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「デンファレ様」
「人気者ねローマン何があったの?」
私が近づくと使用人たちはサーッといなくなっていく。
「デンファレ様のことを聞かれていました。彼らは殿下付きの使用人の様です。顔色がすぐれませんがどうされました?」
「顔色なんて見えないでしょ。」
「では、声色でしょうか。」
まあ、予期せぬ方向に話が進んで気が重いような、なんらクリアできそうなよくわからないというのが本音だがどっと疲れているのは確かだ。
ローマンに念話で何があったか聞かれ、事の詳細を話すと鼻で笑われた。
『まあ、しばらくは年に数回会うか会わないかでしょうから根気強くいきましょう。』
『そうね。』
お茶のみたいな。
でも、室内に他の人もいる今、仮面をずらすわけにはいかない。
しばらくしてやっと順番が来たため控室を出るころには当たり前だが誰も室内には残っていない。
一番新しい領主なのだから当たり前だ。
子供の経営する領地で献上品を持ってこられるところは少ないし、親とまとめてということも多い。
シャドールちゃんに鏡を持ってもらい、控室を出る。
先ほど通った謁見の間の前でため息が出てしまい
「深呼吸はしっかり吸ってゆっくり吐いてください。」
ありがとうローマン。
無意識のため息だった。
もう一度と深呼吸をしたタイミングで兵がドアを開けた。
予定では私が最も後で先に報告を終えている貴族の当主たちはドアから陛下の玉座まで伸びる横幅五メートルほどありそうなじゅうたんの両サイドに座っている。
きっとお父様なんかは半日座っているのだろう。
父上もだろうが
陛下の前まで歩いている間もざわめきが起こる。
私の仮面が不敬だという声や後ろについてくるシャドールちゃんに驚く声もする。
止まって、カーテシーをするとすぐに
「先ほどぶりだな。ここでは息子の婚約者ではなく、シンビジュウム領の領主として話を聞く。」
「新参領、シンビジュウムから参りましたデンファレ・ラン・オーキッドと申します。本日は国王陛下生誕祭に際し、お心ばかりのお品をお持ちいたしました。」
ローマンに手で合図を出すと一枚の鏡が床に建てられ、かけていた布が外される。
陛下の隣、王妃様や側妃様たちの眼が輝いたように見える。
「近こう寄れ」
シャドールちゃんとともに鏡を持って王妃様の前まで行く。
「これはガラスですか?」
側妃の一人が聞く。
「いいえ、ダイヤモンドです。」
そういうと室内がざわつく。
「我が領産出のダイヤモンドに同じく産出の銀を引いた鏡でございます。彫刻も我が領の職人による一品です。気に入っていただけましたでしょうか?」
王妃の前に置いた鏡に側妃たちが集まる。
「こんなに大きな一枚鏡初めて見たわ。そのせいか映りが良いわ。」
また違う側妃様がいう。
「魔力の付与とは、さすがそこの女々しいカトレアの娘ね。」
扇子で隠しきれない笑みでお父様の方向を見る王妃様、少し怖い。
お父様の隣にはお母様もおり、苦笑い。
さらに隣にはデンドロお兄様が興味深げに見てくる。
「鏡自体が淡く光るようにいたしました。これで陰った場所に置いたとしてもご自身は良く映えることでしょう。」
「とても良い物だ。さて、誰の部屋に置くか」
陛下が顎に手を当て考えるが
「陛下に王妃様、側妃様方、姫夫様方、殿下と間もなくお生まれになられます第二王子様の十枚をご用意いたしました。」
そういうと側妃様方から嬉しそうな声が聞こえた。
「うむ、だがこんなにもよく準備できたな。」
「我が領の職人は優秀でございます。」
「無理に働かせては?」
いぶかしむ声は皆が貴族当主たちの胸にも刺さっただろう。
「失礼いたします陛下、発言をお許しいただけますでしょうか?」
ローマンが急に口を開いた。
どうしたのかとあわててしまうが陛下は許可を出した。
「デンファレ様は職人たちに無理な注文は付けておりません。職人の技術のレベル、精密度を考えてご自身も技術を身に着け今日の完成に余裕のある出来栄えとなりました。我々領民はデンファレ様に無理な注文をされたことはございません。無理なら断る。無理自体させないといった方針のもと、発掘作業も行っております。だからこそ、今までけが人も出したことがございません。」
「ロ、ローマン…?」
『その口閉じて!』
『嫌でございます。』
「デンファレ様は私が以前、同じ領地の領主に仕えていた時とはくらべものにならないぐらい、使用人、鉱山夫並びその家族への補償もしてくださいます。はっきり言って、ここにおられる他領の領主の方々以上に領主としての働き、領民への心遣いをされている方だと、私共はおもっております。」
『何が言いたいのローマン?』
『いいから黙っていてください。』
ペテン師かこの野郎。
領民に領主と思われいるとは考えていない。
誰も私をそんな風に扱っていない。
お爺様のところから来た使用人たちも領主代理の管理人を務めるローマンの方が主人だと思っているようだし、何を始める気だ?
