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王都へ戻って一か月、殿下の生誕祭が行われたが今年は家族水入らずということで会場には来ているが殿下、陛下、王妃様や側妃様たちのいる別室に家族で呼ばれただけで、パーティーには参加しない。
「お誕生日おめでとうございますわ殿下。」
「おめでとうございます殿下。」
「ありがとう二人とも。」
デンドロと並び挨拶をする。
バンダはというとバニラを抱いたお母様と一緒に側妃様の持つ大きな卵を見ている。
その輪に私たちも入った。
「この状態でもう二年。産まれることなくこのままなのではないかと最近考える時間が多くなってしまって」
そう言ったのは卵の生みの親である側妃様。
その顔はやつれていることがよくわかる。
この国には稀に獣人と血の混ざる者がおり、その代表が王家。
ドラゴンの血を引いている。
側妃は王家から別れた先々代の王弟陛下の家系から嫁いできたため運がいいのか悪いのか、卵による出産となり、現在は膝で抱えるほど大きさとなったが、はじめは手のひらサイズだったと聞いている。
産まれたばかりのバニラよりも一回り、二回り大きな卵だが、バニラはお母様の二年ほど前までの体調もありほかの赤子に比べ小さい。
ドラゴンの抱卵期間が明確にわかっていない現在、卵の孵化がいつなのか、誰もわからないのだ。
「健康で元気な子が産まれること願っていますわ。」
「ありがとうございます。」
そう言って、側妃様は卵を抱えたまましゃがみ、私とデンドロによく見せてくれた。
デンドロが手を伸ばし、撫でるように卵を触る。
それを見て、お母様もバニラを抱いたまましゃがみ、私の顔を覗くため手をのばしてみた。
その動きに合わせるようにバニラも卵に手を伸ばしている。
二人で卵に触れたその時、
「え?」
卵が中からノックするように震える。
何かしてしまったかと急いで手を引いた。
「これは……」
やってしまったか。
魔力は全く注いでいないし、何だったら魔力が振れないように抑え込んでいる。
ばッとお父様の顔を見るが
「落ち着きなさい。これはきっと」
そう言っている間も卵の振動は続く。
バンダを引き寄せ、
「何かあったら領地お願いね!」
「何もないよ。」
呆れた声が聞こえるが右から左へ流れていくだけだった。
本当に大丈夫だろうかと私一人、不安な顔をしていると肩を誰かに叩かれる。
振り返ると殿下がいた。
「孵化のときだ。心配ない。」
孵化、孵化…。
え?
「産まれるんですか?」
「おそらく中から殻を割るために叩いている音だろう。心配ない。」
そう言って手を握ってくれる。
心配して損した。
と、までは言わないが見上げれば大人たちの顔は喜びの色に満ちていた。
特に王妃様とお母様は側妃様の緊張した顔に笑いかけている。
バニラがもう一度手を伸ばした。
卵に触れると、そこからひびが入っていく。
どうやら私ではなく、バニラの魔力に反応したのかと思い、鑑定を発動する。
バニラ・ラン・オーキッド
生後一か月
レベルLv,30
スキル:天使のほほ笑み、悪魔の目、目覚めのキス
なんだこれ?
この子、将来どうなるの? お姉さん心配でたまらないよ。
天使で悪魔で王子様にでもなる気か?
