プロローグ 「王城の一室にて」
今回は1500字程度です。
早朝のパルス国王城は、喧騒に包まれていた。
警備兵やメイドといった地位が低い者はもちろん、大臣といった比較的身分の高い人間も忙しそうに城内を走り回っている。
しかしこれは、何も緊急事態が発生したからという訳ではない。
パルス国は他の国と比較しても大きく、そのため一日の業務は膨大なものとなる。国策案の作成や来客者の把握、王やそれに仕えるものの食事の準備など、一日で行わなければならない業務は多い。
そんな忙しない城内を、一人の可憐な少女が歩いていた。
星屑を編み込んだような白銀の髪に、満月を彷彿とさせる金色の瞳を有した女性、セレナ・オルテンシア。
額に汗を浮かべて速足で通り過ぎる使用人たちには目もくれず、彼女は広い廊下をゆっくりと歩き、ある一室の前で足を止めた。
王国魔法騎士団五番隊隊長・執務室。
セレナは扉の上に掲げられたその文字盤を一瞥すると、胸に手を当て深呼吸。
そして自分の鼓動が落ち着いたことを確認して、目の前の扉をノックした。
木材の乾いた音が響き、すぐに中から男性の声が聞こえる。
「入ってください」
「はっ!」
セレナは律儀に姿勢を正して返事をすると、ドアノブに手をかけてそれを開けた。
「待ってましたよ、セレナさん」
ギギギッという古びた音と共に扉を開けると、そこには机に肘をつき大きな椅子に腰かけた一人の男がいた。
エメラルドのような綺麗な瞳と、同じ色をした長髪を後ろで一本に縛った容姿端麗な青年。顔には優しそうな笑みを浮かべており、その柔和な雰囲気は近所のお兄さんといった様子だ。
しかしセレナは知っている。
この目の前にいる青年が、常軌を逸して強いということを。
王国魔法騎士団五番隊隊長、ウェルゴ・バーナム。
類まれなる魔法の才能と戦闘センスでみるみるうちに階級を上げ、歴代最速で魔法騎士団団長になった男。
セレナはそんなウェルゴを前に緊張しつつも、彼の目の前まで歩み出て敬礼する。
「セレナ・オルテンシア、呼び出しに応じ参上いたしました!」
彼女のそれに、ウェルゴは苦笑する。
「相変わらずあなたは硬いですね。いつも言っているでしょう? 私に対してそこまで気を使う必要はないと」
「いえ、そういう訳にはいきません。今は私の上司ですので」
敬礼をしたままそう答えるセレナに、ウェルゴは思わず眉間のしわを揉む。
「全く……。あなたも頑固ですね。まあいいでしょう。――休め」
「はっ!」
手を後ろで組み、脚を肩幅に開いて休みの体制を取るセレナに、ウェルゴは呆れたように頬杖をつく。
「いつになったら、あなたは私を信用してくれるのでしょうね?」
「お言葉ですが、私はウェルゴ隊長に全幅の信頼を寄せています。もし隊長が敵地に単身で乗り込めと命令されれば、私は迷わず遂行して見せます!」
「それは全然嬉しくないですね。とは言っても、今回はそれと似たようなことをあなたにさせてしまうのですが…………」
「と言いますと?」
ウェルゴは小さく苦笑すると、机の引き出しから一枚の紙を取り出し、目の前にいる彼女へと渡した。
「これは……」
セレナは渡された紙に視線を落とす。
そこには一人の男の名が書かれていた。
ウィンチェスター侯爵。
政治に疎いセレナですら、彼の名前は知っている。
「ウィンチェスター卿に何かあったんですか?」
「事件に巻き込まれたのは、彼ではありません。彼のご子息様です」
ウェルゴはそこでいったん言葉を切ると、
「彼のご子息様が、消えました」
苦悶の表情を浮かべて、そう言い放った。




