4
昼食後、バンダに午後の予定を聞かれ、
「工房から依頼で素材を取りにダンジョンに入るけど、付いてくる?」
と、聞けば、バンダの首は取れそうなぐらい上下に振られた。
ダンジョンの前まで転移し、マロニエに指輪を一つ渡す。
「迷子になったら入り口に戻って鐘を鳴らすこと、一人で魔獣に立ち向かわないこと」
「解った。そもそも、子供だけでダンジョンに入るなんて非常識だと、今更だが言っておく。」
「小さい時からだからもう慣れてるよ。」
バンダが楽しみに心浮かせて答え、先にダンジョンに入ると、一瞬で下へ消えるためマロニエはまたも引いた顔をするため
「そんなはっきり顔に出さない方がいいよ。」
「こんなの外にいるときだけだよ。デンファレ嬢からどのぐらい聞いているか知らないけど、ダンジョンなんて俺を殺すのに打って付けな場所に連れ出してお前は誰の味方なんだ?」
「僕はいつでも、何があってもデンファレ様の意志で動いているよ。」
本人なのだから、意志でも意思でもいいのだが、軽くほほ笑み、ダンジョンに消える。
ダンジョンに入ってすぐに工房から依頼が来ていた魔石を持つ魔獣に出くわし、早々に片付ける。
その後も目的の物を見つけるまで数体の魔獣を狩り、休憩を挟みつつ、狩りを続ける途中、
「スカミゲラ、ご褒美!」
バンダは指さす方向には魔法植物があり、真珠の実がなっている。
工房でもしばし祝福の宝石と合わせてアクセサリーに加工している物で、その中でもなかなか上質な物がなる木である。
「真珠の実なら工房にもあったのに」
「違う、この木が欲しい!」
「木か……、ダンジョンから出ても育つかな?」
「頑張る!」
まあ、この木はこの辺りには多く自生し、一本二本抜いても問題はない。
「ポケットにいれといて、今度屋敷に戻ったときに植木鉢に植え替えといて」
「解った。全く、変な物が好きだな。」
殿下と言い、バンダと言い、収集癖は良いがバンダはおかしな物が多い。
でも、どれもきれいな物ばかりなところを見るとお母様に見せているのだろうな。
真珠の木を三株ほどポケットに入れたところで視線が背中に刺さるのが気になりマロニエを見る。
当初の予定では、予定時間以内に勉強が終われば与えるとしたご褒美だが、こうしてバンダに与えてしまった以上、マロニエにも上げなくてはならない。
「実父について聞きたいか?」
「本当に義父が実父なのか?」
場所を変え、休憩スペースに移る。
数名の冒険者もいる中で子供は目立つが、何度も足を運んでいる冒険者からすると僕の姿は見慣れた物である。
「今のところ仮説からなるものであり、事実とは限らない段階だ。」
「それでも義父が実父の可能性が出てきたってどういうことなんだ?」
属性遺伝についての話をすると義母もほぼ同じ属性であるため偶然の可能性があるという。
「でも、実母の属性は異なる。なんでも毒と人体作用の属性持ちを集めて、その中から義父母が選ばれたと古参の執事から聞いた。」
「よく話してくれたな。」
「駄々をこねた。母様に会えない分、周りから話を聞くことで気を紛らわせていた時期がある。」
子供らしからぬ行動だが、愛情を求めた結果なのだろう。
「まあ、毒と人体作用の属性が欲しくて父親に選ぶならわかるが、姫夫はどういうわけかわからないな。女伯爵なら男性の姫夫を多く持つのならわかるけど」
「そのあたりはメイドも執事も知らないみたいだ。」
「マロニエを妊娠したと思われる日付と前後一週間の実母の足取りは不明な点が多い。その古参の執事と行動をともにしていなかったというのが大きい。」
「なんで執事と一緒じゃないのが大きくかかわるんだ?」
首を傾げながら聞いているマロニエに言おうか迷いつつ
「執事は実母のお目付け役だ。外では変な虫が付かない、寄り付かないように守る役目を担うが、二週間もの間、馬車に引かれて意識が混濁していたため、日記は全くの空白だったらしい。」
