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アパレル工房に到着し、事務室に通される。
バーベナが貿易で届いた生地で工房メンバーともめているらしく、しばらく待っているように言われ、出された紅茶とお菓子を摘まみながら試作品を見る。
下から包むバック型や巾着型、上からかぶせる料理の上にかぶせて運ぶクロシュのような釣鐘型が用意された。
クロシュ型はメイドが開け閉めをする分には置く場所があるかわからないワゴンの上のためトップにフックにかけられるようにフープや持ち手を付ける方がいい。
下から包むバッグ型はポットの持ち手や口まで包んでしまう形であるため持ち運びを考えてのことだろうが実用性は薄いだろうか。
それに比べ巾着型は持ち手や口が出るように作られ、蓋も開け閉めしやすくなっている。
私の想像ではこの巾着型だった。
これなら外す手間がない。
だが、その分持ち手部分の隙間が外気に触れるため冷めやすいだろうか。
「大変お待たせしました。」
「いいのよ。大事な話し合いだもの。大乱闘になるぐらい話し合ってくれた方がありがたいわ。」
「大乱闘では負けてしまいますので口で勝ってきました。」
座りなおし、カバーでしっかり保温されていた紅茶をカップに注ぐと
「デンファレ様にしていただき恐れ入ります。」
「商会長なのだから貴族を手のひらで転がすぐらいになってもらわないと、私相手ではもっと気楽でいいのよ。ローマンを見て見なさい。主人がどちらなのかたまにわからないくなるわ。」
紅茶を持ち直し、仮面に手を添える。
「そんなことは…ないと思いますよ。ローマンさんこそ、デンファレ様の手のひらでよく転がっておりますよ。」
「ありがとう。それでね、今回のポットカバーはこのクロシュ型にしようと思うの。ほかのデザインも今後食器や雑貨のお店で並べようと思うのだけど、今回はこれね。それで、デザインに家の花や名前を表すものを入れたいわね。全部に小さく私のマークも入れて置いてね。」
「デンファレに花と蝶ですね。小さくてよろしいのですか? 裏側に大きく入れてもいいのでは?」
「自社ロゴのようなものだから大きくなくてもいいのよ。何か欲しいなと思った時にふと目に入るぐらいでいいのよ。ずっと目に入っていると見慣れ気が付かないかもしれないわ。」
「そういうものですか? それと自社ロゴって何ですか?」
ロゴという言葉もこの世界には無いのか。
「ああ、そうね。なんて言うのかしら、私ブランドと現すマークね。各商会やブランドにエンブレムのデザインをさせているでしょ。それよ。」
「なるほど、マークは大事ですね。」
「本当ならここのマークも一緒に入れたかったのだけど、まだ決まっていないから」
「案はいくつか出ているんです。ですが自分たちではなかなか決められなくて、鋏と針と糸のデザインとミシンのデザインとでなかなか決まらずにいるんです。」
「混ぜてしまえばいいじゃない。」
なんて簡単にいい、鉛筆と紙をアイテムから出す。
ミシンには針も糸もある、形は胆略化してしまい、背後に鋏を入れる。
なんだったらと最近新たに作った小型のアイロンも胆略化して書き込む。
「鋏もアイロンもミシンも商会のブランドよ。どうかしら?」
この世界の鋏は二枚の歯を別々に作り、ボルトで中央を止めた交差した形ではなく、U字型の持ち手に糸切狭のような歯が付いた旧式の鋏を使っていた。
大きい物はあまりなく、布の裁断に苦労していたため提案し、制作させたもので、まだ領内でしか使用していない。
生活用品として商会登録の準備が進んでおり、これが特許登録となる。
同じ製品を作るには登録者の許可が必要となり、製作登録税と特許取得者へ契約料を支払うことになり、もしも許可なしに製作した場合は罪に問われることとなる。
小型アイロンははんだごてのような形で先端を平らにした形状、裾の折り返しなどに大きなアイロンを温めるのが手間なため作った。
小型だが魔石原動で、温度は一般のアイロンよりも高くすることもできる。
これも特許申請中である。
「やはりデンファレ様が決めていただいた方が早く済みます。私たちではあれが良いこれが良いとなかなかまとまらななくて、気が付くと違う話になっているし、作業していると無駄口と笑ってばっかりで全く進まないのです。」
以前ローマンに、女性の会話はすぐにそれる、まとまらない、ただ大きな声で笑っているだけに見えるとまで言われたことがある。
それは貴族に対してではなく、平民の女性を刺しているのだと継ぎ足しで言われたがもう遅かった。
その後はもくもくと仕事に打ち込んでいた。
