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第5話 「呪術と紡呪」

今回は6000字程度です。

「お待たせしてしまってすみません。この人達にはきつーーーく言って聞かせたのでもう大丈夫だと思います。――そうですよね?」


「「はい……」」


 先ほどの元気が嘘のように、大人しく腰を下ろす二人。ヤコさんはきつく言い聞かせたと言っているが、二人のボロボロの姿を見るに、言って聞かせたというよりも体に教えたという方が正しいような気がする。


 僕はそれを見て、ヤコさんだけは絶対怒らせないようにしようと心に誓う。


「それでは、私は昼食を用意してくるので、それまでにお話を済ませといてくださいね」


「「はい……」」


 すっかり大人しくなった二人をよそに、ヤコさんは家の奥にある台所へと姿を消す。


 あれほど口論していた二人に「はい」しか言わせないとは、ヤコさん恐るべし。やっぱりどの家も奥さんが一番怖いのだろうか?

 まあ、僕には奥さんも両親もいたことないんだけど……。


「さて、ヤコちゃんが戻ってくる前に話を済ませておかねばな」


「そうだな」


 神妙な面持ちでそう頷き合う二人。


 彼女のおかげで変な一体感が生まれている。


 さすがヤコさん。


 僕の中でヤコさんの尊敬度は上がりっぱなしだ。


「さてと、まずはお互いに自己紹介でもしようかの。ソフィアは良いとして、わしとそこの少年は会うのが初めてじゃからな」



「そ、そうですね」


 僕は背筋を伸ばし、正座する。


「も、申し遅れました。ハル・リベルスと言います。師匠には危険なところを救っていただき、今は弟子をさせていただいてます」


「うむ、よろしく。わしはこの集落のおさをやらしてもらっている、ザザムというものだ。今は集落のおさなんぞをやっているが、昔は結構なやり手での。ソフィアに薬草や呪術、戦い方なんかを教えたのはわしなんじゃ」


「ええっ!? ということは、ザザムさんは師匠の師匠ということですか!?」


「ヒョヒョヒョ。そういうことになるかのう。昔は泣き虫で、物覚えの悪かったこやつが弟子を連れてくる日が来るとは、驚きじゃわい」


 ザザムさんは小ばかにしたような笑顔を師匠へと向けるが、師匠はバツが悪そうにそっぽを向く。


 どうりで仲がいいわけだ。それにこのザザムさんが師匠の師匠ならば、敵わないのもうなずける。僕だって、師匠に勝てと言われれば無理だ。例えそれが五年後十年後の話だとしても、僕が師匠に勝つ瞬間を想像することはできない。


「少し話が逸れてしまったのう。ヤコちゃんが戻ってくる前に話を終わらせなければないし、早速本題に入ろうか」


 ザザムさんは髭を一撫でして、姿勢を正す。


「さて、今日は何しにここへ?」


 その問いに、今までそっぽを向いていた師匠がザザムさんへと向き直る。


「やっとか。まあいい。――今日はこの子、ハルに呪核じゅかくを授けてやって欲しくて来たんだ」


呪核じゅかくか……。ふむ、なるほどな」


 ザザムさんは頷き、じっと僕の顔を覗き込む。


 そして、


「ということはハル君、君は呪術師になりたいということかのう?」


 真っ直ぐに僕を見つめてくる瞳。


 その瞳に、僕は言葉を詰まらせてしまう。


 どう答えたらいいのだろう。


 正直、強くはなりたい。


 それは今でも変わらない。


 しかし師匠に問いかけられたあの言葉が、頭から離れない。


 呪術師が強くなるためには、魔獣を殺さなければならない。


 魔獣は忌み嫌われる。家畜を襲うし、場合によっては人をも殺す。生き物を多く殺せば魔怪まかいという手の付けられない怪物になるため、王都でも魔獣は駆逐対象となる。


 だがそれはあくまで人を守るためだ。自分が強くなるためではない。


 最初、師匠から呪術師の話を聞いた時、あの時は分からないかった。生き物を、魔獣を自分勝手な理由で殺すことがどういうことなのか。あの時は、強くなれれば何でもよかった。でも、実際に魔獣が目の前で殺されるのを見てしまった今、そうは思えなくなってしまった。


