12
疲れた。
部屋に戻るなりすぐにベッドへ寝転ぶ。
「デンファレ様、行儀が悪いですよ。」
ローマンはいつからいたのかと思いつつ、
「主人の部屋へ勝手に入ってくるあなたに言われたくないわ。」
「それで、アガベ公爵の件はどうでしたか?」
「怖いほどうまく進んだことと殿下が同席していたことを考えると殿下は私のために先手を打ってくれていたのでしょうけど、いい迷惑だわ。何もできないお嬢様のレッテルが張られたまま契約に進んだわ。今頃公爵は名前だけの領主だったと思っているでしょうね。」
「隠れ蓑というのは必要です。他者より秀ですぎるのも目立つ、悪すぎるのも目立つ。」
解っている。
見た目をスカミゲラに替え、
「手に入れる領地の下見に行ってくる。」
姿を鳥に替えて、窓から飛び立った。
順調に進んだ契約で無事にドラゴンの女王が眠る渓谷から、鉱山地区までをつなぐ土地が手に入った。
鉱山地区の鉄工所に急ピッチで鉄道のレールの作成をお願いしている間に駅の建設予定地と、上下線の他に快速線や車体基地などの話し合いを自警団や街長、港地区会会長などと話を進める。
利便性から街からは離したくはないが走行音が気になる場合や、駅利用者が民だけでなく、観光客も来るようになった場合などの対策も練らなくてはならない。
港地区と街地区にはファレノプシスブランドの店舗を置く計画もある。
今までの店舗では売る上げがうなぎのぼりなのだが、新鮮味に欠けてきた現在、以前のごてごてしいジュエリーに戻る傾向も見せる貴族もいるため新たな路線として完全なる限定店舗として海をイメージした物だけを扱う店舗を港地区の街に作る。
港の一部には崖で高さの違う土地があり、うまく売り出せば貴族の別荘地にできる。
鉱山地区ではできなかった別荘地の近くの限定ショップとなればまたいい宣伝になる。
領館近くの街にも出すがこちらは王都やオーキッド領と変わらない形で、限定品も作る予定だ。
恐怖の対象とは言っても王家の血であるドラゴンモチーフは人気で、
「ドラゴンの鱗とかも使おうかしら?」
「急になんです?」
ローマンが食事中の現在不思議そうに見てくる。
「あのね、ファレノプシスブランドの港店のコンセプトが決まっているけど、街の方はそういうのは無いなって思ったの。それで、飛来が増えて、さらに定住するようになったドラゴンが落とした鱗や羽毛、毛の回収ができているでしょ。それらと組み合わせてアクセサリーにできないかと思って、ターゲットは男性ね。」
自然に抜け落ちた鱗や羽根は生きている間に無理矢理剥ぎ取り、抜いた物より色味が鈍い。
鮮やかな色見の物ほど密猟品であると断言しているような物なのだ。
ポケットに入っている物を机に広げる。
鮮やかさは無いが自然に抜け落ちたことで損傷は一切なく、高い魔力も残っている。
「男性ならば、華美な色よりも落ち着いた物の方がつけやすいんじゃない? 宝石も組み合わせれば地味ではないでしょうし、少し値を張らして、今まで以上の価値観が必要だと思うの。妖精の祝福もマンネリ化してきていることだし」
定期的に新しいことを取り入れないと長く親しんでもらうことはできないだろう。
蝶や雫のモチーフ、天然石のブレスレッドは長期で販売し続けるつもりでいる。
シンプルの路線はじわじわと浸透させているところであるため定着にはもう少しかかりそうだ。
「試作品をいくつか王都店舗に置いてみましょう。旦那様やデンドロ様に試してもらうのもいいでしょう。」
「ブローチなら女性がつけても違和感はないかしら? 帽子の飾りでもいいわね。アパレル関係の部署がないから帽子は難しいかな?」
「事業の拡大もまた大事ですが手の届く範囲にされませんと」
「そうよね。収集が付かないなんてことになったら困るものね。」
でもアパレルはやりたい。
ゲームの中のドレスは皆動きにくく、ステータスの持ち物がなかったらもっと早く始めていただろう。
動きにくい、重い、子供服とは思えない。
パーティードレスなんて誰かと肩がぶつかって口論になるなんてことはまずなく、ドレスの裾と裾が触れてしまった。
