13
食事を終わらせ、今日の日程確認のため第二領館に移動後、応接室に入った。
「こちらが第二領館となります。主に行政の執行所として一階を利用しておりまして、二階に管理事務所、三階に執務室とバンダのコレクションルーム、地下には休憩所を置いています。」
「休憩所ですか?」
アマリリスが私の隣に座り聞いてくる。
殿下は向かいの席にネリネとデンドロと並んでいる。
「仕事場で食事をさせるわけにはいきませんし、急な体調の変化で動けなくなった際、あまりさせたくありませんが残業となり、帰宅の足がないと判断した場合の寝床、そのほかに災害などで家を失った場合の一時的な住居の変わりと考えています。」
「保護区があってもドラゴン被害はあるのか?」
今度は殿下が聞いてくる。
土地を買ってそこが保護区となっている以上、気になるのだろう。
「ドラゴンの飛来被害はクロの先導の元、ゼロとなりました。」
「クロとは先日ドラゴンを回収してくれたドラゴンだな。」
「そうです。ドラゴンは年功序列だそうで、クロは二千年以上生きているという話ですからだいたいのドラゴンは彼に歯向かうことはしません。従者のエキナセアと特に仲が良く、保護区でドラゴン同士のもめごとが起きた、侵入者がいる、ドラゴンがケガをした、亡くなった。そういった報告をくれます。女王の様子も逐一」
「女王?」
「ドラゴンの女王だよ。」
バンダが話しに加わる。
「ああ、陛下からドラゴンを束ねる者が眠っていると聞いているが女王なのか?」
「うん。女王だって聞いている。僕もデンファレも見に行っちゃダメだってクロが言うから」
「なぜ? デンファレは話もできるんだ。そもそもの目的がそのドラゴンのためにほかのドラゴンが飛来してくるということではなかったのか? あの時、クロは俺に女王の騎士と言っていたが…」
陛下に上げた報告を知っているようだ。
婚約者の行動、同じ領地経営をしていることから知っておくべきと思ったんか、それともドラゴンの血からだろうか。
王家の判断はよくわからない。
クロの言葉はすっかり忘れていたが、それはまだまだ先のイベントでのことだ。
放置しよう。
今は適当に返しておくか。
「クロが言うには女王は主となるべき者を待っているようなのです。それに該当する可能性のある私はとくに近づけたくないと」
「デンファレが主人にはなれないのか?」
「私は少々特殊ですから、女王が求めるのはもっと違う、偶然と必然の合わさりが必要なのだと思います。」
ゲームの後半でドラゴンスレイヤーとなる殿下はドラゴンを使役する。
そのドラゴンが女王と呼ばれていた気がすることからここで出会わせてはいけないのだろう。
「ドラゴン保護区の見学は六日目に予定しております。ルートは安全面から女王の近くは通りませんが、住み着いた愛嬌のあるドラゴンを間近で見ることもできます。機嫌が良ければ、彼らのストレスにならない程度に触れ合えるかと、殿下はユッカ様で慣れていらっしゃると思いますが――」
「触れる前に匂いを覚えさせる、匂いのきつい物は身に着けない、きらびやかな物を近づけない。」
「嗅覚は犬の数千倍、光る物を集める習性がございますので、皆さまもお気を付けください。」
「僕もういくつ取られたことか。」
「バンダ、それはどうだろうか…」
バンダが私の座るソファーの後ろに回り、私の肩に顎を乗せ話す。
向かいに座るデンドロにもっと注意をするようにという意味の言葉が出るが、あまり強く言えないようだ。
「私とお兄様はあまり顔を合わせませんからわかりますが、バンダとお兄様は家で会う時間も長いのではないのですか?」
「そうでもない。」
バンダが先に答えるとデンドロは苦笑いをする。
「僕は朝食後初等教育をチューベローズと受けて、その後剣と馬の稽古も王宮で受けているから家に帰るのは夕方で、その時にはバンダはだいたいどこかへ行ってしまって、話なんてあまりしたことないんだ。」
「そうでしたか。バンダは初等教育を受けるためにもこれから学校もありますし、今の内に少し話をしておかなくては、高等部に上がるまで、学校も同じとはいかないようですし」
デンドロが王宮で教育を受けることになったことは聞いているし、お父様から話も聞く。
だが、その内容は同じ範囲の勉強でも貴族学校初等部よりもだいぶ濃厚な授業のようだ。
