第29話 エピローグ 「再出発」
「心配させるな! このバカ弟子が!!」
ゴンッ!!
僕の脳天に正義の鉄拳がくだされた。
「っ!?」
あまりの痛さに、僕は思わず頭を押さえてその場にうずくまる。
「あれほど戦ってはならないと言っただろ!」
あの戦いから一週間。力を使い果たした僕は、あのあと三日三晩この師匠の隠れ家で眠り続け、最近やっと元の調子に戻りつつあった。
のだが……、
「聞いているのか、ハル!! 私は怒っているのだぞ!!」
それを察した師匠から、改めてお叱りを受けていた。
今はとにかく謝るしかない。
「すみません……」
「本当に分かっているのか!? 一歩間違えれば、お前は死んでいたんだぞ!!」
「……」
確かにその通りだ。魔怪に進化したばかりだったと言っても、本来僕なんかが勝てる様な相手ではなかった。
死んでいても、おかしくなかった。
「お前が死んだら私は…………」
「っ…………!?」
――僕は何て馬鹿なんだ。
師匠は誰よりも優しくて、誰よりも弟子想いだ。僕が死んだらどれだけ悲しむかなんて、分かってたはずなのに……。
僕は誰よりも、知っているはずだった。残される悲しみを。救えなかった後悔を。
誰よりもそれを知っているはずだったのに、僕は師匠にその悲しみと後悔を背負わせるところだったのだ。
僕は立ち上がり、深々と頭を下げる。
「本当に、すみませんでした! もうしません。師匠に心配させるようなことは、もう二度としないと誓います!!」
「……」
師匠は数瞬黙ると、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
「はぁ……。もういい。もうあんな無茶はしないと約束してくれるなら、それでいいよ」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って頭を上げる僕だったが、そこには師匠の顔。
お互いの息がかかるぐらい近い。
「ただし! 次にあんな無茶をしたら、絶対に許さないからな」
笑顔でそう言ってはいるが、目の奥が怒りの炎でメラメラと燃え上がっていた。
僕は恐怖で何も答えられないまま、頭が取れるほど何度も頷く。
「うむ。分かればよろしい」
僕のそれに満足したのか、師匠は今度こそ本当の笑顔を浮かべると、僕の頭を撫でる。
彼女の笑顔は心の底から嬉しそうで、なんだかそれを見ているこっちまで嬉しくなってしまう。
「さて、説教も終わったことだし、出かける準備でもするか」
「出かける? 出かけるってどこにですか?」
「決まっているだろ。修行だよ」
師匠はいつもの露出度の高い服の上からボロいローブを羽織り、そう答える。
「もう無茶はさせられない。だがお前のことだ。どうせ目の前に困った人がいたら、何も考えず飛び出すに決まってる。だから、そうなる前に強くなっておくんだよ」
「はは……ははは……」
師匠には全てお見通しだった。
「で、でも修行に行くって、どこに行くんですか?」
僕のそれに、師匠はあの悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「魔獣がウヨウヨしている穴場を最近見つけてな。そこに行こうと思うんだ。あそこは凄いぞ! あんなものやこんなものまでより取り見取りだ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください! そ、そんな恐ろしい所に行かなくても、魔獣ならそこら辺に……って、わぁ!?」
渋る僕に、師匠が装備品を投げよこす。
「何をひ弱なことを言ってるんだ。お前はあの恐ろしい魔怪を倒したんだろ? だったら余裕じゃないか」
「勘弁してください」
「グダグダ言うな! さあ、行くぞ!!」
僕の言葉を無視して、師匠は扉を開け歩み出す。
その細い背中からは、彼女が魔獣を倒すところなど微塵も想像できない。
それでも僕は知っている。彼女が誰よりも優しく、誰よりも強いことを。
「待ってくださいよ、師匠!」
師匠から渡されたそれを装備しながら、僕は一人でドンドン進んでいくその背中を追いかけ、やっとの思いで追いつく。隣りの彼女は、僕に気を使ってくれているのか、いつもの歩みよりもゆっくりだった。
でも、たまにはこういうのもいいかもしれない。
僕は今までずっと駆け足だった。
一人で、ただがむしゃらに走っていた。
だけど、もう一人じゃない。
歩幅を合わせて、一緒に歩んでくれる人がいる。
師匠の横。
ここから、僕はやり直す。
さあ、再出発だ。




