12
「手紙では領地をはじめ、お屋敷も以前の使用人も手元に戻したとあったわね。おめでとマロニエ。」
「デンファレ嬢のご助力、ご助言あってのことです。心の底より、感謝しております。」
やはり様子が違う。
違うと思うのは短い期間ともに生活したことだけではなく、ゲームでの印象を引っ張っているためでもあるのはわかっているのだが、どうしても少しおちゃらけたキャラの印象を引いてきてしまう。
「王宮での生活はどうなのかしら?」
「今まで受けることのできなかった基礎的な教育から初めていただき、とても感謝しております。先日、義兄と義妹の島流しの刑を見てきました。さすがに、義父父母の斬首刑は見学できませんでしたが」
「心境の変化はあった? 温情や憎しみ、記憶、将来、考えることはたくさんあったでしょう。どうだったのかしら? 何も変わらない?」
今まで誰もあえて聞くことのなかった部分にマロニエはフォークを置いて少しうつむき考える。
「ないがしろにされていた分、刑が本決まりしたときはざまあみろと、思いました。ですが、先に義父母が処刑され、自分の行動で人の命が簡単に終わるのだと実感しました。しかも、それは俺が仕えるべきお方が決めることなのだと思うとその判断の重さに、島流しの船に重りとともに乗せられた義兄妹の許しを請う言葉が頭の中で反響し続けています。今まで何度も命を狙われてきましたがいざ自分が最終判断することもできない臆病者なのだと思いました。」
だんだんと虚ろになる目はゲーム内で彼女に捨てられそうになって、許しを請う姿に近かった。
マロニエは誰かにすがって、弱い自分でいることで精神を保っていたのだろう。
その根本たる義父母兄妹がいなくなり、精神的な不安に駆られているように思える。
「自分が受けた仕打ちと同じことを相手に替えそうとするのは愚の骨頂、でも、人を呪わば穴二つ。誰かの死を判断したのならそれは将来自分もなりうる未来と覚悟しないといけないわ。それがこの国の絶対である王家に歯向かった罪を償うための命だとしてもよ。死ねというのは簡単よ。でもいざ殺すとなると誰もそんな度胸もないし、理性が勝つ。当たり前のことよ。その理性の中で、相手を知り、罪を見つけ、裁くことは私たちの背負うべき罪ではないかと私は思うわ。」
手元にあるムニエルに行儀は悪いが箸を突き刺した。
「あなたのように命を狙われることはあっても私が手を汚すことはないわ。でも、誰かを始末したという報告はちゃんともらっている。それが私の罪だから。相手の言い分も聞かずに首を落とせと命令した私の背負うべき重みよ。人間は精神的不安にはいずれ慣れてしまうの。誰が狙ってきた、誰を始末した、犯人が刑にかけられる、犯人が自殺した。聞いたところで何も反応できないような人間にはならないで、自分の行動が周りに反感を買った結果、関係のなかった人が死ぬのだから」
刺したところから半分に切り、仮面を持ちあげ口に運ぶ。
「殺した人はどうしたの?」
恐る恐るといった様子にマロニエが聞いてきた。
その眼はもう虚ろではなかった。
ゆっくりと咀嚼し、飲み込んでから
「法令に触れるため国に報告後、身元が分かる者は家族や近親へ連絡したわ。ほとんどは身内なんていない者なばかりで、事後調査をしても身元が分からなかった者にはこちらで身分を付けて死亡届とし、国内の犯罪者や行方不明者と照らし合わせるなどの作業をしてもらっているけれど、合致する人物は見つかったことがないわ。ここから見える煙突は火葬場となっているの。」
皆が私の視線の先に目を向ける。
黒い煙突が二つ並んでいる。
「一つはごみ処理施設なのだけど、その裏でここは浮浪者だった者を雇い入れていることもあって亡くなった後にご遺体を引き取る人がいないこともあるの。鉱山夫や農夫たち公務員は私のお金で急病でも王都に運んで治療を受けられるように雇用契約をしているけれど、街のみんなはそうではないし、領地が広がると誰も知らない人ってのも何人もいたわ。この国では土葬が一般的だけど、帝国式の火葬も許可されているからいずれ身元や家族が現れた際に、土の中では運び出せないから火葬して、灰にした状態で近くの教会の地下に安置することにしているの。死んでしまえばその後の世界なんて知ることはできないけれど、皆が皆、ずっと苦しい生き方をしてきたわけじゃないし、好きで罪を犯したかはわからないわ。少しでも安らかな方がいいでしょう?」