 魔獣も生きている。僕たち人間と同じように、親もいれば子もいる。そんな彼らを殺してもいいのだろうか。こんなことを考える意味はないと、ただ無心で盲目的に殺せばいいのだと、頭のどこかでは分かっている。


 でも、出来ない。


 魔獣が人間を殺すように、人間もまた魔獣を殺す。一方が悪いわけではないのではないか。本質的には、人間も魔獣も同じなのではないか。


 その考えが、頭から離れない。


 だからこそ、罪のない魔獣を自分が強くなりたいという理由だけで殺していいのだろうかと迷ってしまう。


 その時、


「――ハル君。君は、優しいのう」


 答えが出ず悩んでいる僕に、そう声をかけてくれたのはザザムさんだった。


「強くなりたい。でも魔獣は殺したくない。それが、我々に危害を加えていない魔獣ならなおさら。君はそう思っているんじゃな?」


「……!? ど、どうしてそれを……」


 心中を言い当てられた僕は、思わずザザムさんの茶色の瞳を見返してしまう。


「わしぐらい長く生きていると、人を見る目だけは育っていくものじゃ。そんなわしが見るに、君は優しい。そしてそれ故に迷っている。そんな君のことじゃ、悩んでいるとするならばきっと自分以外、魔獣のことだと思ったんじゃよ」


 僕は膝の上で拳を握り、視線を落とす。


「僕は……、僕はずっと強くなりたいと思ってきました。魔法が使えない体質だと分かったときでさえ、そう思ってたんです。でもここに来る途中、師匠に言われた言葉で分からなくなってしまいました」




『呪術師は生き物を傷つけ、しかばねの山を築くことでしか強くなれない』

『強くなる、呪術師になる覚悟はあるか』




「あの言葉で、今では自分がどうしたいのか、どうするのが正解なのか分からないんです」


「確かに難しい問題じゃな。これという正解がないから、なおさらじゃ」


 ザザムさんはそこでしばらく考えると、うむと頷いて顎髭を撫でる。


「君はまだ呪術についても、呪核じゅかくの試練についてもほとんど何も知らない。じゃから、こういうのはどうじゃ? 全てを知ってから決めるというのは?」


「全てを知ってから?」


「そうじゃ。どうせソフィアのことじゃ。呪術について代償があることぐらいしか教えとらんのじゃろ?」


「まあな。じいさんが教えると思って省いた」


 え、ええっ!?


 そうなの?


 てっきりあれで全部だと思ってた。


「じゃから、呪術について全てを知って、ちゃんと試練の内容を聞いてから決めても遅くはなかろう?」


 迷っている僕にザザムさんはそう言ってくれるが、本当にそんな決め方でいいのだろうか。


 呪核を授けてくれるザザムさん。呪術師である師匠。この二人の目の前で、そんなことをしてもいいのだろうか。この二人、少なくとも師匠は呪術師というものに誇りを持っているはずだ。それはさっき躊躇ちゅうちょなく魔獣を殺したことからも分かる。だからこそ、僕がこんな中途半端な気持ちでいていいのかと思ってしまう。


 しかしザザムさんはそんな僕に笑顔を向けてくれる。


「後で詳しく話すが、呪術師になれば二度と元には戻れん。後戻りできない人生の決断を、今しろと言うのも酷じゃろう。だから、大丈夫じゃよ」


 全てを見透かされているかのような瞳。


 その真っ直ぐな瞳に、僕は決意する。


「……分かりました。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」


「うむ」


 ザザムさんは満足そうに頷くと、さて、と仕切りなおして思案する。


「とは言ったものの、何から話したものかのう。――ハル君はどこまで聞いたんじゃ?」


「えっと……。呪術は魔法とは違って、自他の体に作用させるもので、自分に使うものなら代償、相手に使うものなら制約という条件を満たさなければならないという所までです」


「うむ。では、そこから話そうかのう」


 僕は改めて姿勢を正し、ザザムさんへと向き直る。


「確かに、今ハル君が言ったように、呪術には自分にかけるものと他者にかけるものの二つがある。これが基本じゃ。しかし珍しいものとして、物に作用させるものがあるんじゃ」


「物に?」


「そうじゃ。武器や防具、その他の物にそれ専用の呪術が存在する。肉体に呪術を使用するよりも遥かに難しいが、それ自体が強力な切り札となる。――まあ、見せた方が早いじゃろう」


