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第2話 「出発の朝」

今回は五千字程度となっております。

「ふわぁぁ……」


 光届かぬ魔樹海の奥の奥。師匠の隠れ家。

 朝日届かぬその場所で、僕は自然と目を覚ます。

 ベッドの中で寝ぼけたまま体を捻り、僕は壁にかけられている魔石時計を確認。


――五時半かぁ……。


 全寮制である魔法学院での朝は早い。それは当番で決められている朝食作りや寮の掃除、そして何もない者は魔法や剣術の自主練をするからだ。

 まぁ僕の場合はみんなに押し付けられて当番関係なく毎日掃除やら何やらをやらされてたけど。

 しかしそんな生活を二年も続けていたら、嫌でも毎朝決まった時間に起きれるようになる。


 昨日は結構遅くまで飲んだり食べたりして騒いでいたから、ちゃんと起きれるか心配だったけど、僕が二年間で身に着けた技術は健在だったようだ。

 僕はベッドの中で大きく伸びをすると、体を起こす。

 昨日、寝る間際になってベッドが一つしかないことに気づいた僕と師匠は互いに譲り合い、結局僕が根負けして、申し訳なく思いつつもベッドを拝借してしまった。

 師匠はというと、森から拾ってきた葉っぱや枝を使って慣れた手つきで簡易ベッドを作り、そこで寝ていたのだが、今はいない。


――あれ、もしかして起きるの遅かったかな……。


「おや、もう起きたのか? 早起きだな」


「あ、おはようございま…………ブフゥゥッッッッ!?」


 入り口から聞こえてきた師匠の声にそちらを向くと、僕は思わず吹いてしまう。

 お腹が見えているタンクトップに、かなり丈の短い短パン。

 しかし今日はそれだけではなかった。

 濡れて光を反射する綺麗な青い髪に、スラリと伸びる白い手足は湿り気を帯びている。

 流石に女性とお付き合いをしたことがない僕でも、それが水浴びをした直後だという事ぐらいわかる。

 僕はその魅力的な姿に昨日と同様赤面し、腕で顔を隠す。


「またそんな恰好で出歩いて! 昨日も言いましたが自重してください!!」


「そんな硬いこと言うな。ここは魔樹海で、人間は私とお前しかいないんだからいいじゃないか」


「僕がいるから問題なんです!!」


 そう主張する僕をよそに、師匠は手に持っていたタオルで髪を拭きながら近づいてくる。

 そしてあろうことか、そのまま僕の寝ているベッドに四つん這いで乗ってきた。


「ちょ、ちょ、師匠!!?」


「いやなに、昨日は水浴びをせず寝てしまっただろ? だからすましてきたんだが、汗臭くないかどうか確かめてもらおうと思ってな」


 そうは言うものの、師匠の唇は楽しそうに笑みを浮かべている。カムルが悪戯をしているときの顔にそっくりだ。

 絶対楽しんでる!

 僕をからかって、絶対楽しんでるよ!!


「どうだ? ほれほれ」


 そう言って、師匠は僕の前でその少し濡れた髪を揺らす。

 確かに女性特有の少し甘くていい匂いがする。

 するのだが、僕はそれどころではない。

 なんせ、髪だけではなく他のものまで揺れている。

 それはもう見事なまでに。


「わ、分かりました! 分かりましたから!!」


「どうだ?」


「い、いい匂いですよ!!」


「そうかそうか、それはよかった」


 師匠は嬉しそうに可愛く笑う。しかし、可愛らしい笑顔はすぐさまあの悪戯っぽいそれに変わった。


「じゃあ、今度は私がハルの匂いを確認してあげよう」


「え……!?」


 石像のごとく硬直する僕をよそに、師匠は構わず顔を近づけ首筋の匂いを嗅いでくる。

 首に当たる師匠の鼻息。

 これはどういう状況なんだ!?


