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馬車に到着した。
ドアが開くとお腹の大きなリコリス侯爵夫人とネリネ、アマリリスがいた。
「あなたがスカミゲラね。アマリリスよ!」
以前と同じ私が姉よ。
と、いう態度は彼女らしい。
「よろしくお願いします義姉様!」
「ネリネもこんなに可愛ければいいのに!」
「大きなお世話です。」
馬車に乗り込み、動き出す。
「スカミゲラ」
「はい、義母様」
呼ばれたので返事を返すが
「私たち家族に“義”を付ける必要はありません。私のことは母上と、夫のことも父上、ネリネやアマリリスのことにいいですね。」
警戒されている分、内面的部分の反抗を防ぐ作戦だろうか、無意味だが
「よろしくお願いします母上!」
できるだけ万遍の笑みを向けつつ、鑑定でステータスを見る。
特に不振に思うところはなかった。
ネリネ、アマリリスのステータスも見るが今のところ危険視するところは無い。
そもそも、この二人はあまり心配がない。
アマリリスはネリネ・クレソンルートの悪役令嬢だがクレソンの泣き虫が原因でヒロインと接触、アマリリスとクレソンの関係が良くなるようにヒロインが動く過程で勘違いからヒロインを恨み、そこに弟のネリネまでヒロインと親しくなってしまったことでデンファレにそそのかされるのだが、私はそそのかさないし、まだアマリリスとクレソンは婚約していない。
クレソンの泣き虫を何とかすればこのルートは回避可能だ。
屋敷に到着する。
貴族街、オーキッド侯爵家から少し離れた場所にシンビジュウム領屋敷があり、さらに少し離れるとリコリス侯爵家がある。
力の強い家同士が近いと屋敷同士も近いためスペースを取る。
間に中小屋敷がないと馬車の往来も邪魔になる。
屋敷に入るとオーキッド家より少し小さいだろうか。
家の歴史を考えればそんなものかと思ってしまう。
「スカミゲラを部屋へ案内してあげて」
メイドがお辞儀をするため付いて行こうとすると
「服などは近いうちに買いそろえますのでそれまではネリネのおさがりで我慢しなさい。」
「元は孤児です。着替えがあるだけで十分です。」
服はしばらく着替えないといけないな。
最近アバターの着せ替えだけで済ませていたため少し手間だと思ってしまうが普通な行動を面倒くさいと思うとは、芋女の再来だ。
四歳で芋か……
部屋は普通の子供部屋だった。
オーキッド家に子供部屋は一つしかない。
デンドロの部屋だ。
私とバンダの部屋は一般的な部屋だ。
準備をする者も支持を出す者も気力がなかった時期だから仕方がない。
子供部屋に少し恥ずかしくなりながらひとまずソファーに座った。
でも、一人ではない。
目の前にはネリネとアマリリスがいる。
「これが五歳までに学ぶことだ。わからないことがそのままにせず、逐一聞きに来るように」
「解りました兄上」
満足したように笑う顔はゲームでも見たことがある。
少しふんぞり返るように胸を張る。
「ネリネ、その前にお家の中を案内しないと!」
アマリリスはそういうと僕の手を引いて部屋を飛び出すため小走りで付いて行く。
国王陛下生誕祭はあっという間で
「ギルドの手伝いに行ってきます!」
「お城へ行かないの?」
通りすがりにアマリリスに言うと聞かれてしまう。
「まだマナーの勉強が終わっていませんので、僕が行ったところで家の評判もありますし、ギルドのメンバーとして城の警護に行かなければ」
「まだ四歳なのにそんなことをしないといけないの?」
玄関ホールまで歩きながら話をする。
「兄上だって式典パーティーには出られないのですよね?」
「まだ六歳だからね。でも、会場には七歳以下の子供もたくさん来るのよ。わたくしも毎年参加しているもの」
アマリリスはそういうが行く気はないため
「あ、時間だ! 行ってきます!」
玄関で転移魔法を使い、ギルドへ急ぐ、フリをしてやってきたシンビジュウム領タウンハウス。
「急ぎますよデンファレ様。」
先に到着していたローマンは身なりの良い服を着ている。
「準備はすぐできるわ。馬車は?」
そういいながら身に着けている物をいったん解除し用意していたドレスに着替える。
仮面を付けてカルミアが髪飾りを持ってくる。
今日は薄いダイヤモンドの板を蝶の羽根の模様に切り抜いた飾りとデンファレの花のついたカチューシャをする。
「さあ、行きましょう。」
この屋敷にも馬車はある。
お爺様からもらった黒い毛並みの馬はまだ小さいため、実家にいた少し老いた馬を借りている。
近いうちにもう一頭増やし、シャンシャボに馬の扱いを覚えてもらおう。
「鏡も持ったし、今日の仮面は特注よ。」
