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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒猫お嬢様とネズミ執事シリーズ

黒猫お嬢様とネズミ執事6ー白猫お嬢様と(後)ー

作者: 黒杉くろん





黒猫お嬢様リーゼルダと、白猫お嬢様シャムミファーのお茶会の日。


二人は朝から専属執事の手によって、とびきりのおめかしをします。

新しいドレスに、毛並みのケア。猫耳から爪先まで、すべて美しく整えます。



「世界の何よりも美しいです、リーゼルダ」


「うふふ! 私がつがいで誇らしいでしょう? セルネリアン」


それはもう、と返事をして、執事セルネリアンは黒猫お嬢様を抱き上げます。

夫婦の口付け(マーキング)を行ってから、仲睦まじくお茶会に向かいました。



白猫お嬢様シャムミファーの髪がきれいに結われます。

ふわふわの髪を活かすようにブラッシング、そして緩やかな三つ編みを両サイドに。空色のリボンを飾りました。


(お茶会に誘われたのも、こんなにおめかしをするのも初めてなのですわ……ぅぅぅ)


「支度が整いました」


「みゃあ!?」


びくっと飛び上がった白猫お嬢様は「ありがとう」と執事にお礼を言って、一呼吸。

俯いていた顔を上げて、ドキドキと鏡を覗き込みます。


「ふあああぁ……!」


「ご満足頂けたでしょうか? 私の技術を駆使して、お嬢様の美しさを引き出したつもりです」


一応尋ねながらも、執事は確かな手応えを感じて晴れやかに微笑みました。

白猫お嬢様はいつも伏せている瞳をぱっちり見開いて、感動できらきらした表情をしています。白いドレスを優雅に着こなしています。


(こんなに美しい猫人様だったのですね……。俺の技量、さすが)


執事がこっそり拳を握って自分を褒めました。


「まるで知らない猫みたい。ねぇ、その……こんなに素敵に整えてくれて、嬉しい」


白猫お嬢様の可憐な笑顔に、執事は面食らいました。

こんな表情を見たのは初めてです。


「お役に立てたなら光栄です」


心からそう言いました。

白猫お嬢様が頬を染めます。


「参りましょう。昨日たくさん会話の練習をしたのですから、きっと大丈夫ですよ」


「う、うん……!」


白猫お嬢様は、お守りのように胸に抱いていた「猫式会話術」の本を机に置きました。

そして執事の前に立ちます。

いつもより堂々とした立ち姿に、執事が目を見開きました。


「お茶会会場のガーデンの場所をご存知でしょうか?」


「あっ」


恥ずかしそうに執事の後ろに移動します。

「お役に立つのが執事の喜びです」と言ってもらうと、ホッとした表情になりました。





黒猫・白猫のお茶会はガーデンで行われます。

ツル薔薇がアーチを作る道を歩いて、白猫お嬢様と執事が進みました。


道中、白猫と黒猫の小さなウェルカムカードを見つけながらの散歩はとても楽しいようです。


白猫シャムミファーは夢中でカードを集めて、耳をパタパタと揺らしました。

執事は(悔しいけどあいつは猫人様が喜ぶ対応をよく分かってる……)と、対抗心を燃やします。



ぽっかり開いた広場に、ガーデンテーブルが置かれています。

白と黒をバランスよくコーディネートした食卓。

シャムミファーの瞳の色のような、青薔薇が飾られています。


「おもてなし、お、お見事ですわっ」


シャムミファーが感激しながらも、ツンと顎を上げて言い放ちました。

執事セルネリアンが礼をしますが、黒猫リーゼルダの姿がありません。


「にゃあ!」


「みゃあ!?」


ーー薔薇の影に隠れていたリーゼルダが飛び出しました!


驚いて「ふーっ」と威嚇しているシャムミファーの口に、赤い蝶々を放り込みます。


「さっき捕まえたのよ。あなたが言った通り、私とセルネリアンのおもてなしは見事なのだわ!」


ふふん! と腰に手を当てて胸を反らし、自慢げです。

シャムミファーの口の中で蝶々の翅がすうっと溶けて、苺の甘酸っぱさを残しました。


「お、美味しかったですわ……」


「ね!」


このような行動の対応なんて教本に書かれているわけもないので、シャムミファーは思わず素直に感想を述べることしかできませんでした。


今後の会話が不安です。

とてもじゃないけど、マニュアル通りに進む気がしません。困ったように、シャムミファーと執事が目を合わせました。


「あらあら?」


にんまりとリーゼルダが笑います。最近、恋の話題が彼女のマイブームなのです。

絡みに行こうとしたリーゼルダの後ろ襟をセルネリアンが摘んで机に誘導しました。


「何をするのよ!」


「他のネズミに関心を持たれるのはいやです」


耳元で低く囁くと、リーゼルダは少し頬を赤らめて「さみしがり」と婚約者をからかい、手の甲を舐めてあげました。


シャムミファーが倒れそうなほど真っ赤になって、顔を覆った指の隙間から光景を眺めています。

執事はげんなりと、愛に狂う婚約者たちを視界から少し外しました。


((なんて会合に来てしまったのか!))


