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陛下の生誕祭当日、マロニエを屋敷に迎えてから一度も刺客を送り込んでいないホースチェスナット家だが、国政で忙しい現在、贈呈品を見繕うだけで忙しいのだろうとマロニエは話す。
もともと、兄レイシの独断でもあるため、若干のフライングからの準備期間だったのかもしれない。
「デンファレ様、本日のお召し物ですが、殿下がお選びになられたドレスがございまして」
「あら、でしたら着替えないといけませんね。」
王宮の自室で順番を待っていた私の元へ、フクシアが紫に金糸のドレスを持ってやってきた。
アクセサリーもろもろ、用意して身に着けてきた物がペールトーンの乳白色にほんのり石の色が見える瑪瑙や翡翠を使っている。
「ローマン、モルセラと領館に戻ってドレスに会うものを見繕ってきてくれる?」
「かしこまりました。」
ローマンがモルセラの手を引き、転移術で姿を消した。
「モルセラもご存じですが、ヘアーアクセサリーに関しましてはこちらも殿下が選ばれた物がございます。」
「そう、なら、モルセラが適切な物を選んでくれるわね。」
「もちろんでございます。」
ボーっと座っているだけのバンダとマロニエを置いて、衣裳部屋へ移動してから着替える。
私が良く着るデザインに近い物の、豪華な作りのドレス、今日はバンダとお揃いなのはいつも通りなのだが、バニラやデンドロとも同じ生地を使ったドレスだったためお母様は残念がるだろうと思いつつ、着心地のいい子のドレスはとても軽い。
絹だろうかと生地をまじまじと見ていると
「公爵領でお勉強中にとても美しい反物が手に入ったからと急ぎデンファレ様のドレスを仕立てるとおっしゃいまして」
「そうだったのね。」
急遽用意したということはお母様もサイズを聞かれたはず。
それなのにドレスを用意したということはどういうことだろうか?
サプライズの伏線だったのだろうか。
着替え終わり、髪を久々に結い上げられている。
編み込みにされた髪にいくつか簪のような物が刺され、ピンでとめられていく。
その間鏡が見られないためどうなっているのか全く分からない。
そもそも、宝石で作られたジュエリーを販売している相手に対してアクセサリーを送るというのはどういう心境だろうか。
最近になりアパレル関係も軌道に乗りつつある。
ブランドの関連性からの売れ行きは一時の流行りで終わりそうなため、私のデザインとは明かさずに貴族向けのブランドとしてエンブレムには鳥を起用した。
葉っぱと鳥の刺繍やレースの網目が代表的なデザインとして商品にし、鳥と花、葉と宝石といった組み合わせは同系色のデザインでも貴婦人の間で一種のステータスの一部に定着しつつあり、宝石と違ってオーダーメイドも受けることにしたため、本日のアマリリスのドレスは我がグリンバードのドレスである。
「お待たせいたしました。」
戻ってきたローマンはいくつかの箱を持ってきている。
基本は髪飾り程度しか身に着けないが、ファレノプシスブランドの新作で接合なしのバングルタイプのブレスレッドを生誕祭開けから販売を予定している。
その中から色の濃いアメジストに金の混入物の多い部分で作られたブレスレッドを持って来たようだ。
首からずっとかけている殿下からの婚約指輪を指にはめ直し、アクセサリーを付け終われば準備は完了。
毎年暇をしながら待っていた待ち時間もあっという間で、謁見の時間が差し迫り、急いで移動することになった。
「じゃあ、懇親会でね。」
「ええ、それまでは大人しくしているのよ。」
一昨年のスライム事件以降、王都内では時々魔獣の目撃事件が増えた。
ギルドとしても対応はしているものの、王都には騎士もいるため、魔獣相手の戦闘になれた冒険者は地方へ行ってしまいがち、慣れない魔獣に四苦八苦していると連絡を受け、スカミゲラとして討伐に当たることは多い。
何食わぬ顔でシャドールを出し、ポケットから王冠やティアラを取り出す。
クッションの上に並べ、上に布をかければ順番が回ってくる。
昨年からローマンが付いてこなくなったため、一人とシャドールで謁見の間へ入っていく。
陛下の前まで行くと昨年から参加するようになった殿下が嬉しそうに笑いかけてきた。
「陛下、こんにちのご生誕の日を迎えられること、とても喜ばしく、これまでも、これからも末長い国の発展と陛下のご健康を日々、願っているものでございます。」
カーテシーを取りながら告げると顔を上げる許可が下りる。
