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魔獣の巣の直前に転移魔法陣を描いて、今日はここまでにしようと帰ることにした。
転移魔法で外に出ると
「ぐえぇっ!」
急に抱きしめられ、誰かとにらむとそこにいたのはアマリリスだった。
「……なぜ姉上がここに?」
「あなたがいけないのよ!」
理不尽だ。
何も知らないのに怒られた。
「どういうことですか?」
ダンジョン前にベンチを出して座る。
エキナセアはすでに怒られたのか暗い顔で紅茶を持って来た。
「クレソンから全く連絡が来なくなって何日経つと思っているのです! それで様子を見に来てみたらみんなでダンジョンに入ったですって! ふざけないで頂戴!」
御立腹の様子だが、ダンジョンに入ってまだそんなに立っていないはずだとエキナセアを見ると
「どうやら、このダンジョンは時間の流れが違うようで私どもが入ってから出るまで三日、スカミゲラ様が出てくるまではさらに二日とかかっていました。」
「……まじで?」
そりゃあ、心配かけただろう。
「探索隊は?」
「スカミゲラ様が出てくるまで待っていてもらっています。」
「では、デンファレ様にもお話がありますし、姉上、そろそろ離れてください。」
「なんでうちの弟たちは冷たいの! クレソンはいい子なのに!」
頬を膨らませて起こるアマリリスをエキナセアに任せ、屋敷に転移、急ぎローマンを捕まえる。
「お戻りになられましたか。」
「悪いな、五日も開けるつもりはなかった。」
「探索隊がお待ちです。」
「解っている。」
最近作られた会議室へ入ると十名前後の男性が出発の準備も終わり、暇をしていた。
「待たせてしまって申し訳ありません。デンファレ様の代理で僕、スカミゲラがダンジョンに付いて説明します。」
そういうと子供どころかガキじゃないかという視線を感じるが無視だ。
「ローマン、人数分身に着ける物を見繕ってくれ。祝福の石が使われている物が良い。」
「かしこまりました。」
ローマンも退出するとさらに怪訝な顔をされる。
「坊ちゃん、お遊びでいるなら帰ってくれ、我々はダンジョンの報告が聞きたい。」
「ですから、今からするといっているだろ。黙って聞けないのか。」
覇気で威圧しながら言うとようやく黙り、椅子に腰かける。
「まず、今回の新たなダンジョンは今まであった六つのダンジョン内と違い、時間の流れが違う。体感で言うと一日一時間だ。向こうで一日過ごすと一か月近く戻ってこないことになる。」
「まさか、そんなわけ……」
「説明中にちゃちゃを入れるな。聞きたいことがあるなら挙手」
「はい。」
おそらく隊長と思われる男が手を上げる。
あの顔、見たことあるなと思っていると
「私はバイオレット。この隊を任された隊長です。先に帰還した少年たちから聞いた話ではスカミゲラ君の転移魔法で戻ってきたということだが、それで、時間がずれた可能性は?」
「可能性はゼロとはいえません。ダンジョンの外では一分もずれたことはありませんが中で使った陣はまた違う物で、ダンジョン内の魔力と何か干渉しあった結果という可能性もありますのでその調査も行います。」
「行いますって…君も付いてくるのか?」
「もちろんです。レベル五百を超える魔獣も確認しています。服従の首輪で今後の冒険者へ攻撃してくることはまずないようにしてありますが、襲われたくないでしょ。主人は僕ですよ。」
隊長の目がいぶかしむ。
そんなレベルの魔獣にそう簡単に首輪が付けられるわけもなく、さらに契約とあるとそれなりの魔力も必要だが、目の前のスカミゲラにそんな魔力があるように見えない。
と、言ったところか。
顔に出ている。
「魔獣の特徴として鉱物、または魔石の鎧を着ています。今回は魔術師の多い先遣隊の様ですが、騎士団から魔力剣技の持っている方を呼ぶべきでしょう。普通の魔法なら跳ね返される。剣では切れない。エキナセアの報告を聞いているなら彼ら三人のレベルでどの程度戦えたのかも聞いているでしょう。」
「ええ、まあ……」
そんなにいぶかしむならば一人で入り口の穴に落としてやるぞと思ってしまう。
「失礼いたします。」
ローマンが戻ってきた。
「指輪でよろしかったでしょうか?」