後悔してももう遅いのです。

招待状の返事は「イエス」としたのですから。


プルプル震えながらシャムミファーが着席します。


「お招き頂き誠にありがとうございます!!」


(その調子ですお嬢様!)


丁寧に啖呵を切った主人を、執事が内心で褒めます。


「光栄に思うといいのよ」


「そ、そう告げましたわ」


「ねぇ聞いたセルネリアン? シャム嬢は嬉しいのですって!」


「そこまで言っていませんわ!?」


「似たようなものなのだわ。そんなことよりも」


さっそく黒猫お嬢様リーゼルダのペースです。

うううう、とシャムミファーは悔しがります。

そして、目を奪われました。


「仕掛け絵本」


リーゼルダがパラパラめくってみせる絵本は、それはもうたくさんの仕掛けが凝らされていて、ページの隙間から鳥や蝶々やお城や、様々なものがぴょこぴょことしたので、シャムミファーも猫人としてたまりませんでした。


みゃっ! と思わず指を伸ばしてしまいます。


「私のお気に入りなのだわ。だからね、ぜったいに素敵なのよ。一緒に見よう」


「よ、よろしいの……?」


「うん」


リーゼルダがセルネリアンを振り返ると、セルネリアンは主人が乗ったままの椅子をずらして、隣同士にしてあげました。


黒猫白猫は仲良くよりそって、仕掛け絵本を夢中で読み始めました。


とちゅう、読み上げが止まって、猫たちの指先に追いかけられた仕掛け細工の紙が壊れてしまうことはしょっちゅうです。


この絵本はリーゼルダのお気に入りなのです。

つまり、読むたびにこうなので、セルネリアンは直し慣れています。

すぐさま色紙とノリとはさみを使って、絵本を直してくれました。

はさみを使っている時にはぜったいに手を出してはいけませんよ、と注意をしておいて。


それでも初めての仕掛け絵本にシャムミファーはうずうずとしてしまったので。


「わたくしの手を捕まえておいてちょうだいな」


「承知いたしました」


命じられた執事は大変満足そうに、シャムミファーの両手を、みずからの手のひらで包む仕事をこなしました。

今朝よく磨いたシャムミファーの爪が執事手袋に引っかかりそうになったから、ドキリとしました。


セルネリアンは大満足です。

本を直して褒められたし、リーゼルダが「お気に入りはぜったいに素敵なの」というのは自分のことも含んだように思ったからです。

セルネリアンはリーゼルダのお気に入りですから。


いささか自意識過剰ですが、ふたりが仲良しでごきげんに過ごせるならそれでいいのでしょう。



また、猫たちが絵本の仕掛けを追うと、シャムミファーがカップをこつんと肘でついてしまいました。


「あっ」


ぱしゃん。

白いテーブルクロスが台無しです。

紅茶のシミはなかなか落ちないのに。


「ごめんなさい」


シャムミファーはうるうると瞳を潤ませました。


「大丈夫ですよ、火傷はしていませんか? お召し物は汚れていなくてよかったです。新しい紅茶をすぐに淹れますから、席の場所をかわってくつろいでお待ちくださいませ」


執事がイキイキと支度をしてくれます。

シャムミファーはその姿を、どこかうっとりと眺めました。


「……リーゼルダお嬢様の予想通りやもしれませんね」


セルネリアンがそっと小さな声で、リーゼルダに囁きます。


「ねぇ見てシャム嬢! この紅茶のシミ、なにかに似ていない? シュークリーム!」


はしゃぐリーゼルダが可愛らしいので、セルネリアンはにこにこと眺めて至福の数分を過ごしました。



ふたたび、支度が整いました。

猫たちははちみつティーを飲んで、ほんわかとした息を吐きます。

それとともに、くあっとあくび。

ふたりで顔を寄せて絵本を眺めていれば、あたたかくって、なんだか眠くなってきますね。


「そろそろお時間でしょうか」


「ま、まだ……!」


セルネリアンが時計を眺めて静かに告げると、意外にもシャムミファーが抵抗を口にしました。


専属執事は驚きました。

予定時刻をかえたいとシャムミファーがわがままを言うなんて、初めてのことだったからです。


「「承知いたしました」」


ネズミは猫に逆らいません。



リーゼルダも最後まで仕掛け絵本を読むつもりだったので、遊んだりとちゅうで物語をちょっと言い増したりしながら、もったいぶって最後のページを開きました。


「……そうして、お姫様はすなおに『好き』と告げたため、王子様と結ばれてしあわせになったのでした。めでたし、めでたし」


「う、みゃああああああん!」


シャムミファーが涙をぽろぽろ流して大きな声で鳴きます。

みゃっみゃっとのどを引きつらせて、それでも鳴き続けます。


「シャムミファーお嬢様!? す、すみませんリーゼルダお嬢様、従者の提案で恐縮ですが、主人を退出させてもよろしいでしょうか?」


ハツカネズミ執事は大慌てでシャムミファーをあやし、お気に入りのハンカチを与えて、抱えて、リーゼルダに頭を下げると早足で去っていきました。


