには一層厳しく当たる。
僕は論外であり、ゼフィランサスをずっと猫かわいがりしている。
そのためか、母上はゼフィランサスにも爵位を爵位を継がせる勉強をさせるべきだともめている。
はっきり言って夫婦仲は最悪に近い。
貴族の政略結婚なのだから致し方ないが、父上と母上の年齢差もあるのだろう。
さらに言えば、母上は元は側妃候補ではあったものの、陛下の好みではないと幼少のお茶会で言われてしまったことで速攻候補から外れた。
そんなことがあったためだろう、側妃や姫夫といった位置に自分の子を置きたがる。
家の話を聞いていると一時間はすぐに過ぎてしまった。
「そろそろ休憩時間が終わるので戻ります。」
「そう、残念だわ。」
「姉上が屋敷に戻るころに僕も帰ります。」
「怪我には気を付けて」
「兄上もお元気で」
姉兄に挨拶を済ませ、マロニエに向きを変えると
「スカミゲラって、デンファレ嬢に似ているな。」
「え……そう?」
言われたのは初めてだ。
使い分けができていないということか。
注意しないと
「笑った時に口にグーを寄せるところとか、親指で中指の側面をなでるところとか、一緒に生活していると似てくるんだな。バンダ様もたまにしている。」
「そ、そう…気が付かなかった。」
観察眼がちょっと怖い。
転移で一度第一寮監に戻ってからデンファレの姿に戻し、第二領館に戻る。
コレクションルームに急いで戻ると階段でマロニエたちと出くわした。
「どこ行ってたの?」
「少し所要で席を外しておりました。殿下方に休憩を伝えてきますので、そのままお部屋でお待ちください。」
トイレに行っていました風に言えば詮索はなかった。
コレクションルームではまだバンダの身振り手振りが続いていた。
でも、そろそろ終わりにして、お菓子の時間にしなくてはならない。
「バンダ、今日はここまでにして、お茶にしましょう。ずっとしゃべって喉が渇いたでしょ?」
「解った。チューベローズ、また今度」
「ああ、気づけばこんなに時間が経っていたのだな。」
殿下はまっすぐ私も前まで歩いてくると謝罪の意味も込めた言葉を返してきた。
「せっかくデンファレの元に着ているのに、チューベローズをこちらに引き留めてしまったな。」
「気にしないでくださいましお兄様、下でネリネ様方が先にお休みを取られております。」
移動をはじめ、ローマンに
『こんなにバンダのコレクションの話が長引くとは思わなかったわ。あとどれぐらいあるの?』
『三分の一ほどでしょうか?』
『じゃあ、資料室を巻きで終わらせて、夕食までは自由時間としましょう。これなら別行動でも問題ないでしょう。』
『もうお疲れですか? 先は長いですよ。』
そうだ。
あと六日もこの状況は続くのだ。
本当に療養が必要なぐらい疲れてしまうのではないだろうか。
応接室に戻ると予定通り紅茶とお菓子が運ばれて着ていた。
「これ何?」
クレソンも見たことのないお菓子に机の上に並べられた可愛らしいマカロンを皆が凝視する。
「メレンゲにアーモンドの粉末を加えて焼いた生地にクリームを挟んだ物になります。丸が一般的な甘さでスティックタイプが甘さ控えめとなっています。ピンクが苺、黄色がレモン、緑がピスタチオ、茶色が二色ありますが単色がココア、チョコレートに近い物とマーブル模様がコーヒー、白い物がバニラの風味を聞かせてあります。」
「バニラは食べにくいな。」
この世界、バニラの風味を利かせたお菓子もココアもない。
チョコレートはビン詰めの状態で輸入されるためココアという粉末は流通していない。
主に焼き菓子、焼いた菓子に生クリームを塗ったケーキがある程度のこの国で、調味料のバニラは見かけたことはなく、輸入品にもないため存在自体しない物と思われる。
チョコレートは砂糖とスパイスを入れて飲む大人の飲み物のためお菓子に使われることは少ない。
カカオの状態で輸入することでカカオマスが生成されココアバターやパウダーを作ることができる。
ダンジョン植物用の温室の一角でバニラの苗を育てること三日、強制的に成長させ種の収穫に成功。
オイルやエッセンスとしての加工は一度ポケットに入れてしまえば創造のスキルですぐ終わる。
今後は広めて食品工場で生産できたらいいなと思っているが難しいかもしれない。
香水という物はこの国にはなく、香炉で匂いのある木を燃やして衣服にしみこませているが、これは男性のたしなみとされている。
そのため匂いに甘い物はなく、甘みのある香りは男娼が身に着けている香りだといわれることもある。
そうなるとバニラの花のような甘い香りは娼婦の匂いだと言われかねない。
そうなったら最後、妹が学校でいじめられるなんてことになればユッカ様に矛先が向き、王宮の預かり知れることとなるだろう。
実に面倒くさい。
本当ならばバラやシトラス、ラベンダーといった香りを楽しみたい。
ラベンダーは香炉でも焚けるのだが、求めている匂いとは変わってしまう。
最終的には自分用に作るしかないが、楽しもうにも体についてしまったら元も子もない。
時々バンダにパンの良い匂いがするだの、カスタードの良い匂いだの、厨房から戻るたびに言われている。




