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「何かお困りごとですか?」
「いいえ、挨拶に伺いました。」
「挨拶?」
青年の少し間抜けな声に奥からさらに二人が顔を出す。
オーキッド領にも自警団は存在するが内部組織は領それぞれ、ここがどういう仕組みで動いているのかわからないが年齢からしたら青年の上司と思われる二人だった。
「私はシンビジュウム領で管理人をしていますローマン・カミツレと申します。」
「シンビジュウム領って二つとなりの領ですよね。確か、殿下の婚約者様の領地でしたっけ?」
上司の一人が聞く。
聞きつつもその視線は僕ら子供に向いている。
「はい。デンファレ・ラン・オーキッド様の領地の者です。この度、国王陛下のご命令でこちらの領地の新領主にデンファレ様が付く運びとなりまして挨拶に参りました。」
「……新、領主、ですか?」
そんなの聞いていないという顔をされるがそれもそうだろう。
先ほど契約を交わした足で来たのだから
「明日にでも正式にお触れがあるでしょう。一足先に来てしまったので現状の把握で回ろうかと思い、ひとまず、自警団の方へ顔を出した次第です。」
「それは、ご足労ありがとうございます。ですがここは出張所でして屯所本部はこの先南の街なんですよ。」
「では、明日にはそちらに、今日はこの辺りの説明をいただきたいのですがどなたか手の空いている方をお借りできませんか?」
「でしたらこいつを、一番下っ端ですがこの街の出身ですのでこき使ってください。」
「セロシアです。」
きれいに九十度のお辞儀をするため
「スカミゲラです。デンファレ様の従者になるため勉強中です。よろしくお願いします。」
と、返しておく。
バンダも隣で名前だけ言う。
屯所を出て街の説明をされながら昼食を取り終わったころ、街から少し離れる。
そこにはドラゴン飛来の痕跡がいくつも残っていた。
「ドラゴンは何の目的でこの地に下りるのですか?」
「はい。主に飛来するのはオスのドラゴンと推定されます。どうやら隣の領地との境目の山にメスのドラゴンが住み着いているようで、山に入る前の一休みといったところでしょう。メスのドラゴンは少ないといわれていますから狙ってくるオスは多いです。」
なるほど、王宮での報告にはそんなことはなかった。
痕跡を眺めていると急に空が暗くなった。
「スカミゲラ」
バンダに呼ばれ、上を見るとそこには翼を広げたドラゴンがおり、どうやらこの地に下りるようだ。
セロシアがドラゴン撃退アイテムを取り出すが
「そんなもので効果があれば、飛来してこないだろう。喧嘩を吹っ掛ける前に話合わないと」
「ドラゴンと話なんて⁉」
まあ、当たり前だが無理な話だ。
チートでなければ。
ドラゴンスレイヤーの遺伝スキルは殿下の持ち物をゲームで模倣し獲得した物で、さらにイベントで獲得した竜の寵愛や竜の申し子なんてスキルも持ち合わせることからおそらく対話ぐらいたやすい。
降り立つドラゴンはまっすぐと僕を見てくる。
さて、言葉は通じるのだろうか。
『僕の言葉が解りますか?』
思いつきで念話を飛ばすと
『解る。お前は何者だ。なぜ我に話しかける。言葉がわかる。』
『いろいろとイレギュラーなもんでして、話しかけたのにはお願いがあるのです。』
『願い? 人の子の願いなど、聞く意味もないが、聞くだけ聞いてやろう。』
弱ツンデレなドラゴンだなと思いながら話を続ける。
『この地への飛来をやめていただきたい。』
『それはできない。女王が目覚めるその時まで』
「女王?」
「デンファレ?」
バンダが聞いてくるがその言葉に顔をしかめて返す。
『女王が目覚めないとはどういうことでしょうか?』
『眠りに落ちた女王の元へ食事を運んでいる。そうでなければ死んでしまう。』
『それもそうですね。それを持ち回りで行っているんですね。いつも違うドラゴンが来ると聞いています。』
『そうだ。女王は人間の主人を待っている。自分の元まで来られるような魔力と勇気を兼ね備えた人材を』
なるほど、ならば
『食事の運搬は僕らが行うので、度重なる飛来をやめていただくことはできませんか?』
『それはできない。』
断られた。
では、どうしようか。
「スカミゲラ、ドラゴンは何といているのですか? 女王とは?」
ローマンが何を話していたのかとしかめた顔で聞いてくる。
今日は機嫌が悪いのか?