「うむ。男っぽくて私は嫌いじゃないが、少し汗臭いな。森の賢者に会いに行くなら水浴びをした方がいいかもしれないぞ」


「そ、そうですよね! すみません! 行ってきます!! 今すぐ行ってきます!!」


 僕はこのタイミングとばかりに布団から飛び出すと、急いで出入り口に向かう。

 しかしドアノブに手をかけたところで、師匠からお声がかかった。


「おいハル」


 僕はぎこちない動きでゆっくりと師匠に顔を向ける。

 そこにはあの笑顔。


「何だったら、私が背中を流してやろうか? 裸の付き合いも大事だろ?」


「け……」


「け?」


「け、結構です!!!」


 僕は脱兎だっとのごとくそのまま外に飛び出した。






 水浴びを終えた僕に、どっと疲れが押し寄せてくる。

 学院では毎朝掃除やら料理やらをしていたはずなのに、間違いなくここ数年で一番疲れた朝だ。

 僕は師匠から借りたタオルで頭を拭きながら、疲れを隠すことなくテーブルの席に着く。


「すまん。悪ふざけが過ぎた」


「……もういいですよ」


 淹れてくれたお茶を一口飲み、真顔で謝る師匠にそう返す。

 デジャブだ。

 この人は本当に弟子想いで優しいし、魔獣を素手で倒せるぐらい強い。

 でもそこからは想像できないほど、普段はお茶目だ。

 お茶目すぎる。

 こんな調子でやっていけるのだろうか。


「どうした? そんな不安そうな顔をして」


 師匠のせいですよとも言えず、寝不足ですと苦し紛れの言い訳をする。


「それはいけないな。今日は結構歩くぞ?」


 変なところで鈍い。


「……そうなんですか?」


「ああ、三、四時間は見積もっていた方がいいだろうな」


「遠っ! 」


 思わず叫んでしまう。

 僕の通っていた魔法学院のある王都パルスからこの魔樹海までが一時間かからない程度なので、その遠さが伺える。


「それでは、今日の予定を伝えるぞ?」


「はい」


 僕は何となく姿勢を正す。


「まず、あと一時間ぐらいで支度を済ませ、時間がないので移動しながら朝食を取る。そうすれば昼ぐらいには集落に着けるだろう。ハルの自己紹介をした後、呪核じゅかくを授けてくれるよう交渉する。まあ、これは私がやるから心配いらない。ちなみに、昼食はあちらで取る」


 魔樹海の奥深くにいにしえの頃から住んでいるという、古種こしゅと呼ばれる人たち。

 その人たちのご飯。

 少し怖いが、それ以上に興味がある。


「何か質問はあるか?」


「あ、一つだけいいですか?」


「なんだ?」


「僕、魔樹海を長時間歩くような準備をしてきてないんですけど、どうしたらいいですか?」


 僕の懸念をよそに、師匠は楽しそうに笑う。


「心配いらない。そうだろうと思って、ハルの分は私が用意しておいた。服も靴も新しいのを用意しておいたから、それを使うといい」


「ありがとうございます!」


 いつの間に。

 さすが師匠だ。

 いつもこうだといいんだけどね。


「それでは、ぼちぼち準備に取り掛かるとしようか」


「はい!」


 僕と師匠は旅立ちの準備をするべく、勢いよく立ち上がった。







 朝七時。

 僕と師匠は準備を済ませ、外の隠れ家前に立っていた。

 師匠が用意してくれた服は僕が昨日着ていたものと見た目はあまり変わらないが、シャツもズボンも魔獣の皮で出来ていて、とても動きやすい。

 少し年季ねんきを感じるが、王都で買えばパルス銀貨八枚はくだらない高級品だ。

 僕はその上から師匠と同じローブを羽織り、背嚢はいのうを背負っている。

 なんでもこの背嚢はいのうに、道中拾った薬草などを入れて古種こしゅへの手土産にするのだそうだ。

 ちなみに師匠は昨日森で出会った時と同じ格好をしている。


「なかなか似合ってるじゃないか」


「ありがとうございます。これ凄く動きやすいです」


「そう言ってもらえると、作った本人としても嬉しいよ」


 師匠の言葉に、僕は思わず驚きの声を上げる。


「ええっ!? これ師匠が作ったんですか!?」


「昔な。魔獣を倒すところから私が一人で作ったんだ」


 前言撤回。

 パルス銀貨八枚では全然足りない。

 急に僕なんかが着ていることが申し訳なくなってきた。


「よし! ではそろそろ古種こしゅの集落に向けて出発しよう」


「は、はい!」


 僕は師匠の合図で歩き出そうと足を前に踏み出すが、それはなぜか言い出した師匠が僕のローブを掴むことによって阻止された。

 首が締まる。


「ぐっ!?」


「と、その前にやる事があった」


「そういうことはもっと早く言ってくださいよ!」


「すまんすまん」


 顔の前に片手を持ってきて謝る師匠。

 顔がにやけている。

 この人絶対楽しんでるよ。


「……それで、やる事って何ですか?」


「出発する前に、ハルに呪いをかけておこうと思ってな」


「の、呪い!?」


 思わず一歩引いてしまう。

 呪術に関しては昨日ある程度聞いたが、それでも怖いものは怖い。

 何かヤバい奴とかだったらどうしよう。

 師匠に限ってそれはないと思うが、恐怖心はぬぐえない。

 そんなどうしようもなく臆病な僕を見て、師匠は悲しそうにするでも怒るでもなく、ただ困ったように笑う。


「そんなにおびえなくても大丈夫だ。何か害をなすような物じゃない。――ハルにも呪術を見えるようにしようと思ってな」


「呪術を?」


「ああ。昨日話しただろ? 呪術は呪術師にしか見ることが出来ない。でもそれだと呪術がどんなものなのかイメージできないだろ? だから集落に行く前に見せておこうと思ってな」


 なるほど。

 確かにそうだ。

 話だけでは、いまいち分かりにくい。


「どんな呪いなんですか?」


「呪術を見えるようにする呪噤じゅごん暗闇谷くらやみだに誠眼まことまなこ』という呪いだ」


暗闇谷くらやみだに誠眼まことまなこ?」


「魔樹海の暗闇谷くらやみだにという場所に住んでいる古種こしゅから授かった呪いだよ。これは呪術を一般の人間にも見えるようにすることが出来るんだ。これでハルも呪術を見ることが出来る」