「デンファレ嬢も日々の商売がとてもよく運んでいると王宮にいる私の耳にも入ってくる。これからも精進するとよい。さて、お願いしたものはできただろうか?」
「こちらでございます。」
布を取り払うとその下には金銀に輝く複数の王冠やティアラが並ぶ。
見学する貴族たちからもざわめきが起こる。
「純金を使用いたしました唯一無二の王冠には以前の王冠を見本に、老衰で次の世へ進んだドラゴンから採取いたしました血玉を上部に設置、ダイヤモンドをはじめ多種多様の宝石をちりばめました。」
姫夫の一人が近寄ってきたため渡すとすぐに陛下の手元へ渡る。
頭に乗せていた王冠を外し、乗せられた瞬間に一気に拍手が起こる。
「多くの魔法付与を付けてくれたようだな。とても軽く、頭にしっくりくる。」
「おほめいただき光栄です。続きまして、側妃様のティアラでございます。金の台座に銀細工をあしらい、正面にダイヤモンドの一粒石と周りをブラックとホワイトのオパールで装飾いたしました。」
先に側妃の物と続けて姫夫の物を紹介する。
姫夫は金の輪と銀の輪を並べた間に色とりどりの宝石を挟んでいる。
「そしてこちらが王妃様のティアラになりますわ。」
王冠ほどごつくはない。
だが、権威を表すものとして、銀ではなくプラチナを使用し、メインがダイヤモンドではなく産出量が最も少ないゴールドダイヤをはめ込んだ。
ピンクや黄色のダイヤモンドはそこそこ出てくるのだが、今のところ今回の献上品以外ではゴールドダイヤモンドは見つかっていない。
「素晴らしい輝きだ。」
陛下自らが受け取り、王妃様の頭に乗せる。
満足したようで良かった。
そこで、
「ご依頼があったわけではなかったのですが、私個人からこちらを王家におさめたく作った物がございます。」
隠れるように立っていたシャドールを前に出させる。
「王家には王太子の冠は無いというお話を伺いまして、正式な場では使えないかもしれませんがよろしかったら」
会場がまた、今度は違う意味でざわめく。
陛下の依頼で余計な物を作ったとなればそれは命令違反、余計なお世話だ。
だが、私は正式な場では使わなくていいと伝えているためぎりぎりセーフだろう。
「それは良い。伝統からこういった機会がない限り、作ることができない。よくやった。」
「おほめいただき、感激の極みにございます。」
陛下は殿下に目配せすると、駆け足気味に寄ってきた。
「私の分も用意していただき感謝する。」
「驚かせようかと思ったのですが、ドレスをいただき、私の方が驚かされてしまいましたわ。」
冠を持ちあげ、殿下と向かい合って立つと少しかがんだためこれは乗せろということだろう。
手渡しするだけのつもりだったが面倒だな。
冠が頭に乗ると嬉しそうに背筋を伸ばす。
「よく似合っていますよ。デンファレのそのドレスも、お互いに送り合うというのも昔を思い出すわね。」
王妃様の視線は陛下ではなく、お父様とお母様に向いている。
私の予定している未来に向かわせるためには墓穴を掘ったといってもいいが、
「ありがとうございますわ王妃様。」
今回はそうでもないことは解っている。
この後の懇親会にはマロニエも参加する。
貴族の噂は早い。
ライチの浮かれようを思うとすぐに口にされそうな案件がある。
上げて落とすのだ。
今回だけでは無理かもしれないが何度も繰り返せば幻滅されるのも近いはずだ。
そんなわけで、休憩中。
子供は懇親会へ参加、大人はパーティーがある。
「デンファレのドレス、とてもきれいね。」
「ありがとうございますお母様、殿下からの贈り物ですわ。なのでお揃いのドレスが着られませんでしたわ。」
「いいのよ。気にしないで、ドレスなんていくらでも着る機会あるのだから」
そうですね。
貴族ならいくらでも着ることがある。
今のところ断り続けているパーティーもそろそろ参加するべきであろうが、今回の懇親会に出ればまたしばらくいいだろうか。
「それよりも、旦那様から聞いたわよ。ホースチェスナット家の子を領館に置いているのですって?」
「ご挨拶などございましたか?」
「全く、貴族としてのたしなみ以前に、常識もないようね。」
元気になったお母様が少し怖い時がある。
純粋な貴族として育っている以上、礼儀作法ができていない者を嫌う。
「ちょっと挨拶に行ってこようかしら?」
「お母様が行かれるほどのことはございませんわ。私の方からご挨拶をすることはすでにローマンから伝えてありますので」
