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当初の予定日から数日ずらしての開通式、オーキッド領から公爵家族がそろって現れたことで領民は少し驚いた様子を見せる。
バンダは少し背が伸びてはいるがそれでも平均よりも小さいだろうか。
デンドロから殿下直筆のお祝いの言葉が代読され、式は終了、一本目は貨物を乗せて直通で王都へ、二本目はオーキッド領経由で王都へ向かうため両親はそれに乗って戻るという。
「すごいわデンファレ、オーキッド領は山に囲まれているから他領と列車でつながるのは難しいといわれていたのよ。」
列車を見学するお母様からバニラを預かり、面倒を見ながらそんな話を聞く。
そのバニラは誕生日に送ったこの世界には無いベビーカーに乗って熟睡である。
間もなく陛下の生誕祭があるためその前に開通式ができて良かった。
今頃、リコリス領と公爵領でも開通式が行われていることだろう。
三本目が公爵領経由でリコリス領に入り西を回り、アマリリスの領地を少しかすって、王都へ向かう。
二本目の出発でお母様とお父様を見送るがなぜかホームにはバンダはまだしもデンドロも残っている。
「僕は三本目でリコリス領行きに乗るんだ。殿下が公爵領で待っていると連絡をもらってね。デンファレもどうだい?」
先に言ってほしいことだ。
それならばと、羽織っているジャケットの内ポケットから手紙を取り出す。
「殿下宛ての書きかけの手紙がありまして、本日の祝辞のお礼を添えませんといけませんが、三本目までまだ少しあります。お兄様に伝書係なんてことをさせてしまいますがよろしいでしょうか?」
「もちろん、構わないよ。スカミゲラとの面会の件の返事を待っている様子だったから、喜ぶよ。」
「その件ですが、本日もスカミゲラは従者ながら病欠、少々風邪をこじらせておりまして第二領館にて休養をさせておりますの。ご実家に戻られるとゼラフィランサス様やクリナム様に移してはいけませんし、リコリス前侯爵のお話では長引きそうだということで、面会の目途はしばらくたちそうにないとお返事を書きました。その代わり、殿下発案の陛下の生誕祭後の懇親会には私が参加させていただきますわ。」
一つ断るならば、もう一つは承諾するか、別の機会をこちらから提示しなくてはならないのが貴族の流儀。
七歳になった以上はこれまで一方的に断ってきた内容も殿下の物には返事を返さなくてはならない。
「そうか。懇親会にはバンダも僕も招待されているから一緒に行こう。ネリネやアマリリス様もご一緒だ。」
「それは楽しい会になりそうですね。」
近くのテーブルで手紙の続きを書き終え、デンドロに渡すが、その間もずっと壁に寄りかかり、けだるげな顔をしているバンダ。
この一年で甘えん坊はすっかり姿を消し、クールで謎めいた路線を走っているため同年代からも年上からも対応に困るといった雰囲気を向けられている。
単独でギルドに登録をし直したようで、デンファレとしてもスカミゲラとしても受けられない魔獣討伐などに駆り出されているようだ。
気が付いたときにはレベルが四十を超えていた。
ダンジョンでも奥深くまで無双状態で突撃していくためいくつかのパーティーからも声がかかっているようだが、すべて無視しているようだとギルド案内受付のお姉さんから聞いたのはつい最近だ。
「バンダは今日、泊っていくのかしら?」
「ダンジョンにね。」
ハイハイ。
わかっていますよ。
全く可愛くなくなってしまったバンダに少しイラつきながらも
「じゃあ、また食糧庫に補充させておくわね。バンダ専用だから好きに使って」
「解っている。」
冒険者の非常食とは別の食糧庫の巾着を渡しているがあまり減っていないという報告だ。
いったい何を食べているのだろうかと首を傾げそうになるのをやめる。
デンドロが列車に乗り込むのを見送り、四本目の出発準備を見に行く。
一本目と同じく、四本目も領内直通だが、これは人を乗せる車両が多く、一部のみ貨物車となっている。
バンダはこれに乗りダンジョン地区に戻るようで勝手に入っていくため、
「まだ乗客できないわ。」
「ん」
短い返事の後にその場に座り込んだバンダに
「なぜ最近家に帰らないの?」
「デンファレだって帰らないじゃないか。」
