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保護区のこともあるが、同時に領主としての仕事もある。
「ローマン、そっちは終わりそう?」
領地に来て三日も立ったが公爵家との交渉へ向けての動きは怖くてまだ進めずにいる。
ひとまず、飛来するドラゴンは今のところおらず、一日目に出くわしたドラゴンが領館横で寝て過ごすためか、民は何かしら僕らが動いているという感覚はあるようだ。
「街の方は終わります。自警団の協力もありますから港地区から順繰り登録は進められています。」
「ドラゴン被害の現場の状況は?」
聞くとエキナセアが地図を広げ、資料を出してくる。
「修復魔法で六割ほどが復旧、残りも今週中に終わりそうです。」
「領の船ってのはどうなったの?」
前領主は船を持っていた。
その船もドラゴンにより破壊され、優先順位が低かったこともあり、残骸を残して港の復旧が先に行われたと記録があった。
船は大小八隻、年数の経過で新たなに船を購入した民もいるが漁や貿易船はあって困る物ではないだろう。
「港から程よく離れた場所に倉庫がありまして、そこに押し込まれていました。あれを原型に戻すのは至難の業ですね。」
「粉々でないならなんとかなる。木材もストックがあるし、明日の早朝に向かう。」
「かしこまりました。転移魔法陣の準備をしておきます。」
「よろしく。ああ、あと、デンファレの便箋セットを余裕があったら取ってきてくれないか?」
「かしこまりました。」
苦笑いのエキナセアが港へ飛んだ。
いつまでもうじうじしていられないがあまり他の貴族と関わりたくない。
どこでどうゲームにつながるストーリーになるのかわからない。
今のところ殿下とデンドロルート以外でデンファレ自らが動かない限り断罪になる流れは無い。
現在最も安心できるのがアリウムのルートだろう。
婚約者となるはずだったエイサー・メイプルに嫌悪がある。
あの後エキナセアに集めてもらった情報ではすでにエイサー本人は別の人物との婚約の話が進んでいるということだった。
ネリネ・クレソンルートもどうやらここ数日で急激に婚約の話が進み、クレソン七歳の誕生日で正式な婚約者になるという手はずで進んでいるようだ。
その理由には反対していた母上が妊娠したというのもある。
弟殿下と同い年の子供となれば妃でも姫夫でも家柄としては十分ふさわしいだろう。
本人とはかかわりはないが父親との接触を果たした魔術師兄弟と騎士兄弟の各ルート。
騎士兄弟の兄ヴィオラはアリウムと同じルートのためライバルキャラ不在に、ヴィオラの婚約者は脳筋設定の兄並みに頭が弱い。
身分が子爵のため学校にはいるが家計は平民並みだったはず。
そういえば、領地は持たないがタウンハウス以外に別荘という形でどこかの公爵家の領地で年間のほとんどを暮らしていた気がする。
貴族のため、貴族学校の入学は必須。
貴族の中にも上と下があり、伯爵以上からすれば男爵以下なんて平民と変わらない。
そんな上位の者の目に留まらないように秀ですぎることも目立つこともせずにいる生徒も多い。
その中ではヒロインに並ぶぐらい目立つ存在ではあったがお馬鹿なためかいじめられることはなく避けられていると行ったところだろう。
僕もかかわりたくはない。
遠い目をしているといつの間にか時間が経っていた。
手元の作業は勝手に進んでいたようで机の上はきれいに片付いている。
意識が戻った原因であるノックの音に返事をするとエキナセアが入ってきた。
ローマンと違ってノックをしてくれるいい子だ。
「魔法陣の設置完了いたしました。あと、レターセットと殿下からのお手紙です。」
「殿下?」
何だろうか。
そう思ってペーパーナイフで封を開ける。
内容はユッカ弟殿下の生誕祭を行うが新領地に集中してほしいとのことだった。
つまり、産まれたその場にいた以上、参加しなくてもいいということだ。
ありがたい。
そして
「なんで殿下が公爵との交渉を知っているんだ?」
「旦那様からでしょうか?」
いや、お父様のことだからまだ陛下にも話はしていないだろう。
殿下に話が下りるにしても早すぎる。
どこから漏れたのかと考えると最終結論は
「デンドロだろうな。お父様からどう聞いたかは知らないが」
だが、手紙の内容は公爵家へ行く用事があるためともに行かないかともある。