「そうですね。急ぎで作らせたわりにはごてごてしいです。」
宝石の端材をステンドグラスのように組み合わせた仮面は眼の部分以外は開いていない。
「自分でみても気持ち悪いと思うわ。」
これで嫌われていないのだが、殿下よりも陛下に嫌ってほしい。
王妃様はもう遅い。
すぐに到着した王宮、馬車を下りて、控室に入る。
下級領地経営者、特に爵位の無い勉強で領地経営をしている子供用の控室だ。
「早い時間に来たからさすがに誰もいないわね。ちょうどいいわ。」
アイテムから粘土を出して、影を私とつなげ、模写ではなく、私の意識の元動くように操る。
使い方なんて何でもありで助かるシャドールちゃん。
今回は鏡持ちをしてもらう。
仮面をずらし出された紅茶に口を付け、メイドがいぶかし気にシャドールちゃんをみる。
少ししてやってきたアマリリスに仮面を直す。
「こんにちは、えっと、デンファレ様でよろしかったわよね?」
「ごきげんようアマリリス様。こんな姿で失礼します。」
「いいえ、スカミゲラからお話は伺っております。お爺様の治癒魔法でも治せないなんて、お気の毒ですわ。せっかく婚約が決まりましたのに」
その婚約のせいでこの状態なんですよ。
「スカミゲラは元気かしら。あれから会っていないのだけど」
「今日も誘ったのですがギルドへ行くと、遊びのはずが所属者の扱いで、マスターも子供に無理をさせますわ。」
「あの子が望んでいることをさせてあげてくださいな。」
紅茶を飲もうと思ったが仮面に当たる。
恥ずかしいと思い、カップをソーサーに戻し、机に置く。
「……そうね。あの子はとても元気で、デンファレ様のお話を良くしているわ。」
わざとだが指摘されるとさらに恥ずかしい。
この演技も過剰にしすぎると疑われる。
ギルドでのことももう少し話をした方がいいだろうか。
その後、他愛もない話からクレソンの話題になった。
「辺境伯の嫡男があんなに泣き虫で大丈夫かしら?」
「そうですね。隣国との関係は良好、確かクレソン様のお母様は隣国の王女様でしたわね。」
「確か、末の王女が年上の辺境伯様にひとめぼれをしたとかで、ご結婚されて、でも、まだ幼かったということもあり、クレソン様がお生まれなるまで結構時間がかかったと聞きましたわ。」
そう。
その間にも辺境伯は着々と年を取り、すっかり妻の尻に敷かれ、さらには夫婦で甘やかして育てているのもある。
その甘やかしの方向が我がままにはならないが無理だと思ったことはやらせない、強制しないという教育方針が原因で将来アマリリスの尻に敷かれるだろうと、いうことも想像がつく。
「教育が始まる前に少しだけ我が領に滞在できるようにお話を付けてみましょう。」
「領地にですか?」
「両親と離れた生活をしてみるのも心の成長につながりますわ。辺境地もかつては鉱物資源の出る土地でしたし、お勉強も兼ねて」
「いいですわね。よろしかったらわたしくしも!」
「お嬢様はお勉強がございます。」
うっ、と、声には出さないが顔に出ている。
メイドが重たい荷物を持ったままのソファーの近くに立っている。
ローマンも私の隣にいるが何も持っていないためメイドの疲れは顔に出ているのがわかりやすい。
その後謁見の時間になり、アマリリスは出ていく。
それと入れ替わりに数名の学生が入ってくる。
新参者の私は大分後だがアマリリスが呼ばれるにしては早い。
ほかの案件だと、七歳から参加できる式典だろうか。
殿下は年齢関係なく出るはずだが、と、思っていると
「オーキッド嬢、殿下がお呼びです。」
やっぱりだった。
婚約者になった以上、国王陛下生誕祭の式典には参加しないといけない。
ローマンを残して席を立つ。
『一人だけどごめんね。』
『問題ありません。』
部屋を出るのを学生たちにじっと見られていることは気にしない。
謁見の間を通り過ぎ、中庭へ出た。
そこには殿下のほか、王妃様、そして国王陛下がいた。
中庭は式典後のパーティーの準備中でそこに呼ばれる理由がわからない。
そもそも、王族が準備中の会場にいること自体がおかしい。
「オーキッド嬢をお連れしました。」
案内してくれたメイドに軽くお辞儀をし、三人の座っているテーブルへ近づく、スカートを持ちあげ、カーテシーをする。
「顔を上げよ。チューベローズよりもしっかりしているではないか。」
陛下の言葉に顔を上げる。
仮面を見てか、少し顔をゆがめた。
「仮面のままで失礼いたします。デンファレ・ラン・オーキッドでございます。」
「仮面を外してみよ。」
「……はい」
待っていました。
陛下の前で仮面なんて失礼極まりないのは解っている。
私の価値が落ちようとも待っていました!