「針と糸のデザインを維持したいのなら商会名のサインやハンコのデザインに入れましょうか。マークとは違ってはっきり名前が出る部分よ。グラマトフィラムやグリンバードのブランド名を筆記体にして、最後に針に通した糸とつながっているようなデザインはどうかしら? ドレスの目立たな裏地にブランド名を入れておくの。今までデザインであそこの針子ではないと認識する程度だったけどより確実にわかるようにしたいわ。」
商品タグを付ける文化もまだなく、サイズの表示も私が値段とともに付けるように勧めたぐらいだ。
素材にこだわりがある貴婦人も多く、いちいち店員に聞くのが嫌な人も多いためタグにするだけでずいぶんと効率も集倍率も上がった。
「でも、それって脱がないとわからないですよね?」
「男性が服を脱がせるほど好きな女性に送るプレゼントで悩んだ時に女性が好きなブランドが一目でわかればいいじゃない。貴族や上位庶民なら服を脱がせる前に親密になって話から解るときもあるけれど、下位や最下層の庶民ではそうでもないことが多いと聞くわ。庶民向けブランドでは特に必要だと考えているわ。」
「そういうことですね。ですがデンファレ様の知識は幼いながら豊富ですね。貴族の勉強は恐ろしい。」
冒頭紅茶を注いだだけで恐縮していたとは思えない言葉だがそれぐらい距離が近い方がいい。
「ポットカバーの件が落ち着いたら各種ブランド展開と商会立ち上げを細かく決めましょう。七歳になってヒールの高い靴を履くことが増えたのだけど、山に入ることも多い私にヒールはきついのよ。土に沈みこまないデザインで、夏でも履けるブーツのような形にしてもらえないかも相談したいわ。」
「それは腕がなりますね。私たちはカバーとベビー服が終われば今朝届いた生産ライン表でのフル稼働を始めるぐらいなので、お望みの物があれば何でも言ってくださいな。」
「頼りにしているわ。それじゃあ、このあとダンジョンに行かないといけないから失礼するわね。」
「夫がなんでも何か見つけたと言っておりましたがこのタイミングで報告しなくてもと怒っておきました。」
夫?
「あら、ダンジョンの新区画のような部分はバーベナの旦那様が見つけたの? それより、結婚していたの?」
「結婚は先月の開通式の日に、冒険者でこの領のダンジョンの未知の生物にほれ込んだとかで研究のために領民資格と取っています。」
そういえば、そんな人がいた。
なんでも研究のために家とは別の建物を購入したいという交渉で、ダンジョン生物がいかに不可思議で魅力的なのかという力説をしていた。
ほとんどバンダに任せてしまっていたためすっかり忘れていた。
力説中は相手の熱気でこちらも少し汗を掻きそうになった。
違う意味での汗も出て着ていたが、
「言っては何だけど、あの変わり者な方かしら?」
「間違いなくそいつです。私もなにを血迷ったのか返事をしてしまって、根は良い人なのですが、ダンジョンの、特に魔獣関連となると若干気持ち悪い。」
そういえば、何度か魔獣関連の申請もあり、問題ないと通した気がする。
「研究用に何体か持ち出す許可を出してしまったけど大丈夫?」
「研究所は家とは別なので大丈夫です。ですが夕飯を持って三件隣まで歩かないといけないので少々不便ですね。」
「……ごめんね。」
バーベナの気苦労を考えつつ、工房を後にする。
ダンジョンの前まで転移するとそこにはクレソンがいた。
「あら、ネリネ様たちと来られると思っていたのだけど」
「アマリリス様の癇癪がすごくて、一度スカミゲラ様に戻るようにお伝え願えませんか?」
「解ったわ。でも、その癇癪の原因にはあなたもかかわっているのだから時間をつくってよく話し合いなさい。」
「……解りました。今日は戻ります。」
「そうしてあげて、伝言だけなら転送ボックスで済むでしょ。ここまで何しに来たの? 本当に逃げてきただけ?」
クレソンは目が泳ぐ。
本当に逃げてきたようだ。
「スカミゲラにはいったん夜に帰るように手紙を出すわ。クレソンは早く帰りなさい。」
「は~い…」
肩を落として決まったルートのみ使える転移付与のアイテムで帰っていった。
クレソンには貴族街の中央通りを基点にナスターシャム領やシンビジュウム領のダンジョン前の街までの転移魔法を付与したペンダントを渡してある。
正式にアマリリスと婚約したらプレートにアマリリスの花とクレソンの花を彫ったものを送るために準備もしていたが送れなくなった。
それまでの繋ぎとしてシンビジウムの花の彫刻されたプレートのペンダントを渡していたがそのまま使い続けてもらうにはデザインが誤解を生むだろうか。
殿下の花のデザインに変える方がいいかもしれない。
ダンジョンに入り、目視できる位置に地図を出す。
新区画と星マークの付いた場所へ転移する。
そこにはバンダが珍しく大人しく待っていた。
と、いうよりは冒険者と談笑していた。
冒険者は十歳以上年上、何を話しているのだろうか?
