第十五話 魔石
「いやあ、流石は《黒猫の集会》の皆さんですね。ヒーラーが一人入るだけでヒポガントを三体も倒してしまうんですから。まあ、もともと一流の実力を持つパーティーにハイヒールを使えるような高位の回復術士が加入したんですから当然かもしれませんね」
「いや、まあ、それほどでも・・・あはは」
純粋に強パーティーの誕生を喜び上機嫌なノーグをよそに、またやらかしてしまったと冷や汗ダラダラの私、呆れ顔のパーティーメンバー、そして、何しでかしてくれてるんだと言うような表情のギルマス。
なんとも微妙な空気がその場を漂っていた。
「そうだな。三体も倒すとは大したもんだ。あぁ大したもんだ。おい、ナナ。お前に聞きたいことがあったのをたった今思い出した。あとで残れ」
「は、はい・・・」
うわぁん!もう帰りたいよぉ。
「それで、その魔石がどうかしたのか?」
「ああ、そうでした。実はこの魔石について、少し気になる点がありまして。これを見ていただけますか」
そう言って袋からさらにもう一つ魔石を取り出すノーグ。
「4つ目?」
睨むギルマス。
全力で顔を横に振って無実をアピールする私。
「これは先日、この町の冒険者から買取をした、とある魔物の魔石です」
ノーグはそう言って、その魔石を上位種のヒポガントの魔石の隣に置く。
「大きさは違うが・・・似ているな。むしろ・・・」
「はい。同じヒポガントの魔石でも、通常種と上位種の魔石ではあまり似ていません。
ですが、別種の魔物の物であるこの4つ目の魔石と、ヒポガントの変異種の魔石は、大きさの違い以外はとてもよく似ているんです」
「・・・どういう事だ」
確かに通常種と上位種の魔石は似ていない。
どちらも黒くて丸い石という部分では同じだけど、色は上位種の方が薄く、形はやや楕円形で、表面に凹凸がある。
通常種ではなく、4つ目の魔石をそのまま大きくしたような感じだ。
「この4つ目の魔石はセイブウルフという狼型の魔物の物で、セイブウルフは単体としてはそれほど強くはない、駆け出し冒険者でも狩れる程度の魔物です。もっとも、大抵は群れて行動する事が多いため、初心者向けの魔物とはなりませんが」
「セイブウルフ?この辺りではあまり見かけない魔物のはずだが」
「はい。それが最近、ここから西方でよく目撃されているようです」
「西?そう言えば、ゾッテ村からの要請で何人か冒険者を派遣したが」
「ええ。セイブウルフを持ち込んだのはその冒険者のようです」
「ふむ」
なにやら考え込むギルマス。
ここまで話を聞けば私にもわかる。
この辺りには生息していないはずのヒポガントやセイブウルフの出現。
そして上位種のヒポガントの魔石がセイブウルフに酷似しているという事実。
これが偶然なわけが無い。
「私としましては、これらには間違いなく何かしらの因果関係があると思い、実際に上位種のヒポガントと対峙した《黒猫の集会》の皆さんが本日来られると聞き、詳しいお話を伺いたく、ギルマスにお願いしてこの場を設けさせて頂きました」
「俺もヒポガントについては聞いておきたいと思っていたからこの場を設けたが、まさかこんな事だとはな」
ギルマスはそう言ってため息をつき、私の方を見て何かを訴えるように睨みつけた。
これはあれだ、「余計な事を言うんじゃ無いぞ」って顔だ。
言わないので睨むのやめて下さい。
「わかった。おいクロイス。上位種と戦っていて変わった点や気付いた点はあるか」
さすがギルマス。私に聞かずにクロイスに聞くとはわかってらっしゃる。
まあ、パーティーリーダーだし当然か。
もう私は何も話さないよ!今だけは空気になります!