 ザザムさんはそう言って杖を持ち立ち上がると、僕の傍まで来る。


「ザ、ザザムさんがやるんですか!?」


「聞いとらんのか。呪術の種類は限られるが、古種こしゅも呪いを使うことが出来るんじゃ。それも、人間が使うより遥かに強力にのう。古種こしゅと契約して手に入れることが出来る呪噤じゅごんは、わしらの力を分けたものじゃよ」


「そ、そうだったんですか……」


 そんな大事なことなら教えてくれてもいいのにと、僕は師匠の方を横目で見る。しかし師匠は明後日の方向を向き、下手くそな口笛を吹いて誤魔化していた。


――これは完全に忘れてたな。


 僕は師匠へと向けたジト目を中断し、杖を持ったザザムさんへと向き直る。


「僕はどうすればいいですか?」


「そうじゃな。――では、振り下ろすわしの杖を掴んでくれるか?」


 ザザムさんはそう言うと、杖を目の前に構え、それを僕の頭へゆっくりと振り下ろす。


 その速度は本当に遅く、さすがの僕でもしくじらないような速さだった。


 迫りくる杖の先端。


 僕はそれを難なく頭に当たるギリギリで掴んだ。と、思ったその瞬間、掴んだはずの杖は煙のように姿を消し、僕の右肩の上に現れた。


「え……。確かにさっきは目の前にあったはずなのに……」


「これが、武器にかける呪術の一例じゃな。この呪いは、相手に武器の場所を誤認させるものじゃ。使えれば形勢逆転の一撃にもなりうる」


 唖然とする僕をよそに、ザザムさんは先ほどの場所に座り話を続ける。


「武器に使用する呪術は強力じゃが、その一方で武器を体の一部と考えねばならず、またこれに頼りっきりになってしまうことで相手に見切られる確率も高くなる」


 確かにそうかもしれない。最初の一撃は良いが、二回三回と回数を重ねるごとに見切られる確率も上がるだろう。また魔獣の中には第六感が鋭いものもいるため、これだけでは初見で見破られる可能性もある。


 そう考えた時、ふと魔法学院で習ったことを思い出す。


「じゃあ、一つの呪術をベースにして、色々な呪術を組合わせればいいんじゃないですか?」


 魔法学院で習う基本的な戦術。魔法や剣術などそれら単体では見切られるものも、組合せ複雑にすることで全体の戦闘力を底上げするというもの。例えば、剣を振り下ろすという単純な動作は、基本的に近距離の相手にしか通用せず見破られやすい。でもこれに魔法を組み合わせることで、中距離までその攻撃範囲を広げることができ、戦術が複雑化して見切られることも少なくなる。


 このように単純なもの同士を組合せ複雑化させるものは戦術の基本だ。


 でもザザムさんは楽しそうに首を横に振る。


「それが呪術では出来ないんじゃよ。自分に使うもの、相手に使うもの、道具に使うもの、呪術ではこの三つの種類を一つずつ、合計三つしか同時に使うことが出来ないんじゃ。しかも同じ種類の呪いは重複できん。つまり、一度自分に呪術を使えば、それを解除するまで新たに自分に呪術をかけることはできないということじゃ」


「でもそれだと結構厳しいんじゃ……」


「その通り。重複して互いに効果が高まる組合せはそう多くない。つまりワンパターンになりやすいんじゃ。呪術は同時に多くを発動させるほど、呪術師の体力を消耗するが、ワンパターンしかないのなら重複させる意味がなくなってしまう。デメリットの方が大きくなってしまうからのう」


 確かにそうだ。体に負荷をかけてまで戦術を広げたのに、そもそもそれ自体が見切られやすいのなら使う意味がない。短期決戦なら力押しで何とかなるかもしれないが、時間が長引けば長引くほどこちらが不利になる。


そして、


「学院では初めての魔獣が相手の時、そいつの弱点を探りながら戦うことが多いと聞きました」


 魔獣との戦いは長期戦になることが多い。

 それは魔獣という存在が今だにどういうものなのか分からないというのもあるが、一番の要因は魔獣を倒している魔法師が圧倒的な力を持っていることが多いということだろう。王都では、未知の魔獣や強い魔怪まかいはゴールドランク以上の魔法師が対処することが多い。彼らは小さな村ならば一撃で吹き飛ばすことが出来るほどの威力がある魔法を使うことが出来るため、相手の弱点を見つける必要がない。