「バンダ、お待たせ」
「デンファレ様⁉」
冒険者の一人が私に驚き声を上げる。
ダンジョンにはよく入る。
さらに言えば見覚えのある冒険者だが、誰かは知らないため鑑定で名前を盗み見する。
ジニア Lv,28(備考:三か月前にケガの治療で接触アリ)
ああ、ケガの治療か。
何人もやっているからぼんやりと顔がわかる程度か。
最近、求める情報が相手のステータスに写ることに気が付いた。
こういうことはレベルが上がってからできることが増えるのだが、どういう使用だろうか。
「ジニア様だったかしら? その後ケガの経過はいかがですか?」
どの程度のケガかも覚えていないが
「は、はい。もう傷もふさがり、少し腕が上がりにくいのですが問題ありません!」
ああ、思い出した。
肩を思いっきり切られた冒険者だ。
ケガを負わせた魔獣はLv、30の弱い物だったがあの日がこのダンジョンに入った初日という話であった。
「なら良かったわ。」
バンダを目で呼ぶと
「クレソン来なかった?」
「あなたがクレソンを呼んだの? アマリリス様の機嫌をちゃんと取るように帰らせたわ。あと数日でこっちに来るというのに」
「そうなんだ。残念。」
まったく残念そうな顔ではないのだが、バンダに手を取られ歩き出すため冒険者に挨拶をして奥に進む。
「小動物系の魔獣が多いわね。」
「そうなんだ。魔力も低い。この先に変わった木の実があったよ。」
「木の実?」
変ったとは何か。
そう思いながらついて行くと木から真っ白で手のひら大の卵のぶら下がる木があった。
「卵の木」
「卵の木ね。どう見ても」
ぶら下がる卵を触ってもしっかりとした殻で、木の実のような柔らかさも硬さもない。
「何が産まれるのかな?」
「そもそも中は生なのかしら?」
生なら温めないと孵化しないのではないか。
形は鳥の卵と同じ、ヘビや亀の卵ではないため温めないといけない。
「割ってみる?」
「私は嫌よ…」
拒むとバンダが手を伸ばし、卵を収穫した。
その瞬間、卵に急に亀裂が入っていく。
「取っちゃいけないんじゃいの!」
「でも、そこら中卵の殻は落ちてるよ。」
引っ張った衝撃で割れたというわけではなく、真横にひび割れが一周入った。
落ちている卵もだいたいそんな割れ方だ。
「見て、目がある。」
「まだ成長途中とかじゃないわよね!」
私一人戦々恐々しているが、バンダは卵の下を片手で持ち、上をもう片手で持つ。
亀裂から零れ落ちら卵の殻の先には魔獣のような瞳が見えてはいるが成長途中を摘み取ってしまったとなるとその姿はどうなっているのか…。
「開けるよ。」
「慎重にね…」
ゆっくりと卵が開かれ、中からは大きな瞳のリスが出てきた。
……リスって卵から産まれるんだって?
