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ブーゲンビリアの蔓にある棘を避けて地面に下りる。
そこにはオレンジの花が広がっていた。
「妻の花です。」
ヘレボルスが嬉しそうに言う。
「奥様は南の産まれなの?」
オレンジに咲き誇る花、クロサンドラ。
この国には自生していないため名前に使う人は少なく、貿易で仕入れ、植えている家庭が南に多い。
冬や北の寒さに弱いのが原因だ。
「隣国の産まれで、国柄ここでの生活になじめずにいるんですが…すみません。」
愚痴ってしまったという顔をするが
「いいのよ。国民の話を聞くのも王妃教育の一環といわれているし、結婚観に関してもいろいろと聞きたいわ。」
ごめん、ただの興味です。
「踊り子として来た妻にひとめぼれをしたことがきっかけで結婚したんですが、隣の南国は一夫一妻制で、そのことを聞いていて私も他に妻を持つことはしていないのですが、妻がほかの者から姫夫の誘いをされるのです。得に女性から」
「誰かの妻となると縛りが少ないから同性からの誘いは貴族ではよくあること、騎士にも広がっているのね。それだと、旦那様がいない今は危ないのではなくて?」
「今は団長の家でお世話になっているので大丈夫です。お嬢様と仲が良いのでお世話になっています。」
「あなたが私と気軽に話してくれるのは魔術団長の娘さんを知っているからなのね。」
ハハハッと軽く笑った後
「ジェレ様よりもデンファレ様の方が子供らしくないというとあれなんですが、その、何ていうんだろう…」
「言いたいことはよくわかるわ。よく言われるから気にしないで、」
だが、ジェレが予定通りの明るい性格に育っているようだ。
ほか二人の兄弟情報も欲しい。
「上の息子さんは確かリコリス家のネリネ様と同い年でしたわよね。」
「そうです。デンファレ様の二つ上で魔術がとても優れております。このまま成長されれば貴族学校にも入れるでしょう。ですが、下の子は…」
「クレソンと同い年よね? なにかありますの?」
「魔法を使うことをせず、気が付くとどこにもいないため探し回ることが多いそうです。その姿も最近ジェレ様のおさがりを着るようになったとかで、妻が心配していました。」
ほう、もうそんな女装の鱗片が出て着ていたか。
さらに隠密行動まで身に着けているとなるとこじらせ始めているのだろう。
「いつか奥様も一緒に皆さまに会ってみたいものですが、魔術団長は嫌がりそうですね。」
「そうですね。」
皆が一気に笑う。
光った物が話をしている間に見つかった。
今度が青い蝶が群がる玉だった。
小さな滝の水が当たり、滴る雫が石板の涙なのだろうが、赤い雫は無い。
「デンファレ様!」
玉を見ていた私へ隊の者が戦々恐々とした様子で駆けてきた。
「どうしました?」
「川の底に赤い玉が!」
また炎の玉だろうかと思い、向かうと、確かに玉はあった。
だが、赤というにはどす黒い血のような赤い玉だった。
なるほど、これが血の雫か。
では、これも何か意味があるのだろうが壊していいのか、今回は検証しなくてはならない。
「転移魔法の陣を描きましょう。魔術団長様とレベルの高い魔術師様に来てもらい、遺跡と合わせて検証してもらわなくてはなりませんね。」
「壊せばいいのでは?」
ヘレボルスも壊したいようだが、時間の話があった前回と違い、今回は特に何かあるとは書かれていなかった。
案内の蛇のような存在もいない。
「あ」
隊の一人が何かに気が付き声を出す。
その視線は私を見ている。
正確には私の上だが
「どうかした?」
「あの、蝶が…」
鏡をアイテムから取り出し、見てみると今はつけていないがよくつけることのある蝶のカチューシャのように青い蝶が頭に数匹止まっている。
「何か甘い物でもついていたかしら?」
特に気にせずにいると、だんだん吸われている感覚がする。
「……この蝶、魔力を吸うわ。」
「早く!」
ヘレボルスが急ぎ蝶を払ってくれるがすぐ戻ってくる。
「ヘレボルスいいわ。私の魔力は多少餌にされても問題ないわ。でも、あなたたちには群がらないのね。」
何の違いだろうか。
蝶どころかハエ一匹寄り付かない隊の皆。
ずるい。
間もなくダンジョン調査の期限であるこの日、氷の城までは到達できなかった。
ボス魔獣のレベルは千五百を超えてからは百ごとレベルを上げて魔獣が現れ、距離も離れた。
レベル二千まで到達してしまったためこれ以上の調査はやめようということで本日引き返した。
「調査し終えている地以降が進入禁止にいたしましょう。聖女の祝福があろうとこれ以上は難しいでしょう。」
「そうね。資材は外から取り寄せましょう。中にも案内所と救護所が必要だから、建物も必要ですし」
地図の作成は半分もすすんでおらず、まだ冒険者を呼ぶわけにもいかない。
今後隊員を増員し、地図の作成が優先されるという。
「デンファレ様、私たちは先にダンジョンを出ることになりました。」
つい先ほど、外との通信係が来たところだった。
何か報告があったのだろうか。
「王都に魔獣が現れました。現在結界に閉じ込めてはいるそうですが我々が戻るまで持つかどうかというところだそうです。」
「では、私も一緒に行きましょう。転移魔法で行けばすぐですし」
そういうと指輪を外し、近くの者へ渡している。
警告を覚えているようだ。
「場所は?」
「貴族街上空です。」
「空?」
飛行タイプには三種類いる。
鳥と虫と謎生命体。
謎生命体にはスライムなどが含まれる。
貴族街となると急いだほうが良さそうだ。
あほが息巻くか、馬鹿が逃げ惑うかで混乱しているだろう。
ダンジョンを出ると太陽光がまぶしい。
仮面を忘れていたと思い出し、つけてからタウンハウスへ向かった。
タウンハウスに到着すると口元にマスクのような面を付けたエリカが玄関の花を直していた。
「お嬢様、お早い……外の魔獣ですか?」
「そうなの。状況は知っているかしら?」
「エキナセアが結界に参加しました。呼んできます。」
エリカが走っていく。
その間、玄関から外を覗くと上空に結界に囲まれた大きなカブトムシがいた。
夏休みか?