 つまり、必然的に強い魔獣の情報が集まりにくい。


 そんな状況で新米の魔法師や僕のような弱者が戦おうと思うと、どうしても長期戦になってしまう。


「今の話だと、実戦で呪術を使うことは難しいんじゃないですか?」


 ザザムさんは笑顔で肯定する。


「その通りじゃ。確かに呪術は一長一短が激しいためクセが強く、体に作用する力が多いために魔法のような威力はない。――じゃが、呪術師にはもう一つ強力な武器があるんじゃよ」


「強力な武器?」


「そうじゃ。それが〈呪術〉と〈紡呪ぼうじゅ〉と呼ばれるものじゃ」


 呪術と紡呪ぼうじゅ


 紡呪ぼうじゅと呼ばれるものは分からないが、確か呪術とは呪噤じゅごん呪詛じゅその総称だと昨日師匠が言っていたはずだ。


「ここで言う呪術は、先ほどまでわしらが使っていた意味とは違う。順番に説明しよう。――ハル君も知っての通り、呪いは大きく分けて二つある。わしら古種こしゅから授かる呪噤じゅごんと魔獣や魔怪まかいを倒すことによって授かる呪詛じゅそ。呪術師はこれらの方法からしか新しい呪いを覚えることはできん。だが、最初の一回だけ、呪核じゅかくを授かったときだけ手に入れることが出来る呪いがあるんじゃ。それが、呪術と呼ばれるものじゃ」


 つまり、呪核を授かった時点で、すでに一つは呪いを保有しているということだろう。


 ただ何故それが強力な武器なのか分からない。


「そうじゃのう。わしも最初はよくわからんかった。まあ、ゆっくり説明してやるから安心せい」


「お願いします」


「うむ」


 ザザムさんは頷き、続きを話し始める。


「この呪術とは、他の呪いと違い、自分の思いや覚悟が色濃く反映される。つまり、自分固有の呪いということじゃな。ハル君も一度見ているのではないかのう」


「僕が……?」


 僕はここ最近の出来事を思い出す。


 そもそも呪術師というものを知ったのはつい昨日のことで、呪術を見たのなんて今日が初めてだった。


――そんな僕がいつ見たって言うん……。


 そこまで考えたとき、師匠のある言葉を思い出す。




『呪術・恩讐おんしゅう手刀てがたな




 ブラックベアーにとどめを刺した、あの呪い。


 確かにあの時、師匠は呪噤じゅごんでも呪詛じゅそでもなく呪術と言っていた。


「あれが……」


 僕の呟きに、ザザムさんは優しく微笑む。


「分かったかのう。あれがソフィア固有の呪いじゃ。呪術は保有者の思いや覚悟の丈で違うが、大概は他の呪いよりも強力なものが多い。また、呪術は他のどの呪いとも違うため、併用することが出来る。つまり、強力な敵との戦いでは呪いで弱点を探し、見つけ次第、強力な呪術で仕留める。これが呪術師の基本的な戦闘スタイルとなる。さらに、呪いは保有者の成長と共に強くなるが、呪術はその幅が普通の呪いよりも大きいんじゃ。文字通り、呪いや呪術は保有者と共に成長する」


 確かにあの呪い、固有の呪術は強力だ。


 ブラックベアー、もといFランク以上の魔獣は例外なく頑丈なものが多い。第四級の剣でも、魔法なしでは魔獣に致命傷を与えることは難しくなる。このことからも、師匠の固有呪術が破格の威力だということが分かる。さらにそこから成長するとなれば、戦術の幅は大きく広がるだろう。


「つまり見切られていても、呪術が切り札になるってことですね」


「そういうことじゃな。じゃが、力だけではどうにもならないこともある。そういう時に頼りになるのが、紡呪ぼうじゅと呼ばれるものじゃ」


 呪術に並んで、最初に授かることが出来る力、紡呪ぼうじゅ。呪術は何となくわかったが、正直紡呪ぼうじゅに関しては全く想像できない。


―― 一体どんな力なんだろう……。


 僕の顔を見て、ザザムさんは楽しそうに微笑んだ。


 

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