バンダも受けさせるにはあと何年かかることか。
そうなるとクレソンの勉強もある。
「クレソンは、お勉強は順調なのかしら?」
急な飛び火にクレソンはバンダの横で小さく跳ねた。
また最近身長が伸びたのか、アマリリスと並んでもあまり変わらなくなってきた。
背高のっぽである。
「大丈夫ですわデンファレ様、わたくしが直々に教鞭をとり、みっちし仕込んでおります。特にここ数日は心身的なショックからわたくしが教鞭を揮えなかったためその分、詰め込んでおります。わたくしがクレソンと同じ年の頃にはもっと教え込まれておりましたからまだまだですが、いずれ完ぺきにしてみせますわ!」
「…クレソンの知能レベルに合わせた方が覚えも早いかと、皆が皆、アマリリス様のようにお勉強が得意でも、博識でもございません。身の丈に合った勉強法を、それができてから背伸びをさせた方がよろしいかと」
「そうですか。さすが学校の経営をされているだけあって、デンファレ様は教育にお詳しいですわ。」
ずっとネリネから刺さるような視線を浴びながらアマリリスと話をしているが何だろうか。
何かしただろうか。
いや、しているけど、ずっと睨んでくる必要はないだろ。
ローマンが部屋に入ってき、日程表を配ってくれるまでずっとネリネの視線に耐え続けた。
「では、本日のご予定はバンダ様のコレクション鑑賞後に領産の製品などの見学ができるように資料室を急遽こしらえました。そちらで二日目以降の見学予定地の予習といたします。その後はお泊りになるコテージに移動となります。アマリリス様はデンファレ様のお部屋でお休みください。」
「時間があるのならこの領館で行っている行政について聞きたい。もちろん、我が領地で行っている管理についても手土産程度に持って来た。どうだろうか?」
殿下の申し出にローマンと視線を合わせる。
『特に問題ないわよね?』
『もちろんでございます。不測の事態が起きないよう、事前に資料もそろえてあります。』
さすがローマン抜かりない。
「もちろんですわ。他領の管理なんてめったに見られる物ではございませんもの、より良い領地、領民の生活のためにも情報交換といたしましょう。」
「私も手土産にリコリス領の管理書類を持って来た。」
思いもよらないところから出てきた言葉にデンファレは急ぎ視線を向ける。
「よろしいのですか? ネリネ様の領地というわけではないのですよ? リコリス当主はお父様とあまり仲がよろしくないと聞きますし、情報が洩れる危険性もございます。」
「父上曰く、スカミゲラの件でオーキッド公爵と話合いを度々しているようで、今回は列車開通のお礼でもあるとのことで、私からというよりは、父上からとなります。」
「そうでしたか。では、受け取らせていただきます。」
殿下とネリネから厚みのある冊子を受け取り、ローマンに持たせる。
「わたくしからも手土産がございまして、受け取っていただけますか?」
「もちろんですわ。」
アマリリスは使用人からこれまた大きめの包みを受け取る。
リコリス家の見慣れた使用人が持った大きなカバンにはこれらが入っていたのかと、到着後に行うはずだった土産の受け取りがずれ込んだため重たい思いをさせてしまった。
「海外や国内の短編小説です。お忙しい合間でもすぐに読み終わる物を選びました。」
「ありがとうございます。本は読み始めると仕事が手に付かなくなることが想像できて手を付けていなかったのですが、これでしたら安心ですわ。」
アマリリスのことだから経営や勉強関係、趣味の恋愛小説や刺繍の本が来ると予想していたが、種類を見ると多種多様。
恋愛もあればホラーやファンタジー、サスペンスにミステリーとバラエティーに富んでいる。
「仕事中の一休みで読ませていただきますわ。」
「気に入っていただけて何よりですわ。」
ふふふっと女子二人笑い合うと男どもは先日の小競り合いは何だったのかと首を傾げる。
「続けまして明日、二日目の予定ですが、工業地区見学後、港地区にあります初等教育校舎の見学となります。時間が残りましたら別荘地の見学も入れる予定です。」
「授業があるのは二時までだけど大丈夫?」
「午前に実技を行うとのことで、午後の授業でしたら問題ないということです。」
「午後まで勉強するのか? それに実技とは?」
ネリネの食いつきがいい。
興味のある範囲に斑があるがどうしたのだろうか?