「そう? じゃあ、任せるわね。バンダの話ではマロニエ君を当主に担ごうとしているようだけど貴族社会が子供の簡単に回せるものだとは目下のデンファレなら、わかるでしょ?」
「ええ、もちろん。ですから、教育とはとても大事な物なのですわ。ふふふっ」
隣のバンダは悪寒が走ったようで少し震えた。
肩をしっかりつかみ、顔を見合わせてみるが、そこに
「デンファレ様、デンドロ様、殿下がお呼びです。」
このタイミングで何だろうか。
モルセラに髪飾りを直され、廊下に出る。
未だに髪型がどうなっているのか見られていない現在だが、何かが揺れている気がしている。
案内されたのは初めて王宮にやってきたときに案内されたガーデンパーティー会場。
今年の懇親会もここで行われる。
見渡せば、殿下の姿は無いがネリネとアマリリス、そしてクレソンがいた。
候補ですらない姫夫となったクレソンとの顔合わせを先に行おうということだろう。
「デンファレ様!」
クレソンが駆け寄る。
隣にいたアマリリスがあまりいい顔をしていない。
「クレソン、王宮で走る物ではありませんし、貴族が駆け足なんて不要です。」
「はい。」
良い返事をしたが、そこにマロニエの姿を見つけ、
「あなたも呼ばれたの?」
「そうみたい……」
案内され、見知らの地で不安だったと私のドレスを摘まむように持つ。
「デンファレ、この子が?」
「はいデンドロお兄様、ホースチェスナット家真の当主になるべき血筋のマロニエですわ。領館ではバンダと同レベルの勉強をさせつつ、少しずつ経営の勉強もさせております。」
「今日、親の姿は無かったが」
「国政の責務がうまくいかず、出るに出られないのでしょう。男爵位程度の教育しか受けていない者が伯爵位の、その中でも筆頭と言える家の仕事を行えるとは思えませんもの」
「それは僕の耳にも痛い話だ。」
デンドロが近くにいるせいか、アマリリスを置いて、ネリネまで近づいてくる。
「スカミゲラが今日も王宮へは来ないといった。もう七歳になったというのに、これでは春からの初等教育にも不安がある。デンファレ嬢からもちゃんと出席するようにあいつに言ってほしい。」
「お言葉ですがネリネ様。あの子は兄であるあなたの勉強内容を優に超える学びをしておりますわ。初等教育の必要性を感じられません。でしたら、我が領で経営について学び、手伝いをしてもらった方が有意義ではございませんこと?」
扇子を広げて、口元を隠しながら言う。
今日の仮面はドレスに合わせてローマンに持ってきてもらった金のマスク。
なかなかド派手だが、表面を荒く仕上げ、角が一切ないように研磨仕上げた一品はスリガラスのような手触り、反射で眩しいなんてことはない。
「いつかは君の従者かもしれないが、今は私たちの弟だ。兄として、弟の行動を監視する役割がある。」
「行動の監視でしたらぜひ、あなた方のお母上をよく見て差し上げてくださいな。ユッカ様の件、バニラも同席しておりましたので伺っておりますわ。子供の喧嘩で姉の婚約破棄とはどういった領分でしょうか。ナスターシャム当主はその一件がございましたために、隣国の交渉を受け入れたのですよ。可愛がっているクレソンがどれだけ心傷めたことか。姉上のアマリリス様も食事が喉を通らないと伺っておりますわ。」
「その件について、話がしたく、先に呼ばせていただいた。」
殿下がやっと現れた。
こちらの一触即発といった様子をなぜか嬉しそうに見ている。
「デンファレも七歳になった。急だが姫夫を迎えることとなり、さらには側妃候補も取ることとなった。」
「わたくしはまだ納得しておりません!」
口を開いたのはアマリリスだった。
この中では一番年上なのだが、その様子は私よりも幼く、目の前で起きている現実を受け入れられないといった様子だ。
「アマリリス嬢、家同士の決まりで申し訳ない。私にも、成人までに候補を三十人用意するという約束がある。成人を越え、ナスターシャム家に不穏な動きがなかった場合、すぐに候補から外す。新たな爵位を用意し、実家からも引き離そう。」
「そういった問題なのでしょうか?」
殿下は珍しく私が口を挟んだことに驚きつつ、話を聞く態勢に入る。
「殿下が直面している目下の問題は私の知れたことではありません。許可などは不要、殿下が将来命を預けられるぐらい、信頼された方選ばれれば結構です。その中に人質であるクレソンがいようが、殿下のことを好いているわけでもなく、私に敵意があるわけでもないアマリリス様がおられることは全く問題ではありません。」
「何が言いたい。」