「失礼いたします。」
俯いて仮面を外す。
少し涼しい風が通る。
顔を上げれば王妃様が扇子で口元を隠してはいるが眉でわかるその表情、それでいい。
「デンファレ……」
殿下が立ち上がり私の元まで来ようとするため一歩下がる。
「汚い顔です。どうか近くには寄らないでください。大変失礼ということは解っていますがあまり、見られたくないのです。申し訳ありません。お許しください。」
持っている仮面で口元を隠す。
それでも目元は見えているためゆがんだ皮膚はよく見える。
「もうよい、仮面を付けよ。来てもらってなんだが、婚約の件は――」
待っていました!
仮面を付けるため顔に出てもばれないだろう。
でも、
「お待ちください父上!」
殿下が言葉を遮った。
なぜ?
「あ、えっと、失礼いたしました陛下。デンファレ嬢は今はこの状態でもいつか治すすべが見つかるかもしれません。どうか、今しばらく、成人するまで待っていただけないでしょうか?」
殿下は常日頃、父親である陛下を父とは呼ばず、陛下と呼ぶ。
同じ王族でも、父親と言っても開いてはこの国のトップだという意識なのだろう。
「殿下、お言葉ですが私は陛下のご意見はごもっともだと思います。殿下の隣には陛下のお隣にいらっしゃる王妃様や周りを固める側妃様、姫夫様方のような顔立ちの整った健康的な方が寄り添わなくては、私では他国の笑い者です。これは私が笑われるだけならまだしも、殿下、そして国民が、こんな顔の婚約者を認めているということになりますわ。国の評判のためにも陛下のお話の続きを聞くべきではあるませんか?」
「いいえ、婚約は今朝正式に決まったことです。今日の今日で破棄なんて、私がどれだけ待ち望んだことか!」
そんなに待っていたの?
そんなに鉱山ほしいのかな?
ダイヤモンドなんて上げるんじゃなかったな。
「陛下」
それまで口を出さずにいた王妃様が声をだす。
「あの子たちの娘です。将来美しくなるのは解っていること、この状態でも成長によっては傷もなくなるやもしれません。デンファレの魔力、領地の経済力、そして現在貴族夫人に与えている影響力は計り知れない。顔がだめでも能力はある。正妃でなくとも側妃なら、顔を隠しているぐらい周りに霞んでわからないでしょう。チューベローズには成人までに少なくとも十人の側妃・姫夫候補を持つようにさせ、正妃はその中でも能力の高い者を選ばせるというのではどうでしょうか?」
側妃・姫夫十人。
可能な人数ではある。
可能だから困る。
陛下だって候補の時点で三十人いたという話だ。
そこから今の王妃様以外の六人に絞られたとは言え、あくまで候補、決定はしない。
陛下もそのことが引っかかったのは王妃様の顔を見ている。
「十人は少なくないか?」
「自分の目で選ぶ十人です。陛下の周りにいた寄せ集めの三十人とは話が違う。」
「せめて同じ三十人だ。男女十五人前後、話にならない。候補だぞ。成人で本決まりはできない。」
「いいでしょう。三十人です。いいですねチューベローズ。」
「私が愛すると決めたのはデンファレ嬢ただ一人ですが、国のため陛下とのお約束、果たして見せましょう。」
なんだか、厄介なことになった。
貴族の家は百以上あるし、騎士や魔術官、使用人からも選べる。
平民の場合はどこかの貴族の家に養子にいれることにはなるが不可能ではない。
あと十五年で三十人も決まるだろうか?
婚約者の証には指輪をもらっている。
着替えの際に忘れないようにアバターのトップに指輪の着脱の記載が乗るようにしてある。
本決まりの婚約者となり、この後の謁見に参加しないか陛下に誘われたが私は献上品を持ってくる側で一緒にいては荷運びができないと断る。
ローマンのもとへ戻るとなぜか城の使用人に囲まれていた。