これについて、リーゼルダとセルネリアンは満足そうです。


「シャム嬢ならこの物語に感動して泣くかもって思ったのよ。あの子の涙、とても綺麗だったのだわ!」

「あの二人はお互いにとくべつな執着があるようですね」


しかしセルネリアン自身は触れ合いが足りていなかったので。


リーゼルダを抱き寄せると、とびきりおめかしした美しい容姿を視線でも口頭でも愛でて、赤く染まった頬に「ちゅう」とこころからのキスをするのでした。






ぐすん、ぐすん、ようやくシャムミファーが落ち着いてきました。

部屋に二人きり。


執事が抱き上げたときにベストをぎゅっとにぎったまま、つい離さなかったので、膝に抱っこした姿勢でベッドに腰掛けています。


なにも起こりません。

猫とネズミですもの。


「……」


「お役に立てたならネズミとして光栄です」


執事は迷いのない言葉で言いました。

笑顔はいつもよりさわやかですらあります。


シャムミファーはぐっ、と唇を噛み締めて、言おうとした謝罪を飲みこみました。

それから。


「いつもありがとう……」


やっとすなおに告げられました。


『好き』ほど直接的ではないけれど、シャムミファーはしあわせになれるでしょうか。


ハツカネズミ執事は唖然としました。

猫人からの最大級の賛辞、ずうっと欲しかった言葉です。


胸がじんわりと熱くなりました。


ネズミの作法に従って頭を下げると、すぐそばにシャムミファーの顔があります。

ネズミの作法ではこんなに近くに寄ることはありえませんから、非常事態です、その後の対応を執事は学んでいません。


ふんわりと、今朝自分が選んだ香水のかおりがシャムミファーから漂ってきました。

だからなんだということですが。

美しい猫です。

だからなんだということですが。

ドキドキ、ドキドキ、それはルール違反のせいなのでしょう。


「できるだけお片づけをしようと気をつけているのに、今日は、散らかしてしまったわ……」

「片付けはネズミの仕事ですから」

「紅茶でテーブルクロスを汚して、ハンカチもあなたの服も、涙で濡らしてしまったわ」

「洗濯もネズミの仕事です」

「でも手間でしょう? わたくしならそう思うもの」


(あなたは猫で、俺はネズミなのだから!)


執事はすっかり脱力してしまいました。


(自分がしてもらったら嬉しいから、俺もそうだろうと思って、できるだけ散らかさずに、キライな片付けもしていたっていうのか?)


そうなのでしょう。

ハツカネズミにとっては、世界がひっくり返ったような衝撃でした。


「俺は片付けや洗濯がとても好きなのです」


ハツカネズミは、すなおに好きと告げました。



その日は二人ともふらふらとしながら別れました。

今日はいろんなことがありすぎました。

頭がほわほわとします。



ハツカネズミが執事の控え室に入っていくと、セルネリアンに捕まりました。

とても嫌な予感です。


「なんだよ。むぐっ!?」

「これは上級の猫人様しか食べられない高級品でして。ブルーチーズというのです」


ーーその濃厚で芳醇な味といったら!


執事の舌はトリコになりました。

そしてその見た目は、まろやかな白に青黒い斑点、まるでシャムミファーの髪のよう。


「リーゼルダお嬢様の食べ残しを頂けるのは、今日だけですよ……。あとはシャムミファーお嬢様におねだりしてはいかがですか? たまにならリーゼルダお嬢様とのお茶会をいたしましょう」


そのときに、もしもリーゼルダが望めば、ブルーチーズが現れるのでしょう。


ハツカネズミはドブネズミにしてやられたのです。

もう舌も目も、ブルーチーズを望んでやみません。



翌朝から毎日、気がつけばハツカネズミは、熱いまなざしでシャムミファーを追うようになりました。

まろやかな白に青黒い斑点。

なんて美味しそうな。


「シャムミファーお嬢様」


もうたまなくて、便箋とペンを渡せば、みゃあ! と微笑んでみせるシャムミファーにどきりとしたのは、イケナイ下心があるからです。


熱いまなざしがどうにも気になったシャムミファーが振り返ります。


「フレディエル」


執事を呼ぶ声はチーズがとろけていくときみたいにまろやかでした。







リーゼルダとシャムミファーは時たまお茶会をするほど仲良くなりました。


絵本を読むと、シャムミファーは泣いたり笑ったり、感情豊かに反応するのがリーゼルダのお気に入りです。


「あなたって面白い猫なのだわ!」


笑うと思っていたのに、シャムミファーが泣いてしまったので、リーゼルダは不思議そうに首を傾げました。


頬を伝う涙を舐めてあげました。







おまたせしました。

やっと書けました……!

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[一言] 後編ありがとうございました!
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