煙突は二つとも煙が出ている。
昨日、港で水死体が上がり、警察部隊で回収、身元を調べたが所持品は無く、腐敗も進んでいたことから今日殿下が来領すると解っていたが火葬に出すことにした。
復元魔法で顔写真のみ記録に残し、あとは身元不明、仮名はコルチカムとした。
一度も使ったことも呼ばれたこともない名で葬られる気分なんてわからないが、名無しの権兵衛よりはましだと思っている。
「忘れないし、義父母みたいにはなりたくない。」
「ならば、我らが君主に忠誠を誓い、その命尽きるまでの絶対であることを心に決めなさい。」
「デンファレ、大げさではないか?」
やっと口を挟んできた殿下は自分の話となり、空気が重くなったことを戻そうと口調は軽い。
だが、
「全く大げさではありません殿下、私たちの世代の王はあなたであり、唯一なのですから、そう言った心構えが以前から少ないのではありませんか?」
「ネリネ、その話は列車で終わったんじゃ」
デンドロは困ったようにネリネを静止するが間にマロニエとアマリリスを挟み、机越しでは全く静止にはなっていない。
「ネリネ、話を掘り返すものではないわ。終わったことを何度も言っても相手には届かないわよ。話術、交渉術をもっとよく学びなさい。」
「…失礼いたしました。」
引き下がったネリネだが、空気は依然と重たいままである。
そこで、
『バンダ、何かしゃべりなさい。』
「ん? このあと僕のコレクションを見せる約束だけど、何から見たい?」
気を使わせた感の無い、話を全く聞いていなかったけど次の予定どうする? と、まるで何も考えていない大学生のような会話だが、クレソンはすかさず
「貴重な音属性の魔石をぜひ殿下に見てもらいたいです。バンダと二人でダンジョンに入って見つけたお宝です!」
「あれは大変だったね。デンファレもいないし、転移魔法の指輪を壊されて帰れなくて焦ったよね。」
「クレソン! そんな危ないことをしていたの⁉」
あ、やばい。
クレソンの顔にはそう書いてある。
アマリリスの怒る顔はリコリス家でよく見た見慣れた顔で、少しほっとした。
家を空けている自分も悪いが側妃候補決定以降のふさぎ込みようから回復しつつあるようだ。
「デンファレもよくダンジョンに入るのか?」
いつの間にか呼び捨てに替えている殿下は気遣いか忘れているのか。
「ええ、先日新たな区画を見つけたということで様子をバンダと見てまいりましたし、ダンジョン出現時は調査部隊と奥まで進ませていただきましたわ。」
「聖女の祝福が使えるとはいえ、魔獣との闘い方になれていたな。ドラゴン飛来の際はどうしようかと思った。」
「デンファレは一人でレベル二千まで平気だよ。ついてきた部隊の人たち無傷で帰ってきたし」
「バンダ余計なこと言わないで、私がゴリラみたいじゃない。」
「ゴリラっていうより、デンファレはむしろほぼ魔獣。」
「ローマン、バンダの食事は終了よ。デザートも抜き!」
「かしこまりました。」
簡単にローマンに抱えられ、室内に戻されそうになり、慌てたバンダは
「ごめん嘘! 嘘だから、デンファレは小鳥とか子猫とか、このリス見たいに可愛いから! デザートは食べたいー……。」
服の中から現れたのは前日卵から出てきたリス。
やはり孵化が早かったようでバンダが面倒を見ている。
「まあ、可愛らしい!」
アマリリスが反応する。
男どもは珍しいが興味はあまりないようだが、マロニエはダンジョンの生き物だと見た目からすぐに判断し目を輝かせる。
「大人しくしているのなら席に戻りなさい。あと、その子は食事中出さないの。変な物を食べてしまったらどうするの?」
「は~い。」
