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閑話:とある男達の会話

 紙にペンが走る音と、めくる音。

 パソコンのキーボードを叩く音と、マウスが動く音。

 たまにカップを持ち上げる小さな音。

 それ以外は音のない部屋の中。


 男二人は仕事に勤しんでいた。


 一時間が経過したところで、片方が口を開く。


「――今気付いたんやけどさ」

「おう」


 カリカリカリ。ぺらっ。

 タンタンタンタン、カタン。


「お前が使役できる限りの精霊って、この世界にいるすべての精霊ってことやないか?」

「……………。」


 カリカリカリ。

 カチャリ。


「なぁ、どうなん?」

「……契約した精霊は使役できねぇよ。聞き込み程度はするけど」


 ペンが紙を走る音が止まる。

 カップがソーサーに戻った小さな音のあと、キーボードを叩く音は続いた。


「手が止まってるぞ?」

「いやいやいや、止まりもするて! お前、この世界の全精霊を使ったんか!?」

「嫁のためなら使えるもんは全部使う。それが俺のポリシーだが?」

「知っとる。知っとるけども!!

 ……あいつが来たらすぐに連絡きそうやな、これ」


 呆れたような呟きにパソコンの手が止まり、再びカップを持ち上げる音がした。


「はっは。当たり前だろ。そのために俺らしくないことしたんだ。

 たとえ記憶を失っていようとも、必ず、すぐに、俺の所に来るように、な。

 あの時ほど使えるもんを全部使わなかったことを後悔したことはない」

「一ヶ月、アランと山小屋で一緒やったアレな」

「伝説の鍛冶屋と縁を結べたし、アラン自身が女に興味がなくて助かったが、あれが他の男だったらと思うと今でもおぞましい」

「おぞましいって……」

「恐ろしい、と言い換えてもいい。とにかく俺には恐怖以外の何物でもない」

「そーかい」


 もう一つのカップがソーサーから離れた。

 空だったことに気付いて椅子から立ち上がる音がし、注ぐ音が一つ。

 戻った後はペンが走る音が再び聞こえ出す。


「溺愛しすぎやろ」

「うっせーわ。神と守護者の契約をした男を堕としたんだ。これぐらいの束縛、緩いもんだろ。

 魂を縛って絶対に離れないようにすることだって出来たんだからな」

「やっだ怖い。精霊化するってことかよ」

「あいつの肉体が壊れたらそうするつもりだが」

「マジで怖いなお前!? 本人に先に話しとけよ!?」

「結婚するときに話し合って了承済みだ」

「もうやだこの夫婦! 俺も従者に入れろよ」

「最初からお前を従者にしない選択肢はない」

「ならよし」


 ペラペラ、カリカリ。

 カチリ、タタタン、タンッ。


「――なぁ」

「まだ話題あるのかよ」

「手は止めんわ。――アストの話やねんけど」


 規則正しく続いていたキーボードを打つ音が一瞬乱れた。

 追い打ちをかけるように男は続ける。


「この前ほぼ一日張り付いてたから気付いたんやけど、こっちの明澄人は他と魔力の波形がちゃうな」


 キーボードを叩く手は止まらない。だが先ほどよりもミスが多いようで、音は乱れている。

 男はなおも続ける。


「分史は正史から分岐した歴史。誰かが生きとったり死んどったり名前が違ったりはあるけど、魔力の波形はそこまで大きく変わらん。

 最初はまだ子供やから安定してないだけかと思ったけど、他と同じ年齢になったのにあそこまでちゃうのはおかしいで。


 あれは誰や?」


 キーボードを打つ音は完全に途絶えた。

 ペンが走る音も止まっている。

 しばしの静寂を、深い深い溜め息が引き裂く。


「お前の勘の良さは、本当に賞賛に値するよ」

「褒めても誤魔化されたりせんぞ」

「わかってるよ。

 確認するが、分史では竜と契約していたか?」

「ああ、しとったみたいやな。最後の分史で知り合った竜族が、あれは竜使いやと断言しとった」

「そうか。こっちでも一応、契約したと言う形になるのかな。

 時の精霊が、時空の狭間で見つけた卵を俺に押しつけてきたんだよ」

「お前に? まて、時系列がわからん。いつ頃の話や?

 お前と俺がこの世界に戻ってきたんはほぼ同時で、すぐ合流したよな」

「そうだな。

 弟が契約させられたのは五歳の頃、今から十年前だ。ちょうどお前が赤の部隊で遠征に行ってた頃だよ」

「なんで俺に話さんの! 教えてや!」

「事情があったんだよ。

 結城家で一緒に晩ご飯食べてたら、孵化寸前の卵を渡されてさ。その場で運悪く生まれたわけですよ。

 生まれた瞬間、一番魔力が高かった弟が選ばれて、竜に精神を乗っ取られて死んだ」

「おおう……それなら話せないのも」


 わかる。

 そう続くはずだった言葉は遮られた。


「まぁ待て。この話には続きがあってな」

「は?」

「直後に時空が揺れる時震(じしん)が起きたんだ。

 ――ここまで言えば、勘の良いお前ならわかるな?」


 息を飲む音がした。


「誰かと入れ替わったんか」

「そう。本物は今どこにいるかわからん」

「ほな、あの明澄人は誰なんや」

「さて、ヒント。彼の魔力の波形は誰に似てますか」

「は? そりゃお前に……いやまて、どういうことや? あれがお前の弟やないなら、なんでお前に似る?

 そもそもお前は守護者になったから、形が変わってもうて、親兄弟誰とも違う形、に……」


 再び、息を飲む音がした。

 魔力の波形は遺伝する。体を乗っ取られるか、それこそ神と契約でもして生まれ変わらない限り、変わることはない。


「そうか、そういうことか」

「そういうことなんだなー」

「わかったわ。そりゃ話せんわな」

「だろ」

「ちなみに本人は知っとるんか?」

「知ってるよ。だが、明澄人という名前が自分の叔父の物とは知らない」

「そーか」


 大きく伸びをする声がして、深呼吸が一つ。

 その後は、ペンを走らせる音と、キーボードを打つ音だけが響いた。



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