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第11話 「アドバイス」

今回は3000字程度です。

そいつの咆哮が聞こえてすぐ、セレナは跳躍した。


「『そよ風の歩みスカイ・ステップ』!」


 彼女はハイゴブリンの頭上を飛び回りながら、眼前の敵を観察する。防具は胸当てのみで大したことはないが、問題は右手に握られている武器。

 無謀にも樹海に挑んだ人間の武器を拾うか奪うかしたのだろう。化け物しか住んでいない魔樹海では絶対に手に入らないようなしっかりとしたそれは、セレナの身長ほどもある大きな鉄製の斧だった。



 ハイゴブリンはその斧を軽々と持ち上げているが、あの大きさなら重量は相当なものになるはずだ。あれではどれほどセレナの武器の方がランクが上だとしても、正面から切り合えば弾き飛ばされてしまう。

 つまりセレナの取れる作戦は、機動力と魔法を生かした一撃離脱ヒットアンドアウェイで体勢を崩し、その一瞬で勝負を決める一撃必殺。


――これしかない!


 セレナはそう確信し、『そよ風の歩みスカイ・ステップ』で素早く相手の頭上後方を取ると、一気に突っ込む。


――まずは一撃!!


 彼女は握っている剣を左わきに構え、ハイゴブリンとすれ違う寸前、そいつの首筋に刃を振るう。

 決まれば文字通り必殺の一撃だが、そこは強者と謳われるハイゴブリンである。そいつは地面にめり込むほど重い斧を軽々と持ち上げると、一切後ろを振り向くことなくセレナの一閃を防ぐ。

 斧と剣が交わり、眩しいほどの激しい火花を散らせる。思わず目を瞑ってしまうほどの明るい光。しかし、セレナはそれどころではなかった。


 すれ違いざまに交錯する視線。

 獲物を品定めするような気持ち悪いその瞳に、セレナは寒気と共に恐怖を覚え、地面に足が着くや否や跳躍して空へと離脱する。


――遊ばれてる……。


 そいつの顔に浮かぶ凶悪な笑みを見て、セレナは確信する。

 自分の攻撃が防がれた時、僅かではあるが一瞬判断が遅れた。あの時、あいつは殺そうと思えば殺せたはずだ。

 それほどまでに、致命的なスキだった。

 しかしセレナはこうして生きている。

 それはなぜか。


――私なんていつでも殺せるってことね……。


 セレナは悔しさのあまり右手の剣を握りしめる。

 未だに眼下で余裕の笑みを崩さないそいつを見て、彼女は静かに息を吐く。


――いいわ。だったら…………目にもの見せてやるわよ!


 彼女は空中で跳躍した。

 セレナお得意のその風の歩みスカイ・ステップを足場にして、ハイゴブリンの頭上を跳ねまわり、相手の死角から攻撃を仕掛ける。

 もちろんその攻撃は全てそいつの武器に防がれるが、彼女は止まらない。

 一撃加えては空への離脱を繰り返す。


――まだよ。まだ足りない。あいつを倒すにはまだ届かない。……もっと速く。もっともっと速く!


 その想いに呼応するように、セレナの速度が加速する。空を蹴り、空気を割き、音を置き去りにする。

 そうしてどんどん加速し、空中を跳ねまわる彼女を、ハイゴブリンはすでに目で追えなくなっていた。

 この魔樹海でも滅多に体験することのない、超高速移動による一撃離脱ヒットアンドアウェイ

 そのスピードは、すでに生身の人間が出せるそれを超えていた。

 しかしそれでも、そいつはセレナの攻撃を防ぎ続ける。

 今ハイゴブリンを生かしているのは膨大な戦闘経験と、生物としてのアドバンテージ。


 直感。


 背後や武器の影など死角から攻撃してくるのは経験で分かる。しかしどのタイミング、どの角度で武器を振るってくるのかは分からない。

 ハイゴブリンはその不足した情報を第六感で補っていた。

 生まれたときから弱肉強食の世界で生き、薄暗い魔樹海で命を狙われてきたからこそ培われた才能ぎじゅつ

 今のそいつがセレナの猛攻を凌ぐことが出来ているのは、セレナのスピードよりも魔獣特有の直感が優れているという、ただその一点のみ。

 だが、それは絶対に覆ることのない生物としての差だった。


「グゥガガガガガガガガ!!」


 ハイゴブリンは思わず声を上げて笑ってしまう。

 自分はまだ強くなれる。

 まだいける。

 その想いが、ハイゴブリンの胸を躍らせる。

 しかしそんな余裕の敵とは裏腹に、セレナの額には大粒の汗が滲んでいた。


 彼女は魔法師であって呪術師ではない。肉体強化はもちろん、回復だってすることは出来ない。そんな彼女がこれほどまでの高速移動を続けるのは、肉体的に大きな負担となることは必然だった。骨や筋肉は悲鳴を上げ、心臓は破裂しそうなほど鼓動を速めている。おまけにそよ風の歩みスカイ・ステップの乱用で魔素が枯渇し、視界がぼやけ始めていた。

