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坊さまと大化けの木

 その木は山の中腹にありました。


 春になると若葉が繁り花を咲かせ、蜜を求めて虫たちがやって来ます。

 夏は人々が木の下で休憩をします。

 秋になると、大人と一緒にわんぱく坊主たちが木の実を取りに来ます。

 そして冬のはじめの頃になると木は独りっきりになり、葉を落としながら木枯らしの中で泣き声をあげるのです。


「あの木の根元には、さびしがりやがいる」

 だからまた春になると、色々な者たちが木の所へ遊びに行くのでした。


 これは昔々のお話です。

 どれくらい昔かと言うと、人が旅をするときは自分で歩いていた時代です。

 とある山に道が一本ありました。

 ふもとの村と山向こうの門前町をつなぐ重要な道で、大勢の人たちが利用していました。

 ところがいつの頃からか、この道で変なことが起こるようになったのです。


 ある人は山の中で惑わされ、道なき道を歩かされました。

 同じ枯れ木を見たと言う人もいます。

 別の人は夕暮れに木の間を漂う鬼火を見たと言いました。

 大きな獣に後を付けられたという人もいます。


 山に化け物が住みついた。

 誰もがそう考えました。


 こうなると、今度は道を使っていた人々が大変に困ってしまいます。

 何しろ山越えをするには、その道しかなかったのです。

 しかし、ほとんどの人が化け物の祟りを恐れて山の道を使わなくなりました。


 ある年の春、ふもとの村に旅の坊さまがやって来ました。

「山越えをするのは、この道でよいのか」

 そう尋ねられて、村人はうなずきます。

「だが坊さま。この道には化け物が出るぞ」

 だから行くのは止めた方がいいと、村人は引き止めました。


 実は少し前に、化け物の話を聞いた武芸者が村へやって来たのです。

 そして昼頃、意気揚々と山に向かいました。

 ところが、少しだけお天道さまが西へ傾いたとき、山から飛び出してきたのです。

 武芸者はそのまま走り去ってしまいました。

 その足の速さといったら、村の誰一人として彼の者から何があったのかを聞けなかったくらいです。

「では、心して参ろう」

 村人に礼を言った後、坊さまは山へと向かいました。 


 山の道にはたくさんの草が生えていました。

 でも、坊さまは慣れた足どりで奥へと進みます。

 どんどんと奥へ行くと、いつしか道は消えていました。

 

「迷ったらしい」

 そう言いながらも慌てず騒がず、坊さまは周囲を見渡します。

 すると少し離れたところに枯れ木がありました。

 先程から何度か見たことのある木でした。

 山の木々は新芽を出しているのに、その木には葉が一枚もありません。

 坊さまは枯れ木の前に座ると、そこでお経を唱え始めました。


 静かな森の中に坊さまの声が広がります。


 しばらくして、空に雨雲がやって来ました。

 大粒の雨が坊さまの上に降り注ぎます。

 でも、坊さまはお経を唱え続けました。


 次に雷が空を駆けめぐります。

 でも、坊さまは逃げようとしません。


 その次は強い風と共に、獣の唸り声が周囲に響きました。

 これでも坊さまは、その場から動きませんでした。


 とうとう森の奥から巨大な化け物が姿を現します。

 ところが坊さまは目をつぶってお経を唱え続けたのです。


 何をやっても坊さまには敵わないと化け物は思ったのか、周囲に静けさが戻ります。


「もう終わりかね」

 坊さまは枯れ木に話しかけました。


 すると木は枝を揺らします。

「よくぞ見破った。

 われはこの百年、葉を一枚もつけずに生きたものなり。

 坊さまには負けた。木こりを呼んでわれを切り倒すが良い」

 人々を困らせていた山の化け物は、枯れ木のような姿から葉の落ちた大木へと姿を変えました。


「まぁ、待て。お前に渡したいものがある」

 そう言って坊さまは懐から、木彫りの仏像を出します。

「これはお前の親木で作った仏さまだ。確かに届けたぞ」

 仏像は木の根元に置かれました。


「われの親木だと?」

 意外な話に、木は枝を大きく揺らします。

「私はお前の親木に頼まれて旅をしていた者だ。

 お前の親もまた人に災いをもたらしたが、後に仏の慈悲により善き心を得た。仏像はその証だ。

 お前は妖力を受け継いだが、木としての知識を受け継がなかった。ゆえに葉もつけず、何者だか分からない存在となったのだ」

 木は静かに坊さまの言葉を聞きます。


「ただ居るのではなく、妖力で他を惑わせるのでもない。

 この山の季節を感じ己という存在を認めながら、他の者と関わってみてはどうだ。御仏はきっとお前を導いてくれる」


 坊さまは合掌しながら木に挨拶をすると、その場を立ち去りました。

 木もまた坊さまを引き止めませんでした。


 その夜、無事に山越えをした坊さまは不思議な夢を見ました。


 幹と枝しかない木の根元に置かれた仏像が光っています。

 その光を受けて、木の枝から葉が一枚二枚と現れたのです。

 葉が増えると、木は幹が太くなり新しい枝を伸ばしました。

 新しい枝は葉をつけ、木に力を与えます。

 何度もそれを繰り返していくうちに、太くなった幹は根元にあった仏像を飲み込みました。

 そしてついには、周囲の木々よりもたくましい若木へと変身したのです。


 今まで何者にもなれなかった木が、自分自身を取り戻した姿でした。


「親木もこれで浮かばれよう」

 明け方、坊さまは東の空に向かって手を合わせます。

 坊さまもまた、清々しい気持ちでいっぱいでした。


 その後、山越えをした坊さまがいるという話を聞いた者たちが、おっかなびっくりながらも山道を歩いてみました。

 すると山の中腹で、幹にお地蔵さまのようなコブがある大木を見つけたのです。

 この木が山の化け物を追い払ったのだと、人々は思いました。


 そしていつしか、木は「仏さまの木」と呼ばれるようになりました。


 もう山で道に迷うものはいません。

 仏さまの木は山のどこからでも見えるので、みんなはそれを目印にするからです。


                              おわり

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