「リスだ。」
「リスね。」
ドキドキして損した。
と、思っている間に産まれたばかりにも関わらず、体毛に覆われ、しっかりと歯も見えるリスはバンダの肩に乗っている。
「こいつも魔獣だ。背中に鉱物が付いてる。」
「本当、ダンジョンの中は不思議ね。」
つまり、ここにいる小動物たちはみな、卵から産まれたようだ。
これでまた、バーベナの夫が家に帰らない日が続いてしまうだろう。
バンダはそのままダンジョン内に残るというため別れ、ダンジョン入り口にある案内所に顔を出す。
「今日は冒険者が少ないようね。」
「平日ですからね。街に定住する冒険者の多くは日中働いて、夜や休日に来ることが多いので」
ここはスポーツジムかなんかだろうか。
みんながそれぞれのスタイルで、安全にダンジョン内で活動しているならば、まあ、いいか。
「研究家の方がまた魔獣の持ち出しの申請をしていまして、Lv,74なんですが、どうしますか?」
「奥方とよく相談してからもう一度申請するように伝えて、奥方も私の頼んでいる案件で忙しくさせてしまうけれど、夫婦の時間を削ってまですることなのか、よく考えるようにと、答え次第では領地から研究費の補助金も出すと」
「解りました。」
ダンジョン研究は進んでいない。
各ダンジョンで特性が全く異なるため比較する材料が乏しく、命の危険も隣り合わせだからである。
ダンジョン研究所を作るとなるとギルドに承認をもらい、私の冒険者商会と関連施設にしてしまい、バーベナの夫を所長に据え、固定ルートの転移魔法を付与した物を渡しておけば家にも帰りやすくなるし、渡す口実にもなる。
名前、聞いてないや。
この夜、服を少し土で汚してからスカミゲラの姿でリコリス家に帰ると
「スカミゲラ!」
ただいまという前にアマリリスに見つかり、部屋に引っ張っていかれた。
その途中、疲れた顔のネリネと苦笑いのクレソンもいたが助けてはくれないだろう。
「殿下の側妃候補になったことは手紙に書きましたわよね。ちゃんと読んでる?」
「もちろんです。向こうでは手紙を書く余裕がなくて、寝る時間を削って――」
「それはいけないわ! 睡眠は大事よ。ケガにもつながるわ。以前クレソンもダンジョンへ行って寝るのも惜しいと言っていたけれど、その後ケガをしたと聞いたの。肝が冷えるかと思いましたわ。命にもかかわることですから絶対に睡眠はとりなさい。」
「……解りました。」
鼻息荒くアマリリスはしゃべり終わると紅茶に口を付ける。
だが、それはもう湯気も立っておらず、温くなっているのは明らか。
「姉上も、デンファレ様の領へ来られますか?」
「…? 何の話?」
ネリネもクレソンも話していないのか、話すタイミングがなかったのか、殿下も含め領地の見学会があると説明すると
「それはデンファレ様が招待されたのでしょう? 勝手にわたくしまで行きたいなんて言えないわ。先日はカッとなって、あんなことを言ってしまいましたからお顔を合わせづらいわ。」
「一対一では余計にそうでなってしまうでしょうが、殿下も兄上もクレソンもいます。デンファレ様にもバンダ様とマロニエ様もいらっしゃいますからどちらかが孤立することはありません。話しをするにも、謝るにもいい機会だと思いますよ。間が空けば空くほど、難しくなります。」
「……そうね。でも、勝手に参加なんて」
「僕から伝えておきます。一人増えたぐらい問題ありませんよ。」
いたずらっぽく笑って見せれば、アマリリスは困ったように様に笑った。
「クレソンはわたくしなんかよりも、デンファレ様との方が、仲が良いように見えたわ。」
「そうでしょうか? クレソンはデンファレ様というよりはバンダ様と仲が良く、領地に行っているといってもその目的はダンジョンですからデンファレ様に会いに行っているわけじゃ無いですよ。」
「あら、そうなの。嫌だわ勘違いして、勝手に嫉妬していたなんて」
少し頬を染めつつも申し訳ないという顔をするアマリリスに
「デンファレ様も姉上は誤解しているのではと言っていましたから、怒ってもいりませんし」
「ならいいのだけど、そうだわ! 領地へ行くなら手土産を用意しないと、デンファレ様は何がお好き? 領地の話はするのだけど個人的なことは何も知らないから」
「心がこもって言えば何でも大丈夫ですよ。でも、そうですね。甘いお菓子やきれいなお花は好きですよ。」
あと腐れの無いものを提案すると急にブスくれた顔になった。
「そんなの手堅すぎるわ。ドレスもジュエリーもご自分でご用意される方だし、ご趣味は何かしら?」
「趣味ですか? 領地とデザインを描くことですかね。」
「それは趣味ではなく仕事よ。」
「趣味と実益を兼ねた物です。あとは時々料理をされたり、縫物をされたりもしていますよ。」
「それもお仕事の一環よね? 何か集めていらっしゃったりしないの? 小物とか、ぬいぐるみとか、本とか」
「収集癖はバンダ様の趣味で、デンファレ様は何も……、本も全く読まれないので」
「なにも読まないの?」
「はい、何も」
令嬢としては教養を身に着けるのに読書は必須ではあるが、王妃教育に始まったばかりの聖女教育、さらにもともと貴族としての教えなども受けている以上、これ以上必要はない。
知りたいことはその時調べ、身に着けている。
アマリリスはそのまま手土産を考え始めてしまったためギルドに戻ると言って家を出た。