「何でもいいよ。彼らが失くさなければ、帰ってこられなくなるだけだけど」
そういいながら転移魔法を付与していく。
特に人を指定しないのは負傷して、魔力が使えず、ともにいた仲間が指輪を失くしていたなんて状況でも転移魔法が使えるようにするためだ。
付与した指輪を机の上に並べていく。
男性用の指輪は少しごついデザインではある。
今後、ダンジョン攻略に来た冒険者にも配らないといけない。
「この、銀にダイヤモンドの指輪を量産するようにシャドールに指示を出す。継続して今の作業もさせるが、夜はこっちの製作だ。特に仕事で問題は?」
「輝石の採掘量が上がってきたという程度の報告でしょうか。」
「今後、ダンジョン目当てで定住者も付く。コランダムに街を作る計画地の相談をしてくれ」
「かしこまりました。どの程度中に?」
そうだな。
時計を見ても感覚がない。
この世界にもカレンダーはあり、ここは会議室のため壁に貼られている。
「まずは一週間だ。姉上にもしばらく戻らないと連絡を、デンファレ様は?」
「体調がまた優れないため療養中と王宮にも伝えてあります。」
週に二回の王妃教育のための到城ができない理由はちゃんと用意されていた。
「戻り次第、デンファレ様の様子を見て、報告後、国王陛下の元へ向かうだろう。」
隊長に目配せをし、
「出発だ。荷物をまとめろ。」
十人ほどの隊員が荷物をまとめる。
僕もアイテムを確認。
野営テントやかまどなども用意がある。
一週間、七日間、七時間ほどだろう。
アイテムの時計を三つ取り出し、二つを魔法でリンクさせる。
一つはダンジョンの外に置き、二つは中へ持って行き、時間の経過を見る。
ダンジョンへ入ってすぐ、
「ここに二人常勤させます。」
そういいながら時計を確認するとえらい速さで秒針が動く。
「これは、参りましたね。本当に一時間で一日経ってしまうのですか。」
「この時計もここに置いて行きます。指輪を失くさないように、この通り転移魔法の陣がここにありますからここを基点に動きます。地図は後援隊に任せ、ここら一体の調査をしましょう。」
テントを張り、敷物をしたうえにテーブルとイスを置く。
七時間動きっぱなしな訳はないため飲み物と軽食も置いておくと
「どこから出すんですかそんな物?」
「特殊なポケットをデンファレ様よりお借りしています。」
「デンファレ様…。屋敷にいる間気配もなかったのですが」
「今はタウンハウスにいらっしゃいますよ。ここでは皆が気を遣う。」
「そうでしたか。てっきり、王妃教育以外は領地かと」
隊長とともに歩き出し、近く茂みをのぞき込んだり、森を散策したりしながら話をする。
「基本はタウンハウスにいますよ。ここには週に一回ほどくるそうですが僕は向こうで話をすることが多い。なんの調査ですか?」
面倒くさいなと思い単刀直入に聞くと
「王妃教育以外でデンファレ様の姿を確認することがまずないと貴族たちの中では話題でして、あの仮面もあります。何者かが殺害し、入れ替わっているのではないかと噂がありまして」
「バンダに聞けばいい。産まれてから一緒にいる時間が最も長い。それに同年代の中でもスバ抜けた魔力を持つ二人がそう簡単にやられて、入れ替わったなんてことに気が付かないはずがない。かくいう僕も彼女の変化に気が付かないわけがない。」
鼻高々に言うが本人なのだ。
噂は似て非なる物だ。
森の中で数体の魔獣に遭遇。
討伐もそこそこにテントへ戻る。
「そっちはどうだった?」
「まだ入り口付近ですからそこまで強い魔獣はいませんね。討伐したこいつらに名前と価値を付けるのも一苦労だな。」
隊員の一人が記録を魔法ペンでつけながら言う。
「シンビジュウム領での価格と王都での価格を替えると王都まで売りに行く冒険者が増え、ギルドや店の収益にもつながります。」
「確かに、そうだろうが、領地で買ってどうするんだ?」
「魔石加工の申請をしましょう。うちには一度魔石を無許可で加工して捕まった経験のある職人もいますし、工房が元からあります。商品の幅が広がるだけですよ。」
そうなると街の一角にファレノプシスブランドの店とは別に安価に宝石を売る店を用意しよう。
見習い職人の手習いになるだろうし、店員見習いの練習にもちょうどいい。
