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領地ではまだ朝会中、人数が増えたため台をセットしてマイクも置いた。
音属性付与のスピーカーで後ろの方でも聞こえる。
仕事にかかろうという言葉で終わりそうなところに
「スターチス」
名前を呼ぶと振り返り、
「お嬢、朝からくるなんて久しぶりですね。」
そういいながらマイクの位置を下げてくれる。
「みんなおはよう。今日から領地に新しく子供が増えるわ。この子は私の従者希望の様だけど、鉱山のこととか、いろいろ教えてあげてね。」
「はい!」
野太い声とともに、畑仕事やマナーハウス内で働く女性の声も帰ってくる。
朝会後、エキナセアはローマンと教育係の男性とともに屋敷へ入っていく。
私は工房へ向かって歩き出すが、すぐ目の前に目的の人物がいる。
朝会に参加していたのだから当たり前だ。
「クルクマ、献上品の方はどうなってる?」
「おはようございますお嬢様。予定通り十枚完成いたしました。あとはお嬢様の付与をお願いするだけです。」
「ありがとう。早かったわね。」
「お嬢様お一人ならもっと早かったでしょに、仕入れ係が王都で貴族とすれ違った際、ブローチを付けていたと聞きましたよ。あんな量、短期間では無理な話でしたが、お嬢様の魔法はすごいですね。」
使用人用に用意していたブローチの蝶のカットはクルクマの作品を作る姿に闇魔法で影を模倣、人体作用の魔法で私の影に模倣した物を入れ、同じ動きをさせる。
さらに人体作用のスピードアップで大量生産した。
これを誰かに付与したいが私の魔力と同じぐらいないと体が壊れると却下された。
そこで、土属性で人形を作り、闇魔法の影をまとわせる。
これにより、人員が増えてさらに効率が上がる。
名付けてシャドール! かっこかわいい言い方が思いつかない私の語彙力。
さらにシャドールをトリトマの球体カットにも人員として回し、何だったら二十四時間稼働で今も作らせている。
「店舗企画の目玉商品ですが、売り切れというのも価値が出ますからそんなに力混んで作らなくてもいいのではありませんか?」
工房に入り、作業するシャドールを見ながら言われるが
「それが少し忙しくなりそうなの。昼から夕方ぐらいまでしかここにいられそうもないし、何だったらスペースもあるからシャドールをもっと増やしたいわ。」
「お嬢様の魔力が∞にあるような気がしてきますよ。」
∞にあるからできるんだとは言えない。
結局、五体のシャドールが球体カットを、三体のシャドールが蝶を作っているがそれにそれぞれ三体ずつ追加する。
工房の奥には布がかけられ並んでいるのを見つけ、布をめくりあげる。
「ダイヤモンドに銀引きなんて前代未聞ですよ。」
「はじめての献上品ですもの、インパクトが大事だわ。」
一センチもないダイヤモンドの板の表面に魔法でカットを入れ、王家の印であるリュウゼツランの模様と蝶が数羽、羽ばたいている。
蝶には金箔をつけ、王家の紋章を金細工で作り、はめ込まれている。
この国のガラス技術は進んでいるが斑の無いガラスはやはり高価だ。
魔法で斑を均一にできるが魔力の強い職人も少なく、王宮のガラスぐらいしかゆがみ無い物なんてそうめったに目にできず、さらにサイズも小さめ。
銀引き鏡は昔から使われてはいるが鏡はガラスを数枚組み合わせた物のためどうしても接合部が気になる。
なので、私はダイヤモンドを薄く一刀両断し、ガラスの変わりにした。
加工中も保護魔法などで割れないように守ってはいたが度々失敗し、間に合わないかと思ったが出来上がってよかった。
「国王陛下生誕祭は来週ですし早めにタウンハウスへ運び入れましょう。」
「そうね。」
鏡の前に立つと女優ミラー並みに明るく映るようにエフェクトを付与する。
私が自身に使うとただの夜光灯のように全身光るだけだが、鏡が光るのは部屋が暗くても便利だ。
寝室には置かないように言っておけばいいだけのことだし。
付与には破損防止の修復魔法も追加し、ポケットへしまっていく。
持ち運びが楽で本当に助かっている。
こんな鏡、持ち歩きたくないし、何人必要になることやら
店舗スタッフの教育に関してはお爺様のところから来た教育係が作法からマナーから叩き込み、年ごろの若い娘を派遣することが決まっている。
店舗自体はローマンが目ぼしい場所を選んでいてくれるため国王陛下生誕祭以降に下見をする予定だ。
領館に戻るとバンダのおさがりから使用人用の服に着替え、ローマンから屋敷内を案内されているエキナセアがいた。
「お嬢様!」
私を見ると走ってくるのがなんだかおもしろい。
「ローマン、エキナセアの学力は? 本を読んでいたようだけど」
朝のことを聞く。
「はい。読み書きは問題なく、算術もできます。ですがステータスが少々…」
そう言われ、鑑定をする。
名前:???(スカミゲラ、エキナセアなど)
年齢:ヒロインと同い年
レベルLV,28
おかしいな。
本名がない。
そもそも、スカミゲラも偽名、もしくは通り名の様だ。
「エキナセア、あなたには本名があるようだけど」
「本名? スカミゲラ」
そうだよな。
この年で偽名をすらすら答えられるわけもなく、身分や出生を隠している様子もない。
どういうことかわからないが孤児院にいた以上、この子も親との間に何かあったのは確かだ。
それで本名が解らない可能性もある。
「ローマン、このことは良いわ。仕事を簡単に説明したら魔獣討伐に連れて行って、自分の身を守る方法は必要よ。魔力もあるし、レベルアップにちょうどいいわ。」