そんなことでもめているデンファレが記憶にある。
ヒロイン可哀そうと、思ったがこの世界で見たところ貴族の女性からしたら一般的なことだった。
親しい人とドレスがぶつかるのは当たり前だが、知らない、しかも下の地位の人とぶつかればもめる。
それが当たり前なんて嫌だ。
もっとストレートでシンプルなドレスを売り出し、ジュエリーとの調和も協調したい。
まあ、その前に今年の誕生日がやってくる。
デンドロの七歳の誕生日は先日終わった。
私とバンダの誕生日も一緒でよかったのだが、お母様がバニラの産後ということもあり不参加。
パーティーには殿下も参加するということで集まる貴族は多かったが王妃様はお母様が目当てのため来なかった。
その結果、私たちの誕生日もやることになった。
バニラのお披露目も兼ねていることからお父様の気合も入っているようで、さっそく今朝、バンダは呼び戻されていた。
私も採寸を受け、衣装は任せるとしてある。
お母様も私の趣味をよく理解しているため勝手に買ってくるドレスはすべてシンプルな物が多い。
それにそろってお母様のドレスもシンプル傾向だ。
グラデーションカラーのドレスや刺繍の目立つドレスではあるが形がきれいで、重たいこともかさばることもない。
たまにオーキッドの屋敷に帰るとドレスが増えているのだが、クローゼットは幾分すっきりした。
子供の成長は早い。
着られなくなったドレスも多い。
数日後、試着などを済ませ、誕生日まで二週間ほどとなった。
「ブローチの売れ行きは?」
「王都店は完売、オーキッド領店ではまだ在庫があるそうです。鉱山地区店も完売、商業地区・港地区の仮店舗でもほぼ完売ということです。」
「オーキッド領に別荘を持つ貴族は上位貴族。ドラゴン製品を嫌う傾向も考えられるわ。いくら天然採取と言っても、採取しているところを見たことがないのだから仕方ないでしょうけど、密猟品と天然採取の違いぐらい分かってほしいわ。」
苦情の手紙もいくつか来ている。
保護区なんて作ってはいるがそこで無理矢理はぎ取っているのではないか、まさかドラゴンを殺して自然採取の色を出しているのではないかなど、妄想が独り歩きしているようで、近いうちに手紙をくれた貴族を初めてとした希望者を店で募集をかけ、希望が多ければ抽選制、殿下を呼んでもいい、保護区の見学会を開く予定でいる。
殿下に数回来てもらってから陛下にも来てもらえればいい。
「見学用の施設の建設も進んでいます。鉄筋コンクリート作りとなると職人がいませんから少してこずっていますね。」
「やっぱり、私がやった方が早かったんじゃない?」
私がやれば一日二日で出来上がるはずだ。
ポケットに材料を入れて創造のスキルで時間はかかるができる。
「職人を作るには経験をさせないといけません。屋敷裏の倉庫という見本もありますし」
そう、ドラゴンの翼の風圧でも壊れない建物を提案した時に作った倉庫がある。
災害備蓄品を入れるために使おうという話になり、川やがけ、山の近くにいくつか設置する話でまとまり、中に入れて置く物の厳選は自警団に任せている。
新領地の改革は維持派と推進派で現在もめている。
一番は別荘地だ。
今まで貴族の往来はほぼなく、海外へ行く軍人すらもオーキッド領の港から出るため軍事と商業で分担していたようだが、貴族が多く来るとなると海に出ようとする者、その家の個人所有の船など、商業に影響が出る。
主に観光地となっているのは砂浜がある海岸続きのオーキッド領の隣接領が盛んといわれている。
すでにあるのにこんなただの港町に来るわけがない。
作ったところで誰も来なかったらどうする。
来たところで安い土地だから下位貴族でも庶民に爵位をひけらかすような者が集まる。
と、いうのは維持派。
観光地も娯楽もない土地ではあるが鉄道が通れば海外へ出ることがどこの領よりも楽になる。
そうなれば行きでも帰りでも観光して帰る貴族はいるはず。
そう言った貴族相手に商売をすれば収益も上がり、生活水準の向上へつながる。
別荘地も水準が高ければその分上の貴族が来るから夜中に町娘を連れ去られる、飲食代を払わないなんてこともないだろう。