殿下への返事は保留し、自らの力でひとまず公爵との交渉をしよう。
婚約者だから殿下の力を借りたなんて思われたくない。
貴族の、しかも王家の血が濃い人物に手紙を出すなんて、殿下からとは勝手が違う。
相手が子供ではなく、大人相手だということもあり、時間をかけて文章を考え、きれいな字で清書していく。
小一時間ほどかけて書き終えた物にデンファレの花の封蝋印を押し、エキナセアへ渡す。
「急ぎじゃない。誰か手の空く者に行かせて」
「かしこまりました。」
「今日は移動も多くて疲れたでしょう。ローマンに言われたことも終わっているならもう休んでいい。明日朝一で出かける。」
「スカミゲラ様も早めにお休みください。」
そう言って下がっていくエキナセアを見送り、椅子に座ったまま、大きく伸びをした。
休みたいのはやまやまだが、明日でかけると決めた以上、もう少し進めたい作業がある。
机の引き出しを開け、書類の束を机に置くとドスンと音がした。
HPは無限のため減らないが、ストレスで気力の方は減っている。
領主って大変なんだなと改めて思ってしまうと、お父様は幼いことからの勉強とお爺様から引き継いだという経緯もあるが、アマリリスは父上のサポートをほとんど受けずに貿易で領の経営を安定させている。
チートの自分とはわけが違う。
すごい物だと思ってしまう。
クレソンと結婚しても領地が安泰だろう。
このまま魔獣討伐にのめりこんで家に帰らないなんて方向にはしたくないし、脳筋に拍車をかけるわけにもいかない。
婚約を期にクレソンの行動も教育もコントロールできるものになればいいが、うまくいくだろうか。
アマリリスからしたら幼い友人から、婚約者だけど弟のような物に変わるだけだろう。
泣き虫以外で悩むことがあれば、僕が作った数々の原因だろう。
悩ませて申し訳ないが二人で話し合う時間が作れるならまあ、いいか。
ゲームでは泣き虫すぎて話もできないという設定でもあった。
うまくやってほしい。
そして無害になってほしい。
手紙の返事は早々に来た。
日時指定で、さらに時間も指定された。
だが、転移魔法陣を設置するため気兼ねなくとのことでさすが公爵家。
王家とのつながりは強いようで、私の魔法陣を手に入れたのだろう。
そんなわけで、お出かけ用のドレスに着替え、新調した仮面は港で見つけた海外の輸入品で、とても軽い磁器。
陶器よりも軽い磁器だが、さらに軽いというのが特徴で仮面サイズのお皿で比べてみたがプラスチックかと思うほどの軽さでとても快適だ。
焼き物のため独特な模様もあり、何でも仮面を付けるのが当たり前の国があり、そこでいかに軽い仮面を作るかという研究の結果、産まれた磁器らしく、今のところはこの領地でのみ仕入れている。
魔法がない国からすると冷蔵庫や扇風機のような魔法道具を輸入し、魔術師を雇って王家をはじめとした上流階級のみが使える贅沢な品を輸出している。
この領地、と、呼ぶのが手間のためシンビジュウム領港地区、保護地区、鉱山地区などと呼ぶようになった。
「では、行ってくるわ。」
「本当に一人で大丈夫ですか?」
私が嫌々と言っていたこと知っているエキナセアが心配してくれるが
「大丈夫よ。度胸はあるから、それよりも、ドラゴンの飛来に注意して、しっかり誘導して頂戴。」
一日目のドラゴン、名前がないため見た目からクロと呼んでいる。
未だに領地を離れてくれないため保護地区の外観だけ先に作り、そこに移ってもらった。
領館にずっとドラゴンがいるという噂は民には広がっており、新領主は何をしているのかと陰口を言われているらしい。
時計を確認し、早すぎず、ぎりぎりにならない時間を見越して移動する。
「お待ちしておりましたデンファレ様。主がお待ちです。」
転移陣の前で待っていたメイドの案内でサロンではなく、応接間へ移動する。
「久しぶりだな。デンファレ嬢。」
ドアが開けられ中へ一歩踏み出すと聞こえた声に急ぎ視線を向ける。
「殿下……に、お兄様、ネリネ様まで、なぜこちらに…?」
いや、手紙が来た時点で仲介すると言っていた以上、予想ができたことだろう。
あまりに嫌なこと過ぎて忘れていた。
ハッとなり、殿下よりも先に挨拶すべき人物のことを思いだし、スカートを摘まみ、カーテシーをする。
「失礼いたしました。お初にお目にかかります。シンビジュウム領より参りましたデンファレ・ラン・オーキッドと申します。」