馬術中に受けた報告の紙を懐から出し、文字を目で追いながら説明する。
「じゃあ、邪魔者がいない隙に手を出されたってこと?」
バンダが子供らしからぬ発言をしたが下に妹がいる以上、実家で生活していたなら知っているのだろう。
子作りとは何か…を
「まあ、そうなるな。それが義父ならば夫である以上問題ないが、それまでに一度も夜伽の無いことを考えると、第一容疑者だね。口うるさいだろう執事がいない隙に自分の子を作ってしまおうと考えたんだろう。」
「ほかに容疑者がいるのか?」
いつの間にか実父が容疑者になっているが気にしないで行こう。
「執事見習いと当時別のメイドが残した記録には屋敷に侵入者の痕跡があったことから外部の人間の可能性はある。でも、執事見習いは実母に臨時でついていたため可能性はあるが、侵入者に関しては結界が揺るがなかったことから内部犯、それこそ義父の可能性もある。」
マロニエが腕を組んで背もたれによりかかり、天井を仰いだ。
その先には特に何もないのだが、一点を見つめた後、ゆっくりと数回瞬きをした。
「まだ実父と決まったわけじゃ無い。義父との関係はもう少し、慎重に模索したい。」
「僕からすれば今までの仕打ちと爵位の乱用から、実父であろうと投獄させるけどね。」
「僕もそう思う。」
マロニエの甘い考えをひと蹴りし、素材の捜索に戻った。
マロニエが第一領館で暮すようになって一週間、クレソンがダンジョンにやってきた。
「誰?」
「ホースチェスナット家のマロニエだよ。僕らと同い年だから、クレソンはもう少し礼儀正しくいこう。辺境伯は伯爵位よりも上だけど、年上だからな。」
「解った。マロニエ様、よろしくお願いします。」
「…よろしく。クレソンはナスターシャム家の子だな。養子をとるという噂があったけど、こんなところにいて良いのか?」
僕より情報が早い。
何処で仕入れたのか気になりつつ、クレソンの養子の話も気になる。
「噂には聞いたけどどうなったんだ?」
ダンジョンに入りに来たクレソンはまたこの話か、と言った顔でソファーに座った。
「母様の弟の三男が俺より五つ上なんだけど、婚約した場合、ネリネ様がもしも姫夫のままであった場合、家を継ぐ人間がアマリリス様になるんだけど、俺と結婚して辺境伯家に入ったらリコリス家を継ぐのは誰になるのかって話を父様とリコリス当主が話をしていたんだ。」
自分が風邪をひいたこと事にして家を空けている間にそんなことになっていたのか。
バンダが首を傾げながら聞く。
「でも、スカミゲラとか、弟もあと二人いるんでしょ?」
そう、僕は家を継がないにしてもゼラフィランサスとクリナムがいる。クリナムはユッカ様の姫夫候補ではあるが、まだ候補、ネリネのようにすでに役職をもらっているわけではない。
「そうなんだけど、リコリス夫人はアマリリス様を押しているんだ。まあ、俺もあまり当主教育にはついて行けてないし……好都合?」
「ここには勉強ができない子ばかりが集まるな。ダンジョン立ち入り禁止にするぞ。」
三人が一斉にそっぽを向いた。
マロニエは魔獣退治というよりも未知のダンジョンに見せられているだけなのだが、入れなくなるのは惜しいのだろう。
「クレソンは家を取られるとは思わないの?」
「小さい時からちょくちょく屋敷に遊びに来て、遊び相手をしてくれていたし、本当に兄の様だと思っていたから、家族になれるのはうれしい。母様も父様ももう一人もうけることは考えていないし、好きなことができるならいいかなって思っているよ。」
「言い方が悪かった。この国の人間として言うと、隣国の王家の血が強くなると国の防壁が揺らぐのではないかという不安が産まれる。その際、クレソンにその矛先が向く。ナスターシャム当主は十分国政にも顔をだし、国防を担っている分、なぜ、嫡男のクレソンが後を継がないのか、隣国とつながりが強すぎて裏切るのではないか、さらにクレソンの妻となるが宰相の娘となれば国家暗躍なんて企んでいるのではないかと考える輩が増える。」