と、いうのが推進派の意見だ。
年代で言えば手に職があり、安定的に収入を得る方法を知っている五十歳以上が多い維持派と改革や物足りなさのある若い衆の推進派に分かれていると行ったところだろうか。
まあ、デンファレ支持派と嫌悪派と言ってもいいだろう。
なんせ六歳にこれからなる娘が急に領主になったのだ。
しかも陛下の命令で、そうなればいろいろと考える者は多い。
ドラゴン保護区も大きいだろう。
殿下の婚約者だからできたのだといわれる節もある。
イラつくことも多いがすべてに耳を傾けるわけにはいかないが、すべてを聞かずに流すわけにもいかない。
お小言はエキナセアにメモを取らせ、私の意見はローマンに念話で伝え、ローマンの口から年長者へ伝えられる。
子供の意見や決定事項なんて聞き入れてくれない者もいる。
ここは大人を挟むのが得策だ。
「お嬢も大変そうですね。」
「あら、スターチス。どうしたの?」
鉱山地区はシャンシャボに現在代理をさせている。
周りの使用人たちがサポートをしてくれるから何とかなっているが単独で代理人を任せられるほどではない。
スターチスのサポートがあってこそなのだが、そのスターチスがここにいるとは何があったのかと首を傾げる。
様子からして急ぎではなさそうだ。
「要件は私からではなくクルクマさんからで、試験勉強もちゃんとしているから、もしよかったら海外の宝飾品が手に入ったら見てみたいとのことです。その際の交渉用にいくつか原石もお持ちしました。」
「ありがとう。そうね、勉強なんて性に合わないことをさせてしまっているから少しはご褒美も必要かしら。新しいデザイン案で悩んでいるのね。息抜きは許可しているけどそちらばかりになっていないといいのだけど」
試験勉強。
魔獣から取り出された魔石を加工するための国家資格の勉強をさせている。
以前、違法加工で捕まっている分、知識はあるようで余裕だとはじめは言っていたが中盤から何やら不穏となってきた。
クルクマやほかの職人も仕事時間に勉強の時間を作ってもらっているがトリトマが一番遅れていると工場長から報告を受けている。
この工場長はギルド経由で募集した魔石加工の職人であり、指導と管理を任せている。
「ええ、お嬢のお誕生日用でだいぶ悩んだ様子だった。」
「うれしいような悲しいような。解ったわ。原石や装飾品が海外で売れるのかも気になっていたし、丁度いいわ。近いうちに届けるから、スターチスはこの後どうする? 夕食一緒に取る?」
「いえ、街の様子が見てみたいのでダンジョンの街に何かほかに必要な店舗があるかどうかも見てこないといけませんでして」
「いろいろ考えてくれてありがとう。」
そう言って私は巾着を渡す。
「今回は必要経費で落としていいわ。」
「ありがとうございます。」
手をふってドアから出ていくスターチスを見送る。
ローマンに顔を戻し
「自治会を作りましょう。」
唐突に、しかも聞かない言葉を言われローマンの頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。
「自治会ってのはね。各地区で親睦や共通利益の促進や地域のための話し合いをする会よ。そうね。自治会っていうよりも地区会の方がわかりやすいわね。各地区で代表を立てて、領地会議を年に一回二回開きたいわね。」
「なるほど、確かに地区分けをしたのなら各自で取り決めをしてもらった方が伝達性も上がりますね。」
「意見をまとめてから上げてもらった方が楽だしね。」
鉱山地区だけでも決めるのが大変だった部分もある。
「鉱山地区は鉱山とダンジョンで分けて、地区会で意見をまとめるなり、個別でなり決めてから上げてもらった方がいいわね。別荘地区も必要だし、商業地区ってことにしてあるこの領館付近はまた別のくくりにしましょう。そのあたり、お願いできる?」
「かしこまりました。」
さてと、と、立ち上がり、その姿をスカミゲラに替えた。
「いったん帰宅します。」
そろそろネリネがしびれを切らしそうだ。