出入り口から一番離れたソファーに座る人物へ礼をする。
まとう空気は重い。
「まあ、座りなさい。」
新たに出された紅茶の前の椅子へ座る。
手紙を片手に領主アガベ・ラン・リュウゼツはけだるげに口を開く。
「要約すれば領地の一部が欲しいということだが、詳しく説明してもらおうか?」
威圧的。
だが、
「アガベ殿」
殿下の声は楽しんでいるように聞こえる。
だが、
「殿下、私は手助けを必要としていないとお返事したはずです。自分で交渉すると」
「もちろん。今日は私の勉強のためにここに来た。デンファレ嬢の手腕を見せてほしい。」
余計緊張することをしないでほしい。
殿下の左右に座るデンドロとネリネ。
ネリネは通常運転の様だが、デンドロは緊張しているのが顔でよくわかる。
余計にこっちも緊張しそうである。
「領地が欲しい理由からお話してもよろしいですか?」
「ドラゴンがいるという話だが」
ドラゴンが領地に度々飛来してしまう理由、そこから領地としてできること、ドラゴンとの共存、民の安全、保護区という形について話をしていく。
「では、ドラゴンのことだけに絞れば、共同の保護区でもいいということだな。」
「それもそうなのですが、領地の現状打開には売却という形で進めたく思っております。」
鉄道の開通、二分している領地の統一が目的であると素直に話せば
「手の内をすべて話すことで不利になることは多い。」
「今回、不利になることがあるとは考えておりませんので、お話しております。」
そう言って殿下へ視線を送ると紅茶のカップに口を付けているところで驚いた顔に変わる。
「それもそうだな。適正価格での売却で話を進める。」
「よろしいのですか?」
公爵には何の利益もない。
土地の一部なんて微々たるものだろうが、
「では、鉄道を我が領にも引いてもらおう。港へ行くにしても、王都へ行くにしてもこの地は不便だ。」
王都へはリコリス領を経由する。
大きな道が数本あるが、どれも目立ち、山賊に襲われたという報告を受ける父上をよく目にする。
「それならば、我が領地にも」
話に入ってきたのはもちろんネリネだ。
移動手段の主が馬車のため鉄道となると元手がかかる。
レールや駅の設置のみならばそこまで費用をかけずともできることだ。
「スカミゲラのこともあり、迷惑をかけていることだろうが――」
「いいえ、スカミゲラにはいつも助けていただいていますし、アガベ様は慣れ親しんでいるリコリス領経由の方が楽でしょう。最短ルートでもあります。こちらの件が落ち着き次第、鉄道運営についてのご相談に伺うと思う旨を当主様へお伝え願えますか?」
「解った。」
思いのほか落ち着いた形で話が終わってよかった。
夕食のお誘いもないため早々に失礼しようと思っていると
「デンファレ」
デンドロが口を開く。
「おめでとう。父様に聞いていた以上で驚いた。」
いったいお父様は何をデンドロに話しているのか気になりつつ、
「お父様が何をお話になられたかは知りませんが、私の領地です。領民のためにならなんだってしますわ。それが領主でしょうし、皆の命を預かる身である以上、生活水準も収入ももっと上を目指せるように作り替え続けなくてはなりません。」
デンドロは少し驚いた顔をする。
こうして面と向かって自分の意見を口にすることは少ない。
特にデンドロや家族、殿下の前ではなおさらだろう。
「書類は王宮経由でよろしかったでしょうか?」
「ああ、陛下の捺印が必要だからな。」
「では、ほかの案件もありますゆえ、失礼いたします。」
アガベ様に一礼し、殿下や兄たちにも礼をしてから部屋を出た。
玄関前まで来て転移魔法で帰る旨を伝え、魔法を使おうとすると
「デンファレ嬢」
殿下に呼ばれる。
「どうかされましたか殿下?」
「これといった用事ではないかスカミゲラに近々王宮で会わないかと誘ってほしい。」
「あの子はいきませんよ絶対。」
後を追いかけてきたネリネに視線を送ると
「殿下、何度も言っているではありませんか。スカミゲラはデンファレ嬢と魔獣以外に興味がありません。」
「解っている。だが…」
どうも渋る殿下に一度ぐらいの顔合わせならいいかと思い、
「あの子はまだ六歳です。七歳になったらもう一度お声がけください。」
礼をしながら転移魔法で領館に戻る。