 セレナは自分の限界が近いことを察する。

 それでも。


――諦めるわけにはいかないのよ……。


 彼女は高速移動を維持しながら、左手になけなしの魔素を集める。

 視界が霞み、意識を持っていかれそうになるのを必死でこらえつつも、セレナはふと昔のことを思い出していた。

 死ぬか生きるかのこんな時に何を、と彼女は思わず笑ってしまう。

 それは自分が尊敬している隊長からもらった、最初のアドバイスだった。




『セレナさん、我々魔法師にとって最も必要なことは何だと思いますか?』


 入団後に行われた初めての実践訓練の休憩中、セレナはおもむろに近づいてきたウェルゴにそう問いかけられた。


『最も必要なこと……ですか?』


『そうです。我々が善良な国民を危険な魔獣や犯罪者から守るためには、何が必要だと思いますか?』


 彼の問いにセレナは数瞬考えると、

『……それはやはり「強さ」ではないでしょうか』

 何の迷いもなくそう答えた。


『ほほう。それはどうして?』


『だってそうではありませんか? 我々、王国魔法騎士団の任務は王と国民を守ることです。それには「強さ」が要ります。例えどんなに高貴なこころざしや崇高な正義を持っていたとしても、強さが伴わなければ、それはただの妄想です』


 彼女の回答に、ウェルゴは笑顔で頷く。


『確かにその通りですね。結果の伴わない志や正義など、子どものごっこ遊びと大差ないですからね。我々にとって、強くあり、王と国民を守ることは大切なことです。――ですが、今回の問いへの答えはそれではありません』


『えっ? 違うんですか?』


『違います。我々にはもっと大切なことがあるんですよ』


『それって……』


『答えは――決して死なないこと、です』


『……へ?』


 あまりにも意外なその解答に、セレナは思わず気の抜けた返事をしてしまう。


『そ、それはどういう意味ですか?』


『どういう意味もなにも、そのままの意味ですよ?』


 未だに理解できず呆けているセレナに、ウェルゴは優しい笑みを浮かべて彼女の肩に手を置く。


『いいですか、セレナさん。我々が命の危険を冒してまで魔獣や敵と対峙するのは、我々の後ろに守るべき多くの人がいるからです。そして、その中の人の多くは戦うことが出来ない子どもや女性、お年寄りなのです。そんな中で、我々が命を落としたらどうなると思いますか?』


『…………』


『確かにセレナさんの言う通り、強くなることは大切です。今の世の中、強くなければ何も成すことは出来ませんから。しかし、我々は王国魔法騎士です。王を守り、国民かれらを戦場に立たせないようにするのが仕事です。故に、我々が死ぬわけにはいかないのですよ』


 その優しくも力強い光を帯びたウェルゴの瞳を見て、セレナの胸に熱い何かがこみあげてくる。そしてそれと同時に、自分の中で何かがストンとハマったような気がした。


『そう……ですね。そうですよね。うん、確かに……。ウェルゴ隊長のおっしゃる通りだと思います。――正直、私は迷ってました。自分がどんな魔法騎士になりたいのか分からなかったんです。でも今のお話を聞いて、なんだか自分の目指す道が定まったような気がします!』


 瞳を輝かせるセレナを見て、ウェルゴは父親のような優しい微笑みを浮かべる。


『そうですか。それは助力できたようで何よりです』


『はい! ありがとうございます!』


『いえいえ。私はお礼を言われるようなことは何もしていませんよ』


『そんなことありません。とても参考になりました』


『セレナさんにそう言ってもらえて、私も嬉しいですよ。とは言え、このままだと私としてもおさまりが悪いので、ここで一つセレナさんに騎士団の先輩としてアドバイスを差し上げましょう』


『アドバイスですか?』


『ええ。生き残るための極意です』


『……』


 ウェルゴは真剣に自分を見つめてくるセレナに、

『その極意とは、自分が強くないと知っていること、です』

 悪戯な笑みを浮かべながらそう言った。


 

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