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「あなたがいけないのよ。ちゃんと前を見ていないから転ぶのです。」
泣いているのは私よりも幼い男の子で、その前に立って服の汚れをはたいているのは私よりも年上の女の子、そこに、
「姉上、どうされましたか?」
と、言って小走りでやってきたのも私より年上の男の子。
「何でもないわネリネ。この子が転んでしまったのよ。」
真っ青で長い髪が邪魔だったのだろう。
後ろへ流す。
そのしぐさ、知っている。
「彼らはリコリス家の令嬢と令息だ。ご令嬢は優秀で領地経営の勉強でも君に並ぶ成果を上げている。」
「存じておりますわ。リコリス宰相のご家族ですもの。優秀なのですね。」
「令息も僕の遊び相手候補らしいが、お目付け役といったところだろう。」
窓辺で立ち話になってしまったため話題に上がった姉弟とまだ泣いている男の子の元へ向かう。
ここからはよく見えないがこの組み合わせに泣き虫の男の子と出たら予想はつく。
途中のテーブルから一口で食べられるクッキーをいくつかとカップケーキをお皿に乗せ、ジュースを持って近寄る。
「何かございましたか?」
主催というわけではないが我が家で、私たちのパーティー中なのだから無視もできない。
「何でもありませんわ。この子が転んでしまっただけなのです。デンファレ様がお気になさることではございません。」
年上の青い髪の女の子がいう。
「わたくしはアマリリス・ラン・リコリス。こっちが弟の」
「ネリネです。殿下、お久しぶりでございます。」
「そうだな。」
ネリネの判断能力は高い。
子供のころからそうだったようだ。
私のことはアマリリスに投げ、自分は殿下と話始めたため、まだ泣いている男の子の口にクッキーを放り込んだ。
「ん!」
びっくりした顔で泣き止んだ様子の男の子にジュースも渡す。
「怪我はありませんか?」
そう聞くと頭が外れるのではないかと思うぐらい上下に振る。
もう一つクッキーをつまんで差し出すと口を開けるためまた入れる。
「この庭は我が家のガーデナー自慢の庭ですわ。良かったら走らずゆっくり見てやってくださいな。」
色とりどりのバラや草木の花が愛でられるこの庭はお母様のお部屋からもよく見えるようにできている。
お父様と庭師のおじいちゃんが季節ごとに相談している姿を見たことがある。
「本当にきれいな庭だな。」
そう言ったのは殿下だった。
そこに
「うちとは大違いです。」
と言ったのは泣いていた男の子。
「私はデンファレ、あなたの名前は?」
天然パーマのモスグリーンの髪の泣き虫なんて一人しか知らないが
「クレソン。クレソン・ナスターシャム。」
「辺境伯のナスターシャム様のご子息でしたか。先ほどお父様に素敵な染め物を頂きましたわ。」
「ああ、ナスターシャム領の染め物は毎年王宮にも献上される妃たちもお気に入りの逸品だ。」
殿下が教えてくれた。
そういえばもうすぐ国王陛下生誕祭。
献上品を考えていなかった。
「デンファレ様の領で取れる宝石は王家もとてもお気に召していると伺っておりますわ。国王陛下生誕祭の献上品はもう決まっておりまして? わたくしの領地は貿易が主な産業でして、海外から優れた調度品が手に入りそうなのです。」
自慢かよこの野郎。
まだ決まってないよ。
タイムリーな話やめてよ。
思考を読まれたみたいじゃん。
「そうですね。まだこれと言って決まってはいないのですがジュエリーではない方向のお品を考えています。」
今思いついただけですが。
「先ほどの手鏡、王妃は大変気に入られていた。オーキッド侯爵夫人とお揃いということもあるが出かけ先であまり鏡を見ているところを見たことがなかったから」
「あら、では不必要な物でしたでしょうか。女性なら鏡が喜ばれると思ったのですが……」
「いや、持っていないから見かけたことがなかったのだと思う。身なりは周りが整えてくれるが自分で確かめるのは支度中の化粧台のみだったと思うから」
それならいいが、全く使わない物だったらただのごみも同然だ。
話をしている間、ネリネは口を挟まず殿下と私の様子を見ている。
クレソンは私が渡したお皿に乗っていたお菓子を間もなく完食する。
「ご馳走様」
クレソンが私にお皿とグラスを差し出すため受け取る。
「我が家自慢の職人のお菓子はどうでしたか?」
「おいしかった!」
にっこりと子供らしく笑うクレソンが年相応に見える。
今、私をかこっているのは年齢にそぐわない言葉遣いではっきり言ってここにいたくない。
殿下がいることに気が付き、声をかけてくる子供が数人、私に気が付き声をかけてきた子供も数人。
一時間もしないで庭から室内に戻る。
「殿下、そろそろ」
従者が殿下に声をかける。
お母様たちのお話が終わったのだろう。