「……そんなところまでわからないよ。」
考えることを放棄しているようだ。
「当主はもう陛下に報告しているの? まだならデンファレ様経由で報告しないと」
「今日、一緒に王都まで来たから今頃報告中だと思う。」
「陛下の反応次第だな。」
陛下は年上のナスターシャム当主を慕っているように思える。
国防の要とは言ったが隣国とは友好関係を築いている。
その友好をさらに強固にするための養子の話を隣国は出してきたのだとすると問題はないが、本当に何か暗躍しているとしたら戦争の火ぶたを締める紐が密にほどかれているという考えにもなる。
現国王を兄に持つナスターシャム夫人だが、その弟は隣国では公爵、王位継承権は持たない三男ということだが、王家の血筋なのは確かだ。
どうしたものかと天井に視線を向ける。
透視を発動せずとも、数名情報収集に向かっていったのが気配で解る。
「当主には領にいることは伝えてきたんだよね?」
「もちろん。デンファレ様に言われてちゃんとどこで何をしてくるか、してきたのか、ちゃんと報告しているよ。」
「ならいい。ナスターシャムタウンハウスに使いを出すから、デンファレ様も交えて話をしよう。」
「…解った。じゃあ、それまではダンジョンに!」
「今日はだめ、全員勉強!」
全員魂が抜けたように白くなった。
領地経営などについて勉強する気の無い三人に、デンドロにも渡した資料を片手に僕の授業となった。
そこに、エキナセアが開けられたままのドアをノックして入ってくる。
「ナスターシャム当主がご到着されました。」
「解ったすぐに行く。僕はデンファレ様を呼びに行ってそのままタウンハウスに残るから」
「解った。」
疲れ切ったバンダはそのまま部屋に置いて置くことにし、先にクレソンと勉強のため同行することになったマロニエを先に行かせる。
いったん部屋に引っ込み、アバターを着替えてから、仮面を付けて時計を見る。
いくら転移魔法があるにしても早すぎるため数分待ってから部屋を出た。
サロンに通されていたナスターシャム当主はクレソンとマロニエが短時間とは言え仲良くなったことがうれしかったようで、廊下まで笑い声が聞こえる。
「遅れてしまい申し訳ありませんわ、ナスターシャム様」
「いえ、こちらこそ、デンファレ嬢の耳に入れたいことがございましたので、よい機会をいただきました。」
簡単な挨拶の後に座りなおして話を聞く態勢に入る。
「クレソンより、養子の話からいろいろと懸念を考えられていることかと思われますが、妻の母国の意図としては国家間のつながりを強固にしたいということです。それに、子がこの国に長く留学し、男爵位産まれの女性を妻にと選んだことも大きくかかわっています。」
「男爵位の女性…ですか。彼女は隣国へ渡るということは考えていないのですか? それが一般的だと思うのです。同じ女性として好いた相手に合わせることが普通です。」
「そうなのですが、女性の方の子もまだまだ学生の期間が長く、子は留学をやめる気はないということで、我が家に養子に入り、正式な婚約者とする話が隣国側から提示されたのです。」
主導権はやはり隣国王家ではあるが、養子の子はこの国での生活と好いた女性と望んでいるだけだ。
この関係がもしも悪化した場合の報復なんて行動に発展してはやっかいだ。
「もちろん、両国で国政にかかわる以外にも、辺境伯である我が家としては国軍にも関わる問題。そこで、デンファレ様に許可をいただきたいことがございます。」
「何でしょうか。」
すごく嫌な予感がする…。
「子はクレソンをとてもかわいがっております。それは初等教育をともに受ける同級生の耳にもよく入るほどに、ですので、陛下から殿下の姫夫に入れるという話になりました。デンファレ様は婚約者のお立場、クレソンのことをとてもよく見てくださっております。どうか、今まで通り、可愛がってくださいませんでしょうか。」