「あなたと私では状況が違うわ。私の元にいるならまだしも、他の領地にあるダンジョンに入ったという連絡以降帰ってくるまで音沙汰無しはさすがにお母様も心配よ。お兄様が戻らないとお母様が死んでしまうと聞いて、領地購入を手伝ってくれたバンダは、今度は自分が原因でお母様が死んでしまうような不安を与えてしまっていると気が付いているのかしら?」
私の例えに黙って地面を見続けるバンダだが、小さく
「やだ」
と、言った。
でも、
「お母様はバニラで忙しいから、前みたいにずっとベッドにいたときよりもお話できない。」
ああ。構ってほしいのか。
「それはあなたが家にいないことが原因ではないの?」
「でも、お母様はデンファレに久しぶりに会うとずっとしゃべってる。」
「会わない間も手紙のやり取りはしているもの。お話したいことはたくさんあるわ。」
また黙ってしまったバンダ。
バニラにお母様を取られたと思うのは男の子ならでは、お兄ちゃんならではだろうか。
「家にいれば、バニラの面倒は乳母が見ている時間の方が長いと思うのだけど、特に午前中はお父様も執務でお城にいるから一番独占できる時間ではなくて? それなのに朝一からギルドに行っているバンダは何がしたいのかしら?」
「……ギルドには午後から行く。」
「そうね。転移魔法陣を使えば夜は野宿せずとも帰れるでしょ。」
「うん。」
そう返事をすると立ち上がり、力強く抱きしめられた。
「く、苦しい…」
「あ、ごめん。つい、クレソンにやる感覚で」
「クレソンと仲が良いことはいいけど、あの子にはアマリリス様がいるから道を外させちゃだめよ。」
「違うよ。」
両頬をふくらませて、不機嫌な声を返してくる。
昔に戻ったようで良かった。
「婚約が破棄になるかもしれないって、リコリス夫人に言われたらしく、その辺はデンファレの方が詳しいでしょ。」
「そうね。でも、ただ単に赤子がおもちゃの取り合い後に不機嫌になったってだけの原因だから、今度の懇親会で仲が取り持てれば白紙になんてならない話よ。」
「ならいいよ。僕も婚約者の話が出ているんだけど、デンファレから父様に断っておいて」
「それは自分でやりなさい。」
とは言い返すが相手が気になる。
相手は?
「候補はどなたが挙げられているの?」
「伯爵家にバニラの一つ下の娘が二人、お爺様の姉の孫が三人、候補にいるけど、どれもいやだ。」
「そうね。血が近いと魔力無しが産まれる可能性もあるし、妹よりも年下というのも政略結婚でもないのにいやね。ましてや一歳未満。バンダは年上が好きだし」
「別にそんなつもりはないんだけど」
無いわけないだろ。
受付のお姉さんや村娘、街に越て来たパン屋一家の娘などなど、足しげく通うのはだいたい十~二十歳ほど上の女性の元だ。
「お父様には学園に入ってからでも遅くないのではないかと可能性を提示しておきなさい。そうでないとバンダも殿下の姫夫候補になってしまうわ。」
「姫夫……」
ため息のように、息を漏らしながら、遠い目をしてつぶやいたがそれはどっちの反応だろうか。
姫夫でもいいかなんて声だったら八倒すぞ。
それだったら双子なのだからバンダでもいいだろってことになるぞ!
「そういえば、商会作るんだって?」
「ローマンから聞いたの?」
ローマン以外では各商会の代表メンバーにしかまだ話をしていない。
「デンドロが知ってたよ。」
「なんでよ…?」
お父様ならまだしも、デンドロが知っているとは意外だ。
そうなると情報源は
「殿下ね。勝手に話したのは」
「そうじゃない。クレソンも知ってたし」
「クレソンも?」
クレソンも知っているということはネリネも知っているのだろう。
「殿下が領地だけでなく、商会も始めるといわないといいけど」
「別にいいんじゃない。商会も始めたらもう、デンファレの真似しかできないって言っているようなものだけどね。」
「誰が聞いているがわからない外でそういうこと言わないの。ダンジョンに入るのならローマンを見つけて先に第一領館に戻っているように伝えて、運行開始でトロッコとの事故が一番心配だわ。鉱山夫たちにはスターチスから伝言が届いているでしょうけど、試し運転よりも本数が多いから心配なの。」
「解った。領館で待ってる。」
列車に乗り込む前にローマンを探しに運行基地へ向かっていったバンダを見送り、私は乗客の様子を観察する。
利用者の多くは一般席を利用する平民、今日は特別初運行日とあって貴族席の予約は満員。
貴族席は数が少なく王都ではプレミアの付いたチケットとしてオークションにまでかけられているという噂を聞き、内装を予定よりも豪華にした。
