10
ポケットからダイヤモンドの石板のようにも見える物を取り出し父の机に置く。
引き出しからルーペを取り出し、石板にライトを当てながら観察している。
「なかなかの品だ。何で切り出した?」
「魔法で」
そういってまた万能ナイフを取り出し一刀両断する。
もう一度切って殿下に渡す。
「いいのか⁉」
「好きに加工してください。ここまで案内いただけたお礼です。」
大人なら恐縮するような価値のあるものだが、純粋に子供の殿下は目を光らせる。
「きれいだ。」
なんてつぶやくから可愛い。
「それでお父様、私は転移魔法も使えるのですがこの魔法をほかの方も使えるようにするにはどうしたらよろしいのかと悩んでおります。新たな領民もおります。早く事業として安定させなくては彼らに食べる物もお給金も与えることができません。ご助力賜れませんか?」
一つ年上の殿下が不思議そうに私を見る。
「相手は親だ。普通に頼めばいいだろう。そんなかしこまらずとも親なら子のため協力する物だろう?」
殿下はそういうが
「殿下、私は今、小さく何もなかったとは言え領を一つ持つ領主。他領の主であるお父様からしたら同業者。さらに先輩、目上の方ですわ。ご助力お知恵をお借りするためにはそれなりの交渉が必要です。殿下にしても、国王陛下に力をお借りする際、何か条件を付けられることもあるのではないでしょか?」
「確かに」
手のひらの石を見ながら殿下は何か考える。
「では、デンファレの出す対価は何だ?」
「はい。領地の街には浮浪者が多く、治安が悪いという話をお父様がされているのを耳にしたのは先月のことです。その浮浪者を我が領でお引き取りいたします。そのほか、採掘された原石は宝石商ライト氏に独占で販売権をお渡しすることにいたしました。領地にはいくつかの貴族の別荘もございます。のちにアクセサリーなどのジュエリーの形で我が領内で加工までして販売する話もしています。店舗は王都に一店のみですがオーキッド領にも店舗を出すというのはどうでしょうか?」
「その理由は?」
切り返しが早い。
にやけてしまいそうな顔を抑え、上品に口元に弧を描き、
「はい。貴族の別荘が多く建てばそれだけ領には土地代という収入も産まれますし、貴族が買い物をすれば税収もあります。その餌に私ブランドのジュエリー店を置くのです。しかも、屋敷への訪問もない、来客専用、予約制、会員制などという特別感を持たせればプライドとお金は山のようにもつ貴族にはごちそうになるでしょう。」
お父様の顔が変わる。
さすがに三歳児の考えとは思っていないだろう。
ローマンからの入れ知恵だということになっていればいい。
「貴族とは簡単に釣れる浅瀬のカニの様だな。」
隣で殿下が絶妙なたとえをする。
ただの紐に虫なり、魚の切り身なりを付けて落とすと数秒で釣れることもあるサワガニ。
そんな経験があるんだろうかと考えるがこの人、ちょくちょく王宮を抜け出す常習犯だった。
三年後にはリコリス宰相の息子、攻略キャラのネリネがお目付け役になるはずだ。
そうなると一気に大人しくなったと思う。
「デンファレ、浮浪者は全員が働きたいと望んでいるわけではない。領地に入れて不利益になる者の方が圧倒的に多いだろう。」
「もちろんですわ。その対策も今練っています。領地全体を結界で囲むことや領民の登録制度、身分制度に証明書など行政として大事なこともあります。領地として歩き出した今だからできることもたくさんありますので早めに手を付けたく思っていますわ。」
お父様は手紙片手に顎に手を当て考えている。
その間にバンダにまた服を引っ張られ、
「送るよ。」
と、言い出す。
大人しいと思ったら手紙を書いていたらしい。
箱を閉めると魔法が発動して私の持っている箱が淡く光る。
私の箱はベルではなく光る仕組みにしてあり、バンダと殿下に渡した物も同じ物だったと気が付いたが今更返せとは言えないためあきらめよう。