「街にはギルドの出張所も欲しいですね。ダンジョンに入る前に申請してもらわないと困りますし、冒険者が多く来ると治安も悪くなりやすい。宿屋の案内や武器屋も必要か。」
「スカミゲラ君は自分の領地でもないのに、そんな勝手ななこと言っていいのか?」
隊員におちょくられながら言われ、
「問題ありませんよ。この領の決定権はデンファレ様の次に僕にありますから」
「は?」
「あの、ローマンて人は?」
「彼は管理人です。領主代理ではありません。」
断言すると隊員はだんだんと委縮していった。
「うちの息子たちも剣以外でもう少し優秀だといいんだけどね。」
隊長に頭を撫でられる。
隊長の息子ヴィオラとパンジーは攻略キャラである。
今回のダンジョン先遣隊は魔術師が中心だが、隊長は騎士団第三部隊副隊長の地位に現在いる。
あと数年で魔獣討伐の功績から隠居希望だった第一部隊の隊長に推薦させ、昇格する。
「同い年のヴィオラは剣術だけやっていれば騎士になれると思っているし、下のパンジーは病弱で、病院から出られない。」
「下の息子さんは奥様とよく話し合ってはいかがですか?」
「え?」
撫でていた手が止まる。
ヴィオラとパンジーが登場するルートは兄弟だが別々。
ヴィオラは教師とのルート。
パンジーはちょっとやばい同級生とのルートがある。
どちらも学校で出会うのだが、ちょっとやばい婚約者を持つことになるちょっとかわいそうな兄弟だ。
とはいえ、ライバルの婚約者や彼女もやばい人揃いでなのである。
パンジールートはヴィオラルートで弟がいるという話だけで全くとうじょうしなかったため。扉が六つになったときに弟登場でネット界隈は大変沸いた。
だが、この後半ルートは内容があまりに登場人物が正統派な女性向けゲームのではないことでもネットが沸いたのは言うまでもない。
正統はの前半からの後半がマニアックで引いて行く仲間もいた、懐かしい記憶がよみがえったが忘れよう。
ゲームを離れた人と仲良くする理由はない。
本編がマニアックでも脳筋と病弱兄弟のBLルートはなかなかよかった。
あ、鼻血出そう……
このルート解禁により、戻ってきた仲間もいたはずだ。
七時間たった。
時計を確認すると七日目に差し掛かるところだった。
「早めに戻りましょう。後続隊も到着しているでしょうし」
ダンジョンを出ると深夜で暗かった。
星の灯りと屋敷の灯りしかないが、遠くに魔獣の眼だろうか。
赤く光る対の点がいくつか見える。
ダンジョンができると外の魔獣も活発化することが多く、被害も出やすいが、今回は僕の張った結界もあり、そこまで被害といえる物は出ていないだろう。
確認のために千里眼に猫の目という暗視や動体視力のスキルを使う。
屋敷周辺、採掘場周辺、森、隣接領地へつながる道、得に被害は見られない。
「屋敷に戻りましょう。」
「中にいれば、年を取らない可能性がありますね。」
隊員が悪気なく言うが
「魔女の良い餌だ。」
体長はバツが悪そうな声を出すのを気が付かないふりをした。
魔女。
この世界には魔法があるが女性を魔女とは呼ばず、老若男女問わず魔術師と呼ばれる。
この、魔女というのは魔王の信仰者。
魔王のために尽力する集団。
その多くが、強い魔力を持つことで迫害を受けたことがある庶民であり、魔王崇拝の貴族の支援の元、活動している。
前世の記憶でもすべての家を把握しているわけではないが、魔王を崇拝していても仕えるのは王族であり、あくまで敵は聖女。
魔王を封印し続けるために祈り続けているといわれる聖女だろう。
聖女への当たりは貴族の中でも強く、庶民でも二分する。
聖女に選ばれたことで王族と同じ扱いになるため贅沢三昧の聖女もいたし、庶民にばかり目を向け、貴族を悪くいう聖女もいた。
王族に媚びを売り陛下の側妃になった聖女や純愛で正妃になったが聖女の結婚のために役職を捨てた聖女もいた。
話がそれた。
魔女の話だ。
魔女の契約を結ぶことで魔力の容量を急激に広げ、レベルを上げることができるがその制御は難しく、人格を保つことができなくなる。
人格破壊者の集団と広義で現れる魔女会。
その大元は帝国にあり、さらに、帝国には魔王の体があるのではないかという噂もある。
そんな魔女も女性であることに替わりはなく、若くあるため、年を取ることを拒む。