妹を疑問を持つ目で見ていると今度はお父様の手が肩に乗る。
「産まれるぞ。」
卵に一周ひびが入ったと思うとひょっこりと顔を出したのは
「ど、ドラゴン…?」
真っ赤な鱗に青い瞳のドラゴンだった。
デフォルメされたミニキャラのように床に下りると少し歩いてしりもちをつくように座り込むと大きくあくびをする。
その間、背中のちいさな翼がひょこひょこ動いているのが可愛い。
顎から胸、腹、長い尾の裏までがクリーム色の鱗になっており、本当にイラストで描いたようなミニドラゴンだった。
「まあ、なんて可愛いのでしょう。」
母親である側妃様は放心状態なので、別の側妃様が抱き上げ、陛下の元まで運ぶ。
陛下の懐に入ったドラゴン基、弟殿下は瞬きをゆっくりしながら眠りについた。
「殻を破くのに疲れたんだろう。お前も疲れているだろう。先に休むといい。」
「……あ、はい。お心遣い痛み入りますわ陛下。」
卵をその場に置き、側妃様は急いで我が子を抱きしめた。
ほころぶ口元は誰にも負けない聖女の様だと思ってしまった。
ずっと手を握っている殿下へ振り返り、
「弟君の生誕、喜ばしいことですわ。おめでとうございます。」
「ありがとう。来年以降からはもっと賑やかになりそうだな。デンファレ嬢も社交が始まる年でもあるしな。」
「経営がありますので、社交に出ることは少ないですけどね。」
ふふふッと笑っておく。
誰が出るものかと口に出さないように腕の力を強めると
「痛い!」
バンダの声に腕に抱き着いていたことを思い出す。
「あら、ごめんなさい。ところでバンダ。あなたしっかりお爺様のところで反省してきたの?」
「……それ、今聞く?」
「大事なことよ。領地に入れてあげないわよ。」
「ああ、デンファレ嬢に領地のことで話が合ったんだ。少しいいかい?」
すっかり父親モードの陛下がそのまま私に話しかけるため驚いてしまうが、仮面の下で表情が解らなくてよかった。
とはいえ、私の様子にすぐに気づいた王妃様に扇子で陛下の腕を叩かれていた。
座りなおして話を聞こうと思うがなぜか殿下とお父様に挟まれる形で座ることになってしまった。
これって、結構大事な話なのではないだろうかと内心冷や汗と期待が入り混じる。
お茶が出され、皆が口にするため、私も仮面をずらしてカップに口を付ける。
「領地にダンジョンが現れ、旅客も増えただろう。」
「はい。定住者も増え、やっと領地らしい形となって来ましたわ。」
「とは言っても農作物の出来が悪いのではないか?」
なぜ知っているのかと思ってしまうが、前領主の報告だろう。
「はい。ですが私が雇っている者の食事程度には収穫できています。街には八百屋や精肉店もできましたし、王都への道の整備はもともとできていましたからこれといった問題はありません。」
「いや、今後民が増えれば食事に関して問題が起こりかねない。ダンジョン内への転送も考えているのではないか。魔獣が食べれたものではないという報告は上がっている。」
さすがに話は通っているか。
ならば、何が言いたい?
「二つ離れた場所ではあるが前領主の没落により、国に返還された領地がある。」
「陛下あそこは⁉」
お父様が反応した。
二つ隣となるとオーキッド領、もしくはリコリス領を挟んだ先か、公爵領を挟んだ先、つまりはオーキッド領とも海近くで隣接する数年前、ドラゴンの飛来により立て直しができずに借金で没落した領地が現在も買い手無しで国の監視下にある土地のことだろう。
領民の多くは以前と変わらない生活を送りつつ、時々飛来するドラゴンにこりごりしているという話だ。
そんな領地を買い取れということだろうか。
「デンファレ嬢はドラゴンという者についての知識は王妃教育の中で終わらせているな?」
「はい。友好的なドラゴンですら、民にとっては恐怖です。それに密猟者の出入りもあるのではありませんか? ドラゴンの飛来が多いことは私の耳にも入っています。」
陛下をうなずく。
それが何を意味しているのか察することができる私が面倒だ。
「ドラゴンの保護に当たれということでしょうか?」
「我が家系に流れるドラゴンをむげにはできない。それにデンファレ嬢のレベルであれば、ドラゴン程度、問題なかろう。」
その言葉にお父様の顔を振り返る。
少し、バツが悪い顔をしている。
言っちまったなこいつ。
少し考える。
確かに農作に酪農、海での貿易は領地としての収入を安定させるのに一躍買うが同じぐらいリスクもある。