箱を開けた瞬間、漏れ出しそうになる息を口の中で溜める。
届いたのは手紙ではなくお父様の似顔絵だった。
「これはお父様へ送ります。」
箱を閉じて送り先を指定する。
お父様の机の上の箱が光るが本人は気が付いていない。
私の箱同様、音はならないように設定しているのだろう。
「いいだろう。もう少しで仕事が終わる。馬車で待っていなさい。殿下はお勉強にお戻りください。」
ばれていたか。
そんな顔をして、殿下は箱と原石を持って立ち上がる。
私はいったんバンダと自分の箱をポケットにしまい、部屋を出た。
馬車まではお父様付きの従者が送ってくれた。
なぜか一時間ほど待ってお父様が馬車へ乗り込んできた。
「待たせたな。バンダは寝たか。」
「はい。やり方を教えていただいても?」
「それには道具がない。魔力を付与できるほどしっかりとした物を用意しないといけない。」
ステータスを開き、アバターの宝石箱や小物をあさる。
いくつか手元に出し
「これらは可能ですか?」
お父様は大きなため息をつきながら私の出した物を見る。
「そうだお父様、私、精霊王の寵愛があるそうです。」
丁度つばを飲み込んだのか、咽てしまったお父様を従者が飲み物を渡して落ち着かせる。
「あと、女神の娘や神の申し子なんて称号があります。どうやらこれらが原因でこんなにこの世界には無い物や難しい魔法が使えるようなのです。」
と、いうことにしておく。
そろそろおかしなアイテムや魔法の理由を聞かれるだろうころだった。
「……そうか。ではあの原石に精霊の祝福があったのは」
「精霊の愛し子なので協力していただきました。」
「そうか……。」
お父様は深く考えるのをやめたようだった。
手元にある私の出したアイテムを眺め、
「これらならどれでも付与は可能だろう。これを握り、付与したい魔法を込めろ。持っている物に集中し、一滴もあふれ出さぬように閉じ込めろ。それだけだ。」
簡単に言う。
できる人が少ないから母は父に教えてもらえと言ったことは解っている。
とはいえ、やってしまうのが私のチート。
鑑定を発動させると完成していることが解る。
「できましたわお父様、これは何か制約はあるのですか?」
万年筆を見せると小さく二回うなずいた。
「当り前だが壊れれば使えなくなる。魔力が足りなければ使えない。あとはお前が託せる相手と決めた者にだけ使えるようにもう一度魔法をかけろ。特に転移や鑑定といった魔法は悪用されやすい。」
「解りました。」
もう一度魔力を込める。
これはローマンに持たせる予定のためのもの、それを考えながら魔力を込めると手の中が熱くなる。
開いてみると黒かった万年筆が金色になっていた。
なんかごつい。
「はじめてにしては上出来だ。」
ほめられたのは初めてかもしれない。
なんだかうれしい。
馬車が屋敷につく前にもう一つ、バンダの分として懐中時計を用意する。
「あれ?」
馬車が止まった振動でバンダも目を覚ます。
お父様の執務室まで付いて行き、お茶を一緒にしてから領へ戻ることにした。
「デンファレ」
着替えを済ませて魔法の使い方をバンダに説明しているとお父様が玄関ホールに来た。
「はい、お父様」
返事を返すとチェーンを一本渡された。
何も飾りのないチェーンはペンダント用なのだろうがどういうことだろうか。
「自領の商品の宣伝は自分でするように、だが、宝石だからと華美に付けるとお前の存在がくすむ。よく考えるように。」
三歳児に解りにくいアドバイスだが
「ありがとうございます。ご忠告、肝に銘じておきますわ。」
「あと、」
少しいいにくそうにしながら
「夜は帰ってこい。いくら領主と言ってもお前はまだ成人ところか十代にも入っていない。親元に帰ることで集めている領民の心配も減る。それに二十四時間一緒にいては息抜きもできない。ローマンになら任せられると思って雇ったのならば心配はないだろう。」
つまり、寂しいから帰ってこいということだろう。
ツンデレか!
