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誕生日です。
憂鬱な誕生日です。
「おめでとうございますデンファレ様。こちらプレゼントです。今後もよろしくお願いします。」
「お祝いのお言葉ありがとうございます。もしよろしかったらこちらをお持ちください。ファレノプシスブランドの水晶で作らせたブローチになります。」
使用人の分とは別に小ぶりなブローチを私も手伝い大量生産した。
そこにはブランドシンボルの蘭の花のカットが隠れた蝶とチェーンで繋がった色とりどりの宝石の球体が付いている。
「なんて美しいのでしょう。どんな色のドレスにも合わせやすいデザインは噂通りでございますね。息子がデンファレ様と同い年なのです。仲良くしてやってくださいな。」
そう言って控えている息子の背を押す夫人だが、三歳、四歳の子供がじっとしていられるわけもなく、すぐに走っていってしまった。
「も、申し訳ございません……」
「お気になさらないで、バンダも似たようなものよ。」
魔獣討伐にはまって最近ステータスの称号にモンスターキラーなんて出ていたが勉強が嫌い、外で遊びたいと駄々をこねる当たりは同じだろう。
私といるせいか落ち着きはある方だ。
今回の主役は次期当主のバンダよりも私のようで皆こぞって山のようなプレゼントを持ってくる。
つながりを持ちたいという下心があるのがわかりやすく、その対策がブローチだ。
今後お礼に伺うことはない。
この場で返せればそれでいい。
全員の挨拶が終わったころに疲れて座っていると言っていたお母様を探す。
お父様も挨拶で忙しそうだ。
バンダはいつの間にか姿が消えていた。
「デンファレ様」
辺りを見まわしているとローマンに声をかけられた。
「どうかしたの?」
我が領の代表としてローマンを招待した。
使用人としての参加はあるが招待客としてパーティーに出たことがないからと断られたが子供が多く参加するパーティー、気後れせず、気軽に参加してほしいと領地から引っ張り出してきた。
「こちら、皆からのささやかながらプレゼントでございます。皆、デンファレ様からのプレゼントをとても気に入っておりましたよ。」
「本当、よかったわ。でも、気を使わせてしまっかしら?」
手元の箱はコランダムの得意な工芸品だ。
色の違う木を組み合わせて柄を作るのは前世でもあったが繊細な模様は魔法があってこそだろう。
箱を開けようと思ったがどうやっても開かない。
鍵があるのかと探すが鍵穴もない。
「特別な方法でしか開かない仕掛けがされているそうで、作ったコランダムだけが知っています。皆からのプレゼントを早く見たければ頑張ってください。」
「ということは腐る物ではないのね。壊れやすい?」
「いいえ。とても丈夫な物ですから箱は何度か回転させるそうなので気にせず振っても大丈夫ですよ。」
「解ったわ。からくり箱なんてわくわくするわね。みんなにお礼を言うためにも早く開けないと」
と、いうと箱はローマンの手によって私の手元から離れる。
「今はそれどころではありません。パーティーが終わってからにいたしましょう。」
「そうよね。楽しみだわ。」
そんな話をしていると急に室内が静かになった。
ざわつきが耳に届く。
「何かしら?」
「これは……デンファレ様」
名前を呼ばれながら身なりを急に整えられ始めた。
メイドも二人ほど駆け寄り、こんな場所で髪も軽く梳かされた。
「どなたかいらっしゃったの?」
カルミアに聞くと
「旦那様より、お時間が取れたら来られるかもしれないといわれていたお方です。」
ああ、来ないと思っていたあの人か。
すっかり忘れていた。
そうなればまず一直線にお母様の元へ行くだろうと思い、近くのプレゼントの山とは違うプレゼントが置かれている机から目的の物を持つ。
妖精の尾にデンファレの花が付いたデザインの切り抜きのされた飾り箱にピンクのリボンをしている。
お母様へのプレゼントだが、来られないだろうといわれている方が来た場合も考えもう一つ、赤いリボンのついた箱も用意した。
問題は同行者がいないといいなといったことだろうか。
箱をカルミアに持たせたところでバンダが戻ってきた。
「誰か来たの?」
「この国のナンバーツーよ。」
「その言い方あまり良くないと思う。」
私もよくは思わないが現実逃避から名前も呼称も出したくない。
「じゃあ、殿下も着ているのかな?」