「ある。思い当たるところだらけだ」
「ほう」
「具体的にはどう言った事が?」
「まず、俺たちと遭遇した時、向こうからは襲いかかって来なかった。まるでこっちの様子を伺っているみたいに。ヒポガントなら俺たちに気付いた瞬間に襲いかかってくるはずなのにおかしいと思った」
「確かに違和感がありますね」
そう言えばそうだった。
あのヒポガントは私たちに気づいても仕掛けて来なかった。
今思えば、あれが上位種じゃなかったら逆に危険だったかも知れない。
「それに、戦闘中、目の前の俺たちだけではなく、後衛のナナ達のことも気にしていたように見えた。明らかに周りが見えている感じで、ヒポガントらしくなかったな」
「ヒポガントの特性から考えてさすがにそれは・・・」
「そして、突然、雄叫びを上げたと思ったら、直後に別のヒポガントが現れた。ヒポガントが雄叫びを上げるなんて聞いたことがなかったけど、今思えば、あれは仲間を呼んだんじゃないかな?」
「?!」
そう。
あれは明らかに仲間を呼んでたよね。
しかも、雄叫びを上げる直前には私の方を睨みつけていた。
多分、回復を担当していた私がこのパーティーでの一番の障害だって理解したんだと思う。
その障害を抑えるべく、自分で向かって行くのではなく仲間を呼んで共闘する。
これはまるで、
「まるで、セイブウルフと戦ってるみたいだったよ」
「な・・・」
驚き過ぎて声も出ないと言うような感じのノーグ。
でも多分、ノーグも薄々は気づいていたはずだよね。
まあ、気づかない方がおかしいし。
「ノーグ、この事は暫くは黙っておけ」
「いや、しかし」
「しばらくの間だけだ。今、公表しても混乱を生むだけで余計に面倒な事になるぞ」
「それは、そうですが・・・」
どちらの気持ちもわかる。
こんな事を黙っていて、いざ町に被害があってからでは遅い。
しかし、まだ何も事情がわかっていない段階で公開し、いたずらに不安を煽るのもよくない。
間違いなく問い合わせが殺到するし、それに対する回答も持ち合わせていないとなれば混乱は必至だ。
「とにかく、詳細がわかるまでは他言無用だ。それらを調べる為の手筈は・・・こちらでやっておく」
今、チラッとこっち見たよね?
そりゃ、事情を知っていてそれなりの戦力を持つ、情報収集の為の小規模小隊となれば、私たち以外に適役がいないのはわかるけどさ。
「・・・なるほど」
あ、ノーグさんまで私をチラ見してから納得したよね?
いや、別にいいけどさ。
クロイス達もすでに諦め顔だし。うん、だいぶ慣れてきたね。
「どうせだからここで依頼を済ませておくか。おい、クロイス」
「うん?」
もはや隠す意味もないと悟ったギルマスは、ここでさっさと依頼を出してしまうことにした様だ。
「まずは、町の周辺に別のヒポガントがいないかを確認。その後、ゾッテ村に向かってセイブウルフについての調査。必要があればその討伐。ヒポガントとの因果関係について関係のありそうな情報がないかを中心に、その他些細なことでも構わないので変わったことがあれば持ち帰って来てくれ。あと、ナナが余計な事をしないよう注意しろ」
最後の要らないよ。
「わかった。注意する」
違う違う、その言い方だと私の動向に注意するのが主な依頼内容みたいじゃない。
ヒポガントとセイブウルフについての調査だよね?
え、そうだよね??
「しかし、あれはセイブウルフの能力を得たヒポガントだったとはな。どうりでとんでもない強さだったわけだ。あんなのもう二度とごめんだぜ」
クロイスの隣で話を聞いていたファイが、上位種のヒポガントと戦った時のことを思い返しながらため息混じりに呟く。
確かに、敵のヘイトを集めパーティーの壁として立ち向かう盾役のファイとしては、一撃で体力の半分以上を持っていかれる様な相手とはもう二度とやり合いたくはないだろう。
でも大丈夫。今度はプロテクションの魔法もかけてあげるからね。
「まあ、次はセイブウルフだし、ヒポガントの時の様なことにはならないだろ」
「まあ、そうだな。セイブウルフなんだからヒポガントの時みたいには・・・」
「ん?どうしたファイ?」
ファイは、クロイスと話しをしている途中で突然動きを止めて何やら考え事をし始めた。
「なあ、クロイス。ちよっと思ったんだけどよ」
「なんだ?」
「もしかしてその村に現れたって言うセイブウルフ、ヒポガントの魔石が入った上位種のセイブウルフでした、とかないよな?」
「・・・・」
ファイの発言にその場の空気が一瞬で凍り付いた。
クロイスはもちろん、ギルマスも、ノーグも、ほかのメンバーも、誰もが驚きの表情をさせ、その可能性が決して低くはない、むしろ大いにあり得そうだと、困惑の表情をさせていた。
そして困った一同は、何故か、どう言うわけか、私の方へと顔を向ける。
「え?」
なによ。同じ非常識な存在として何かコメントはないですか?みたいな期待のされ方、全然嬉しくないんですけど。
それに、私は今日はなにも喋らないと決めたんだから、なにも言うつもりはないよ。
「・・・・」
「・・・・」
でも、ギルマスの視線が「なんか言え」って言ってるみたい。勝手すぎるでしょ。
第一、肯定して欲しいのか否定して欲しいのか、それとも別の可能性を提示して欲しいのかもわからないんだから、なにも言えないよ。
今、私が言える事といえば、これくらい。
「やめよう?そう言うフラグ立てるの」