第19話 「異常事態」
岩肌族の洞窟の前。そこで僕と師匠は彼らに見守られながら立っていた。
空気は澄んでいて、旅立ちには最高の状況。しかし、僕たちに視線を向ける岩肌族の表情は暗い。族長の息子であるパネッタさんが行方不明なので無理もないが、僕はそんな彼らを安心させるべく、口を開く。
「パネッタさんを必ず連れ戻してきます。心配だとは思いますが、大丈夫です! こっちには師匠もいますから」
僕の言葉に、岩肌族族長のバギャックさんが頷く。
「パネッタのこと、よろしく頼む」
そう言った彼の表情は、息子を心配する親のそれ。種族は違えど、やはり親子なのだろう。
僕はできる限り、安心させられるよう大きく返事をする。
「任せてください」
僕に何が出来るのかは分からない。もしかしたら何もできないのかもしれない。それでも、僕に出来る事なら何でもする。その覚悟だけは持っておく。
「まぁそんなに心配するな。私もついている」
師匠の言葉に、僕だけでなく、岩肌族の皆さんも安心の表情を浮かべる。こういう時の師匠は凄い。僕ではできなかったことを簡単にしてしまう。師匠の一言が空気を変える。師匠のようになれたらと、そう思わずにはいられない。
「ガノン、僕のナイフ頼んだよ」
「おう、任せておけ。ナイフが直り次第、俺もすぐに向かうよ」
ガノンは力強く頷くと、そう言う。
彼がいないのは心細いが、それも少しの間だけだ。僕は自分の出来る事を精一杯しよう。
「さぁ、別れの挨拶もすんだことし、そろそろ行くか」
「はい!」
僕と師匠は彼らに背を向け歩き出す。眼前に広がるは、闇深い魔獣の森。それでも、僕たちにとっては馴染みの森。そこに向けて一歩踏み出した。
セレナは目の前のゴブリンに刃を向けると、それを容赦なく振り下ろした。そいつは小さな悲鳴を上げて絶命する。突如として訪れる静寂の中、セレナは荒くなった息を落ち着かせながら後ろを振り返った。そこには、大量のゴブリンの死体。優に百は超えていた。
彼女は一度大きく息を吐くと、剣を鞘に納める。
「これは一体どういうこと?」
通常、ゴブリンはこんな中部まで姿を現す魔獣ではない。もちろん、はっきりと浅部と中部が分かれているわけではないため、中部に入った瞬間にゴブリンが出なくなるわけではないのだが、それでもこの数は以上だった。
――何か嫌な予感がする。
ゴブリンの大量発生か、それとも魔樹海の生態系の変化か。どちらにしてもこれは異常事態だ。セレナは回復薬を一気に飲み干すと、ポケットの中から今朝ウェルゴから渡されたものを取り出す。それは小さな手鏡で、縁には可愛らしい花の模様が彫られている。
セレナはそれに魔素を注入する。すると、鏡が光り出し、しばらくしてそこに一人の人物が映し出された。王国魔法騎士団五番隊隊長ウェルゴ・バーナム。彼はセレナと目があった瞬間に破顔する。
「無事でしか。心配しましたよ」
「ご心配おかけして申し訳ありません」
「とんでもないですよ。それで、状況としてはどうですか?」
「はい」
セレナはそこで、今まであったことを報告する。ゴブリンが大量発生していること。浅部ではなく中部にまでそれは及んでいること。ハイゴブリンに遭遇したことなど。彼はセレナの話を聞きながら一つ一つ丁寧に頷く。そして、全てを聞き終えたところで、彼は顎に手を添えて考える。
「なるほど。ゴブリンの大量発生ですか……。今までに前例のないことですね」
ゴブリンは魔樹海の中でも、単体では最弱の魔獣に分類される。繁殖力は高いがその戦闘力の低さから弱肉強食の魔樹海では、量が思いのほか増えない。また仲間意識が強く、グループが違えば同じ種族といえども争いに発展することも要因の一つの言われていた。
そんなゴブリンがここまで大量発生するということは、何かが起こっているということだろう。
「これはどういうことだと思われますか?」
セレナの問いに、ウェルゴは頭を抱える。