「実技とは地区ごとの学校の特性で、港地区は漁へ出たり、貿易で仕入れた物の価値を模擬的に決めたり、ときに海賊が出ますので対処法や応急処置を学びます。酪農地区では牛や羊の世話だったり、農業地区では畑の管理だったり、商業地区には学校経営のお店もございます。主に親の仕事を手伝うための予備知識として地区ごとの勉強となりますが、希望があればほかの地区の学校にも通うことは可能、さらに一度卒業して、高等教育に移るところを働きながら別の地区の学校に行くということも可能です。」
就職進学率がほぼ百パーセントといったのはここにある。
一パーセント以下ではあるが、他の地区の初等教育の勉強がしたいためアルバイトをしながら学校に通うという例もある。
「午後まで勉強漬けでは飽きるのではないか?」
「家ではなく校舎で教師が付いての勉強ですから、飽きるも何も授業は平等に時間とともに進んでしまいます。飽きている間に次に進むと皆に置いて行かれるため、競争心から授業について行っている生徒は多いです。もちろん、皆がそうとは言い切れず、脱落する者もおります。成績を幼いうちから点数で出せば向上心も芽生えます。」
「僕らとあまり変わらないんだね。」
デンドロが口を開く。
「二人以上で勉強すれば競り合ったり、片方が怠けたときにそうはならないという意思につながったり、ともに怠けるという判断をしたりします。陛下とお兄様はともに切磋琢磨しあう関係と言えるでしょうから、教育係の方は喜ばれたでしょう。バンダの教育係と違って」
「勉強なんて必要ないよ。」
肩から顔を出すバンダを懐から出した扇子で叩く。
「ローマン、三日目は?」
「はい。三日目は」
話を区切り予定を告げさせる。
毎回脱線していては切りがない。
「鉱山と農業酪農地区の見学です。デンファレ様が昨日見つけられた坑道の採掘作業の見学と魔獣の養殖現場を見学していただきます。」
「魔獣の養殖?」
「はい。王宮へ献上いたしました掛布団をお求めの方が多かったのですが原料の魔獣を捕まえようにも渡り鳥でして、気候を一定に保てる建物で卵から面倒を見て、羽根をもらっています。」
「羽根をむしられた魔獣は?」
デンドロが驚きながら聞いてくる。
「領内の飲食店に卸し、調理されます。そのため酪農の区分にしております。」
「なるほど、鳥の魔獣はだいたい食べられ油も乗っている。今まで捨てていただろう羽根のためとは言え、消費量も多い鳥肉だ。十分商品価値もある。」
「さらに言えば、羽根で十分元は取れますので安価で街に降ろすことができます。今後拡大し、飲食店だけでなく、精肉店にも卸す予定です。」
また脱線したと思いつつ、ローマンに視線を送る。
「四日目に港で漁業関連と貿易関連の見学、五日目にダンジョンの見学となりますが事前資料で皆さまのレベルを確認させていただきました。ルートは初級冒険者ルートと安全確認のできた新区画、そしてご相談なのですが地図に書かれた最深部まで転移で向かうというのはいかがでしょうか?」
殿下に聞いてからになると予想されたダンジョン見学。
クレソンやマロニエ、もちろんバンダは見学せずとも問題はなく、奥まで進んでも安全なようになっている。
だが、殿下やデンドロ、ネリネに問題はアマリリスだ。
ダンジョン経験も魔獣討伐の経験もない以上、奥まで進むかは殿下の判断とした。
「わたくしはダンジョンの入り口でお待ちしておりますわ。」
「え、入らないんですか⁉」
アマリリスは自分がお荷物になると判断したのだろう、すぐに断った。
だが、クレソンがとても残念そうだ。
「あなたと違って不慣れな場所、わたくしには向かない場所ですわ。気を使わせてしまうだけですし、外で待っています。外でしたらスカミゲラや何度かクレソンを迎えに行った際に十分待たされましたから、土地勘もあり、近くの街で時間をつぶせるし」
「買い物はダンジョンの後でもできます。見せたいものがあるんです。アマリリス様、俺が守りますから、入りましょう! お願いします。」
懇願するクレソンにいったいどうしたのかと思っていると
『花畑が見せたいんだって、あと魔獣の卵も』
確かに新区画はアマリリスも喜ぶだろうエリアだ。
花畑は何か所もあり、確かに女性の好む場所だろうが、懇願してまで連れていく場所ではない。
バンダ以外はレベル四十に達していないため危険な魔獣は襲ってこないが全く魔法の使えない、レベルだけは貴族のアマリリスにとっては怖い場所でもある。
「クレソン、無理強いはだめよ。」
「でも…」
しょげる顔をするクレソンに、思いもよらないところから助け船が来た。
「アマリリス様でも危険のないルートに変更もできます。温厚な魔獣の多いエリアでまず戦闘にはなりませんし、予定ルートでもバンダ様とクレソン様がいれば、十分太刀打ちできるレベルです。どうでしょうか。転移魔法ですぐに避難もできます。クレソン様が自分で準備ができないため申し訳ないがお願いしますと手紙まで寄越し、準備した物もございます。」
ローマンが温厚な笑みで言う。
私、そんな報告貰っていないと目で訴えると
「デンファレ様の耳に入れるとほかの準備もあり、忙しさに拍車がかかると思いまして、黙っておりました。」
まったく悪びれる様子なく頭を下げてくる。
任せていることも多い分、私よりも忙しいはずだが、そう言われると何も言えない。
「アマリリス嬢、微力ながら私もネリネもデンドロもいる。必ず守って見せる。どうだろうか?」
「……解りましたわ。ですが、自分の身は自分で守れます。どうか殿下もご自分の身の安全に全力をつくしてくださいまし。」
まるで戦場にでも行くかの言葉だが、初心者以下のコース、ケガはまずしないはずだ。
「六日目にドラゴン保護区を一日かけて見学していただき、七日目に側妃様がいらっしゃりますゆえ、その際に鉄道関連の見学をいたします。」
「解った。余裕のある予定でよかった。」
「チューベローズ、ここでも抜け出そうなんて思ってないよね?」
「まさか、デンファレと話す時間が取れそうだという意味だ。」
ここでも脱走されたらたまったものではない。
だが、抜け出そうにも殿下に付けた影は彼らの長、次期長名高い者と交代する時間はあるが、それでも一秒も眼を離すわけはなく、持ち場を離れはしない。
絶対に正面ドア以外からの外出はさせない。