「そうか。デンファレ嬢また近いうちに王宮で」
「ご挨拶へお伺いいたします。」
カーテシーをして見送る。
そこにお父様が来たと思ったら後ろにはアップル伯爵・お爺様も一緒だった。
「デンファレ、お誕生日並び婚約おめでとう。」
「ありがとうございますお爺様。」
言葉を返すとお爺様の背から身なりの良い男性とお母様より多少上だろう女性が並んで出てくる。
「誕生日プレゼントとは別に領民へ勉強を教える教師を欲しがっていると聞いてね。男女で学ぶことは違う。良き領民を育てるためにも良き教師を用意した。」
「うれしいですお爺様。以前も求職者をたくさん送っていただき、今では皆、領館にとても必要な方々です。私の幼稚な考えにも対応してくれる良い使用人となってくれました。近々、まとめて長期の休暇に出す予定でいます。」
「それなら里帰りもできそうだな。」
「はい。」
お爺様に抱き上げられる。
視線が高くなり楽しいが恥ずかしい。
「お爺様僕も!」
どこに行っていたのか、庭から戻ってきたのだろうバンダがせがむため私は降りようかと思ったらお父様の腕に収まった。
抱っこなんて初めてではないだろうか。
「思っていたより子供は重いな。」
なんて言い出すため
「お父様、私も一様淑女ですわ。同じことをお母様にも言いますこと?」
ツンとした顔で言うが、たぶんお母様なら照れてしまってそれどころではなくなるだろう。
「デンファレ、バンダ、プレゼントはこっちだ。」
そう言って会場を出る。
そしてエントランスから玄関ホールとなぜ分かれているのかよくわからない広い家の正面玄関を出た。
外には馬車は止まっていてなぜか馬車の後ろに馬がつながれている。
と、いうことは
「そろそろ馬術の練習も始めるころだと思ってね。」
たてがみがうねり、長く伸びた黒い馬と金色の毛並みの馬がいた。
「きれい!」
お父様に抱き上げられたまま馬の前に来る。
「怖くないか?」
「大丈夫ですわ!」
興奮気味に答えてしまう。
馬はこの国では重要な移動手段。
貴族の令息なら乗馬は必須。
令嬢も馬車移動のための愛馬を持つことは当たり前。
大丈夫といったからかまだ仔馬とは言え背中にまたがらせられた。
ふとバンダを見ると金の毛並みの馬に戦々恐々の様子だ。
虎には乗れるくせに、ちなみにこの馬は前世でよく見た競走馬であり、私の使い魔にいる干支の馬とは種類が違う。
シェイヤーと呼ばれる農馬だ。
力が強く、大型で軽やかに走ることはないが畑の拡大のときには牛と並んで活躍するので馬には慣れている。
使い魔の存在を知る前も屋敷内の庭園の整備や荷物運びにはロバが使われており、庭師のおじいちゃんに乗せてもらっていた。
長い間パーティーを抜けることのできないお父様とともに会場に戻る。
その途中
「プレゼントだ。」
と、言って渡されたのは鍵だった。
「お父様これは…?」
「領主となったんだ。タウンハウスぐらい持っていてもおかしくない。お前の部屋に領の資料や荷物があふれているとシャンシャボから聞いた。ロドデンドロン親子を連れて仕事はシンビジュウム領のタウンハウスで行うように、夕食には戻ってこい。」
「ありがとうございますお父様」
会場に入る前に降ろされ、再び庭へ行くように言われてしまったためバンダの手を引いて出た。
「殿下はお帰りになったそうね。」
はじめに声をかけてきたのはアマリリスだった。
「王妃様もお忙しいようで、ネリネ様はご一緒ではないのですか?」
姉弟一緒にいると思っていたが
「あの子はわたくしと一緒にいると疲れると言っていつもどこかへ行ってしまうのよ。少し年は離れるけど仲良くしてやってね。」
そう言ってお辞儀をしたアマリリスは別の令嬢と話し始めた。
「殿下と婚約されたようで、おめでとうございます。」
アマリリスを見送っていると今度はネリネが現れたがその顔は不機嫌だ。
「ありがとうございます。ネリネ様は殿下と仲がよろしいと伺いましたわ。殿下はどのようなお方ですか?」
「今日初めてお会いしたのですか?」
「今日は二回目です。初めてお会いしたのは王宮へ父を迎えに行った際にお声をかけていただきました。」
「殿下は誰にだって気さくに話しかけられますから、それが貴族でも平民でも」
「そうですね。それが将来の国政へうまく活かせる方だと思っています。」
「その通りです。」
何かを試されていたようだが大丈夫だろうか。
なぜかネリネが離れてくれなくなり、そこにクレソンが便乗するように近くにいる。
バンダはまたいつの間にかいなくなってしまうためため息を飲み込み、お菓子を摘まもうとすると
「キャー!」
なんて声が複数聞こえたて来た。
子供たちが走ってこちらへやってくる。
何が起きたのかと思い、一人捕まえる。
「どうしたの⁉」
「魔獣が!」
魔獣がいるわけがない。