一度の災害での壊滅が目に見えているドラゴンの飛来が続出する領地だ。
利益と損害を天秤にかけたところで現在も住んでいるという領民の安念も加えてしまえば答えなんて決まってきてしまう。
「……解りました。そのお話受けましょう。ですので、しばらく王妃教育をお休みいただけますか?」
「もちろん。カリキュラムがずいぶん進んでいるという。一年ほどは問題ないだろう。」
「ありがとうございます陛下。では、もう一つお願いが、リコリス家にスカミゲラを借りるということをお伝え願えますか? あいにく、私個人は現当主との面識はなく、この問題は私へ陛下からの依頼です。同行人の許可をいただきたい。」
「なぜにリコリスのスカミゲラを?」
聞いてくると思っていた。
仮面で見えないことをわかっていて万遍の笑みをたたえながら
「もちろん、私の従者ですもの。ついてきてもらわないと困ります。」
弟殿下・ユッカ様の生誕の発表で王宮が少しバタついたことと、数週間後にデンドロも七歳になり、正式に殿下の親友枠に付き、殿下関連で環境の変化が大きく、私のことまで手が回らないと遠巻きに言われたため
「何かあれば報告いたしますので、仮でも構いませんから領地の契約書をいただけますか?」
と、お父様経由で伝えてもらい、仮ではなく本契約をもらってきてくれた。
なので早々に新領地へ向かうことになった。
領館は前領主没落後から放置されていたためか傷みが進んでいた。
「ローマン、あとでお願いね。」
「今回も骨が折れそうですね。」
同行人にローマン、エキナセアを連れているのはいつものことで、
「デンファレ、あれなんだろう?」
これまたいつも通りにバンダも一緒である。
バンダが指さす方向には大きくえぐれた地面がある。
「きっとドラゴン飛来の痕跡ね。領館は後よ。街へ行きましょう。王宮への報告は自警団経由、屯所へ新領主として挨拶もしないとね。」
ダンジョン内でいちいち転移魔法の陣を描くことが面倒で思いついたことがある。
複製スキルがあったと思い出したのだ。
スキルをすぐに忘れちゃう。
ステータスを偽造してしまってから元を見るのが手間になり忘れがちだ。
スキルよりもアイテム頼みの時期だったのかもしれないが忘れるというのもスキルにあったのにどういうことだろうかと思ってもいる。
もちろん、作動中というテロップも出ていないため常時発動タイプではないようだ。
変更はできるのだろうか。
そのことはおいおい考えるとして、複写で魔法陣を地面にプリントさせ、街へ向かう。
町の入り口にも陣を複写するが人の往来が多い場での魔法陣は嫌煙されやすい。
幻術で隠し、永続するように近くの物へ付与をした。
消えたところで屋敷から近い街だ。
不便はない。
「すみません。自警団の屯所はどちらにありますか?」
通りかかった人は私の仮面をいぶかしみながらもローマンの問いが自警団に用事があるということもあり、
「この先の大通りとの交差点だよ。何かあったのかい?」
ローマンには気さくに話しかける。
元領主と民の近さがうかがえる。
だってローマンの服装はそれなりに良い物を着せている。
貴族と間違われるような装いだ。
そんな彼に物おじせず答える当たり、おかしな土地を押し付けられたわけではなさそうだ。
「何かといいますと、新たな領主が決まりまして、現状の確認に参りました。」
「領主? あんたがかい?」
少し雰囲気にとげが出た。
それもそうだろう。
前の体制を維持している現在の預かりは王宮。
そこから売られたと思うと気分の良い物ではないだろう。
「陛下より見込まれた我が主がこの度こちらの土地を収めることとなりまして、各地挨拶と現状把握のために来ました。」
「そうかい。現状把握よりも何より、ドラゴンを何とかしてくれ。」
捨て台詞のように最後はしゃべりながら歩き出し、早歩きに代わって離れていく。
周りの民もローマンの話にそそくさと離れていくようだ。
「現状、デンファレ様は表に出ない方が良さそうですね。」
「そうね。どこか路地でスカミゲラに変わりましょう。デンファレは屋敷にこもっているでいいわ。民には成果で示しましょう。」
近くの路地で一瞬にして姿を変える。
声をかけた男のいう通り、自警団の屯所すぐに見つかった。
人通りの多い大通りに面した屯所は本部ではなく、出張所のようだった。
「ごめんください。」
ローマンの声に奥からコップを持った状態で青年が顔を出す。