すこし渋った顔の後、解りましたと言ってエキナセアを連れて屋敷の案内に戻った。
アバターでスカミゲラに変装してリコリス家前当主と待ち合わせしているギルドの前にいると、マスターが声をかけてきた。
「なんだその格好は?」
「わかるの?」
模写でエキナセアの声も真似している。
常時発動のため適当な鉱物に声真似の魔法を付与し、ネックレスにしている。
スカミゲラの花の形で色もピンク。
設定ではデンファレにもらった宝物ということにした。
「魔力の可視化による色で解る。ほれ、それも模倣して偽造せよ。いや、偽装だな。元から持っておるだろ。」
偽装なんてあっただろうかとデンファレのステータスを見ると
「あ、あった。」
ゲーム内で偽装したことはあっただろうかと思うと変装して殿下とお忍びデートがあった。
学園内デートは度々あったが卒業後はなかなか二人で出かけられないからと変装し、偽装魔法を習得したことを思い出す。
マスターのオーラの可視化を模倣し、ギルド内の同じレベルの人から模倣、偽装していると
「スカミゲラだね。」
聞き覚えのある声に見上げる。
中央噴水の反対側に馬車を止め、ギルドまで歩いてきたようだ。
「これからお世話になります。儀祖父様!」
スカミゲラ風に言うがこのキャラは私には合わない。
「お前が義弟になるのか?」
再びの聞き覚えのある声に顔こと向けるとそこにはネリネがいた。
儀祖父だけを呼んだつもりだったのだがと思いつつ、ネリネはどこか嬉しそうだ。
「スカミゲラで、す……」
「ネリネだ。お前の勉強も見ることになっている。」
「よろしくお願いします。」
なぜそうなったのかと思い儀祖父を見ながら
『聞こえますか?』
「え?」
「お爺様?」
儀祖父は驚きの声を漏らしてしまったため
『これは念話です。頭の中で会話ができます。』
「ネリネ、先に戻って、マスターと少し話をしてから馬車に戻ると伝えておいてくれ。」
「解りました。スカミゲラは?」
「一緒に話がある。」
ネリネが通行人を気にしながら噴水の向こうへ走っていく。
「それで、なぜネリネ様がここに?」
「面識が?」
「先日の私の誕生日パーティーでアマリリス様もご一緒に面識が」
そういいながらギルド内に入る。
「ここでも男の子らしくしないとすぐにばれるぞ。」
マスターに言われ、ドキッとする。
「そうだぞスカミゲラ。あと、兄弟になるからということもあり、全く関係がないまま大人になられて家を乗っ取られるなんてことはしたくないと息子が言ってな。二つ年上のネリネは勉強が得意で、それを通して兄にはかなわないという意識を持たせたいと言い出した。」
「この前、卒業したら家を出るという話はしましたよね?」
「息子にも伝えたが今と未来では考えが変わるだろうと」
「まあ、いいですよ。当主、義父様の意見はごもっともです。確か、義母様は今妊娠中ですよね?」
「相変わらず何でも知っているな。」
「リコリス家をつぶすための知識ではないことは契約の範囲内です。」
マスターの部屋へ入り、ソファーに座る。
「義父様にはデンファレの従者になりたいから今だけ面倒を見てほしいといいましょう。彼女は今や殿下の婚約者。そんな彼女の従者になるにはそれなりの身分も必要だ。殿下ともこのままいけば貴族学校で出会うことにもなる。信頼はリコリス家だからこそあるのもだろうし」
義祖父様はメモを取りながら話を聞く。
空中にマジックペンと呼ばれる魔法道具でメモを書くとステータスに新たな項目が増え、メモが保存される。
「そのリコリス家という話だが、殿下の姫夫候補になる可能性があるとは思わないのか?」
「ネリネ兄様がお目付け役になれば僕は選ばれない。一つの家から一人が原則ですよね。」
「例がないわけではないがな。」
メモを終わらせると私の上から下まで数回見てから顔で止まり、
「その姿はどうやって?」
「僕の産まれながらのスキルです。姿を変えられます。年齢などは幻覚でカバーすることもできると思いますが試したことはまだないんです。試すタイミングもないので」
四歳が何言っているんだという目でマスターが見てくるが無視する。
「あまり待たせるわけにもいかない。アマリリスも馬車で待っている。」
「では急ぎましょう。」
マスターに別れを告げて、ギルドを出ようとすると
「スカミゲラ君」
受付のお姉さんに声をかけられた。
「受付に忘れものよ。」
そう言って渡されたのは最近発行するようになったギルド証。
所属者の証明書であり、今までのクエストの記録もされる。
レベルや能力に合ったクエストをチョイスするのに便利になったと朝到着した際にお姉さんが言っていた。
「ありがとう。」
いきなり何かと思い、
『急になんで?』
『その姿でもクエストには来てくれるのでしょう。着てもらわないと困るのよ。領地が手に入ってからあまり着てくれなくなって高難易度クエストが溜まっているの。』
そういうことか、ならば、
『転移機の整備しておいてね。』
『もちろん。日帰りができるように整備は万全よ!』
お姉さんの頑張る方向がどこに向いているのかわからない。
ギルドの外で待っていた儀祖父様の元まで駆け寄り、手をつなぐ。
「何を受け取った?」
「ギルド証です。いい物が手に入りました。これで日中の外出がクエストに行っていることにします。」
「そうだな。家にいる時間が短い方が息子の心労も軽くなるだろう。」
「だいたいは寝に帰るぐらいでしょう。食事も自分で何とかなる。日によっては帰れない日もあるでしょうからそれまでには信頼を得られるといいですね。」