料金は港から王都まで、最長ルートの公爵領とリコリス領を経由し、西を回って王都手前に到着、最短ルートで領内のみを通り、王都前に到着する。
距離が長ければそれだけ高くなるようになっている。
駅の数で決めようかと思ったが山間部や商業の中心には駅が多い。
山間部は途中途中で休みながら進まないと山越えが難しいということや、やはり商業地区などは人口が多い分、乗り降りが多いことが理由だ。
この世界の五キロを目安に料金が加算されていく。
住民登録証が領民には発行され、開通式前に配布が完了していた。
この住民登録証は個人識別番号が振られ、首からかけられるものと手首に巻くものの二つでワンセット、両方付けていないと領から出ることも戻ることも手間がかがるように関所を置いた。
関所や領をまたぐ列車路線に乗る際には必要と説明。
だが、この住民登録証を列車に乗る前に提示すると領民は割引、これから別荘に住む貴族には準登録証が発行され、追加のサービスが無料で付くことになっている。
領民登録をし、定住が半年となってからの発行で、それまでは仮の通行証を発行する手続きを領役所、第二領館と同一の建物内で行うことになる。
この届出を怠ると罰金がある。
さらに、登録証には機能があり、手首に巻くものの方に自動料金引き落とし機能を付けた。
幸いにも前領主時代から領民の多くが銀行を利用、タンス貯金はせずにギルドから警備も派遣され、自警団の警戒もされている銀行に預けている者がほとんどでネズミ一匹入る隙を与えない。
中に泥棒が入ったことはなく、さらに私が結界強化を付けたため万全の銀行がある。
登録証は住民票や戸籍の証明書類の発行をスムーズにする以外に銀行口座の管理カードでもあり、紐づけすることでクレジット機能を付けた。
そのため改札を通過した場合、乗車駅から下車駅までの運賃が口座から自動引き落としとなる。
切符売り場や貴族改札も設置してあるため、領民でなくとも利用は可能。
待合室もある。
この機能を導入するにあたり、銀行の作りも少し変更した。
今まで個人と団体の二通りの貯金口座しかなかったが、貯金と預金、送金、融資、為替の発行、保険、それらの相談もできるようになっている。
今まで鉱山夫たちの給料をギルド貯金としていたが口座変更の手数料は私持ちで領の銀行に変更した。
登録証はステータスのようにスクロールすることで本人と家族のみがみることができ、本人のみにも変更できる。
これで通帳管理の他、保険など福利厚生が楽になる。
領で雇う公務員も増えたため、帳簿管理から保険料の天引き、借金の天引きなどを私側と銀行の両方で行っていたのが銀行に領からの税理士を派遣するという形で一括処理できるようになり、領館の通帳もなくなった。
公務員は領館職員の他に鉱山夫や駅員、貿易船関係者ももともとは領職員だそうで、公務員に区分した。
この際、自警団も警察組織へ昇格させるため、現在、現団員には試験勉強をしてもらっている。
試験は領館職員のほとんどがお爺様の推薦があるため簡単な礼儀作法と筆記、面接を行い、鉱山夫には鉱山や安全管理に関する試験を用意して、半年前に終了、試験合格者には給料が少しだがアップするとして頑張ってもらった。
皆知っていることが多いためやすやすと合格され、もう少し難しくてもよかったと思った。
今の工房メンバーのほとんどは魔石加工の試験の勉強をし、資格を持っている者が多いため素行に問題がなく、資格があれば公務員ということにした。
資格がない場合は副職員としての起用とし、別で試験を用意、資格アリとナシで給与には差をつけ、向上心を持ってもらうことにした。
問題は農作業や猟を行っている十五歳以上の女性や子供だ。
野菜栽培の試験を用意し、畑仕事の農夫や女性たちはそれでいいが、猟を行っている者たちはどうしようかとしばらく悩んだ。
ローマンやお父様に相談し、結果ギルド派遣員、副職員としての採用となった。
猟へ行く前にギルドで狩猟許可を取り、狩猟後にギルドで取った動物を確認、解体作業もギルドで行っていいということで領館の台所で血しぶきを見ることはなくなった。
本日の日中出立分を見送り、往復で港まで帰ってくる路線は今日のはもう無いため、あとは夜間の客車は三本、貨物車が五本のみとなったため
「駅長、乗客も落ち着いたから一端第一領館に戻るわね。」
「かしこまりましたデンファレ様。夜間のことは些細なことでも報告書にまとめます。」