以前は定期的に帰ってくるようにと言っていただけだがこんなに早くちゃんと帰ってこいといわれるとは思わなかった。
お父様に手を振ってバンダの転移魔法で領地へ向かった。
「と、いうことでお父様から帰ってくるように言われたわ。」
転移魔法の練習も終わらせ、ローマンにお父様から言われた話をする。
「それは当然でしょう。昨夜はバタバタしてしまって言えませんでしたが夕食時には戻るようにいたしましょう。」
「これで、僕も毎日来れる。」
バンダも時計片手にいう。
タイミングのわからないやつだ。
それから一か月、オーキッド領の自警団から浮浪者がやってきた。
「お疲れ様。」
「お嬢様、お気を付けください。こいつら何度も逃げ出そうと暴れています。」
「大丈夫よ。」
私がそういうと晴天の空から一光の柱が落ち、ドーンと、空気を揺らす。
雷属性に覇気を合わせると権勢だけでなく、逆らってはいけない相手と印象付けるのに十分な威力がある。
「さて、では全員お風呂に入って相部屋を案内、その後お昼ご飯よ。みんなよろしく!」
スターチスをはじめ、数名の男に元浮浪者は引きずられるように連れていかれた。
ちなみに、雷は稲作田園に落とした。
これで植物の生長が促されればいいかと思いつつ、木属性ですでにいいサイズまで育てている。
特にやる必要なないのだが実験のようで楽しい。
地面を黒焦げにもできないため水田にしたのもある。
夕食までには酒屋の男のノリなのか、酒が入ればいつの間にか意気投合。
もめそうになると妻の鉄拳が降り注ぐ。
そんな様子だと就寝前にローマンから転送機で手紙が来た。
田畑の様子もいい、採掘現場への足場もできた。
ダイナマイトである程度穴をあけ、山が崩れることのないように補強の結界も張った。
魔力を持つ女性には魔力増強と治癒魔法の付与されたネックレスを渡してある。
練習もできている。
採掘へ出る男どもにも自動回復と身を守るための結界の付与されたピアスを付けさせた。
追加人数分も用意してあるし、これを渡す際にはローマンへ領民登録書類の提出をさせている。
これで給料も医師にかかることも、死後の家族への補償もされているのだから我が社の福利厚生は国一番ではないかと思っている。
食料はまだ人数分足りていないため王都への買い付けが必要で、転移魔法付与のネックレスをいつぞやの片腕を食われ、壊死していた少女デージーと責任感の強いポピー、護衛に兄のシャガが行くことになった。
アイテムと創造魔法で私の四次元ポケットもどきも出来上がり、重さはないが大きさだけは押さえられない荷袋もある。
宝石商ライト氏には話を付けてあり、もしも変装した偽物が来てもわかるよう、三人そろっていないと意味のない身分証を作った。
首から下げ、三枚重ねるとシンビジュウム領のマークが出てくる。
それをライト氏の持つカードと合わせることで身分確認と商品の保証、金銭授受が成立する。
初めての時同様、一部のお金をその場で受け取り、あとはギルドへ送金。
領専用の口座へ入る。
給料は必要な時にローマンから受け取れるように領館に少し置いてあるが皆、娯楽地がない領では使い道がなく、通帳管理ということになっている。
もちろん、経費で落ちるものもあるため要相談だ。
仕事はシフト制、一週間で休みを必ず二日取らなくてはならず、年間有給を十二日用意した。
破格であると思う。
前世の親は九日だった気がするため家族で取って小旅行にも行けるだろうというとこんな職場はないといわれる。
手持ちで運べる分宝石商へおろすため一週間に五日王都へ行く。
運搬役三人そろわないといけないため三人まとめての休みにさせていることもあり、休みの前日は買い込み量が多くなる。
それを見ていた、まだ小さく仕事をしない子供たちが猟へ行くというため弓や槍を用意。
森には自然動物も魔獣も多いため大人となら行っていいことにする。