 呪術師以外には使うことも見ることもできない未知の力〈呪術〉。

 師匠はその未知の力を使う呪術師で、僕は師匠の弟子だ。

 本当に呪術師になるのなら、今のうちに呪術がどういうものかということを知っておいた方がいいかもしれない。

 僕は意を決して師匠の真紅の瞳を見る。


「分かりました。よろしくお願いします」


「よろしい。なに、痛くないから安心しろ」


 師匠はローブの袖をまくると、しゃがめと指を下に向ける。

 僕は指示にしたがい、両膝を地面に着く。


「目を瞑ってリラックスしろ。すぐに終わる」


「わ、分かりました」


 目を瞑った僕の前髪を上げ、師匠はそこに人差し指と中指の二本をつける。


 そして、

呪噤じゅごん暗闇谷くらやみだに誠眼まことまなこ


「うっ……」

 師匠の指を伝い、僕の中に何かが入ってくる。


 明らかな異物。

 それは額から僕の目の周り付近に行き、そこで動かなくなる。

 その感覚に思わず声を漏らしてしまうが、痛くはない。

 それどころか、未知の何かかが自分の中に入ってきているのに、不思議と怖くなかった。

 師匠は僕の額から指を離し、短く息を吐く。


「……終わったからもう目を開けてもいいぞ」


「え、もう終わりですか?」


「そうだぞ。何を想像していたんだ?」


「いえ……なんかもっとこう、うわぁー、とか、ぐへぇー、とかみたいになるかと」


 立ち上がりながら言う僕に、師匠は声を上げて笑う。


「なんだそれは。言っただろ? 痛くもなんともないって。――それより、どうだ? 初めて呪いを受けた感想は?」


「そ、そうですね。不思議な感覚……でした」


「そうだろうな。初めて呪いを受けた者は皆そう言う」


「確か相手に移す呪術は制約って言うのがあるんですよね? どんなことですか?」


「この呪いは対象者に害をなすものではないからな。ただ私がハルに許しを与えれば見えるようになる。呪術は体力を使うから、その時になったら発動させてやるよ」


 師匠はそう言いつつ、僕の背負っている背嚢はいのうから何かを取り出す。


「食べておけ」


 僕に差し出してきた師匠の手に握られていたのは、一つの果物だった。

 確かに、昨日は食べ過ぎてしまったため朝食は軽いものがいいし、いま食べることを考えると果物が一番いいとは思うが、いかんせんチョイスが良くない。


「バ、バナナですか……」


「なんだ? バナナは嫌いか?」


 嫌いではない。

 嫌いではないんだけど、昨日そいつの皮に殺されかけたので若干の抵抗が……。


「いや、そういうわけでは……」


「好き嫌いはよくないぞ? バナナは栄養価も高くて、朝食にはもってこいだからな」


「そ、そうですよね」


 僕がしぶしぶバナナを受け取ると、師匠は満足そうに頷く。

 そして親が子供にお手本を示すように、師匠はバナナの皮を剝くと、こうするんだぞと大口を開けて一口頬張った。

 いや、さすがの僕でもバナナの食べ方ぐらい知っているが、優しさを無下にするのも申し訳ない。

 ここは黙って師匠の真似をしておく。


……うん、美味しい。


「よくできました」


 師匠はバナナを食べれた僕の頭を撫でてくる。

 まさに子ども扱いだ。

 これでも十七歳なんだけど……。


「さて、そろそろ本当に出発するか」


 師匠はそう言うと、食べ終わったバナナの皮をそこら辺に捨てる。


「ちょっ、師匠なんてことするんですか!?」


 僕は思わず叫んでしまう。

 恐ろしい。

 この人、恐ろしいよ。


「何がだ?」


「バナナの皮は捨てないでください! これで誰かが転んで死んじゃったらどうするんですか!!」


「ハルは心配性だな。大丈夫だ。魔樹海は腐敗が早いからな。すぐになくなる。そんな期間でこのバナナの皮を踏んで転ぶような不運なやつはいないさ」


 居ますよ!

 ここに居ます!!

 と言うか……。


「――もしかして、いつもこうやって捨ててるんですか?」


「そうだが?」


「昨日も?」


「そうだ。バナナは栄養豊富だからな」


 僕は頭を抱える。

 なんてことだ。

 じゃあ僕が転んだあの皮を捨てたのは師匠ってことか。

 どうりでタイミングよく現れたわけだ。

 まぁ、バナナの皮を踏まなかったとしてもあのまま逃げきれたかどうかは怪しいが、それでも何となく腑に落ちない。


「では、森の賢者の集落へ、いざ出発!!」


 苦悩する僕をよそに、師匠は元気よく拳を振り上げると、楽しそうに森の中へと進んでいく。

 その姿はまるで遠足に行く子どものようだ。

 僕は彼女の後ろ姿を見て小さくため息を吐くと、残りのバナナを口に放り込み、そこら辺に皮を捨てて師匠の背中を追った。




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