「休憩もちゃんと挟むのよ。タイムカードを忘れないでね。」
鉱山夫や農夫たちはまとまって休憩を取るが駅員たちはそうは行かない。
出勤も違えば、勤務時間も異なる。
ちなみに、正式雇用でも、働いた時間に合わせた時給式の給金形式を採用した。
勤務時間が違えば、休憩に出る時間も休憩時間も、休憩の回数も異なる。
タイムカードで管理するが、タイムカードを押す際も登録証が必要で勤務時間を偽ることはできない。
せっかくなので客席の一角に領民はすっかり見慣れた仮面の姿で座り、第一領館に向かう。
出発前の車内ではしゃぐ子供が母親に怒られているのを見るとどの世界でも同じなのだなと笑ってしまう。
「あら、デンファレ様もお帰りですか?」
「ええ、あとは駅員たちに任せても問題なさそうなので」
「何かあればデンファレ様は飛んできてくださると夫も話していましたよ。」
「もちろん、知らせがあれば領内どこにでも飛んでいきます。」
警察本部長の妻が話しかけてきた。
本部で事務作業をし、第二領館近くに住む彼女は帰路なのだろう。
「乗合馬車は時間がわからないのですが列車は時刻通りと聞き、安心しました。」
「そうよね。でも、乗合馬車の御者は廃業しないかしら?」
「長距離は仕事が減るでしょうが駅から地区を回る方が効率は良いらしいので、そんな心配も少ないと思いますよ。」
そうか。
電車とバスだと思えばいい、もしくはタクシー。
駅が近く無い人はそれなりに歩くため、馬車があるのは便利だろうし、馬車が巡回するならそれはそれで助かる。
「御者も給金の安定のために領へ引き入れようかしら?」
「彼らは自分たちの荷物運びのついでもありますのでちょっとしたお小遣いと親切でやっています。正職にしているわけではありませんからデンファレ様がお気になさらないでください。私の父なんて団を引退後は御者をして、領民と話すのが趣味だといっていますから」
「そうなのね。自分が使わないとわからないことも多いわね。ありがとう。」
一般席に座ってはいるが、さすがに皆隣には座ってくれず、話終わった団長の妻も離れた席に座りなおしている。
しばらくして出発した列車は緩やかにスピードを上げていく。
貴族席との境目も近いことで車両の中は平民の中でも身分が高めの服装をしている。
そこに、車両接合部のドアが開いた。
隣の貴族席からこちらに来ることがあるのかと皆が驚いた眼で、こっそりと開いたドアを見れば、そこには私と変わらない年ごろの男の子がいた。
しかも、半べそながら笑顔だ。
「失礼、ご予約いただいたホースチェスナット家のご子息様ですよね?」
「君は?」
鼻水をすすられながら聞かれる。
「当列車、並びこの領の領主を務めておりますデンファレ・ラン・オーキッドと申します。こちらは一般席でございまして――」
「マロニエ!」
元気な声にさえぎられ、早く戻って大人しく座っていろ、と言えなかった。
いったい誰の声かと思っていると
「あ、これは失礼いたしました。ライチ・ホースチェスナットと申しますわ。義兄が失礼いたしましたわ。」
「いいえ、お気になさらないでください。もし迷われてしまったのならと思いまして、お声がけをさせていただいただけですので」
「そう。あなた、殿下の婚約者のデンファレ様よね、爵位が上だからって名乗らないのは失礼ではなくって?」
なんだか勝ち誇ったような顔をされるがホースチェスナット家は伯爵位、一様、オーキッド家は公爵位。
下の爵位の者に度々名乗るということはまずしない。
「先ほどマロニエ様にお声がけをした際に名乗っている最中でございましたから」
途中であなたが入ってきたからあえて名乗らなかったと湾曲して伝えるとさらに怪訝な顔を向けられた。
確か、マロニエの家は女主人であったマロニエの実母が領主であったが産後の肥立ちが悪く亡くなり、夫と姫夫の女性が領主を引き継いだ。
夫も姫夫も男爵位の産まれのため、王宮では爵位降格も話し合われたが本人たちがマロニエの実母の名を落としたくないとして爵位はそのままとなった。
だが、夫と姫夫の間にはマロニエよりも五つも上の息子がおり、実母死亡当時はお腹に三か月の子もいたといういからに、一時は貴族のスキャンダルとしていいネタにされて、肩身狭く暮らしているようだ。
それから七年もたてば、忘れた者も多く、義妹のライチは自由な性格と行ったところだろうか。
なぜ、こんなに詳しいかというと、マロニエ・ホースチェスナットはゲームの攻略キャラだ。