バンダの服の内ポケットに戻すためすくい上げるがその手からするりと抜け出し、隣のクレソンの頭の上に駆け上がる。
「クレソン、野菜にもドレッシングが付いているわ。ローマン、この子のごはんも持ってきてあげて」
「かしこまりました。そろそろ、デザートをお運びしても?」
机の上の料理はあらかた食べ終わっている。
「いいわ。アザレア、飲み物を替えましょうか。」
「準備いたします。」
ローマンが下がり、アザレアが近くのワゴンの上に置かれた瓶の蓋を開けるとシュポンッと、いい音がした。
デザートに変わるのならと自分の取った食事を片付けている皆は子供にシャンパンを出すのかと不思議そうな顔になる。
机には転移魔法が掛けてあり、卓上の印の付いた物のみを厨房へ移動させる魔法陣が描かれている。
ティーカップはそのままに、お皿などの食器のみを移動させると机の上はきれいさっぱりといった姿に変わる。
「デンファレの魔法はやっぱりすごいね。」
「お父様には劣りますわ。」
デンドロの言葉ににこやかに返すが、やはりそれ以降の会話は続かない。
ローマンとともに数名の使用人によって運ばれてきたワゴンには可愛らしくカットされた果物とゼリー。
さらには白い丸い物体、白玉が到着し、皆またも不思議そうな顔をする。
「ご自分でお好きな物を盛りつけまして最後に甘いジュースをかけますわ。甘いものが苦手な方はフルーツのみでお召し上がりでも構いませんし、別でコーヒーゼリーも用意いたしましたからよかったらそちらを、もちろん両方食べて頂いても問題ありません。」
「僕両方」
「僕も」
「俺も」
領地滞在経験のあるバンダ、クレソン、そしてマロニエも遠慮なく頼み始める。
アマリリスと殿下から選んでもらうように回っていってもらう。
そうなると最後は私とマロニエになるため多少の文句も問題はない。
一番目と二番目が満足いけばそれでいいようにしている。
「デンファレ様、こちらの白い丸い物は何ですか?」
「白玉といいます。そちらも極東の国のデザートによく使われる物だそうで、貿易開始前の船に偶然もち粉が乗っていたため買い取ることにし、制作したものです。もっちりとしていて甘味を付けてあります。」
本来ならば何日もかかるもち粉から白玉粉を作る過程を、ポケットに入れて創造のスキルで作ってしまった。
「あんまりたくさん取らないでね。」
バンダは試食の段階でたくさん食べすぎ、のどに詰まらせないか心配になった。
私の作るゲテモノになれているのはバンダとクレソンぐらいだが皆は大丈夫だろうか?
そんなことを考えている間に
「俺も両方いただこう。この白玉というものも気になる。」
ワゴンの上の数種類のフルーツから殿下は苺を多く取った。
あとはサクランボや桃と可愛らしい物を多く選び、オレンジのゼリーを添えると白玉を乗せて目の前に置いた。
ローマンが器の横にそっとコーヒーゼリーを置いて下がる。
「失礼します。」
アザレアが器に先ほどいい音を立てて開けた瓶の中身を注ぐ。
そこには炭酸水が入っており、シロップで甘くしてある。
「炭酸水とは珍しいな。」
「こちらも貿易で手に入ったものですわ。学校で週に一回子供たちに勉強のご褒美にチョコレートか炭酸水か選んでもらい、おやつに出しています。」
「チョコレートも炭酸水もお高い物ですわよね。それを学校の子供にですか? チョコレートは砂糖をたくさんいれませんと苦くて飲めたものではありませんでした。」
アマリリスも選び終わり、炭酸水が注がれる。
「チョコレートは製品になった状態で輸入しますとお高くなりますが原料ですとあまりコストもかかりませんわ。それに、苦みの強いチョコレートではなく、この国に合った形のスイーツやお菓子という形にしてあります。砂糖も安価で手に入れるルートがあり、保存が聞くため食品関係の商会長と相談し、試験的に導入しています。」
「その学校はどの程度の寄付金で運営しているのですか?」
話に入ってきたのはネリネだ。
いくつかフルーツを選び、炭酸水は断っている。