まだ春なのだがと思いつつ、ドアを閉めた。
「デンファレ様!」
駆け足で階段を下りてくるエキナセアは団長二人を見てお辞儀した。
「状況報告」
「はい。」
二日前に現れたカブトムシの魔獣は西のダンジョンから出てきたボスの一匹だと思われるそうだが、鑑定の結果はレベル三百ほど、倒せなくもないという判断だったがあの固い外皮はどんな攻撃も防いでしまうため結果封印したという。
「ダンジョン持ち主の領主は?」
「リーキ領ですが現在領主はおらず、前領主死後、息子が分担して政務、領制を整えているようです。」
リーキ。
攻略キャラの一人の領地。
関わりたくない物だが、学校に行けば仕方なしでも会う。
担任になるのだから他のキャラのように学年が違うという理由で関わりを絶つことはできない。
そもそも関わるのは私ではなく、悪役キャラ達だ。
「ダンジョンまで誘導すべきか、ここで討伐していいのかの確認は?」
「おそらく王宮で、申し訳ありません。こちらには特に情報は」
「いいのよ。王宮へ向かいましょう。」
団長たちに声をかけるとエキナセアは下がる。
王宮へ転移するとフクシアが部屋の掃除をしているところだった。
「デンファレ様、今はまだダンジョンでは?」
「貴族街の魔獣のことを聞いて戻ってきたの。」
「我々はここで、」
「お疲れ様」
ここまでくれば私に用はないといわんばかりに二人は行ってしまった。
別にいいが何かほかに言うことはないのだろうか。
もう慣れてしまっていると言ったら終わりだろうか。
フクシアの案内で私も状況を聞くためにお父様の元へむかった。
「お父様、今よろしいでしょうか?」
「戻ってきたのか。貴族街の魔獣か?」
「さすがお話が早いですわ。リーキ家の次男の方がお父様の部下におられたと思ったのですが?」
そういうとお父様は目配せをし、近くにいた従者に呼んできてもらうことになった。
久しぶりのおやつを摘まみながら待っているとなんだか気弱そうな男が
「お呼びでしょうか‥‥?」
自信なさげにやってきた。
カブトムシ魔獣の話をするとリーキ領のダンジョンには昆虫系の魔獣が多く、寄り付くのはレベルの高い冒険者のみ、そのため、勝手がわかっていることもあり放置しているという。
「では、私が討伐してしまっても問題ありませんね。」
「あ、はい。なにも問題ないと思います…」
ならいい。
これ以上関わりたくもないため、
「お父様、私が討伐してそのまま領地へ帰りますので」
「騎士団には伝えておこう。あいつからお前は元気にしているかと手紙が来ている。たまには書いてやれ」
あいつとはお母様だろう。
デンドロやお爺様も気にはしてくれているだろうが、あれ、バンダは何をしているんだろう。
「そういえば、バンダは何をされていますか?」
「あいつは領地で前領主の元勉強中だ。殿下の七歳の誕生を祝う式典があるため、それまでには全員戻ってくることになっている。お前もそれに合わせて戻ってくるように」
「かしこまりましたわ。それまでにはダンジョンも落ち着かせておきます。バンダがまた勝手に入っても困りますし」
タウンハウスへ戻って早々外へ出ると騎士団が数名集まっていた。
攻撃に関しての相談中の様だが、
「許可が出ましたので失礼します。」
そういうと
「あの子って殿下の婚約者の…?」
「デンファレ様だ。今はダンジョンにいるって話じゃ…」
ざわざわする声に混ざりそんなことが聞こえてくるが無視だ。
アイテムから晴天の霹靂という名の槍を取り出す。
それを見て、一気に皆が退散していく。
なんせ三メートルほどあるのだ。
身長の三倍近くある。
それを大きく振りかぶり投げた。
周りから
えー!
なんて声も聞こえるがこれも無視する。
飛んでいった槍は結界を簡単に破り頭部と胴体の関節に刺さった。
槍には鎖が付いており、私の手元までつながっている。
そこに火属性の魔法を流せばカブトムシは暴れだす。
再び私の結界で囲みなおし、体内から焼けていく感覚に暴れているが焦げ臭い匂いが結界を張る前から漏れ出していたことから周りが鼻をつまんでいる。
結界の中で燃え尽きるまで数分。
その間に団長たちも到着した。
「オーキッド侯爵から報告をいただきましたがこのレベルをひと槍とはどういうことですか?」
魔術団長に言われ、笑顔を返す。
「レベル二千の出るダンジョンの奥まで行ってきたのですよ。こんなレベルの魔獣が倒せずになんのためについて行ったというのです?」
嫌味っぽく言ってみたが向こうも
「“待て”もできないんですか?」
「“待て”も言われてませんわ。」
またも周りがざわめく。
魔術団長って団員に嫌われているのではないかと思ってしまう。
私も同じ程度に嫌われそうだが嫌われていいと思っているしいいや。