この義妹との幼少期のエピソードが原因でドMながらに純粋にSMの女王のような彼女に恋なのか服従心なのかを実らせていた。
ライバルキャラはダンジョン開拓でお世話になった先遣隊のバイオレット隊長の次男で病弱で気弱な年下。
このルートは同級生と学園内病院に入院する後輩とのストーリーでなかなか病んでいるといわれるルートであり、もちろんデンファレもかかわっている最悪なルートだ。
ヒロインとマロニエが仲良くならなければいいが、クラスが同じなためどうなるかは不明、先に私の力で隊長の次男、学校内の病院に入院中のパンジーを治癒してしまいたいが学園内の病院は学校内でケガした場合か、聖女の力が必要な、それなりの病気やケガでしか入れず、顔が溶けても入れないならば今は無理、先に悪役を叩こうかと思うが悪役の生家チェリー家は貴族には存在せず、爵位や産まれについてはゲーム内には無かったため、謎人物である。
以上から、このルートは学園に入るか、偶然マロニエかパンジーに合うまで何もできなと思ったが偶然がここにあった。
「弟君は泣かれているようですが何かあったのですか?」
「あんたには関係ないでよ!」
「何しているんだライチ」
さらなる登場人物に貴族にはあまり関わりたくない私は仮面の下で怪訝な顔をするがばれることはない。
「妹と義弟が失礼いたしました。よろしければ我々の席でお茶でもいかがですか?」
「いただくわ。」
私が選んだ茶だけどね。
車両を渡ると駅員の中でも礼儀作法がきれいな者を各貴族席に専用のコンシェルジュとして付けており、その彼が驚きを前面に出した顔をしているため、あとで注意が必要だ。
声を出さなかった辺り、まだましだが、明らかになぜここにいるんですか、という顔をされている。
「兄弟でご旅行ですか?」
「父も母もせっかく席が取れたというのに仕事で来られなくなりまして」
「領地は確か東の方でしたわね。王政にはあまり顔を出されないと伺っておりますが」
彼らの兄と話をしている間、なぜかずっとドレスのスカートをマロニエに握りしめられている。
バンダで慣れているがどうしたのだろうか。
「その、余りかかわりのない王政で少々問題が起こり、タウンハウスにここ半年ほど滞在をしているのです。」
「半年もですか? 殿下の誕生会や今後陛下の生誕祭もございますから忙しいですわね。」
「はい、それでなのですが、しばらくマロニエを預かっていただけませんか?」
「はい?」
「お兄様ナイスアイディア!」
こっちは困惑しているがライチ様は嬉しそうに目を輝かせている。
「…私は構いませんが、ご両親には許可を取らずよろしいのですか?」
「大丈夫でしょう。親は僕と違ってマロニエには一切関心がありませんから」
そう言っている目は笑っていない。
まさか、マロニエがへらへらと笑っているのはわざとで、兄弟間の確執をぼやかしているのではないだろうかと、勝手に想像し、
「解りました。しばらくは我がオーキッドタウンハウスで面倒を見ましょう。」
「デンファレ様のお屋敷ではないのですか?」
「私が忙しく出回っていると使用人も少ない屋敷ですので、実家の方が小さい子もいますが、マロニエ様のことを見る人材もいますので、何か不都合でも?」
「……いいえ、まさか。よろしくお願いします。たまには領地へ連れていってやってください。」
「もちろんですわ。では、マロニエ様を連れて、元の席に戻りますわね。ごきげんよう。」
投げやりになりつつも出された紅茶に手も付けず、会話を終了させ、再び車両ドアを通る。
今回はコンシェルジュが開けてくれたが彼のポケットに『監視後報告』と、メモを入れ、引っ張る。
もし、万が一何かが起こった際の隠密な連絡の取り方としてマニュアルにも載っている方法で、コンシェルジュも気が付き、目で合図を送られる。
席に戻ると涙を拭くようにハンカチを渡す。
へらへらしていた口が元に戻り、目をごしごし擦るため、治癒でかゆみと腫れを引かせる。
「ありがとう。でも、俺を家に置くのは危ないから適当なホテルに捨てていっていいから」
「そうは行かないわ。聞きたいことができたし、ホースチェスナット家の現状が知りたいわ。」
「死ぬよ。」
「殺されに来るなんて哀れね。」
仮面をずらして笑いかけると少し引いたような顔をされる。
マロニエの兄にはオーキッドタウンハウスといったがまっすぐ領館に戻る。
お父様に手紙を出して、実家預かりということにしてもらおう。