「ローマン、そなたの言いたいことは解った。だが、その真意は何だ?」
「はい、デンファレ様はこのお姿、王都では生活しにくい。ですから領地での生活を選ばれました。」
「そうだな。先ほどもあまり見ないでほしいと懇願された。幼くとも淑女、見た目は気になるだろう。だが、それでは王妃教育で王宮へ来ることもできないということか?」
あ、ローマンの言いたいことが解った。
「いいえ、デンファレ様は転移魔法が使えます。どうかその魔法陣を城内に設置していただけませんでしょうか。このままではデンファレ様が不便でなりません。」
語尾が涙声だが実際はウソ泣きだろう。
演技派だなもう、ローマンもよく頭が回るから本当に助かる。
「そうだな。許可しよう。場所はカトレアの執務室、それに教育は五歳からとする。それまでに生活を落ち着かせるように」
「陛下、お心遣い痛み入ります。」
再びスカートを持ちあげ礼をする。
貴族席でお父様とお母様も立ち上がり、礼をしている。
謁見は終わり、このまま式典へ移る。
その間、陛下たち王族は国民へ挨拶するためにテラスへ出る。
私も参加予定だったようだが
「デンファレ、今日はもう両親といなさい。」
と、王妃様に言われ、貴族席へ向かった。
お父様の手が私の頭の上に乗る。
お母様の顔色はずいぶんよくなり、ずっとデンドロお兄様の肩に触れている。
「お疲れ様デンファレ」
「ご挨拶もなく、家を出てしまい、申し訳ありませんでしたお母様。ですが、私もこんな姿、お母様の心労に響いてはいけないと思いまして」
「母のことは気にしなくていいのよ。家にいてもらった方がうれしいのだけど、そうだ。デンファレはデンドロに会うのは初めてよね。水鏡では見ていたけれど」
「はい。」
デンドロお兄様の前に立ち軽くカーテシーを行うとお兄様は身構えるためすぐに体制を戻し
「よろしくお願いしますお兄様。」
「あ、うん。よろしく。バンダには少し警戒されているんだけど、君は違うんだね。良かった。」
バンダ、何しているんだよ。
全く家の報告がないかと思ったら避けていたのか。
「あの子は人見知りですから一緒に生活していればすぐに心開きますわ。当主教育も嫌がっていましたからお兄様が戻ってきて一番喜んでいるのはあの子なはずです。」
「なら、いいんだけど、でも、僕が当主なんてまだまだだし、お父様は僕かバンダかきめていないだろうし」
「きっとお兄様ですわ。バンダはもともとやる気が無いもの、後を継いですぐに没落、使用人を露頭に迷わせるなんてこと、お兄様は経験上絶対されないでしょうが、バンダはやりかねませんわ。」
なんて話をしている間に退場の順番が着たようだ。
「デンファレ様、私は先に領地へ戻ります。エキナセアが心配ですから」
「そうね。今日はありがとう。助かったわ。」
『王妃養育とか、王妃養育とか、王妃教育とか!』
『明日は対策を練りましょう。またタウンハウスへ伺います。』
「失礼します。」
王宮内での転移術は許可なくできないため王宮を出ていくのを見送る。
ちなみに、馬車はもう帰した。
迎えにも来なくていいと言ってある。
式典の間の貴族は休憩時間。
なので、
「デンファレ様、先ほどのお話なのですが」
「アマリリス様。お父様、少々失礼します。」
断りを入れてデンドロお兄様から離れる。
助かった。
お兄様呼ぶのが面倒だからもう呼び捨てでいいかな。
今後会う予定はないし
アマリリスとともに歩き、ネリネとすれ違いざまにお辞儀をする。
そして目の前にはすでに泣きそうなクレソンである。
「お久しぶりですわクレソン様、こんな姿ですが解りますか?」
「もちろんでずぅ~」
泣き出した。
ナスターシャム夫人が仕方なし気に涙を拭く。
その隣でお父様よりも幾分年上の辺境伯が
「アマリリス嬢から勉強も兼ねたお泊り会という話を聞いたがなぜうちのクレソンを?」
「はい。先日の誕生日パーティーにご出席いただいた際に親しくしていただいた物ですから、もしよろしかったらこんな姿になった私でもまた、親しくしていただきたく思いまして、幼少の今しかできませんでしょう、お泊りなんて」
いくら仲が良くても家族でも使用人でもない男女が一つ屋根の下というのは問題だ。
八歳ぐらいが限度だろう。
「そうだな。そういう体験も必要かもしれない。」
「よかったですわ。バンダも一緒ですし、きっと楽しくなりますわ。我が領地はまだ見つかっていない坑道もたくさんありますし、精霊もよくくるのです。仲良くなっていただきたいわ。日取りはおって連絡いたします。」
一礼し、ナスターシャム家から離れる。
アマリリスと並んで彼女の家族の元へ向かいながら
「よかったわ。ほかにも誘って、お友達が増えるのもいいかもしれませんわね。」
「では、スカミゲラも年が近い男の子ですし、どうでしょうか?」
「そうね。あの子ならデンファレ様にご迷惑をおかけすることもないでしょうし」
よし、これでしばらく家を離れる口実ができた。
手紙を書かなくては
同じ話をリコリス夫人にもすると貴族の友人の少ないスカミゲラにちょうどいいと賛成してもらったのだが
「僕も参加したいです。」
ネリネはちょっと、困る。
「あなたはお勉強はあります。」
「旅行だって行くではありませんか。一人に合わせて勉強も詰めます。」
「同じくらいの年の子が集まるようですし、あなたがいては目的のクレソン子息が緊張してしまいそうだわ。またの機会になさい。」
そこまで言われるとネリネも黙ってしまう。
ああ、子供っぽいネリネも可愛い。
間違えた。
子供だ。