「境の山にどうやら女王と呼ばれるドラゴンがおり、そのドラゴンの元へ食事を運んでいるそうです。それを替わりにするから飛来をやめられないかと聞いたら断られました。」
セロシアが明らかに肩を落とす。
ローマンは持っている地図を開いた。
「国境の山はここです。なぜ一度この地に下りる必要が?」
ローマンの質問をドラゴンにもしてみると
『山への結界を通過するために一度下りる必要がある。』
「だってさ」
山に結界なんてあっただろうかと思いつつ、人間の張る結界と魔獣の結界は違うことは研究者の発表で知られている。
「では、ドラゴン飛来ポイントを同じ場所にしてもらえないでしょうか? 街の近くでは困ります。」
『ポイントの指定はできますか?』
『お前らが騙し、我々を狩る気がないとわかればよいだろう。』
「確かに密猟者の対策は必要だな。」
自警団へ向かう前にドラゴンの事柄を片付けるが優先だな。
「予算案にドラゴン保護地区を作る。飛来ポイントであり、密猟者から守る地域は領民でも立ち入りを禁止する。」
「共存のための施設という説明を民へしなくてはなりませんが皆が納得してくださるかはわかりません。」
「もちろん。でも、納得させずとも安全で安心な生活を送るために必要なこと、無理にでも進める。」
ここは強気に攻めないといけない。
そもそも、陛下の期待がそこにあるということは解っている。
流れる血の一部がドラゴンであり、ドラゴンの被害を受ける民がいる。
打開策を僕らが出すだろうという期待で領地を託したのだ。
契約上、金銭授受なく譲り受ける形で手に入れた土地のため、成果を出さなくてはならない。
まあ、出さずとも婚約破棄程度で終わるだろう。
あえての破棄の方向へ持って行くこともできるがおそらく僕にしかできないだろうドラゴンとの会話が成立した以上、私欲で動くわけにはいかない。
優先すべきは民とドラゴンの共存だ。
領館にもどり、土地管理の地図を見る。
シンビジュウム領と同じく、領主の持ち物である土地を民は借りているという形である。
それは領主不在時も継続で土地代は王宮からの代理人が維持費として運用していいたようで、記録は細かく残っていた。
「ローマンは土地の貸し借りから領民の登録簿の用意を、エキナセアは付与をするからドラゴンの女王の確認を、バンダはセロシアと街へ行ってドラゴンに被害の状況の把握をしなさい。」
三人はすぐに分かれて行動を始める。
「あ、バンダは魔獣関連の被害の把握も」
「やった!」
嬉しそうに言うためセロシアが驚いた顔をする。
六歳前後の子供が魔獣で喜ぶなんて不思議なのだろう。
女王の居場所の把握からエキナセアが戻ってくるのに時間はかからなかった。
領館の外で先ほどのドラゴンが待っていてくれたようでエキナセアを連れていってくれた。
先ほどは簡単に近づけさせないようなことを言っていたがどう言うことなのかと思っていると
「どうやら私は女王に絶対に選ばれないそうです。」
「なぜ断言できる?」
「そこは教えてくれませんでした。」
「まあ、そのうち聞けるだろう。保護地区の予定地を三つほど絞った。」
地図を広げ、マル印のついた部分を指さす。
「女王のいた場所はここ」
領地境の山にある渓谷に眠る女王はアルビノのドラゴンだそうで密猟者に狙われやすい。
さらに魔力の塊である魔獣の最上位であるドラゴンは個体によってはダンジョンのラスボスに匹敵する。
知能が好暮れているため人間と争うことは少ないがその大きな体は恐怖の対象。
古来よりドラゴンを討伐するための道具は山のように作られている。
その結果、密漁により、宝石よりも価値の高い鱗や牙、羽根などが奪われ、体を覆う物がなくなったドラゴンは傷が癒える前にほかの魔獣に襲われ命を落とすことも多い。
ドラゴンが人間を襲うことはまずない。
襲われるのにはそれなりの理由がある。
特に友好的なドラゴンはその理由があろうとも反撃してくることはまずない。
好戦的なドラゴンはただ単に気が短いだけで、町一つ壊滅させたという話を聞いても、理由はドラゴンの住処に侵入し、卵を持ち出したなどであり、ドラゴンが悪いわけではないのだ。
女王が友好的か、交戦的かはわからないが早めに対処しないと密猟者に見つかってしまう。
特に眠りに入っているとなると警戒心は低いだろう。
「飛来後に徒歩で移動するドラゴンも多いそうなので最も近いこの地点が良いでしょう。」
「でも、そこだと隣の領への許可取りが厄介だろうな。魔獣の保護地区でももめるのに、ドラゴンだなんて」
「そうですね…。」
エキナセアと地図を見つめてにらめっこの状態になる。
地図を見つめ、領地内を見渡していると
「線路は領館まで来ていないのか。」
「そのようですね。鉄鋼資源の無いこの地では海から街まで引いただけすごいことですよ。」
地図に示された短い線路と二か所の駅に印をつける。
鉄は決して高価ではない。
シンビジュウム領で出た鉄も王都周辺では飽和状態で安価であった。
でも、鉱山を持たないこの領地は険しい山を越えない限りたどり着かず、主に王都ではなく、国外との貿易で利益を出している。
隣接するオーキッド領ですら交易がない。
「トロッコのレールだけでもシンビジュウム領とつなげたいけど、間の公爵領が邪魔だな。」
陛下の父の弟が高齢ながら領主を務める領地が間にある。
貿易品を王都へ持って行くことを考えるとオーキッド領を経由してもいいが、この領地とオーキッド領が隣接するのは海辺の一部のみ、それぞれの領地の間には男爵領がある。
リコリス領とは全く隣接はしておらず、最短ルートは公爵領を通過すること、でも、そこにはドラゴンの女王の住処もある。
「ひとまず、陛下へ連絡を入れないといけないな。お父様へ手紙を出そう。」
現状報告と問題点を書き、転送装置で送ると数分で返事が来た。
「旦那様は何と?」
「えっと……ん?」
手紙には完結に交渉するようにとあった。
交渉って、誰と? の状態である。
まさか公爵領主に土地を譲れと交渉するのか? まじか。
できるかな?
不安で一人顔をしかめているとバンダが戻ってきた。
「何してんの?」
「お父様からの手紙が解読不能なんだよ。」
そういうと肩口に顎を乗せ、手紙を覗くバンダだが、出した手紙の内容を知らない以上、首を傾げる。
エキナセアが簡潔に事の流れを説明すると
「がんばれ」
他人事だ。
頬と頬をくっつけ押し付けてくるが八倒してやりたい。