「もし、私に何かあった場合、側妃候補の筆頭となったアマリリス様が正妃となるのは自然なことですわ。そうなった場合、候補の解消というのは難しくなります。側妃を選ぶだけで大ごとなのですから、クレソンのように人質として手元に置いている者を正妃として担ぎ上げたい家は多くあるでしょう。私は殿下と、陛下のやり方に問題があるといいたいのです。側妃候補にしてはいおしまいというわけにはいません。その後、寝込みを襲われる、足元をすくわれる、崖から突き落とされるという可能性も考慮して、よく考えていただきたい。もしもアマリリス様が正妃となり、クレソンを解消した際、思い余って二人が駆け落ち、もしくは心中なんてことになったときではもう遅いのですよ。」
「……解った。」
殿下は私の手を取り、強く握った。
剣の稽古でてきたのだろう豆や硬い皮膚が少し痛い。
「失礼いたしましたわ。本日はスカミゲラの出席の件で、お詫びをしなくてはならなかったのに」
「いや、そのことはもういい。デンファレ嬢の顔も見られることだしな。」
見せる予定はない。
殿下は次に、ずっと私の後ろに隠れるように立つマロニエに視線を向ける。
「ホースチェスナット家の子だな。早めの保護をしたいとオーキッド公爵から伺っている。」
「保護ですか?」
私が聞き返すとにこやかな、さわやかな笑みが帰ってくる。
さっとほどかれた手に風が通っていく。
「実家の内情は把握した。デンファレ嬢の元に住み着いたということから公爵も私もマロニエ周辺を少々調べさせてもらった。」
「それは、お手数をおかけいたしました。」
頭を下げるマロニエは震えた様子だ。
「国政を無視し、爵位と家名でずいぶんと自由をしているようだな。」
「何もできず、申し訳ありません。」
「顔を上げろ。怒っているのはお前に対してではない。脱税に虚偽の報告など、ホースチェスナット家の信用は王宮ではほぼないに等しい。立て直しをするにも、長男は若くして遊び人、妹は浪費家、次男は物言わないただの人形の様だと聞いていたが、見込みはありそうだな。」
ふっと鼻で笑った殿下はマロニエの肩を抱き、
「刺客は全員、先ほど始末した。もう怯えることはない。義父母、義兄妹も取り押さえた。領地はしばらく代理人を国で用意する。お前は私のもとについて学べ」
ぽかんという顔のマロニエを閉じた扇子でつつき、
「返事は?」
「…は、はいっ……!」
と、いうことは
「マロニエは姫夫候補に入れると跡取りがいなくなってしまうためできないが、デンドロとネリネも今日から正式に候補だ。」
「…一つの家から何人も迎えるとは、家をつぶすおつもりですか?」
マロニエは家のためといいつつ、デンドロとネリネは良いのだろうか。
「デンファレの安心できる場を作るためならばいくらでする。バンダやスカミゲラも迎えたいところだが、バンダはともかく、スカミゲラからは完全な拒絶があるからな。」
バンダも無理だろう。
開通式の意味深長なつぶやきはあったものの、自由からかけ離れることに進んで加わることはない。
「殿下の命令ですぐに向かいますよ。いつもお願いなのがいけないのです。」
スカミゲラとしては調子よく伺いが来るため断っている。
何月何日の何時にどこそこで待っていると来れば、それは命令のため断れないが、暇な日はあるだろうか? と聞かれればないと答えるだけだ。
日差しが強い。
夏は過ぎ去ろうとしているこの季節にこのドレスは布の量が多く熱気がこもってある。
パラソルを持たない私は少しクラっとするのを我慢し、日陰に下がろうとすると
「生花はやはり長く持たないな。」
そう言って髪に触れる。
「殿下、いくら婚約者でも、無断で触れられては困ります。」
「それは失礼した。」
一瞬、指が仮面に触れた気がしたが、偶然か、意図的なのかは解らない。
ひとまず、拒絶すると
「デンファレ様、殿下に向かって、失礼ではありませんか? 正式な婚約者である以上、触れあうことはごく自然で当たり前のことではありませんこと? それにその前の物言いといい、令嬢とは思えませんわ。」
「失礼いたしましたわ。――っ!」
振り返りながらこらえると視界が一瞬うねった。
体勢を崩すわけにはいかない。
こんなところで令嬢らしいする必要はない。
ここには家族であるデンドロもいる。
私の部屋もあるのだから下がればいいだけだ。
その時、上空を大きな影が通過していった。
「デンファレ!」
バンダに呼ばれ、視線を向ければそこにいたのは
「ドラゴン……っ! なんで⁉」