「出さないで、その呼称を出さないで!」
来てほしくないと切実に願う相手・殿下。
ゲーム内の説明によればデンファレがこの四歳の誕生日パーティーで母と交流のある王妃様に連れられて来た殿下にひとめぼれし、婚約者になりたいと言い出す。
候補をすっ飛ばしての婚約は王妃と母、さらには陛下と父の関係があったからだろう。
だから、今日は絶対に殿下に会いたくなかった。
まあ、婚約者になりたいなんて微塵も思っていないため何とか乗り切れば七歳のキッズパーティーデビューまではまず会うことはないだろう。
なんとか今後のため印象は良くも悪くもなく終わりたい。
「殿下への粗品が部屋に置いたままなのよ。エリカに取ってきてもらってもいいかしら?」
「かしこまりました。」
急ぎ足で会場を出ていくエリカを見送っていると
「お嬢様、奥様がお呼びです。」
着ました。
処刑並みに嫌な時間です。
「行きましょうバンダ。王妃様はお一人?」
呼びに来た執事に聞くと
「いいえ、殿下もご一緒です。」
でしょうね。
ゲーム通りだもん。
「エリカに殿下への粗品を取りに行かせているの。案内してあげて」
「かしこまりました。」
話をしながら執事の案内でお母様の元まで来てしまった。
「デンファレ、今時間大丈夫だった?」
「もちろんですわお母様。」
「噂に聞く可愛らしい娘ね。あなたの体調が優れないから会うのは初めてね。」
真っ赤なドレスの王妃様。
赤はもともと、お母様が妃候補時代に陛下が付けた色だといわれている。
赤い瞳から配色されたらしく、お父様は金色の髪から金の配色となっている。
これは殿下がゲーム内でも各キャラクターに担当カラーを付けていた元ネタになる。
贈る物の色を固定することで間違えることも選ぶ手間も省ける。
ちなみにデンファレも赤、王妃様はピンクで、ヒロインもピンクだった。
それを知っていてリボンの色を逆にしたのだ。
「ごめんなさいね。家から出る気力もなくて、最近はデンファレが外のことをたくさん教えてくれるのよ。」
気さくに話すお母様の様子に本当に仲が良いのだなと確認してしまう。
「気の病に詳しい医師を見つけた。帝国の医師で近いうちに我が国にも来てくれるそうだ。その際は無理をしてでも王宮に来るように、あの生意気な旦那にも言っておく。」
お父様、生意気だったんだ。
確か陛下よりも王妃様の方が二つほど年上で、お父様は陛下と同い年。
生意気なことを言ったのだろう。
あの性格だ。
あり得る。
「そうそう、忘れるところだった。」
王妃様はそういうと片手を従者へ向ける。
従者は細長い箱を渡した。
それが私の目の前に来る。
お母様が私の背を押すため
「王妃様、本日はわたくし並び、バンダの誕生パーティーへお忙しい中お越しいただきありがとうございます。」
王妃様にスカートを持ちあげる礼カーテシーをする。
すると扇子を持った手で背後に構える人物の背を押し、私の前で出す。
「頭を上げよ。本日はそなたの祝いの席、かしこまらず客を迎えよ。私からはこれと」
そう言って先ほどの箱が私の手元へ来る。
少し重い。
再び従者に手を向け、違う形の箱がバンダにもわたった。
「あとこいつも」
再び殿下の背が押された。
私は固まる。
こいつも ということは私の手元にあるプレゼントと同じ意味だろうか。
まさかそんなはずない……わけないか…。
「この場をもって宣言しよう。オーキッド伯爵家長女デンファレを私、チューベローズ・ラン・リュウゼツとの婚約を申し込みたい。」
表向き、
驚いた顔をしておくが、
内心なぜこうなったのか、
どうしてこうなったのか、
なぜこうなったのかいろいろ考えるが殿下に婚約を申し込まれる理由が思いつかない。
しかも、こんな場で申し込まれたら何も聞けないし、
答えなんて……バンダに小脇を小突かれ、急いで
「……つ、謹んで、お受け、致します。」
周りは拍手喝采。
そこにやってきたエリカは何があったのかという顔をしていた。
「これが誕生日のプレゼントです。四歳、おめでとうございます。」
「お、お心、遣い、痛み入ります……。」
差し出された小ぶりな箱。
子供が持つと手いっぱいのその箱の形状に唾を飲む。
まさか……、
王妃様から貰った箱をいったんエリカに渡し、殿下からのプレゼントを受け取ろうと前に出るが目の前で箱は開かれ、その中には指輪が入っていた。
早いよ。
まだ四歳だよ。
ゲームの中でデンファレそんな物してなかったよ!