「まだ貴族の受け入れを行っておりません故、寄付金は一切ありません。なので、教育を受けているのは貴族ではなく、初等教育の年齢に達した一般の子供たちです。公務員の福利厚生の中に実子、または養子を学校に通わせることができるとなっています。ほかの領地の子供たちも親が税金を納めていることを条件に学校へ通うことができ、親もおらず、養子にもしてもらえないが勉強がしたいという子供には成人後から返済がスタートする学資補助金を出しています。この補助金は学校を優秀な成績で卒業すれば返済不要、専門職の学校へ進学する場合の継続的な支援や入学費の負担もすることが盛り込まれています。」
「それでは領の出費が多くないか?」
「現在の生徒の四割が公務員の子、五割がそのほかの領民の子、残りの一割が補助金を使って入学した子で、今年の春補助金利用の子は三人卒業しました。三人中一人は学年で最も優秀な生徒に選ばれ、進学。現在王立学校に通っています。」
「王立⁉ あそこは貴族と準貴族しか通えないはずだ。」
「はい。ですが、成績や将来性から庶民も稀に入学できます。身元保証人には私とお父様、リコリス前当主様がなってくださいました。将来性への投資と私どもは考えています。」
自分の祖父が身元保証人となっているなんて知らなかったが、それほどの人材なのかとネリネは考えつつ、
「将来の職は?」
「騎士になりたいということで貴族を護衛することから学校で関係性を学び、十八歳で試験を受けることができますので挑戦したいということです。ちなみに、他二人の補助金利用者のうち一人は王立図書館の司書に採用、もう一人もリコリス前当主に保証人になっていただき王立医療学校へ進んでおります。そのほか、卒業生の中での就職、進学は家業以外ではほぼ百パーセントで雇用就業しております。中でも国立の魔法道具研究所所属学校に入学した女児生徒がおりまして、着眼点と発想の豊かさから商会の代表になってもらう予定です。領内・王都での雇用でも初等教育を修了しているというのは良い判断材料です。昨年の卒業生は領内でギルドや保護区、工場、列車関連に就職。王都へ進学した者は騎士学校、魔導士学校、ギルド養成所、宝石商ライト氏の弟子など進学就職をしています。」
「デンファレ嬢がどういう教育をさせているのか、それとも次期王妃の名で斡旋しているのか見て見たいな。」
「ネリネ、私のかかわることならすぐにお前の耳にも入るだろう。次期王妃が私の婚約者であることは明確だ。少しでも話題が出るだけで報告が来るのだからそんなことしていないとわかっていて聞いているな。」
棘というより、槍でつついてくるネリネだが、殿下は慣れた様子で言葉を否定し、流していく。
「ですがあまりに優秀過ぎるではありませんか。クレソンの知能を疑うレベルで」
「ひどいですネリネ兄さん。」
思いもよらない攻撃にせっかく白玉争奪戦をバンダと終わらせたクレソンがネリネに振り返り告げる。
バンダは満足気に炭酸水をかけ、さっそくフルーツとともに白玉をほおばる。
「では、予定にはありませんでしたが学校の見学を入れましょう。二日目に別荘地の見学とありますが、まだ何もなくつまらないのでそこを庶民の初等教育校舎見学とします。」
少し発音良く、大きめの声で言うと少し離れた護衛の耳にも入ったようで、私の影も動き出す。
「私もデンファレが行っているという教育改革が気になる。王都でもシンビジュウム領の出身者はとても優秀だと噂で聞いている。」
「王都では、ですか。王宮では、でなくて?」
聞くとデンドロが紅茶を咽た。
ネリネの目をかいくぐり、殿下はデンドロを連れて王宮を抜け出しているのは今も続けているとのこと。
「聞かなかったことにしてくれ。なあ、デンドロ。」
「妹にまでもう怒られたくないよ。チューベローズはいつも僕だけをネリネに押し付けて姿を消すんだから」
「知らないな。そんなこと」
そう言いつつ、スプーンに白玉と苺を乗せて、大口でほおばる。
嬉しそうな顔をするが、ネリネの視線は痛い。