「難しいですね。今の報告だけだと、断定はできません。ゴブリンの天敵がいなくなったのか、それとも魔樹海自体の生態系に何かあったのか……。どちらにせよ、ただ事ではないはずです」
「私も同感です。原因を調べなくては……」
ゴブリンの異常増殖。もしこれが本当なら、それは由々しき事態だ。今は魔樹海の中でだけだから問題は少ないが、もし餌を求めて王都にでも進軍されれば、それこそ大変な事態だった。ただでさえ前回のアーミーアントの件で、王国魔法騎士団のメンバーが出払っていてその人数を少なくしているのだ。今襲われればただでは済まない。
「少し調査してみます」
「そうですね。あなたには負担ばかりをかけてしまって申し訳ないですが、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
鏡に向かって律儀に敬礼するセレナに、ウェルゴは頷くと、「それはさておき」と話の本題を切り出す。
「パナム様の行方はどうでしょうか? 手がかりは見つけられましたか?」
彼の言葉に、セレナは苦い顔を浮かべる。
「いえ、それが全く……。色々と手を尽くして探しているのですが、今のところ痕跡はおろか髪の毛一本見つけられておりません」
「そうですか……」
彼が通りそうな道を通り、隠れていそうな場所を探した。もちろん、魔法を使った捜索もしたが、不思議なほど痕跡が見つからない。通常、素人が魔樹海に入れば、何かしらの痕跡が残る。魔獣に襲われた跡だったり、足跡が残るはずなのだが、それらが全くない。これはどういうことなのか。セレナには一つしか心当たりがなかった。
――誰かに攫われた?
その可能性。
しかしそれをウェルゴに伝えると、彼は首を横に振る。
「それはありません」
きっぱりとした否定の言葉。確信を持っている者しか放つことのできないそれに、セレナは眉を顰める。
ウェルゴはそんな彼女の表情に気づくと、優しい笑みを浮かべた。
「私も確信があるわけではありませんが、もし攫われたとなると情報と違ってきます」
「その情報は信用できるのですか?」
「ええ、確かな筋からの情報です」
ウェルゴにそこまで言われてしまっては、セレナに否定する理由はない。しかし、人さらいではないと考えると、今の状況はますます不可解だった。
手がかりもなく状況も分からない。今の状態では探しようがない。
――これはいったん戻って作戦を練り直した方がいいかもしれないわね。
そうウェルゴに進言しようとした、その時だった。
暗い魔樹海に響き渡る大きな爆発音。それが森の重たい空気を震わせ、セレナの髪をなびかせた。地響きにも似たそれに、セレナは思わず鑑から視線を外しその方向を見る。
「今のはなに!?」
視線の先には深淵が続く森。しかし、それは先ほどのそれとは明らかに空気が違っていた。ピリつくような、それでいて息苦しいような鉛の空気。セレナはそれでただ事ではない何かが起こっているのだと予感する。
「どうしましたか?」
ウェルゴの言葉に、セレナは森の最奥を見つめたまま口を開く。
「分かりません。森で何かが起こっているようです」
「何かとは?」
「それも分かりません」
要領を得ないセレナにも、ウェルゴはあの優しい笑みを浮かべたまま頷いた。
「分かりました。それでは任務を変更して、セレナさんはその爆発音を調べてください。もしかしたら、そこにパナム様の手がかりがあるかもしれません」
「分かりました」
「くれぐれも無理はしないように。厳しいと判断したら、即離脱してください」
「かしこまりました」
セレナは鏡に映るウェルゴに対して敬礼すると、鏡に注入していた魔素を切る。そして、その深淵へと駆け出した。
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また同時連載の「悲しくも美しいこの世界で」もご覧いただけると嬉しいです。