陛下の意志に背くわけにはいかない。
姫夫が増えると陛下や王妃と約束した三十人の姫夫・側妃の約束に近づいてしまう。
だが、
「姫夫となればアマリリス様との婚約ができなくなりますわ。」
「そのことに関しましてはリコリス夫人より、約束を無しにしてほしいというお声もあります。」
「それならば養子は必要なくなるではありませんか。」
ナスターシャム当主と陛下、クレソンの意志が違う方向へ進んでいるため、なんとも入り組んだ話となっている。
「姫夫に関しては私の許可などは必要ございません。王家の決定に従うまでです。もちろん、クレソンが同列となったことでないがしろにすることはございませんし、今まで通り、良き友人として関係を築いて行きたいと思っておりますわ。」
「ありがとうございます。」
深く頭を下げるナスターシャム当主と違い、クレソンは席を起ち、
「アマリリス様と婚約できないなんて!」
と、声を荒げる。
「そのことに関してはネリネ様にご相談なさい。私は何も気にしないといえば、問題ないでしょう。」
私の両親の例がある。
問題ないだろう。
ナスターシャム当主を見送り、クレソンもともに帰った領館内は静かだ。
「なぜ、リコリスの嫡男に相談すれば何とかなるんだ?」
「ネリネ様は殿下のお目付け役、クレソン様が姫夫となったところで今のところ男性に興味がないため、政略的な婚姻である以上、アマリリス様も側妃になることは可能でしょう。私は全く気にしませんし、あとは殿下のお心次第ですわね。」
話が分かっていなかったようなマロニエは首を傾げつつ、勉強部屋に戻っていった。
陛下の生誕祭も近づくこの日、実家に戻るように言われ、スカミゲラの姿でリコリス家へ戻った。
夕食の席ではすっかりやせこけたアマリリスは食欲がないといってすぐに席を立とうとしたがそこで、
「アマリリス、お前が殿下の側妃に選ばれた。デンファレ嬢の機嫌を損なわぬよう、殿下を支えなさい。」
「……かしこまりました。」
「これに伴い、領地の勉強は終了とする。今年の陛下の生誕祭後にゼラフィランサスの勉強用に引き継ぐ」
「かしこまりました。失礼いたします。」
ずっと嬉しそうにしていた母上は珍しく口を挟まなかった。
事前に父上から聞いていたのだろう。
「スカミゲラ、予定通り春から初等教育を開始する。現在の勉強の進み具合から考えて十歳からでも十分かと思ったが、お前は貴族としての生活にもう少し重きを置くように」
「はい、父上」
飛び火だ。
ネリネにアマリリスが姫夫候補と側妃になった以上、デンファレの従者になりたいという意思から王家に子供が深くかかわるようになることがどういうことか学べということだろう。
初等教育は七歳、十歳、十二歳と開始年齢は貴族によって異なる。
デンファレは十二歳開始でお父様と話をつけてある。
デンドロは殿下と同じ開始時期ということで七歳からの開始となったが幼児教育も中途半端なため、丁度良かっただろう。
ほとんどが自宅で家庭教師による教えを受けているため学力には個人差が出やすい。
現に同じような勉強内容にも関わらず、ネリネとバンダでは差が出ている。
「デンファレ嬢は王室御用達のエンブレムを持っている。領地の商いでも私が持っていない称号だ。お前たちは何か王家に貢献できることをしているか? 近くに沿うことができる立場にはなったが、それだけで終わりと思うな。」
「はい、父上」
ネリネが返事を返す一方、何も言わない僕に父上は視線を向けたが、一瞬でゼラフィランサスに移った。
「領地経営に関してはアマリリスから内情をよく聞くように」
「はい」
少し不安気な声を出しつつ、ゼラフィランサスはアマリリスによろしくと伝えた。