「婚約指輪です。魔法でサイズが変わるようになっています。」
なんだか以前よりも紳士的になった殿下を見つめながら数回瞬きをすると左手をつかまれる。
王妃様の従者がすかさずいったん箱を持ち、殿下はそこから指輪を外すと私の薬指にはめた。
もう破滅ルート免れないかもしれない。
あと十年と少しで死ぬのならやり残したことのないように生きようと心に誓う。
やっと手が離されたと思い、安堵しつつ、エリカを見て思い出す。
「殿下、私からも本日ご参加いただいたお礼の品がございます。受け取っていただけますか?」
「もちろん!」
あれ、紳士が一瞬消えた。
年相応の子供に戻ったと思うと王妃様がすかさず睨みを利かす。
それを見て、お母様は笑っているのだからここはカオスだ。
バンダなんてすっかり、お母様の近くで他人事モードだ。
エリカから箱を受け取り渡す。
「開けてもよろしいですか?」
「もちろんです。気に入っていただけると嬉しいのですが」
左手の指輪が気になり、右手で触れてしまう。
貴族の令嬢なら四歳で宝石のついた指輪なんていくつでも持っているだろうが私はない。
自分を着飾る者は髪飾り程度でいいと思っている。
だから少し慣れない。
「これは、何てきれいなんだ!」
中身はガラスペンだ。
正確にはガラスではなくルビーでできた一点もの。
トリトマの試作品でもある。
「お勉強で毎日字を書かれていることでしょうからお遣いいただけると嬉しいですわ。」
「もちろん。大切に使わせていただきます。」
そんなに喜んでもらえたならよかったと思うほど箱に戻すことなく、眺め始めた。
なので、
「こちらは王妃様に、お母様とお揃いの物ですが少しだけデザインを変えてあります。」
王妃様に赤いリボンの箱を渡し、お母様にも箱を渡す。
お母様が膝の上でリボンをほどくのを皆が見ている。
「前に行っていた手鏡ね。これは……うれしいわ。ありがとうデンファレ。」
手に持ち、裏面を見たお母様は一瞬悲しそうな顔に後に笑顔を見せたが少し無理をしているのが解る。
「見た目よりも軽そうだな。」
王妃様が見下ろしながら言う。
「領地の職人にこの手の魔法が得意な者がおりまして、王妃様の物も同様に幾分軽くしてありますわ。付与は永続的ですし、壊れないように守りの魔法も付いています。」
「その年でこれだけの魔法が使えるとは見習ってもらいたいものだな。」
そういいながら王妃様も箱のリボンをほどく。
耳が痛そうな顔をするのは殿下である。
「ほう、これはいい物だ。」
王妃様の手鏡の裏面にはお母様のバラと私のデンファレ、殿下のチューベローズの花と王妃様の花とティアラ、あとは蝶がいる。
そのほかにも細かい花は側妃様を現す物にしてみたが気が付くだろうか。
陛下の王冠もあるのだが、と思いつつ、説明するほどではないためまあいいかと放棄する。
お父様も加わり、立ち話をする親たちを無視して、バンダを回収し、この場を離れようとするとなぜか殿下が付いてきた。
「殿下はお忙しいのではありませんか?」
「いや、今日は勉強もないし、王妃はあの通りおしゃべりに夢中だ。」
指さす方には見たことがないほど朗らかに笑うお父様と口に手を当てて、笑い声も聞こえるお母様がいる。
王妃様も口元に扇子を当てていてわかりにくいが楽しそうな目元である。
「では、お菓子などいかがですか?」
庭に出るとお菓子や軽食の並ぶ低いテーブルが並ぶ。
そこには同年代の子供がたくさんいるがその中には懐かしのカードで見た姿の攻略キャラもいたりして、あまり庭には出たくなかったが大人の中にいても殿下と二人きりには変わりない。
バンダは戦力外だ。
だれか道連れにできないかと辺りを見回すと
「う゛あ゛~」
なんて、悲愴感半端ない鳴き声が聞こえる。